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vol.61/「秋田に “総合診療教育の重要拠点” をつくりたいのです」【医師】渡部健先生

今回ご登場いただく方は市立角館総合病院総合診療科/秋田大学医学部附属病院総合診療医センターの渡部健先生です。医師を目指していた当初は小児科医を考えていたという先生が総合診療と出会った時のエピソードや、その後の歩みなど興味深いお話を聞かせていただきました。
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自分が理想とする医療が 「総合診療」 だった

― 先生が医師になろうと思ったきっかけから教えてください。

私の実家は医療関係者の家系ではありませんが、幼少期に患っていた小児喘息が医師を志す遠いきっかけになったと感じています。当時、幼稚園から小学校にあがる前後の時期によく通っていたのが、近所にある小児科でした。そこの先生は年配の女性の方で、いつも口調が穏やか。苦しい時に「大丈夫だよ」と優しく声をかけてくださる姿が幼心に深く刻まれ、漠然と「優しいお医者さんっていいな」という憧れを抱くようになったんです。
その後、一時的にホテルスタッフや電車の運転手に惹かれたこともありましたが(笑)、中学校の文集にはすでに「医師になる」と書いていた記憶があります。特定のエピソードがあったというよりは、幼い頃に触れたあの安心感を自分も誰かに届けたいという思いが、進路を考える中で少しずつ確かな形になっていったのだと思います。そうした自然な流れで医学部への進学を決め、自身の経験からも「子どもが好き」という気持ちが強かったため、大学に入学した当初は一貫して小児科医を目指していました。

― 小児科志望から総合診療へと移ったのはなぜでしょう?

小児科医になろうとは医学部の3〜4年生くらいまで考えてましたが、もともとは子どもの病気を治すことだけではなく、もっと広く、一人の人間を包括的に診ることができる医師になりたいとの思いがありました。特定の臓器や年齢層に絞るのではなく、子どもも大人も、そして高齢者まで、家族みんなを支えられるような「ジェネラル」な視点を持った医師像が私の理想としておぼろげながらあったのだと思います。
大学4年生の時には、地元の秋田組合総合病院(現:秋田厚生医療センター)で、秋田県が委託して始まったばかりの「家庭医療専門研修プログラム」が開設されました。その時はまだ「総合診療」という概念が自分の中で明確に言語化されていたわけではありませんでしたが、先生に誘われてカンファレンスに参加するなど、強く惹かれるものを感じていたのは確かです。ただ、その頃はまだ大人の診療が中心という印象もあり「本当に自分が理想とする、子どもから大人までをトータルに診るスタイルは実現可能なのだろうか」という小さな疑問も抱えていました。

― その疑問に答えたのが総合診療だったということでしょうか?

そうですね。あれは大学4年生の春休みに、新潟県湯沢町の湯沢町保健医療センターを訪れた時でした。そこで初めて目にした「家庭医療」の現場は私にとって大きな衝撃だったんです。それまで秋田で参加していたのは会議やカンファレンスが主でしたが、ここでは目の前で「実現象」として理想の医療が行われていました。
小さな施設でありながら、子どもたちが元気に診察に来て予防接種を受け、一方で働き盛りの大人や高齢者の方々もしっかりと診る。まさに子どもからお年寄りまで、地域の人々を全人的に支えるプライマリ・ケアの土壌がそこにありました。その光景を見た瞬間に「これだ!自分がやりたかったのはこの形だ」と、パズルのピースがピタリとはまったような感覚に包まれました。
秋田で感じていた「総合診療で本当に子どもまで診られるのか」という不安は消え去り、そこには私が追い求めていた理想の医師像が具現化されていました。この湯沢での体験が、私が総合診療医として歩んでいく決意を固める決定的な転換点となったと言えますね。
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    学生研修医部会 東北支部開設の演題発表
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    学生研修医部会 東北支部の決起集会の様子

「地元に恩返しを」という気持ち

― 大学卒業後、専攻医として秋田に残られました。

大学には地域枠で入学したこともあり、当初から「ずっと秋田で仕事をしていこう」という思いを持っていました。地元に恩返しを、という気持ちがあったんです。そんな私の卒業のタイミングに合わせるかのように、秋田大学に新たに「秋田大学アカデミック家庭医療・総合診療医育成プログラム(現:あきたGP NET専門研修プログラム)」が立ち上がり、私はその「専攻医第1号」としてキャリアをスタートさせました。
しかし、当時はまだ県内に「総合診療医」や「家庭医」としての確固たるロールモデルが存在しない時代です。大学病院での1年目は内科や救急、小児科をローテートしましたが、受け入れ先の各専門科の指導医の先生方も「総合診療医を目指す若手に何をどう教えればいいのか」を模索されている状態でした。私自身も「何が正解か」を確信できていない中で、先生方とコミュニケーションを取りながら「もう少し外来での診療経験を積みたい」「こんな症例を見たい」と自分の希望を伝え、手探りで進んでいきました。
カチッと固まったプログラムがない分、自分の学びたいことを汲み取ってもらい、一緒にプログラムを作り上げていくような側面もありましたね。同期もおらず、たった一人の専攻医という環境ではありましたが、プログラム責任者や連携施設の先生方が私の拙い意見に対しても柔軟に耳を傾けてくださったのは本当にありがたかったです。
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    自プログラムの秋田県メンバー
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    プログラム責任者の先生と

― 専攻医時代に特に印象に残っている出来事はありますか?

専攻医2年目に赴任した「市立大森病院」での経験は、私の医師人生において極めて大きな意味を持っています。横手市という非常に雪深い地域で、冬場の厳しさは想像以上でしたが、そこには熱い地域医療の現場がありました。院長の小野剛先生は現在では日本地域医療学会の理事長を務めていらっしゃるような方で、大森病院を中心に周囲の高齢者施設や多職種との連携を古くから実践されていました。
大学病院のようなチーム制ではなく、ここでは「主治医制」が基本。外来から入院、そして在宅診療まで、一人の医師が最前線で患者さんの全人生に責任を持って向き合うスタイルでした。初めて本当の意味で「自分がこの患者さんを守るんだ」という強い責任感を伴う診療を経験し、身が引き締まる思いをしたのを覚えています。多職種のスタッフや介護の現場の方々と密に連携し、患者さんが住み慣れた地域でどう生きていくかを一緒に考える。そんな経験を通じて、診療技術だけでなく、地域全体を支える医師としての視座を養うことができました。そこで学んだプライマリ・ケアの真髄は、今も私の診療の核となっています。
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    市立大森病院 院長小野剛先生と
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    大森病院での訪問診療の様子

― その後「亀田ファミリークリニック館山」でも研修をされています。

2019年から2年間、研修する機会をいただきました。亀田ファミリークリニック館山といえば、日本の家庭医療における老舗であり聖地のような場所です。実際に行ってみて感じたのは、それまで自分が経験してきた環境とは全く別次元の「教育システム」の完成度でした。
一番の衝撃は、指導医が自身の臨床業務を一切持たず、純粋に「若手の指導のためだけ」にブースに控えているという体制です。例えば外来研修では、最初は一人の患者さんに30分かけて診察を行い、その直後に指導医へマネジメントの内容を報告してフィードバックを受ける「プリセプティング」が徹底されていました。
また、周囲には同じ志を持つ同期や先輩後輩が何十人もいて、常に家庭医療の専門的な議論が交わされている。そんな「家庭医を目指すのが当たり前」という環境に身を置けたことは何物にも代えがたい経験でした。秋田のような医師が限られた地域で、全く同じシステムを構築するのは難しいかもしれませんが、そこで学んだ「教育のエッセンス」や「質の高い家庭医療の理論」を、いかに地元の現場に落とし込んでいくかが今の私の大きな挑戦となっています。
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    亀田時代の同志

秋田には総合診療医の出番がたくさんある

― 現在の秋田県における地域医療の大きな課題は何でしょうか?

最大の課題は、やはり圧倒的な人手不足、特に「次代を担う専攻医がなかなか増えない」という点に尽きます。ここ数年、専攻医がゼロの年が続くなど非常に厳しい状況です。これは秋田県民特有の「宣伝下手」さも影響しているのかもしれませんが、総合診療という分野の魅力がまだ十分に若い世代に届ききっていないもどかしさを感じています。
しかし、現場のニーズはこれ以上ないほど高まっています。ご存じの通り秋田県は高齢化率で日本一となっており、多くの合併症を抱える高齢患者さんが非常に多い地域です。さらに医師不足の加速により、特定の診療科だけで地域を支えることは限界に来ています。例えば小児科などは今後は拠点の集約化が避けられないでしょう。そうなった時、地域にポツンと残された子どもたちや複数の病気を抱えるお年寄りを誰が診るのか。そこでこそ子どもから大人までをボーダレスに診ることができる総合診療医の出番です。「一人で全部診られる医師」は患者さんにとっても医療崩壊を防ぎたい病院にとっても究極の理想形。このニーズの高さがあるからこそ、我々総合診療医の役割は今後ますます重要になっていくと確信しています。
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    東北の仲間と

― その意味では総合診療医への期待は非常に高いと感じますが、いかがですか?

期待は多方面から寄せられていますし、働くフィールドによって役割も変幻自在です。例えば大学病院であれば、開業医の先生方が診断に苦慮する「診断困難例」や複雑な症例を一元的に担う「最後の砦」としての役割があります。一方で、私が今いる角館(仙北市)のような地域病院では、肺炎や心不全といった「よくある疾患」の入院管理をしっかり行い、救急から外来まで幅広く対応することが求められます。
総合診療医は、手術器具やカテーテルのような物理的な武器を持ち合わせていません。患者さんやその家族との深いコミュニケーションスキル、そして「地域全体を俯瞰する視点」こそが最大の武器です。現在、仙北市は病院の統合や再編といった大きな過渡期にあります。こうした「行政や政策」が絡む場面でも、地域志向の広い視野を持つ我々なら医療体制の最適化をコーディネートする役割が果たせるはずです。専門医が特定の臓器を診る「点」の医療だとしたら、我々は地域という「面」を診る。この広範な視野とフットワークの軽さは今の秋田が最も必要としている力ではないでしょうか。
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    地元のお祭りに参加

― 先生の3〜5年後の目標、これからやりたいことをお教えください。

まずは現在拠点にしている角館で、さらに深く臨床を突き詰めたいと考えています。ここは外来、入院、救急が揃っており、今後は訪問診療の導入も検討されるなど総合診療医にとって非常に「輝ける場」です。私の5年後の大きな目標は、ここ角館をかつて修行した亀田ファミリークリニック館山のような「総合診療教育の重要拠点」へと成長させることです。秋田県全体の統一プログラムの中で、若い専攻医が「ここで学びたい」と思えるような、質の高い教育サイトとして確立させたい。これが一つ目の大きな挑戦です。

そしてもう一つ、避けて通れないのが「卒前教育(学生教育)」です。同期の仲間には全国の総合診療を盛り上げようと奔走する素晴らしい医師もいますが、私の根底にあるのは「秋田の総合診療を増やしたい」という一途な思いです。そのためには大学での卒前教育にも関わり、臨床の面白さを学生に直接伝えていかなければなりません。臨床、教育、マネジメント、そして研究……やりたいことが多すぎて24時間では足りない毎日ですが、教育は私の「スペシャルインタレスト」でもあります。角館の臨床現場を守りつつ、次世代にその種をまき続ける。5年後には私の背中を見て総合診療を選んだという若い医師が秋田のあちこちで活躍している、そんな景色を夢見ています。
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    JPCA2023へ参加
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    東北の後輩と JPCA2025

プロフィール

市立角館総合病院 臨床検査科科長 兼 総合診療科医長
秋田大学医学部 仙北ウェルビーイング地域医療・総合診療連携講座
秋田大学医学部附属病院 総合診療医センター
あきたGP NET専門研修プログラム 指導医
渡部 健   先生

<認定・資格>
・日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医
プライマリ・ケア認定医/指導医
・日本専門医機構認定総合診療専門医/特任指導医
・一般社団法人日本病院総合診療医学会認定病院総合診療医/特任指導医
・日本地域医療学会 地域総合診療専門医/地域総合診療専門研修指導医
・日本医師会認定産業医
・認知症サポート医

<ご経歴>
2015年    秋田大学医学部医学科 卒業
     秋田大学医学部附属病院 初期研修医
2017年    秋田大学アカデミック家庭医療・総合診療医育成プログラム 家庭医療 後期研修医
                  秋田大学医学部附属病院 総合診療・検査診断学講座 医員
2018年    市立大森病院 内科 医員
2019年    亀田ファミリークリニック館山 家庭医診療科 医員
2021年    秋田大学医学部附属病院 総合診療部 医員
2022年    秋田大学医学部 男鹿なまはげ地域医療・総合診療連携講座 寄付講座研究員
2024年    市立角館総合病院 臨床検査科 科長 兼 総合診療科 医長

取材後記

今回のインタビューを通じて最も心に残ったのは、渡部先生の「秋田の総合診療を自分たちの手で形にする」という静かな覚悟です。かつて「おばあちゃん先生」に抱いた憧れを胸に専攻医第1号として道なき道を歩み始めた先生。千葉の名門・亀田ファミリークリニック館山での修行を経て、その卓越した知見を「自分のため」ではなく、すべて「秋田の医療と後進のため」に還元しようとする姿には一人の医師としての気高さが漂っていました。
「やりたいことが多すぎて24時間じゃ足りない」と笑う先生の視線は目の前の患者さんだけでなく、仙北市の医療体制、そして未来の教え子たちへと真っ直ぐに向けられています。秋田の地で総合診療の灯を絶やさず、より大きく育てようとする情熱に触れ、この地域の医療の未来は明るいと確信することができました。

最終更新:2026年03月23日 16時49分

「プライマリ・ケア公式WEB」 

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