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vol.07/「医療の枠を超えた対話の場づくり×地域の幸せと向き合い続けるヒューマン・ドクター」【医師】孫大輔 先生

鳥取大学で総合診療医として活躍しながら、地域医療の教育や研究にも携わる孫大輔先生。病院を飛び出して地域住民を巻き込んだ健康増進の活動をされたり、映画監督、YouTuberというユニークな横顔も。多方面でマルチな才能を発揮されています。『ブラック・ジャック』が医師の原点という孫先生に、家庭医に転向されるまでの経緯、総合診療に大切な視点などをお聞きしました。
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『ブラック・ジャック』に憧れて医学の道へ

- 孫先生は、なぜ医師を志すように?

単純なきっかけですが、手塚治虫さんの漫画『ブラック・ジャック』に影響を受けました。中学1年生の時に初めて漫画を読み、なんて面白い仕事だろう、僕も医者になりたい!って(笑)。全巻集めて、もう食い入るように何度も読み返しました。ブラック・ジャックのあの万能感というか、なんでもできるスーパー・ドクターという存在に憧れました。

- それから東大医学部へ進み、最初は腎臓内科医に?

ブラック・ジャックは外科医でしたから、最初は僕も外科医を目指しました。でも、あるとき「どんな病気でも治せる医者になりたいなら、外科医よりも内科医が近い。総合内科医という選択肢もある」とアドバイスをもらって。当時 東大医学部には総合内科がなかったため、内科の中でも全身を診ることができる科に進もうと思い、腎臓内科を選びました。主に大学院で腎臓病の研究をしていたのですが、細胞実験や動物実験が僕にはどうしても合わなくて…。
また、腎臓病の患者さんを診療するなかでも、全身の症状や心のケアといった総合的に診る必要性を感じるようになりました。一つの臓器を専門的に診て突き詰めてゆくことよりも、人間と向き合い、体も心もバランスよく診たいなと。

- 実は、ブラック・ジャックも総合診療医に近かったりしますか?

かも知れません。漫画の中でブラック・ジャックは「俺には心が治せないんだ」と言っていますが、体を手術で治すだけではなく、心も含めた人間の本質的なところも診ていますから。僕が憧れたのも、患者を取り巻く内外を俯瞰して見通せてしまうような彼の視点の高さだったのだと今は思えますね。

医師9年目から再研修を受け、家庭医・総合診療医に

- 総合診療医へ転向したのは?

東京ほくと医療生協・北足立生協診療所で、家庭医の再研修を受けた2008年からです。その数年前に家庭医療の研修やワークショップに参加し、家庭医療学がご専門の藤沼康樹先生や佐野潔先生と出会い、世界基準の家庭医療学の考え方を教わり、大いに影響を受けました。
飲み会の席での話ですが、佐野先生から「君は家庭医になった方がいい。今のまま腎臓内科医のままでいるか、家庭医になるか、今すぐ決めなさい」と背中を押していただけたことも、大きな転機になりました。
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- 家庭医の再研修をされて、想像とのギャップはありましたか?

医師9年目から再研修を受けたわけですが、僕は初期研修制度がない時代に研修医を始めたので、現在の初期研修の必須診療科である小児科や精神科を経験していませんでした。正直、最初は子どもを診るのが怖かったですね。家庭医・総合診療医は、あらゆる診療科をカバーできるスーパードクターみたいに思っていましたから、いざ自分が研修に入ってみて、そこまでスーパーな自分じゃない現実に気づかされました(苦笑)。

- でも逆に、やりたかったことに近づけた手応えも?

とても自分に合っていると実感しました。腎臓内科の専門医としてのスキルアップの流れは、ミクロな領域へズームインしてゆく感覚で、腎臓という臓器があり、そこに何万個というネフロン構造があり、糸球体や尿細管・間質に細かく分かれ、それぞれの専門性を深く高めてゆく仕組みになっています。

家庭医は全く逆の流れで、ズームアウトするような感覚があり、患者さんという一人の人間を軸に全体を診る。身体、心、家族、地域、社会まで総括するズームアウトしてゆく視点が、僕の理想に近いと感じました。
家庭医になってみて、すごく心地よく働けています。

- 診る範囲が広くなるからこそ、大変な面もありませんか?

大変さの種類が、臓器専門医とは違う気がします。例えば、腎臓内科医の場合は、病気の治療上の技術的な大変さがあります。透析患者に、どうやって血管を詰まらせないように治療するか?など、技術的な難しさが中心になります。

家庭医・総合診療医は、技術面よりも、対人的な総合的能力を高めていく必要があります。技術的に大変なことをやっている臓器専門医は相当レベルの高い技術に挑戦し続けていますし、私たち総合診療医は人間的な能力を高めて続けていかなければいけない。それぞれ単純に比較できない大変さがありますね。

病院から地域へ飛び出し、対話の「場づくり」を次々と発案

- 総合診療に求められるのは、やはり対話ですか?

そうですね。人間であることの意味というのを考えながら、患者さんと接し、診療をするのが総合診療の中核です。医療技術の一部は将来、最終的にはAI(人工知能)などのテクノロジーに置き換わる可能性があると僕は考えています。ですが総合診療は、AI(人工知能)に置き換えられない領域だと思います。

- 思い切って、地域の中へ飛び込むような活動もされていますよね?

病院に来られる患者さんを診ているだけでは、地域の一部の患者さんとしか接することができず、対話が十分できていないのでは?との思いから、2010年に健康について地域の方と気軽に語り合える場『みんくるカフェ』を始めました。さらに、2016年に東京下町の谷根千(やねせん=谷中・根津・千駄木)地域の住民と私たち医療従事者や研究者が協働する『谷根千まちばの健康プロジェクト(まちけん)』を始めました。

- 具体的にどんな活動を?

『まちけん』は、谷根千(やねせん=谷中・根津・千駄木)という地域に興味を持ったことが、きっかけ。そこに住んでいたり、活動している人たちが、とても楽しそうなんですよ。何でなんだろう?って。落語やお寺、路地といった下町風情と文化が残っている場所で、人々の健康に地域の文化が、どのように密接に繋がっているのか、調査するところから始めました。
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地域主体のお祭りが毎年あるのですが、小さな屋台を引いて参加し、呼び止められたら停車してコーヒーを配り、様々なことを話す『モバイル屋台de健康カフェ』を開いたり。『まちけん』では、自主制作映画も製作 しました。

- えっ!? 映画監督デビューまで?

はい(笑)。谷根千(やねせん)を舞台に「うつ病」と診断された大学院生が地域や人との出会いを通して癒やされ、成長していく姿を描いた『下町ろまん』という約25分の短編映画です。
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家庭医との“二刀流"で映画製作の学校にも通い、脚本や映像編集も手がけました。制作メンバーと出演者でアイデアを出し合い、地元のお店にも協力してもらって、撮影スケジュールや準備など、うまくいかなかい苦しさも味わいつつも、頭の中で想像した物語や考えが形になる喜びが大きくて、面白かったですね。

家庭医として地域の人々の「ウェルビーイング 」を考え続けたい

- その後、2020年に東京から鳥取県大山町へ移住され、地域医療に取り組みながら映画2作目を手掛けられたとか?

ええ。今度は、在宅看取りをテーマにした『うちでいきたい』という短編映画を製作しました。鳥取県大山町に住む末期がんの高齢女性と、介護以外にも様々な問題を抱える家族との繋がりや心情の変化に焦点をあてました。人生の終わりが見えてきたときに当事者である患者さんやご家族はどう感じるのか。人としての本当の幸せって何だろう。病気の原因を取り除くだけが医療ではないこと、人との繋がりを通して幸福感(ウェルビーイング)が高まれば心の健康が増すことを伝えたくて作りました。「在宅看取りってこういう感じなのか」「在宅看取りもいいな」と映画から感じてもらえたら嬉しいです。
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    孫先生が手掛けた映画『うちでいきたい』(ポスター)。大山町らしさ、人間らしさが映像からあふれる作品。

- 先生の映画は「地域の繋がり」「人の心」を大切にされているんですね。

病はすべて、身体的なものだけではなく、精神的なものや社会的なものが相互作用しあうものです。家庭医療学で言えば「BPSモデル(生物心理社会モデル)」という考え方なのですが、仕事を失ったり、孤独に陥ったり、人間関係が崩れたり、っていう社会的・心理的なものが病に大きく影響するわけです。だから、地域の繋がり、人と人の繋がりが、逆に心の平穏や幸せに良い意味で作用するものだと思っています。この身体的・心理的・社会的に良い状態というのが「ウェルビーイング」の考え方でもあります。私にとって、映画製作や上映会も、地域の方たち対話するためのコミュニケーションツールの一つなんです。

- 先生にとって「対話の場づくり」は普遍的なテーマなのですね。

そうですね。今の時代、コミュニケーションテクノロジーが発達したのに、なぜか分断が起きやすくなっていますよね。本当の意味での人と人の対話がしづらくなっているのだと思います。自分と似たような意見の人と集まる傾向にありますから、自分と価値観や考えが違う人と対話するのが苦手で避けてしまう。だけど、価値観が違う人と繋がったり、対話したり、協働すると、新しいものを生み出せる面白さがあります。対話が生まれるような「場づくり」を、今後も働きかけてゆきたいですね。家庭医としてだけでなく、一人の人間として地域の人々と繋がり続けたいと思っています。
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- 先生が今後やってみたい、興味を持っていることを教えてください。

個人的には哲学を深めるのがすごく楽しくて、哲学の本を読む読書会みたいな活動も始めました。医師は科学者でもあるのですが、科学だけを突き詰めすぎると、「どう生きるか」という倫理の概念が欠落しやすい。だから、医者は科学者だけになりきってはいけない、というのが僕の持論です。哲学や文学などのリベラル・アーツ(人間を自由にするための知識や手法)を、医療に応用してゆく仕組みに興味があります。『Sonson’s Academyそんそんずアカデミー』っていうYouTubeチャンネルも開設しました(笑)。

- 総合診療に興味を抱いた学生や若い医師にメッセージをお願いします。

家庭医・総合診療医に少しでも興味を持ったのだとしたら、その時点で適性があります。あとは、行動する勇気だけ。僕がプライマリ・ケア連合学会に最初に参加したのが、腎臓内科医から家庭医に転身する数年前。ちょうど藤沼先生や佐野先生に出会った頃でした。内科系の学会と良い意味で全然違う!とカルチャーショック受けたことを鮮烈に記憶しています。学会への参加も家庭医の再研修を受ける勇気を持てた一つのきっかけになりました。

今は別の診療科の医師という人や、まだ医学生という人も、家庭医・総合診療医にちょっとでも興味があるなら、連合学会のセミナーなどに気軽に参加してみてください。僕が講師をしている地域医療学講座の見学も、いつでも大歓迎です。一緒に地域の中へ飛び込んで、みんなで語り合いましょう。

プロフィール

鳥取大学医学部 地域医療学講座
医師・講師 孫 大輔(そん だいすけ)

~プロフィール~
2000年3月 東京大学医学部卒業
2003年4月〜2004年3月 虎の門病院 腎センター内科
2004年4月〜2008年3月 東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科
2008年4月〜2012年3月 東京ほくと医療生協 北足立生協診療所(医療生協家庭医療学レジデンシー・東京)
2012年4月〜2020年3月 東京大学大学院医学系研究科 医学教育国際研究センター
2020年4月~2021年9月 日野病院 総合診療科
2021年10月~ 鳥取大学医学部 地域医療学講座 講師

◆孫先生が製作した映画『うちでいきたい』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=B93-uCeewTs 

◆孫先生のYouTubeチャンネル『Sonson’s Academyそんそんずアカデミー』
https://www.youtube.com/@SonsonsAcademy2020 

取材後記 ~あらゆる手法で地域の幸せを追求するヒューマン・ドクター〜

家庭医として地域医療や後進育成に力を注ぎながら、映画製作をはじめ多彩な挑戦を続けている孫先生。
インタビューを通して、孫先生にとっては医療と同じくらい、映画製作や地域の活動も、人として大切にしている「対話」手段の一つなのだと感じた。孫先生とお話しをしていると、総合診療が包括する哲学的・社会的・心理学的な側面も見えてきて、たちまち“そんそんワールド"に惹き込まれてしまう。
ブラック・ジャックがスーパードクターならば、孫先生はヒューマン・ドクター。
今後の活動に、ますます目が離せない!

最終更新:2023年02月15日 15時32分

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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