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vol.24/「患者さんの声に真摯に耳を傾けることで良好な関係性を築いていく」【医師】中川久理子先生

医師のもとに訪れる患者さんたちは病状に苦しむ一方で、不安や心配事も抱えています。そうした「心の負担」を柔らかな笑顔と真摯に耳を傾ける姿勢で軽減しようと努めているのが中川久理子先生。どのような思いで患者さんを迎え、どんな風に接しているのか、家庭医療医としての心の持ち方を中心にお話をうかがいました。
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ご主人に勧められて家庭医療の現場へ

― 先生が医師になろうと思ったきっかけから教えて下さい。

中学生の時にマザー・テレサの伝記を読んで、医療で人に関われることの素晴らしさを感じました。私の母親が看護師だったことも影響していると思いますが、高校生になった時に医療系に進むことに決めたんですね。そこで「看護師になろうと思っているんだけど……」と母親に相談してみたところ「もう少し頑張って医者になった方がいいと思うよ」と言われたんです。それで医者を目指すことにしました。

―「こんな医師になりたい」というイメージはありましたか?

受験生の頃は医学部に合格することに必死になっていて、具体的な医者のイメージはあまり考えていませんでした。医大に入ったあと、各科をローテーションするなかで漠然と見えてきた感じですね。
私は大学卒業と同時に結婚したのですが、その夫とは同じ大学です。学生時代は二人ともバスケ部に所属していて、そのバスケ部の先輩が北海道家庭医療学センターで働いていたんですね。それで夫のところに見学の誘いがあったんです。それで彼が先に見学に行って「面白いよ。君も行ってきたら?」と言われたこともあって行ってみたところ、そこで家庭医療の現場に出会ったんです。「私にとってぴったりの場所だ」と思いましたね。

― ご夫婦揃って「面白い」と感じたわけですね。

そうですね。北海道家庭医療学センターでは後期研修を受けましたが、実は興味を持ったのは初期研修からなんですよ。初期研修は日鋼記念病院だったのですが、ここでは家庭医療学センターのコースが一部提供されていました。スーパーローテーションと呼ばれるもので、各科を研修して回るコースです。当時は全国でも数えるほどしかなかったそうで、週に1回はクリニックでの外来研修ができる枠組もありました。当時は大学病院の各科に直接入局する人が多く、外部の研修病院に行く人はほんの一部でした。
私も小児科や産婦人科など回っていて、どれか一つに決められないというか、全部見たいという欲張りな一面もあったんです(笑)。一つの専門に絞るのではなく、患者さんの近くであらゆることに対応する医師でありたいと思っていました。

― 初期研修と後期研修の後は寿都(すっつ)町立寿都診療所に着任

じつは後期研修として家庭医療で有名な先生方の診療所をまわる予定だったんです。日本各地にある診療所を数ヶ月ごとに、というスケジュールでした。ところが、そのタイミングで仲良くして下さった先輩に不幸があって、私自身もひどく落ち込んでしまったんですね。その研修で実際に岐阜県の診療所に行ったのですが、どうしても感情がうまくコントロールできずに当時の所長から「ご主人のそばにいたほうがいいですね」と言われて寿都(すっつ)町立寿都診療所に赴任しました。この診療所は北海道家庭医療学センターの拠点の一つなのですが、ちょうど夫がここの診療所長を務めることになっていたので、私も赴任することにしたんです。それが2005年のことで、2017年までそこに勤めていました。

― 先生はお子様が4人いらっしゃいますね。仕事と育児の両立は大変では?

長男が生まれたとき、まだ研修期間が残っていてフルタイムで勤務していましたから、夫の両親や私の母の協力がなければ両立は難しかったでしょうね。先ほども申し上げたように母は看護師をしていたのですが、少し前倒しで退職してくれて、子どもの面倒を見てくれることになりました。父はすでに他界していたこともあって、こころよく手伝ってもらえました。
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    素敵なご家族に囲まれて

患者さんと良好な関係性を築くためには…

― いまは外来が中心なのですか?

そうですね。後期研修が終わって以降は一般医師としてずっと外来を担当してきました。現在私は札幌市にある栄町ファミリークリニックに勤務していますが、以前に勤めていた寿都診療所とはまた違っていて面白いですね。
どのように違うのかと言うと、まず札幌は都会なので新しい患者さんがどんどん来られます。重症の急患の方はやはり少ないのですが、定期的に通院している高血圧や糖尿病の患者さん以外にもそれぞれ問題を抱えた方が次から次に来られるんです。
一方、寿都診療所時代は地域の顔なじみの方がほとんどでした。慢性疾患の高齢者から小さなお子さんまでいろんな患者さんを迎えましたが、顔なじみが多いため家族構成や生活習慣、住まいなどについて把握ができています。それだけ一人ひとりに合ったオーダーメイドな医療が提供しやすくなり、その点での面白さがありましたね。
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― 町の健康を担当されている感じですね。

その通りですね。12年間もいるといろんな人と知り合いになりますし、子どもを育てていることからさまざまな方たちとのつながりができました。子どもたちにサッカーやスキー、水泳の指導をしてもらったり、保育園や町内会の活動を通してお世話になったり。 そういうこともあって、人と人とのつながりの大切さを学んだとも言えます。
私自身、町の一員として地域のために尽くそうと考えた時、やはり医師という一つの役割が大きかったと思っています。地域とのつながりができると、何か治療法を提案した時もすんなりと受け入れてもらえるんですよ。「この先生の言うことなら大丈夫だ」と。一方、都会なら患者さんはまず「この先生、ちゃんと自分の病気のことをわかってくれているのかな?」というところから始まります(笑)。そういう違いもあると思いますね。

― 札幌と寿都ではそれぞれ違いがあるんですね。

札幌の場合、一期一会じゃないですけど、初めてお会いする患者さんも少なくありません。ただ都会とは言っても都会用のアプローチを特別に用意する必要はなく、寿都で学んだ「人との接し方」をきちんと意識していれば、患者さんは心を開いてくれると感じています。例えば医療の話だけではなく、患者さんの求めていることや生活での困りごとに関心を向けて話すと安心してくれる……と、そういったことですね。
患者さんは体調が悪くて不安な状態で診療所に来ているわけですから、そこをしっかり受け止める必要があると考えています。関係性を築き上げるのは時間の問題ではなく、そうした姿勢に関わってくるのではないでしょうか。実際、2〜3回しか会っていない患者さんから「中川先生と話すと安心する」と言われることは少なくありません。こうした接し方は寿都で学んだことだと思っています。
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    勤務されている「栄町ファミリークリニック」(札幌市)
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    共に地域で家庭医療を実践している職場のお仲間

「かきかえ」というフレームワークを活用

― 先生が意識しているコミュニケーションスタイルは何ですか?

大きくは、病気を発症した患者さんが何を心配し、何に不安を抱いているのかを理解しようとすることがあげられます。きちんと聞く姿勢を示せば、患者さんは自分の不安や心配を教えてくれます。それを踏まえた上で不安要素を解消していくと、患者さんとの関係性は良くなっていく気がしています。
私は患者さんの話を聞くにあたって決して急かさないことを心がけています。患者さん一人ひとりのペースに合わせて聞くことが大切ですよね。「この先生は話せば聞いてくれる」という印象を持ってもらうことがポイントです。また、家庭医療の技術として「病気」と「疾患」を区別するアプローチがあります。「疾患」とは脳梗塞や血液疾患など身体的な問題のことを指します。一方の「病気」は 疾患を発症したことで患者さんがどのような思いになるかという感情的な部分を指しています。

― 患者さんの感情にも注目するわけですね。

はい。そのためには患者さんの思いを聞き取る技術が重要になってきます。医療に何を期待しているのか、いまどのような気持ちでいるのかなどを理解するためのスキルですね。それに関して家庭医療には「かきかえ」というフレームワークがあるんです。「 解釈・期待・感情・影響」のそれぞれの頭文字を並べたものですが、解釈は「患者さんが症状についてどう考えているのか」、期待は「医療に期待していることはあるか」、感情は「症状があることでどういう気持ちになっているのか」、影響は「症状が日常生活にどのような影響を及ぼしているか」というものです。この「かきかえ」を聞くことで患者さんをより深く理解できるというフレームワークですね。

― 患者さんによって「かきかえ」は違ってくるわけですか。

「疾患」の面では診断や治療はある意味ルーティン化されています。でも「病気」については、患者さんによって全く異なります。風邪一つとっても違ってきますからね。その部分をしっかり聞き取ることで、患者さんに何が必要なのかを理解し、手を差し伸べることができるんです。これは家庭医療における重要な技術で、 この部分は強く意識するようにしています。患者さんにしても、話を聞いてもらって理解してもらい、その上で「じゃあこうしましょう」とアドバイスをされると、ホッと安心するようですね。不安が軽くなって、肩の荷が下りるといった感じでしょうか。
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    北海道大学医学部で毎年キャリアについて講義もしています
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    JPCA2022横浜大会にも参加しました

― 今後、チャレンジしてみたいことはありますか?

特に思い浮かばないですね(笑)。ただ言えるのは、いまの仕事をしっかりと続けていくことが大切だとは思っています。たとえばいま私は認知症サポート医としても活動しているのですが、これは「認知症の疑いがあるけれども、医療機関につながっていない人」を対象とするものです。家族や近所の人が困っていて、でも本人は診察を受けようとしない人ですね。そういう人たちのところに保健師さんたちとうかがって医療機関につなげるようにしています。認知症を患う人は今後も増えていくと考えられるので、こうした活動を地道に続けていく事は必要だと考えています。自分の家庭を母としてしっかり支えていきながら、人に求められる仕事を続けていく。それが今の私の目標であり、それをこなしていく先に、また見えてくる新しい景色があるのかなと思っています。

プロフィール

北海道家庭医療学センター
栄町ファミリークリニック
医師 中川久理子

1976年 苫小牧市生まれ
2003年 北海道大学医学部 卒業
2003年‐2005年 日鋼記念病院 初期研修
2005年‐2008年 北海道家庭医療学センター 後期研修
2005年‐2017年 寿都町立寿都診療所
2017年‐現在 栄町ファミリークリニック

資格等: 日本プライマリ・ケア連合学会認定 家庭医療専門医・指導医
小学校学校医・認知症サポート医

取材後記

「病気だけではなく、人も診る」とはプライマリ・ケアのフィールドではよく聞かれる言葉だ。プライマリ・ケアに関わっている医師の方々は、常にそのことを念頭に置きながら患者さんと日々向き合っている。今回ご登場いただいた中川久理子先生も、その一人。インタビューではより具体的な「人を診るスキル」について語っていただいた。そのスキルは、都市部・地方に関係なく、多くの患者さんに通じるものであることはインタビュー中の先生の言葉にもあった通り。柔和な笑顔が印象的な中川先生は、これからも患者さんの不安を優しく受け止め、解きほぐしていくに違いない。今後のますますのご活躍に期待したい。

最終更新:2023年08月10日 12時21分

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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