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vol.27/「地域の医療・保健ニーズをつかむためにクラウドファンディングを利用して〝暮らしの保健室〟を開設した若き専攻医」【医師】舛森悠先生

「もっと早く受診してくれていたら」。専攻医として患者さんと向き合っている舛森先生は、日々の仕事においてそう思うことが少なくないそうです。そこで先生が考えたのが診察室の外に出て、地域の方々と会う場所を作ること。その試みがクラウドファンディングを活用した「暮らしの保健室」です。YouTubeでさまざまに情報発信もしている舛森先生に医師としての想いを語っていただきました。
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「誰かのために役に立ちたい」という気持ちの目覚め

— 先生が医師を目指したのはいつからなのでしょうか?

医学部に行こうと決めたのは高三の夏でしたが、実はそれまで医者になりたいと思ったことは一度もありませんでした。親が医者というわけでもなく、人の役に立つ仕事がしたいわけでもなかったんです。むしろ「人の役に立つ仕事をしたい」というのは、どこか偽善的というか、嘘くさいなという気持ちがありました。いま思えば斜に構えていたと言えますが、そんな私が考えを改めたのは、高三の夏に桜木奈央子さんという写真家の方の講演を聞いたことがきっかけでした。
桜木さんはアフリカのウガンダで撮影をするかたわらウガンダの人々を支えるさまざまなプロジェクトを手がけているんですが、その様子を目にして私は気持ちが落ち着かなくなったんです。そのとき初めて、自分のなかに「誰かのために役立ちたい」という思いがあったことに気づきました。それまで偽善的だと思っていたのは、行動を起こせない自分に対する裏返しの気持ちがあったわけですね。それで「人の役に立つ仕事は何だろう?」と考えて思い浮かんだのが医者です。それで医学部を目指すことにしたんです。

— こんな医師になりたいと言うイメージはありましたか?

進路の決定は初期研修の2年間で決めるんですが、私の場合ギリギリまで悩みました。小児科に行こうか、それとも循環器内科にしようかといった感じでしたね。最終的に総合診療に決めたのは、函館稜北病院で受けた研修が大きかったですね。「プライマリ・ケア」というのは、人の役に立つという観点から言えばやはり存在感があると思ったんです。おそらくプライマリ・ケアに関わる他の先生方もそうだと思いますが、特定の臓器に関心があるわけではなく、目を向ける対象が人や家族、地域、社会といったものになってくるので、そこに面白さを感じたと言っていいでしょうね。
私は割と飽きっぽいところがあるんですが、人に興味を持つというのは、きっと一生飽きないだろうな、と(笑)。患者さんは一人ひとりが違いますし、生きてきた背景も違う。そういう人たちに寄り添うというのは人生を賭けるに値する仕事だと思いました。
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— 総合診療を知ったとき、どんな印象を受けましたか?

外来の患者さんとじっくり話す?経験をしたのですが、そのときに指導して下さった先生と患者さんとのやりとりが印象的でした。例えば、タバコですね。それまでの私は正論を押し通すというか「タバコ=悪」で絶対にやめたほうがいいと思っていたんです。でもその先生は頭ごなしに否定するのではなく、タバコをやめることに関心があるのか、それとも禁煙する気はないのかといったところから話を進めていくんです。そういう対応を見ていたら、健康というのは幸せに生きていくための手段でしかないと思うようになりました。
本人が太く短く楽しく生きるのがいいと言うのなら、そしてそこに喫煙が欠かせないということであれば、それはそれでアリなんだなと。本人がリスクを承知した上で「それでもこれが人生の楽しみなんだ」と言う場合、私たちに止める権利はありません。タバコではなく、アルコールでも言えることですが。

YouTubeで意欲的に情報を発信

— 先生は専攻医3年目ということですが、悩みや課題はありますか?

患者さんともっと早く出会うにはどうすればいいかということはよく考えますね。私たちが患者さんにお会いするのは診察室で、こちらからお呼びしたわけではなく、向こうから来られるわけです。当然のことですが(笑)。
そして、ほとんどの患者さんが何らかの症状が出てきたとか、健康診断で引っかかったとか、そういうことがきっかけで来院します。 基本的に悩みがないと来られないわけですが、診察する側としては「もう少し早く病院に来てくれていたら。相談をしてくれていたら」と思うことも少なくありません。例えば糖尿病で言えば、もっと早く診察を受けていたら、合併症を引き起こすまで進行することはなかったのに、といったことですね。もっと早い段階で患者さんと接点が持てるようにするにはどうすれば……ということは割と考えています。

— 先生がYouTubeを始められたのは、そこにも関係がありますか?

そうですね。外来での診察は患者さん一人ひとりに割ける時間は10分程度、長くて20分程度なんです。その限られた時間の中で話せることとしては体調についてや検査結果について、あるいは薬のことくらいです。その次の段階の予防法とか健康的な食事習慣や運動習慣についても話をしたいんですけど、時間がない。そうした、伝えたくても時間の制約で伝えられない部分をすべてYouTubeで発信したいと思ったんです。
だから動画のコンテンツは「あの患者さんにこのことを話したかったな」と思ったことをメインにしています。また、患者さんから質問があった内容もコンテンツにすることがあります。よく聞かれるのは食事のことですね。「テレビでいいと言っていたけど本当ですか?」とか。そういうのは自分できちんと調べてみて発信することにしています。
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YouTubeチャンネル『YouTube医療大学』
https://www.youtube.com/channel/UCorkEIBwAysd3j3MJcJqS_A

— JPCA(日本プライマリ・ケア連合学会)でもYouTubeの動画配信をされていますね。

はい。JPCAに専攻医部会というものがあり、そこで「Connect 〜総診 × Special Interests〜」という企画名でいろんな先生方にインタビューしています。総合診療・家庭医療を専門とする一方、その他の分野でも活躍されている先生方が対象です。例えば、国際医療やスポーツ医学といった分野ですね。
臓器などの専門医は「深さ」が重視されますが、総合診療・家庭医療医は「広さ」が大切です。その広さを持つことで、どのような価値提供ができるのかといったことを考えていくための試みですね。私自身がインタビューさせていただいているんですが、本当に勉強になります。こういうキャリア形成の仕方があるんだ、とか。役得といってもいいくらいですよ(笑)。
*『Connect 〜総診 × Special Interests〜』
JPCA専攻医部会でもキャリア支援の活動を積極的にされています。
https://www.youtube.com/watch?v=A39mUQrIs9Q&t=281s&pp=ygUTSlBDQeOAgOOCiOOBhuOBpOOBuQ==

つながりを処方する「暮らしの保健室」を開設

— 先生は函館で「暮らしの保健室」という取り組みをされています。その活動について教えてください

これは医療者が街に出て、地域の方々との交流できる場を設けようという試みです。病院に行くほどでもないけどなんとなく不調を感じるとか、健康への悩みや不安がある、孤独だ、子育てが大変だというみなさんと出会える場所ですね。話せば気持ちが楽になるということがありますし、私たちも地域の医療・健康ニーズを把握できます。
また、ただ話をするだけではなく「社会とのつながりを処方する」といった目的もあります。その例としては、こんなケースがあげられます。私の担当する患者さんで70代の男性がいます。通院はするのですが、薬の処方は断るという方でした。「先生の顔を見るだけでいいんだよ」と言って10分ほど話して帰っていくのが毎回のパターン。病院以外に行くところがなくて、私を相手に世間話ができればそれでいいとのことでした。「後は迎えが来るのを待つだけだよ」と笑っていましたが、どこか寂しげでもありました。
この方が若い頃棋士を目指していたことを知った私は、公民館で将棋サークルを開いている別の患者さんに紹介することにしてみました。そのことで、男性に生きがいができるかも知れないと思ったからです。「よかったら将棋を教えてあげてくれませんか」。男性は快諾してくれただけではなく、その後見違えるようにイキイキするようになりました。「社会とのつながりを処方する」というのはそういうことですね。
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暮らしの保健室 Facebook
https://www.facebook.com/profile.php?id=100094387641887

暮らしの保健室をやろうと思ったきっかけ
https://youtube.com/live/MPZartyaqFY

— とてもいいお話ですね

そういう事例があったので「暮らしの保健室」をやってみようという発想が生まれたといえますね。ちなみにこの暮らしの保健室は、東京の看護師の秋山正子さんという方がずいぶん前に始めたものなんです。同じような活動をしている人は全国にいるようです。
私の場合、始めるにあたってはクラウドファンディングを活用しました。一般社団法人として設立し、誰もが気軽に足を運べる居場所づくりを目指すということで支援を募ったところ、初日で目標金額の150%達成することができました。私の想いに共感してくださる人たちがこんなにたくさんいるのかと、とてもうれしかったですね。
また、最初は一人で立ち上げたのですが、それを知った病院のスタッフたちが「協力させて下さい。一緒にやりましょう!」と言ってくれたことにも感謝しています。病院外のケアマネジャーの方も手をあげてくれて、自然に多職種連携チームができあがりました(笑)。

— 先生が将来取り組んでいきたいことはなんでしょうか?

どういう形であれ、地域に根ざした活動は続けていきたいと考えています。チームを組んで地域を丸ごと見ていくような。「社会的処方」という言葉がありますが、これは先ほど例にあげた将棋の男性のエピソードのように、社会参加の機会を提供するというものです。「つながりを処方する」わけですね。医療従事者としてというよりも一人の地域住民として、他の住民のみなさんとそういう活動を続けていきたいと思っています。 地域活動をしていたら、たまたま医者が混じっていたから「じゃあ、ついでに健康相談でもしてみるか」と思ってもらえるような、そんな肩の力を抜いたやり方がいいですね(笑)。

プロフィール

医療法人道南勤労者医療協会 函館稜北病院 総合診療科
函館総合診療研修プログラム/JPCA 家庭医療専門医制度 専攻医/産業医

舛森悠 先生(ますもり ゆう)

経歴:
旭川医科大学 卒業
勤医協中央病院 初期研修

日本プライマリ・ケア連合学会
認知症予防学会

取材後記

今回、舛森先生からお話を伺うなかで感じたのは、いまの時代ならではのフットワークの軽さだ。「行動力」と言い換えてもいいが、YouTubeのチャンネル開設やクラウドファンディングを活用した「暮らしの保健室」のオープンなどITスキルを軽々と駆使して積極的に情報発信・人的交流の機会を設けている。
舛森先生が登場する番組「YouTube医療大学」のコンテンツを見ると、テンポのいい語りと興味をひく演出が小気味よく、ついつい引き込まれた。堅苦しい病気解説ではなく、エンタメ性すら備えているユニークな番組で、視聴者の反応もいい(好意的なコメントが少なくない)。こうした取り組み方は、今後若い医師たちの間からどんどん生まれてくるのではないだろうか。その先鞭をつけるという意味でも、今後の舛森先生の活躍にはおおいに期待したい。

最終更新:2023年09月19日 17時36分

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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