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2024年JPCA英文学会誌 掲載論文<筆頭著者インタビュー>慶應義塾大学医学部 総合診療教育センター 安藤崇之先生

大学ネットワーク委員会では、2024年にJPCA英文学会誌(Journal of General and Family Medicine)に掲載された論文の中からJPCA大学ネットワーク委員会として興味深い論文について、筆頭著者の先生へインタビューを行いました。今回は「Determinants of polydoctoring among multimorbid older adults; a cross-sectional study in an urban area of Japan(多疾患高齢者におけるポリドクターの決定要因:日本の都市部における横断的研究)」の論文を発表された、慶應義塾大学医学部 総合診療教育センター 安藤崇之先生にお話を伺いました。

論文データ

論文タイトル

Determinants of polydoctoring among multimorbid older adults; a cross-sectional study in an urban area of Japan
(多疾患高齢者におけるポリドクターの決定要因:日本の都市部における横断的研究)

筆頭著者

慶應義塾大学医学部 総合診療教育センター 安藤崇之先生
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1221-1.jpg

― バックグラウンド

多疾患は年齢とともに増加し、死亡率、要介護、入院率、医療費の増加などと関連し、高齢化社会を特徴とする先進国の医療制度に大きな課題を提起しています。特に日本では、多疾患併存の高齢患者の増加に伴い、「ポリドクター(polydoctoring、複数の医師による診療)」と呼ばれる現象が社会的な問題となっています。「ポリドクター」の大きな懸念点は、異なる医師や医療施設によって患者を管理することでケアの分断や医療費の増加を招くリスクを伴うことです。この研究は、多疾患を持つ高齢者の「ポリドクター」に寄与する、患者関連の要因を特定することを目的としています。

― 研究手法

人口約150万人の川崎市で、慶應義塾大学医学部百寿総合医療センターが行っている「Kawasaki Aging and Wellbeing Project(KAWP)」のコホート研究のベースラインデータを用いた横断研究です。KAWP参加者の選択基準は、(1)85〜89歳の川崎市の住民、(2)日常生活の基本的活動に障害がないこと、(3)研究サイトである川崎市立病院を独立して訪問できることとしました。このKAWP参加者のうち、2つ以上の慢性疾患を持つ高齢者968人を対象に調査・分析を行いました。

― 結果

特定の慢性疾患(眼疾患、骨粗鬆症、前立腺疾患、変形性関節症)が多疾患併存の高齢患者の「ポリドクター」の増加と有意に関連していることが示されました。これらの疾患を管理するための家庭医・総合診療医のトレーニングが医療費と治療負担の削減に繋がり、将来の医療政策と医学教育の方向性の指針の一つとなり得ることが期待されます。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1221-4.jpg
    T Ando et al., ”Determinants of polydoctoring among multimorbid older adults; a cross-sectional study in an urban area of Japan.”, J Gen Fam Med, 2024; 25(6): 376-383.
F I G U R E   Result of multivariate Poisson regression analysis for higher regularly visited facility (RVF). This figure delineates the results from a multivariate Poisson regression analysis with the RVF as the dependent variable. This adjusted model includes gender, frailty, education, financial hardship, and the presence of each condition. The horizontal axis indicates the rate ratios that represent the expected change in the RVF for each increment of one in the associated factors, while controlling for all other variables in the model.

― この研究に取り組まれた経緯を教えていただけますか?

私は医師7年目となる2019年に母校である慶應義塾大学医学部へ戻り、かねてより興味があった臨床研究に本格的に着手するようになりました。それまでは亀田総合病院や安房地域医療センターなど高齢者が多い過疎地域で家庭医として勤務していました。臨床現場の経験から高齢者の多疾患併存のマネジメントについて非常に関心があり、多疾患併存の高齢患者を包括的にケアするところに家庭医の価値があるのではないかと感じていました。研究を通してその価値を証明したいとの想いから高齢者×多疾患併存を研究テーマに選びました。

― 家庭医の臨床経験から着想を得た研究なのですね。

当大学医学部は基礎研究がとても強い大学で、KAWPのデータも遺伝子やメタボローム解析などの視点で解析がされていました。総合診療の研究に取り組んでいる人があまりいない状態だったので、総合診療医としての臨床の視点からデータ解析を行う研究をしたいと考えました。実は、今回の研究の前に「ポリドクター」をテーマにした先行研究(Measurement of polydoctoring as a crucial component of fragmentation of care among patients with multimorbidity: Cross-sectional study in Japan/多疾患患者のケアの断片化の重要な要素としての多医的ケアの測定:日本における横断的研究)を2023年に発表しており、そのシリーズの続編が今回の研究となります。

― 先行研究について教えていただけますか。

多疾患併存の患者の診療について、疾患別に心臓は循環器内科、膝の痛みは整形外科という具合に複数の主治医が存在する状況「ポリドクター」が、現在の日本では珍しくありません。しかし、「ポリドクター」の学術的な定義づけがされていなかったため、その指標を示す目的で先行研究に着手しました。この時に先述した「川崎Aging and Wellbeing Project(KAWP)」のデータを用いました。そして、定期的に訪れる医療施設(Regular Visiting Facility: RVF)の数を基に「ポリドクター」を測定する新しいアプローチを開発し、RVFがポリファーマシーや外来医療費とも有意に関連していることを論文に示しました。

― 先行研究をどのように発展させ、今回の研究を行ったのでしょう?

今回の研究では、先行研究で示した指標を用いて、そもそもどういう高齢患者が「ポリドクター」になりやすいかを検証しました。その結果、眼科疾患、骨粗鬆症、前立腺疾患、変形性関節症のような関節炎の疾患があると、「ポリドクター」になりやすい傾向が示されました。これらの疾患は、アメリカやヨーロッパでは総合診療医・家庭医の診療範囲に含まれる日常的な疾患と言えますが、日本では専門医がいる医療機関を受診することが多いという現状が顕在化した研究結果だと受け止めています。

― 結果について、意外だった点はありますか?

概ね想定通りの結果でしたが、がん疾患については有意差が見られなかった点や、経済的困窮が専門医を受診するか否かの意思決定に影響を及ぼしていなかった点は意外でした。ただ、この結果は調査データの参加者が比較的都市部の居住者だったことや、85歳以上の後期高齢者は後期高齢者医療制度により経済的負担が少なく受診できている背景も関係している可能性があります。

― 研究を進める上で苦労されたことは何でしょうか?

苦労という点では、先行研究の方が大変でした。まだ「ポリドクター」という言葉も概念もない手探り状態からのスタートで、データの測定や解析方法、概念の定義づけ、論文にするにあたって英語でどう表現すればいいのか、そもそも国際的な学術誌に論文が認めてもらえるのかなど、まさに試行錯誤の連続でした。

― 論文の反応はいかがでしたか?

プライマリ・ケアの国際学会「NAPCRG(North America Primary Care Research Group)」で、先行研究の論文を発表したところ、日本の「ポリドクター」の現状に驚かれました。家庭医が浸透している北米やカナダ、ヨーロッパの医療関係者が多く参加する学会なので「日本には家庭医がいないのか?! 日本の医療はどうなっているんだ?」と(苦笑)。マルチモビディティの研究をしているイギリスの研究チームから声がかかり、記事を寄稿する機会を得るなど、世界中の研究者に「ポリドクター」という言葉や、日本の医療の現状を認知してもらう良いきっかけになったと感じています。

― 今回の研究結果を踏まえた次の研究の構想も?

実はその後、もう1本「ポリドクター」の善し悪し、つまり患者の健康結果に与える影響を科学的に示した研究論文を2024年に発表しました(Association of polydoctoring and mortality among persons over 85 years with multimorbidity: a prospective cohort study in Japan/85歳以上の多重疾患患者における多発性疾患治療と死亡率の関連性:日本における前向きコホート研究)。この研究では「Kawasaki Aging and Wellbeing Project(KAWP)」のデータを用いて、疾患数が4つ以下の少ない群と5疾患以上の多い群では死亡率にどう影響するのかを検証しました。結論としては、疾患数が4つ以下の少ない群では「ポリドクター」状況である方が死亡率は下がる傾向にあり、5疾患以上の併存疾患の群ではその効果が消えるという結果になりました。

― この結果を、どう受け止めましたか?

疾患数が4つ以下の場合は専門医が疾患別に個別のマネジメントをすることで予後が良くなる可能性があるという結果を含んでいるため、総合診療に携わる私としてはショッキングでした。ですが十分にトレーニングを積んだ家庭医・総合診療医が多重疾患の患者を診療した場合のデータがあれば、結果が変わってくる可能性があると考えています。そのことを、改めて次の研究論文でちゃんと示せたらと思い、現在取り組んでいます。未発表データも含まれるので詳細はお話しできませんが、Ambulatory Care Sensitive Conditions : ACSC(プライマリ・ケアによる適切な介入で重症化を予防できる可能性がある入院)の観点や医療費問題、医療の持続可能性も考慮して、適切な「ポリドクター」状況を考察する論文にできたらと考えています。

1本目の論文の極意は「楽(らく)して書くべし」

― 研究をする上で大切にしていることを教えてください。

論文を通じて、より良い医療制度や政策の設計に役立つような発信をしたいと強く意識しています。私自身が家庭医になりたいと思ったのは、医大生の時に経験したイギリス短期留学でGP制度(General Practitioner)に感銘を受けたことがきっかけです。プライマリ・ケアが日本に根付くためには、最終的に医療制度や政策に踏み込んでいかないと変えられないという想いがあり、教育と研究をライフワークの2本柱とするために大学に戻ってきた経緯があります。

― 高いモチベーションを維持するコツは何でしょう?

研究をする上で多くの先生が課題に感じているのが、時間の確保ではないでしょうか。私も前職で臨床現場と並行して研究を試みたことがありますが、データの打ち込み時間を捻出できずに挫折した苦い経験を何度も味わっています。現在は大学で研究に専念しやすい環境と言えますが、それでも油断していると1週間ずっと研究以外の予定で埋まってしまうこともあります。研究に専念できるプロテクトされた時間を、意識的に確保することが重要です。私の場合は、JPCAやNAPCRGといった学会で研究を発表すること、学会で発表したものは1年以内に必ず論文にするというルールを自分の中で決めて、アウトプットのサイクルを循環させることを意識しています。

― 論文で行き詰まった場合に、突破口を見つける方法は?

私もそうでしたが、初めての研究ではデータの解析や論文の書き方など、判断に迷う場面が想像以上に多いんですよね。そういう時こそアドバイスを求められるメンターの存在が重要になると思います。研究や論文で多くの壁にぶつかった自分自身の経験を後進の研究者に味わって欲しくないという想いもあって、実は1年半前に総合診療領域の研究支援や教育支援のコンサルティングを行う会社を立ち上げました。

― 総合診療領域のコンサルティング会社を起業されたのですね?

大学が持っている研究と教育のノウハウや知識、統計解析などのリソースを、研究者を育成したい民間病院などに提供して対価を得るという発想のマッチングビジネスです。当大学はベンチャーや起業に寛容で促進している文化があり、実現しました。現在、自分が研修をしていた亀田ファミリークリニック館山とも契約を締結し、若手医師の研究支援や学会発表のサポート、論文のフォローなどを行なっています。メンターをボランティアで担っている大学の先生も大勢いらっしゃると思うので、対価を得ることに批判的なご意見があるかも知れませんが、大学研究者の高度なスキルをインストールして地域の総合診療の価値や質を高めるという着眼点で考えると、意義があると考えています。

― 最後に、研究に興味がある若手医師にアドバイスをお願いします。

これから初めて論文に挑戦する方にアドバイスするとしたら、「1本目の論文執筆の極意は『楽(らく)して書くべし』」です。私が取り組んできた研究はどちらかといえばデータドリブン(既存データを解析して結果を導くこと)な研究です。世の中に転がったまま見過ごされている膨大なデータの中から、意味がある結果を導き出すことも価値のある研究です。既存データを活用し、リサーチクエスチョンを考え、データを解析して論文にしてみるという一連の流れを完走することが重要で、1回経験すれば2本目以降は論文のアウトラインやデータ解析の方法をイメージしやすくなります。そうした経験を何度か経た後で、自分が本当に取り組みたい研究クエスチョンを見つけ、既存データでは不十分だと判断した時に初めてデータ収集から着手する。そうやってステップアップしていくことで研究を効率的に進める手法が身につき、研究そのものが楽しく感じられるはずです。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1221-7.jpg

取材協力者プロフィール

慶應義塾大学医学部 総合診療教育センター
 安藤崇之(あんどう・たかゆき)

<安藤先生のポリドクターに関する論文>
今回取り上げられたJGFM掲載論文 
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jgf2.728
ポリドクターの定義とポリファーマシー・外来医療費の関連(2023年発表)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jgf2.651#
ポリドクターと死亡率との関連(2024年発表)
https://doi.org/10.3399/BJGPO.2024.0016

<安藤先生の起業した株式会社PIER>
https://pier.co.jp/

【経歴】
2013年 慶應義塾大学 医学部 卒業
2013年 亀田総合病院 地域ジェネラリストプログラム 初期研修医
2015年 安房地域医療センター 総合診療科 後期研修医
2018年 安房地域医療センター 総合診療科 医長
2019年 慶應義塾大学医学部 総合診療教育センター 助教
2021年 慶應義塾大学大学院 健康マネジメント研究科 公衆衛生専攻 修士課程 修了(修士・公衆衛生学)
2024年 慶應義塾大学大学院 医学研究科 博士号取得

【資格・免許】
日本プライマリ・ケア連合学会 家庭医療専門医・プライマリ・ケア認定医
日本専門機構認定 総合診療専門医
日本内科学会 認定内科医・総合内科医
日本医師会認定産業医
日本DMAT隊員

【所属学会】
日本プライマリ・ケア連合学会
日本病院総合診療医学会
日本内科学会
日本医学教育学会

インタビュワー

JPCA 大学ネットワーク委員会 前田隆浩

最終更新:2025年03月27日 16時27分

大学ネットワーク委員会

記事の投稿者

大学ネットワーク委員会

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