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vol.62 / 「生活環境まで踏み込んだ支援は、医療者としての深みを増してくれます」 【薬剤師】坂井博則先生

製薬会社から調剤現場へ。異色の経歴を持つ薬剤師、坂井先生の原点は「化学」への探究心でした。多職種連携や在宅医療の最前線で薬剤師としての価値を追求し続ける先生に、後進育成から離島への挑戦など地域医療の未来を見つめた思いをお話しいただきました。
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「化学が好き」から始まった薬剤師としての歩み

- 先生がそもそも薬剤師を目指されたきっかけは何だったのでしょうか?

実を言うと、最初から「絶対に薬剤師になりたい!」と強く思っていたわけではないんです。きっかけは高校時代の化学の先生でした。その先生の教え方が本当に分かりやすくて、人柄も素晴らしくて。先生への憧れもあって、気づけば化学という科目が一番得意で大好きなものになっていました。
進路を考える際、とにかく一人暮らしをして自立したいという思いがあり、国立大学を中心に探しました。そこで高校時代の恩師が「化学が好きなら、将来的に医療者として薬剤師という道もあるよ」とアドバイスをくれたんです。現役の時は化学科などの理系学部を受けていたのですが、浪人を経て、自分の好きな化学を追求した先に薬剤師という国家資格があるのなら、それは強みになると考え、薬学部(岐阜薬科大学)への進学を決めました。

- 大学卒業後は製薬会社(協和発酵工業)に就職されました。

当時は、薬そのものや開発に近い部分に興味がありました。私が配属された「学術」という部署は、MR(医薬情報担当者)がドクターに薬を説明するための根拠となる情報を作ったり、時にはドクターに同行して専門的な情報提供を行ったりする、いわば情報の司令塔のような役割です。
実は、学生時代は薬理学が少し苦手だったのですが、仕事となればそうも言っていられません。プロとして正確な情報を伝えるために必死で勉強しました。この5年間の経験が、実は今の私の大きな財産になっています。薬の成り立ちやメカニズムを深く理解したことで、現在の患者さんへの服薬指導でも、ただ説明書を読むのではない、根拠に基づいた分かりやすい説明ができるようになりました。その後「より現場に近いところで薬剤師の資格を活かしたい」という思いが強まり、調剤薬局の道へ進むことにしたんです。

- 一般企業経験後に調剤薬局の現場に立つケースは珍しいと思いますが、何か気づきはありましたか?

大きな気づきがありました。メーカーにいた頃は、どうしても「ドクターが使いやすい薬」という視点が中心でしたが、現場では「実際に飲む患者さん」の目線がいかに大切かを痛感しました。「この製剤、高齢の方には少し開けにくいな」といった、メーカー時代には気づかなかったニーズが見えてくるんです。今でもメーカー時代の同期には、現場の生の声として改善を提案することもあります。
また、薬局で働き続けるうちに、薬剤師のあり方についても考えるようになりました。当初は処方箋通りに薬を揃えて渡すという「作業」に偏りがちな面もありましたが、それではいけないと。医師と薬剤師は共に医療を支える対等なパートナーであるべきです。患者さんの命を守るために、薬剤師が専門性を発揮して「本当にお薬が適切か」をチェックする。その責任の重さとやりがいに気づけたことは、企業を経験し、客観的な視点を持っていたからこそかもしれません。

大きな組織での学びと多職種が響き合う学会での衝撃

- 「総合メディカル」へ転職された経緯と実際に働いてみた感想を教えてください。

当時は自分の薬剤師としての介在価値を見失いかけていました。そこで、教育体制が非常に充実していると評判だった総合メディカルを選んだんです。小規模な薬局も魅力的ですが、一度大きな組織で知識やスキルを整理し直したいと考えました。
入社して驚いたのは、研修の質の高さです。模擬患者さんを相手にするSP研修など、単なる知識伝達ではない「対応力」を磨く場が豊富にありました。また、組織が地域に根ざすことを重視していたため、私自身も地域の薬剤師会に深く関わるようになり、最終的には理事を務めるまでになりました。個人のスキルアップだけでなく、地域医療の中での薬剤師の役割を、組織のバックアップを受けながら模索できたのは大きな収穫でしたね。

- 「日本プライマリ・ケア連合学会」には、この時期に出会われたのでしょうか。

はい、まさにその通りです。きっかけは会社からの指示ではなく、地域での活動を通じて知り合った開業医の先生からのお誘いでした。その先生は地域住民から絶大な信頼を寄せられている総合診療医で、一緒に取り組んだ在宅医療の症例を「学会で発表しよう」と声をかけてくださったんです。
2015年、つくばで開催された大会(第6回日本プライマリ・ケア連合学会)に初めて参加したのですが、そこで受けた衝撃は今でも忘れられません。医師、看護師、薬剤師、そして福祉職の方々が、同じテーブルで、完全に「同じ目線」で議論を交わしていたんです。医療の世界にありがちな上下関係ではなく、フラットに意見を出し合うその熱気に圧倒されて「自分が求めていた場所はここだ」と確信しました。そこから一気に、学会の活動にのめり込んでいきましたね。
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    プライマリケア認定の為の実地研修の様子

- つくばの大会ではどのような内容の発表をされたのですか?

脊髄損傷で下半身麻痺を抱える若い男性患者さんの症例を発表しました。その方は精神的な苦痛から向精神薬に強く依存してしまい、薬が手放せない状態だったんです。私たちは「このままではいけない」と主治医や看護師とチームを組み、依存性の高い薬から少しずつ脱却していく支援を行いました。
薬剤師といえば「薬を飲ませる」イメージがあるかもしれませんが、患者さんの生活の質を守るために、医師と連携して「薬を減らす(整理する)」ことも重要な役割です。この学会に参加して良かったのは、有名なドクターとも対等に話せる土台ができたことです。医師が何を考えて処方しているのか、生活目線で何が必要なのかを深く理解できるようになりました。さらに、医療格差や地球環境といった広い視野で医療を捉える視点も得られ、薬剤師としての世界観が大きく広がりました。

知識を「知恵」に変えて、九州のプライマリ・ケアを牽引

- 学会では薬剤師部会の委員や世話人などさまざまに活躍されています。

はい。これまで自分が学会や大きな組織で吸収してきたノウハウを、今度は次の世代や地域にアウトプットしていく段階だと考えています。都心部はプライマリ・ケア連合学会に入っている薬剤師さんが多いんですが、九州では学会に参加する薬剤師がまだそれほど多くありません。裾野を広げるためには経験のある人間が地道に活動を続ける必要があり、自分が中心になって盛り上げていかないといけないという自覚は持っています。「声をかけられたら断らない」をモットーに、横の繋がりを盛り上げている最中です。
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    JPCA浜松大会にて
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    同僚の学会発表をサポート
社内では教育研修委員長を務めていますが、その社内教育に関しても、かつて自分が学んだ「模擬患者を通じた実践的な研修」などの手法を取り入れています。総合メディカルにいた時のことがすごく役に立っていますね。自分が得た学びを自分だけのものにせず、仕組みとして還元することで、地域全体の薬剤師の質を底上げしていきたいというのが私の思いです。
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    地域イベントにも積極的に参加
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    コロナ禍に地域の食育イベントで

- 多くの専門資格をお持ちですが、日々の業務にどう活かされていますか?

スポーツファーマシストや日本在宅薬学会エバンジェリストなどを持っていますが、どの資格も根底にあるのは「患者さんをより深く知りたい」という思いから取得したものです。例えばスポーツファーマシストの知識は、単なるドーピング防止だけでなく、薬理的な背景を深く理解する助けになり、学校薬剤師として子供たちに「薬の正しい使い方」を伝える授業でも役立っています。
また、エバンジェリストとして伝えている「バイタルサインをチェックする技術」は、在宅医療において不可欠です。薬を届けて終わりではなく、胸の音を聴き、むくみを確認することで、薬が体にどう影響しているかを肌で感じ取ることができます。こうした「身体を看る」視点があるからこそ、多職種連携の場でも、医師と同じ目線で自信を持って意見を交わすことができるのだと感じています。
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    小学校 学校薬剤師としての様子
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    中学校 学校薬剤師としての様子   
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    職業体験の様子

- これから3〜5年先の目標について教えてください。

直近の課題は、デジタルネイティブである若いスタッフへの教育です。知識は豊富ですが、対面でのコミュニケーションに苦手意識を持つ子も多いため、知識をどう「生きた知恵」として患者さんに伝えるかを併走して教えていきたいですね。
そしてその先、私自身が挑戦したいのは「僻地や離島」での医療です。不便な環境に身を置き、患者さんの生活そのものに密着することで、本当の意味での「生活者視点」を磨きたい。移動手段も限られた環境で、どうすれば薬を飲み続けられるのか。生活環境まで踏み込んだ支援は医療者としての深みを増してくれるはずです。
あわせて、今後は気候変動と健康リスクを考える「みどりのドクターズ」の活動を通じ、地球環境に優しい医療のあり方も探求していきたいと考えています。薬という「モノ」を通じて、人、地域、そして地球全体の健康に貢献できる薬剤師でありたいですね。


「みどりのドクターズ」 WEBサイト
https://greenpractice-jp.studio.site/

プロフィール

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    坂井先生が在籍する「くぬぎ薬局」
有限会社不知火メディクス くぬぎ薬局
薬剤師 坂井博則                           
                                       
                                       
<経歴>
1992年 岐阜薬科大学卒業
1992年~1997年 協和発酵工業株式会社(現 協和発酵キリン)
1997年~2003年 有限会社不知火メディクス・他調剤薬局
2003年~2016年 総合メディカル株式会社
2017年~2021年 有限会社つばめ薬局 等
2021年~ 有限会社不知火メディクス くぬぎ薬局

<所属学会>
・日本プライマリ・ケア連合学会
・日本薬剤師会
・日本在宅薬学会
・日本老年薬学会
・J-HOP全国薬剤師・在宅療養支援連絡会

<資格・認定>
・プライマリ・ケア認定薬剤師
・薬剤師研修センター認定薬剤師
・公認スポーツファーマシスト
・実務実習指導薬剤師
・日本在宅薬学会エバンジェリスト
・学校薬剤師
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    趣味の釣り

取材後記

今回の取材で印象的だったのは、坂井先生の根底にある「納得するまで突き詰める」という真摯な姿勢です。高校時代の化学への興味から始まり、製薬会社での専門的な学びを経て、現在は患者さんの生活の場である在宅医療へ。一見異なるフィールドに見えますが、すべては「薬がどう体に作用し、どう生活を支えるのか」という問いを追い求めた、地続きの歩みであると感じました。
数多くの資格も、医師や看護師と対等に話し、患者さんの変化を五感で察知するための「共通言語」として習得されたものです。「次は僻地へ」と語る背景には、薬を渡す側としての理論だけでなく、不便さの中に生きる人々の体温まで理解しようとする、徹底した現場主義がありました。
既存の薬剤師という枠組みを軽やかに超え、地球環境や地域社会までを視野に入れる坂井先生。そのフラットで広い視点こそが、これからの医療現場に求められる安心感の正体なのだと教わった気がしました。

最終更新:2026年03月30日 00時00分

「プライマリ・ケア公式WEB」 

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