ホームニュースプライマリ・ケア Field LIVE!vol.17/「総合病院の総合診療医として、専門医とともに垣根を越えた体制づくりを確立」【医師】矢吹拓先生

ニュース

プライマリ・ケア Field LIVE!

vol.17/「総合病院の総合診療医として、専門医とともに垣根を越えた体制づくりを確立」【医師】矢吹拓先生

総合診療医として総合病院に勤務し、各専門医との連携を図りながら多くの患者に向き合っている矢吹拓先生。「私たちはゲートキーパーとしての役割を目指しています」という矢吹先生に総合病院での業務の取り組み方や連携を図りやすい体制づくりのポイントなどについてお話をうかがいました。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-426-1.jpg

「新医師臨床研修制度」の導入で総合診療医の道へ

— 先生はどのようなきっかけで医師を目指すようになったのですか?

私の実家はキリスト教の教会で、父は牧師でした。そのため小さい頃から「人を愛し人の役に立てるように」「弱い立場の人に寄り添うように」と育てられてきました。子ども心に「そういうことができる仕事はお医者さんだ!」と思い、そこから医師を目指すようになりました。小学生の頃ですね。

— 医師のなかでも総合診療医を目指した理由はどこにあったのでしょうか?

もともと私は小児科志望だったんです。純粋に子供が好きという理由で、医大の6年生のときの実習では大学病院・市中病院の小児科で実習し、将来的に小児科に進もうと考えていました。卒業がもう1年早かったら、間違いなく小児科医になっていたと思います。ところが、私が卒業した年から「新医師臨床研修制度*」がスタートしたことで、その後の人生が大きく変わりました。

*新医師臨床研修制度
従来の研修医の多くは単一診療科の「ストレート研修」を受けていた。単一の専門領域の研修が中心となるため、幅広い領域の診療を研修する機会が少なく、総合診療科や家庭医などの専門領域を目指す医師は少なかった。また、専門領域が追求されすぎるあまり「病気を診るが、人を診ない」と言われることもあった。そうした問題を解消するために2004年から新医師臨床研修制度がスタート。さまざまな診療科目を研修することで幅広い診療能力が身につく「スーパーローテート研修」が導入された。

— それはスーパーローテート研修と関わりがありますか?

はい。スーパーローテーションによって様々な診療科で研修していくなかで、どの診療科も学生時代に学んだ内容とは違って非常に魅力的に感じていました。小児科医を目指しつつも小児科以外の領域の学びも楽しかった。そんな中、あるときふと思ったんです。「初期研修が終わった後は、もう子どもしか診ることがないんだな…」と。自分が今研修して学んでいる知識や技術を使う機会がなくなることに疑問を持ったということでもあるかもしれません。

小児科に進む以外の選択肢もあるのではないか……そんな迷いが生じていくつかの医療機関を見学して回りました。そのタイミングで出会ったのが「総合診療/総合内科」だったわけですね。
 「あ、自分がやりたいのは、こうゆうことだったんだ」と思いました。
子どもからお年寄りまで、いろんな世代に対応できるジェネラリストになりたいと思っていたのだと思います。当時の先輩にも小児科の研修を受けている先生もいて、小児科志望から総合診療医になってもいいんだ、という勇気をもらいました。

専門医との連携で互いの可能性を広げていく

— その後、東京医療センターで後期研修を受けられました。

はい、2006年からですね。後期研修は5年間と長かったのですが、その間、病院の総合内科だけでなく、診療所での外来や訪問研修、そして小児科研修も経験させてもらいました。その中で現在勤務している国立病院機構栃木医療センター(当時栃木病院)にも来たのですが、当時深刻な内科医不足がありました。当時「総合内科医/総合診療医に来てほしい」というオファーがあり、2011年から赴任しています。

— 栃木医療センターでは「総合内科」に関して体制づくりを手がけました。

そうですね。当時は深刻な人手不足ではあったのですが、一方で必要とされやりがいを感じる状況でもありました。多くの総合病院では内科も専門分化されていることがほとんどですが、当時の栃木病院ではそんな余裕はありませんでした(笑)。なので、専門医も総合医も協力して一緒に内科を作る必要がありました。そう言った意味で、ジェネラリスト・スペシャリストが一体となった内科診療を心がけました。敢えて「内科」というカタチを維持して、他の専門科の先生方と診療チームを作り、一緒に学んだり、専門的知識や技術を教えてもらうことも多くありました。また、入口を総合診療が担うことも多く、お互いがwin-winになるような体制を目指しています。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-426-4.png
    矢吹先生が勤務する栃木医療センター

— 総合診療医と専門医が連携するにあたって意識しているポイントはありますか?

私も前任の東京医療センターでは、専門科の人数も多く垣根を感じることが多かったのも事実です。栃木医療センターでは、人手が少なかったこともあり、当初ワンチームで診療を行っていました。「内科」という枠組みで一緒の診療科で働き、人数が増えてきた後も、それぞれの診療科が同じチームに所属して、一緒にカンファレンスを行うことで、診療における患者ケアの相談をしやすくできるようにしました。消化器科や循環器科の先生方にとって「総合診療科/総合内科」を身近に感じることができるやり方だったのでは無いかと思います。この共通基盤を維持することにより、垣根を低くできたのではないかと思っています。

— 専門医との協働に関して何か具体的なエピソードがあれば教えて下さい。

当初赴任した時には、消化器科の専門医の先生方しかいませんでした。なので、今まではあまり経験しないような消化器専門診療の経験を複数させてもらいました。内視鏡検査や処置はもちろん、がん診療にも携わらせてもらいました。それまでは、癌の診断や緩和的な対応をすることは多くありましたが、癌患者さんの化学療法を専門医のバックアップの基で経験することができました。専門医の先生と相談しながら治療にあたったのですが、それまであまり経験してこなかった「知らなかった景色」を見ることができ、医師としての視野が広がったと言えます。治療に携わりながら、最終的にACPの実践や本人の意向を重視して訪問診療に繋げることができたことは専門医の先生に評価してもらえたのも嬉しかったです。

— 「一緒にやってみる」ことが大切なんですね。

とても大切だと思います。協働することで総合診療医は何ができるのか、どういったことを重視しているのかを知ってもらえますし、私達も専門医の視点や考え方を学ぶことができます。そうしたことの積み重ねで意思疎通もスムーズになっていき、win-winの関係を通して信頼関係も育まれていくというのが、これまでの経験から得られた実感です。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-426-7.jpg

総合病院内のゲートキーパーとして存在感を発揮

— 栃木医療センターの総合内科ではどんなカンファレンスをやっているのでしょうか。

そうですね。ちょっと多過ぎるという問題もあるので、色々調整していますが、現在はチームカンファレンスや全体カンファレンス、論文抄読会)、多施設合同症例カンファレンスなどがあります。色々課題も多いですが、カンファレンスを通して情報や知見を共有することの重要性は感じます。また、コロナ禍を経て、そういったカンファレンスで得られる一体感は大事だったのだと感じています。

— コミュニケーションの大切さを実感したんですね。

はい。新型コロナウイルスが感染拡大した時期には、カンファレンスの実施が難しくなり、仕事外のつきあいもなくなり、全体としてはコミュニケーション不足に陥った様に思いました。オンライン会議も当たり前のように利用することになりましたが。ただ、カンファレンス自体の課題も感じており、現場のニーズは色々変化する中で試行錯誤を重ねています。

— 病院外での連携への取り組みに関してはいかがでしょうか?

栃木医療センターでは2022年夏に「地域包括ケア病棟」を新たにスタートしました。この病棟は急性期治療を受けて病状が安定してきた患者さんの自宅退院をサポートしたり、在宅療養中の患者さんの療養支援などを行うことを目的とした病棟です。宅や介護施設等への退院支援が重要な役割の一つであり、院内においては多職種連携を通して、院外においては地域の医療機関や介護福祉サービス施設等との連携を深めていくことを求められています。この地域包括ケア病棟は総合診療医が中心になって運用しています。総合診療医の裾野が広がり、それぞれの特性に応じて様々な活躍シーンが生まれるようになったことは嬉しく思っています。病院で働く総合診療医の一つのカタチだと思います。

— 総合診療医というと診療所で活躍しているというイメージを抱きがちですが。

そうなんですね。確かに家庭医的なイメージの総合診療医だと診療所で働くイメージかもしれません。でも総合病院で働く総合診療医は実はとても重要な役割を果たすと思っています。まだまだ少数かもしれませんが。専門医と連携を取ることでゲートキーパー的な役割から、診療科横断的な役割を果たして多職種や在宅チームと連携して退院支援を行う地域包括ケアの担い手としての役割まで、総合病院で求められる総合診療医の像は多彩だと思います。専門医制度も整いつつあり、裾野は広がってきていますから、多くの若手の先生方がチャレンジできるように支援していきたいです。

— 総合病院で総合診療医として活躍したい人たちへのメッセージを。

私自身の経験から言えば、後期研修の5年間は「無我夢中」の一言でした。いや「五里霧中」かも知れない(笑)。
自分がどこへ向かって進んでいるのか分からず、とにかく目の前のことをこなすことで精一杯という感じでした。ただ、それでも年数が経ってみると、それまでの経験や知識が徐々に結びついていくことを感じることが多くなってきます。点と点がつながって線になり、やがて面を構成していく様なイメージです。「あのとき経験したことはここで活かせるな」とか「以前学んだことの意味はこれだったんだな」と後から気付くことも多くあります。今ココが不安になることはありますが、焦らず目の前の小さなステップを1歩ずつ歩いて進んでいくと見えてくることがあると思います。

プロフィール

独立行政法人国立病院機構  栃木医療センター
内科副部長・内科医長
医師 矢吹 拓
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-426-10.jpg
~プロフィール~
2004年群馬大学医学部卒業
2006年国立病院機構東京医療センター総合内科
2011年国立病院機構栃木医療センター内科を経て、13年より現職

日本内科学会総合内科専門医・指導医
日本プライマリケア連合学会家庭医療専門医・指導医・評議員・理事
身体障害者福祉法指定医
産業医
臨床研修プログラム責任者 
臨床研修指導医

取材後記

矢吹先生のお話を通して多くの人が得るであろう印象は「ともに取り組むことの大切さ」ではないだろうか。
今回のインタビューでは専門医との総合診療医との連携がメインのテーマとなったが、これは多職種連携にも通じるものだ。ともに取り組むことにより相互理解が深まり、信頼関係が強固になっていく。おそらくはそのプロセスのなかでたくさんの学びや気づき、そして成長があるに違いない。矢吹先生の歩みは一つの良き前例として多くの総合診療医を励ましてくれることだろう。先生ご自身の今後の活躍にも大いに期待したい。

最終更新:2023年05月29日 23時55分

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

記事の投稿者

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

タイトルとURLをコピーする