ホームニュースプライマリ・ケア Field LIVE!vol.23/「家庭医療専門医研修プログラム関連の全体コーディネイトを通してプライマリ・ケアに貢献」【医療事務】芦野朱さん

ニュース

プライマリ・ケア Field LIVE!

vol.23/「家庭医療専門医研修プログラム関連の全体コーディネイトを通してプライマリ・ケアに貢献」【医療事務】芦野朱さん

今回ご登場いただくのは医療事務としてのキャリアを長年築いてきた芦野朱さん。
「プライマリ・ケアにおいて、待合室の患者さんの様子を〝観察〟できる医療事務は重要な役割を果たしている—」。そのことを知ってから仕事スタイルが180度変わったという芦野さんは医療事務スタッフとしてはある意味、異色な存在。それだけに話は大変示唆に富んだものとなった。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-467-1.jpg

プライマリ・ケアの「聖地」と呼ばれる診療所

— 研修担当事務とはどのようなお仕事なのでしょう。

はい。私が担当しているのは、日本専門医機構認定の総合診療専門医、日本プライマリ・ケア連合学会が認定する家庭医療専門医の研修に関する業務です。家庭医/総合診療医になりたいという専攻医のみなさんが受ける研修プログラムですね。そのプログラムを実施する際に必要な調整や交渉、それに加えて指導医のサポート、専攻医のサポートなどが私たちの仕事ということになります。家庭医/総合診療医になるための研修は割と細かくローテーションが決められていて、例えば内科の研修は1年間、小児科や救急科はそれぞれ3か月。また、中規模の病院で半年以上、診療所で1年以上といった感じになっているんです。そのローテーションのスケジュールを組み立てたり、受け入れ先の施設(病院や診療所)に受け入れの依頼を行うのも仕事のうちです。

— かなり専門性の高いお仕事になりますね。

医療事務の仕事ではあるんですけど、一般的にイメージする医療事務とはまた違う内容になりますね(笑)。専攻医のみなさんはいろんな人たちの協力のもと育っていきますから、その関わりのある人たちすべてにアプローチするのが私たちの役割です。
ときには患者さんともやりとりすることもありますよ。例えばプログラムのなかには「ビデオレビュー」というものがあって、これは外来の患者さんを診察しているところを映像に撮り、指導医と一緒に見直しながらスキルアップにつなげていくというものですが、その撮影の許可を患者さんから得るためのやりとりも行います。

— もともとは一般的な医療事務の業務をしていたんですか?

そうですね。私の出発点はパート勤務です。実は私は体育大学の出身で、体育の教師になりたかったんです。でも、私の時代は「超」がつくほどの就職氷河期。採用人数が相当に絞られたこともあって、体育教師の夢は諦めざるを得ませんでした。それで、私の祖母がお世話になっていた病院で医療事務として働くことになったんです。パートとして入って、のちに職員となりました。

その当時は受付業務から診療報酬の計算、レセプトの作成までと一般的な医療事務の仕事をしていました。その病院に5年ほど勤めた後、生協浮間診療所に転職しました。当時の診療所長は藤沼康樹先生。日本における家庭医、プライマリ・ケアの開拓者と呼ばれる方です。この診療所は関係者から「聖地」と呼ばれるほどのところでした。本当にたまたまなんですけど、私はそこに転職したわけです。

「医療事務も医療チームの一員」と言われて

— 生協浮間診療所でプライマリ・ケアのことを知ったのですか?

そういうことになりますね。ただ、このときは「家庭医」とか「プライマリ・ケア」という言葉は知らなかったんですけど、その医療活動はなじみのあるものでした。と言うのも、実家で一緒に住んでいた私の祖母は寝たきりで、しょっちゅうお医者さんや看護師さんが来ていたんです。いわゆる訪問診療ですね。それで家族である私たちにも話を聞いたりしていました。「最近はどうですか? 疲れていませんか?」など、家族の体調も気にかけてくれていたんで、それがいわゆるプライマリ・ケアのスタイルであることを、この診療所に転職してきたときに知ったことになりますね。「あ、あれはプライマリ・ケアだったんだ。あのお医者さんはプライマリ・ケア医だったんだ」といった感じです。

— そこからプライマリ・ケアに興味を持ったのですか?

もう1つ大きなきっかけがあります。それは、藤沼先生から「待合室にいる患者さんの様子に注意しておいてほしい」と言われたことです。診察を待っている間の様子や他の患者さんと話しているとしたら、その相手は誰なのかといったことを「観察」しておいてほしいとのことでした。なぜなら、待合室では患者さんは診察室とはまた違った顔を見せるので、それがいろんなヒントになるからだそうです。「その意味では、受付はプライマリ・ケアにとってはとても重要な役割なんだよ」と言っていただいたんです。
患者さんは診察室に入ると、どうしても身構えてしまいがちですよね。お医者さんに言いたいことがあっても言えなくなるケースもあります。だから、素のままでいられる待合室の様子は貴重な情報になるわけですね。待合室の患者さんの様子を医療専門職が見る機会はほとんどありませんし。それを聞いた時、私は背筋が伸びる思いでした。「自分も医療チームの一員なんだ」という感動がありました。それからですね、プライマリ・ケアについて懸命に学ぶようになったのは。

— 仕事スタイルも変わりましたか?

180度変わったと言ってもいいほどですね(笑)。それまでは患者さんに対しては、あまり良くない表現ですが「捌く」といった感覚で接していたんです。とにかくパッパパッパと受付をして会計をして……という感じですね。受付のところで混雑しないように、患者さんを待たせないように、できるだけ迅速にこなしていくことを最優先にしていました。
でも、藤沼先生の言葉を意識して仕事をするようになってからは患者さんに積極的に話しかけるようになり、一人ひとりの顔が見えるようになったなんです。例えば、糖尿病の患者さんが10人いたとしても、それぞれに違うんですね。薬がもらえればいいという人もいれば、別の疾患が出てきて不安という患者さんもいます。そういうことが会話を交わすことでわかるようになっていきました。そのうち、医師や看護師から「この患者さんはどういう人?」と聞かれるようにもなりました。「この人は○○さんとはママ友で、待ち合い室ではよくお喋りしていますよ」と教えると「なるほど、子育て中か。だったらこういうアプローチでいこう」というようなことも起きるようになりましたね。
そういうふうにこちらの声を拾ってくれるのはうれしいですし、やりがいにもなりますね。医療事務の仕事はIT化が進むことで効率性・正確性が高まって人間の手はいらなくなると言われています。でも、待合室の様子を見ていろんな情報を感じ取るのはAIにはできません(笑)。だから、医療事務も医療チームの一員という認識がもっと広がればいいとは思いますね。

「人が育つ姿」を見ることがうれしい

— 生協浮間診療所から北足立生協診療所に異動されましたね

北足立生協診療所は開設当初から「質の高いプライマリ・ケアをチームで提供する」ことを目的に掲げていました。医師はすべて家庭医で、言ってみれば「家庭医療専門診療所」という位置づけでした。私はそのオープニングスタッフとして異動してきたのですが、ここでの仕事は「医療チームの一員としての医療事務」であることに加えてプロモーション的なことも手がけるようになりました。例えば患者さんに家庭医の存在価値を伝えたり、実習に来る医学生のみなさんに家庭医の意義を大いにアピールしたり(笑)。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-467-4.jpg
    北足立生協診療所勤務のころ
医学生たちは実習に来たとしても、長い人で1か月、短い人なら3〜4日で診療所をあとにします。6年間の学生生活のなかでプライマリ・ケアの現場にふれるのは、ほんのわずか。その短い期間に少しでもプライマリ・ケアに対して強い印象を持ってほしいという思いがありましたね。

— その後、王子生協病院へ?

王子生協病院では、いまの仕事に近いのですが、医学生の実習のコーディネイトを行う部署に配属されました。実習生として受け入れる医学生のみなさんのスケジュール管理をしたり、進路相談に応じたり、ときにはリクルーティングもしていました。
じつは医学生相手のこの仕事に就いたことで私は日本プライマリ・ケア連合学会に入ることにしたんです(笑)。と言うのも、医学生たちをきちんと「説得」したかったから。彼らは「将来どんな医者になろうか」と考えながら実習を受けるわけですよね。私としては家庭医を選択肢に入れてほしいんですけど、だからと言って自分の思いを一方的にぶつけるだけでは伝わらないと考えたんです。自分の言葉に説得力をもたせるためには学術的な根拠が必要です。だから学会に入って勉強をしようと思いました。でも、学会に入っている医療事務の人は全体の0.17パーセントらしいですよ。もっと増えてほしいな、と思います。いろんなつながりや知り合いもできるし、面白いと思うんですけどね。
2020年度からは学会の委員会活動にも参加しています。現在はダイバシティ推進委員会、医療の質・患者安全委員会に所属しています。ダイバシティ推進委員会では「キャリアcafé」の担当をしており、様々な環境、職種、キャリアをもつ人たちが、気楽に話せる居場所を提供しています。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-467-7.jpg
    2023年5月名古屋学術大会で。キャリアcafé担当の委員会メンバーと一緒に。

— お話をうかがっていると、仕事をとても楽しんでることが伝わってきます。

そうですね、楽しいです(笑)。私はもともと教師を目指していたこともあって「人が育つ姿」を見るのが好きなんです。だからいまの仕事にはやりがいを感じていますし、医療事務ができることはこんなにあるんだよと伝えていきたいとも思っています。たまにですが、医学生時代に実習で関わった医師の方から「あのとき芦野さんに言われたことがずっと頭に残っていて、家庭医になることにしましたよ」と言われることもあります。それも仕事の喜びですね。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-467-10.jpg
    東京在籍のレジデントと一緒に
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-467-13.png
    現在ご勤務されているCFMD家庭医療学レジデンシー・東京

— 事務の方をもっとたくさん学会へ迎えいれたいですね。

私と同じ事務の方がもっと学会に入ってほしいと思っています。
学会に入るだけでなく、主体的に活動に参加する機会もいただけますし、充実した学会活動ができるようにもなっています。学会で一緒に活動できるようになれば良いなと思っています。

プロフィール

CFMD家庭医療学レジデンシー・東京/久地診療所(基幹施設)
事務 芦野朱(あしのあい)
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-467-16.jpg
1995年 医療生協さいたま 埼玉協同病院 医事課に勤務
1999年 東京ほくと医療生協 生協浮間診療所に勤務
2002年 東京ほくと医療生協 北足立生協診療所に勤務
2010年 東京ほくと医療生協 王子生協病院に勤務
2016年 医療生協さいたま さいたま総合診療医・家庭医センターに勤務
2020年 CFMD家庭医療学レジデンシー・東京で研修担当事務として勤務

【資格等】
医師事務作業補助者

JPCAダイバシティ推進委員会 所属
JPCA医療の質・患者安全委員会 所属
JPCA東京都支部 事務局
MSTFM:首都圏家庭医療教育者の会 事務局
JPCA埼玉県支部公認 SPart(すぱーと)事務局
Team SAIL(SDH/SVSを日常の診療現場で活用する活動をしています)

取材後記

「医学生に家庭医の魅力を伝えるために説得力を持たせたかったからJPCAに入りました」。この言葉に芦野さんの人となりが集約されていると言っていいだろう。学会を通じて学んだ知見を根拠とすることで自分の言動に責任を持とうとする真摯な姿勢が、そこからは伝わってくる。情熱だけで押し切ろうとしないアカデミックなアプローチ(もちろん情熱も大切だが)。
そんな芦野さんは学会で「プライマリ・ケアに関わる医療事務スタッフが有するコンピテンシー(行動様式・特性)」について研究発表をしたり、埼玉県(芦野さんの出身地)の家庭医同士をつなげるネットワーク(JPCA埼玉県支部公認 SPart)を立ち上げたりと八面六臂の活躍ぶりを見せている。今後もその行動力を駆使しながらプライマリ・ケアの「伝道師」として力を尽くしてくれるに違いない。

最終更新:2023年08月02日 20時21分

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

記事の投稿者

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

タイトルとURLをコピーする