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vol.33 /「プライマリ・ケアの視点を災害医療に活かすことの重要性を認識し、学会員としてその取り組みも行う救急医」【医師】鷺坂彰吾先生

今回ご登場いただくのは、日頃は日本赤十字社医療センターの救急医として活動しながら、一方で日本プライマリ・ケア連合学会では災害医療システム委員会のメンバーとしても活躍している鷺坂彰吾先生。福岡県西方沖地震の経験をきっかけに防災に関心を持ち始めたことや災害医療とプライマリ・ケアの関わりなど、さまざまに語っていただきました。
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福岡県西方沖地震の体験が医師としての原点

— 先生が医師を目指したきっかけは何だったのでしょうか?

実家が小さな診療所をしていたこともありまして、比較的身近なところで「医療」というものにふれていました。特にプライマリ・ケアに通じる医療ですね。例えば近所で農作業をしているおじいさん・おばあさんが診療所に通ってきていて、そのうち腰が曲がってきて、気づいたら足腰がすっかり弱り、畳の上で家族に囲まれながら往生を迎える……そういう地方の昔ながらの日常のなかで、診療所の子供として過ごしていたわけです。医者だからといって特別視されることもなく、例えば駐在所のお巡りさんや商店の主人と同じ感じで、地域を構成する一員として地域に溶け込んでいたといえます。そういうこともあり、医療に関しては自然に興味が芽生えたといえますね。ただ、直接的なきっかけとなったのは「福岡県西方沖地震」を経験したことです。

— 地震を経験したことで、医師を目指すようになったわけですか?

はい。福岡県西方沖地震が発生したのは、2005年。当時、私はまだ中学生でした。震度6が観測されるほどの揺れで、私が住む地域でも半壊する住宅がいくつもありました。このとき幸いなことに私の実家はほとんど被害を受けませんでした。理由は耐震性を高める対策をとっていたため。そのことから「防災」の大切さに気づいたんですね。災害は備えることによって被害を小さく抑えることができる、というのは中学生の私にとって発見でした。それをきっかけに防災に興味を持ち、高校時代は防災士の資格も取ったほどです(笑)。

— 日本プライマリ・ケア連合学会との出会いのきっかけは何だったんですか?

2011年に起きた東日本大震災ですね。そのときはもう医大に入っていました。震災が起きたのはちょうど2年生から3年生になるときの春休みでしたが、そのニュースにふれて「何か自分にできることはないか」と思って、いろいろと情報を集めたんです。
そこで見つけたのが、日本プライマリ・ケア連合学会が立ち上げた支援プロジェクト「PCAT(“Primary Care for All" Team)」です。これは被災地に対して医療従事者を中心とするボランティアスタッフを派遣し、医療や介護の支援を行うというもの。学生でも参加できることを知り、お手伝いさせていただくことにしました。それが学会とのご縁ができたそもそものきっかけで、その後はセミナーの開催などもお手伝いするようになりました。現在は「災害医療システム委員会」のメンバーにも加わらせていただいています。

被災地で活かされたプライマリ・ケアの発想

— PCATではどのようなことをされたんですか?

医療活動に関しては現役の医師の方々がいらっしゃったので、私は診療をサポートする側に回ろうと思いました。情報システムに関する知識を持っていたので、現地でのシステム構築の業務をお手伝いしました。具体的には、介護や医療が必要な被災者の方々の情報共有システムの立ち上げです。石巻市にそうした被災者の方々専用の避難所(福祉避難所)ができたんですね。そこに入所した方たち情報を一元管理できるようにしました。
また、薬剤のデータベースも作りました。これは全国から支援物資として送られてきたジェネリック医薬品を対象としたデータベースです。いまでこそジェネリック医薬品はどの会社の製品でも名称を統一するというルールができていますが、当時は会社ごとにバラバラだったんです。中身は同じでも名称が違うため現場では大混乱しました。それを解決するためのデータベース作りですね。

— 災害医療システム委員会は何をするところですか?

学会としての災害医療のありかた等を議論をする委員会なんですが、学会に所属する会員のみなさんに向けたセミナーやセッションの企画運営を行うのがひとつ。また、他の関連団体と「顔の見える関係性」を構築することも大切な役割となります。 
例えば、厚生労働省が管轄する災害対応の仕組みに「DMAT(Disaster Medical Assistance Team)※災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チームのこと」がありますが、そうした事務局との連携ですね。関係性を構築することによって、南海トラフ大地震や首都圏直下型地震といった大きな災害が発生したときにスムーズな協力体制ができるような仕組み作りを目指しているところです。

— プライマリ・ケアならではの災害医療に対するアプローチというものはあるのですか?

ありますね。先程のPCATの話を引き合いに出すと、学会から派遣されたメンバーは、被災した産婦人科のクリニックの支援もしていたんです。また、避難所の布団にわいたダニを退治するために頑張っていた人たちもいます。一般的に災害医療と言うと、医療の専門家たちが現地に急行し、倒壊した建物から救出された重症患者の治療にあたるといったイメージがあるはずです。もちろん、それも大切な災害医療なんですが、一方で、大きな怪我はないものの、家屋を失って避難所生活が長期化する人たちもたくさんいるわけです。その避難所の環境が劣悪だと新たな病気を発生させることにもつながりかねません。要は公衆衛生の問題が浮上してくるということですね。ダニ対策はまさにそれで、産婦人科の支援については被災地であっても安心して出産ができる体制が必要だとの考えから行ったものです。

こうした発想は、日ごろから医療だけではなく地域とのつながりを意識しているプライマリ・ケアの関係者ならではのものだと思いました。医療、介護、保健福祉と分野をまたいで地域の人々を見つめる視点があってこその支援だといえますね。当時そういうことをしていた支援チームはPCATくらいでした。私の専門は救急医ですが、その意味ではプライマリ・ケアの分野のみなさんにはリスペクトの思いを抱いていますし、そのつながりは大切にしていきたいとも思っています。
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    海外の赤十字社へドクターカーの説明をする鷺坂医師

災害医療は日常の医療の延長上にあるもの

— プライマリ・ケアの医師のなかには救急に携わっている人が少なくありません。

患者さんに一番最初に会う医師という点では共通点がありますね。大きな病院の医師だと開業医の先生から紹介されて、患者さんに会うという流れになりますから。また、救急医はひとまず応急的な処置をしたあと、専門の手術が必要なら、例えば脳神経外科や整形外科などどこの科にまわすのかを判断するといったマネジメント的な役割もありますが、そうした専門医への引き継ぎという点でもプライマリ・ケアに共通していると思います。
一方、プライマリ・ケアの医師の場合、時間をかけて患者さんと信頼関係を構築していくという面がありますが、救急医の場合は初めましての状態から10数分で信頼関係をつくりあげて、重要な意思決定を求めるという局面にも遭遇します。患者さんに残された時間をどう過ごすのかといった選択を迫らざるを得ない場合もあるんです。

— 今後、先生が取り組んで行きたいことは何でしょうか?

私は救急医として災害関連の事柄に多く関わっていますが、その中でプライマリ・ケアの視点を取り入れることも大切だと考えています。それは先ほどPCATの例でお話した通りですが、さらに付け加えると、災害医療を特別視しない方がいいと考えているんです。災害医療は特別なものではなく、日常の医療の延長上にあると考えるべきものです。なぜなら、日ごろから顔の見える関係性や地域のつながりが確立されていると、災害時の連携がスムーズになるからです。
災害時にはいろんな組織が連携を図らなければならず、その際には組織を横断する共通のルールや仕組みが必要になってきます。それを災害が起きてから作ろうとしても遅すぎるのは当然で、現場において後手後手に回るということにもなりかねません。そうした事態を防ぐためにも災害医療を特別視せず、平時の延長としてとらえるべきなんです。そうしたことも含めて私自身としては、プライマリ・ケアの先生がたとの連携をもっと深めていくこと、救急医の立場から災害医療の情報をプライマリ・ケアの先生がたに発信していくことに積極的に取り組んでいきたいと考えています。

プロフィール

日本赤十字社医療センター
救命救急センター・国内医療救護部
 医師 鷺坂彰吾
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<認定医・専門医>
日本救急医学会救急科専門医
日本災害医学会認定災害医療ロジスティクス専門家
東京消防庁救急隊指導医・救急相談センター救急相談医
日本DMAT隊員・統括DMAT登録者・DMATロジスティックチーム隊員

取材後記

インタビューの中で、鷺坂先生が何度も口にした言葉が「顔の見える関係性」。これはプライマリ・ケアの領域においても重要なキーワードとなることは言うまでもない。患者さんとの関係、地域との関係、福祉・介護分野の人たちとの関係、いずれも「顔の見える」つながりが求められてくる。災害医療に対してもそれは同じで、だからこそ特別視するのではなく、日常の医療の延長上としてとらえる必要があると鷺坂先生は強調する。
災害医療や救急医というと、ドラマで見るような現場を想像しがちだが「日々の9割以上は地味な活動の積み重ねです」と先生は苦笑いする。災害によって日常が失われた時、いかに早く従来の生活を取り戻すかは、そうした日ごろの活動(ルール作りや仕組み作りなど)に関わってくるのだろう。プライマリ・ケアの視点が災害医療に役立つと先生はおっしゃったが、その逆もまた真。救急医としての先生の視点はプライマリ・ケアの分野にも大きなヒントをもたらしてくれている。

最終更新:2024年03月26日 22時17分

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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