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その人を「うつ病」と診断する前に/Vol.1 No.1(1)

はじめに

わが国のcommon disease となったうつ病患者の診療は、プライマリ・ケア医の基本的な技能として求められている。うつ病の診療、とくに抗うつ薬の使用について、プライマリ・ケア医がどこまで担うべきか、議論があるが、筆者は精神科医に限らず、すべての診療科の医師がうつ病をもつ人への適切な初期対応はなすべきという立場である。しかし、プライマリ・ケア医が精神科医と同じように診療しようとする姿勢には疑問がある。非専門家の立場を生かした診療のために留意すべき点を考える。

症例

35 歳男性。職場の配置転換を機に寝つきの悪さを自覚するようになり、食事がおいしく感じられない、仕事を効率よくできない、自宅に帰っても趣味をする気にもならなくなったと訴え、男性の勤める企業の産業医(循環器内科専門医)から、「うつ病の可能性もある」と診断され、産業医の友人の心療内科医へ紹介された。
初診時、遠慮がちながら笑顔をみせて話していた。他の社員の休職があり、責任が男性に集中し、ストレスを感じていたと……
病歴を述べる話し方に奇異な様子や不自然さはなく、仕事を休んで診察を受けていることにも恐縮している様子だった。友人の産業医の見立てを支持しつつ、「うつ病、症状の程度は軽症」と診断した。軽症のうつ病には薬物療法は必須ではない、という知見と、本人も向精神薬の内服に消極的だったため、まずは1 ヵ月、休職とし、職場からいったん離れることで、症状の改善があるかをみて、その後、薬物療法を行うかどうか検討する、という治療方針を男性に伝え、診断書を発行すると、男性も説明をよく理解し、同意も得られたようだった。
2 週間後の再診時、調子はどうですか? と聞くと、抑うつ症状の改善はないと、遠慮がちに答えた。さらに話を聞くと、休職しても、朝7 時に起床し、午前中にはウォーキングに出かけるなど、規則正しい生活を送っていた。認知行動療法的に1 日の過ごし方を振り返るように活動記録表の作成をすすめ、次は1 週間後、再診とした。
3 回めの診療では、そっけない内容の活動記録が提出され、振り返りをするが、治療者の熱意が空回りした面接ではないかと懸念された。
初診時は、休養するだけでも改善すると見立てていたが、4 回めの診療においても抑うつ気分の改善はなかった。本当に何も変わっていないのか……認知を切り替えてみてはどうか?……などと、提案すると、男性が表情を変えて「先生、今の私は認知の切り替えとか、そういう問題ではないのです!」と切迫した表情で語りはじめたところ、職場を離れても、まったく気分は晴れず、具体的な方法で自殺企図も考えていたとのこと。心理的には切迫していたが、産業医の友人の医師では、面接の内容が職場に伝わってしまうのではないかと危惧していたため、本当の症状について話せなかった……と告白された。
診断を軽症うつ病から、重症うつ病に切り替え、ミルタザピン15mg 分1 就寝前を開始し、入院可能な精神科病院への紹介状を書いた。
この症例は患者のプライバシーに配慮して、患者背景は創作であるが、精神科医歴14 年めの筆者が実際に経験した出来事をもとにしている。

再考-プライマリ・ケア医のうつ病診療

「釣りはふなにはじまりふなに終わる」という諺があるとのこと。ふな釣りは初学者がまず取り組むが、十分釣りの楽しみがわかったのち、最終的な課題になるのもまた、ふな釣りであると。精神科医の診療においては、うつ病診療がふな釣りにあたるという説を、筆者の先輩から聞いた覚えがある。
うつ病の主症状の「抑うつ気分と意欲の低下」は、長い時間持続しなければ、誰でも体験しうる症状で、経験に基づいて患者の症状を理解できるという点では、取り組みやすいといえる。
しかし、初学者が取り組むからといって、うつ病の診療が容易であるとは思えない。とりあえず、症状について共感できるがゆえに、診療の自信がついたころに、起こりやすい見逃しもある。
 ここ数年でプライマリ・ケア医が精神疾患の診療をする機会は増え、勉強熱心な家庭医のうつ病の診療は、ともすると、精神症状に慣れ、診療に惰性が入った精神科医を上回ると感じることすらある。一方で、なじみ深くなったから、今こそ、プライマリ・ケア医のうつ病診療も再考の時期にきているのではないかと考える。

●うつ病の重症度

 提示した症例は、診断はうつ病で間違いなかったが、重症度の判断を誤った例であった。軽症のうつ病であれば、自然寛解も見込まれ、抗うつ薬の使用も必須ではなく、副作用の苦痛が前面に出ることもしばしば経験され、認知行動療法などの精神療法による介入が効果において勝ることが報告されている。規則正しい生活は維持しつつの休養を指示し、過労を避けるため、1 ~ 2 ヵ月の休職も念頭に入れる外来治療が基本となる。一方で希死念慮、妄想を伴う重症うつ病となると治療方針はまったく異なり、抗うつ薬の十分量の使用は必須である。衝動的な言動があり、家族も目を離せないほどならば、閉鎖病棟への入院治療も検討すべきで、プライマリ・ケアの診療所での治療継続はなすべきではない。同じうつ病であっても、重症度がどれほどか、初診ではわからなくても、毎回評価を更新すべきである。

●うつ病と診断した人の背景への配慮

 以前は「未熟型うつ病」、昨今は「新型うつ」などの概念が提唱、流行したようにうつ病には世相に沿った亜型分類がある。
 うつ症状の背景に、仕事、生活上の大きな苦労を抱えていて、それが症状に大きな影響を与えていることもある。診療上では生物学的な疾患としての「うつ病」を第一に考えるべきだが、症状の背後にある生活の問題にも目を向ける配慮は必要と考える、生活環境の問題で、労働環境、経済状況は刻一刻変化している。いわゆる「ブラック企業」に就労して、そこから抜け出せない状況にある、介護問題、女性高齢者の貧困などの問題も、中等度以上のうつ病と関連していると考えて問診の際留意している。かといって社会学者もどきのように、社会問題のみに注目し、医師としての役割を忘れてはならず、症状への対処が我々の本分とわきまえつつ、自分の患者が抱えているかもしれない問題については一定の関心をもつことが、メンタルヘルスの問題に対処するにあたって重要である。また治療の傍、可能であれば現実的な問題解決のため、労働問題の相談窓口、法律や福祉、MSW の介入、知っているならNPO 法人などを適宜紹介することも有効である。

 釣りの世界の話を引用したが、「待つこと」が当事者にとっても、治療者にとっても、回復のコツである点、釣りとうつ病診療は共通している。早くなんとかしようという不安からくる焦りが、よい結果にはつながらない。目の前のうつ症状の把握を怠らず、あせらずに、治すのではなく、回復の兆しを待つ治療が、熟練者のうつ病診療といえる。

キーメッセージ

うつ病への初期対応はプライマリ・ケアでも必要
 
うつの症状は理解しやすく、取り組みやすいと思われるが……
 
診療に自信がついてきたときこそ再考を

プロフィール

今村 弥生
杏林大学医学部付属病院精神神経科 助教
 
略歴
北海道美唄市出身。札幌医科大学卒。
精神科医歴14 年で総合病院、公立病院が主な勤務歴。
2015 年から杏林大学精神神経科に所属して、診療とともに学生、研修医の教育にも携わる。専門は思春期青年期のメンタルヘルス、精神科リハビリテーション。
 
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最終更新:2022年01月05日 20時55分

実践誌編集委員会

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