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「えっ,MRI 正常でも脳虚血があるの?」一過性全健忘について/Vol.1 No.1(1)

ケース

65 歳男性が、朝起床時から継続する記銘力低下を主訴に救急外来を受診した。来院時、意識は清明、バイタルサインに問題なかった。来院当日、起床時からの記憶がなかった。記銘再生・見当識は正常内で、改訂版長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は24 点(日付け・曜日・記銘再生で減点)であった。前向性健忘と逆向性健忘を認めた。身体所見で異常はなかった。神経学的所見としても脳神経・運動系・感覚系に異常を指摘できなかった。頭部CT・MRI を実施したが、とくに有意な所見を認めなかった。
(実際のケースをアレンジしたものです)

問題1

ここまでの病歴や検査所見をふまえ、最も可能性が低い疾患はどれか? 一つ選べ。

1. てんかん
2. レビー小体型認知症
3. 脳梗塞
4. 片頭痛に伴う症状
5. 代謝性の問題(低血糖・低酸素血症・薬物中毒)

問題2

一過性全健忘の頭部画像所見の特徴で正しいものはどれか? 一つ選べ。

1. 頭部CT での異常検出率は50%と高い。
2. 頭部MRI では異常を認めないのが、一過性全健忘の特徴である。
3. MRA の画像所見が重要である。
4. 発症24 ~ 72 時間の間で、頭部MRI の拡散強調画像(diffusion weighted image:DWI)の撮影を行うと、異常の検出率が高まる。
5. MRI の画像スライス幅で異常検出率が変わることはない。

はじめに

 健忘をきたす疾患は、一過性全健忘(transient global amnesia: 以下TGA)をはじめ、脳梗塞、てんかん、脳炎、代謝性疾患、外傷と多岐にわたる。診断には、詳細な病歴聴取と身体診察が必須である。本症例ではTGA の診断の流れと、画像所見の変化やその有用性について述べていきたい。

ケースの詳細

●患者:65 歳男性。
●主訴:同じ質問を繰り返す、落ち着きがない。
●既往歴・家族歴:特記事項はない。
●現病歴:来院の前日、普段と変わらず23 時に就寝した。来院当日、朝7 時に起床したが、起床後より何かそわそわした感じあり、同居している妻に「今日の仕事は何か?」、「いま何時か」と同じ質問を繰り返すようになった。呂律難はなく、明らかな四肢麻痺の症状もなかった。食欲はあり、経口摂取にも問題はなかった。頭痛や発熱もなかった。薬や、健康食品・サプリメントの服用はない。最近の外傷もない。幻視や幻聴もない。仕事を休み経過をみたが改善せず、同日11 時に救急要請し、当院へ搬送となった。
●バイタルサイン・身体所見・神経学的所見:意識清明、血圧130/75mmHg、脈拍74 回/ 分(整)、体温36.3℃で、頭頸部・胸腹部に異常を指摘できなかった。HDS-R は24 点(日付け・曜日・記銘再生で減点)であった。記銘再生・見当識は正常内であったが、来院当日の記憶のみ欠落していた。脳神経・運動系・感覚系に異常を指摘できなかった。固縮・振戦も認めていない。
●検査所見:血液・生化学・凝固系で異常を認めなかった。心電図は洞調律で、胸部レントゲン写真も異常を指摘できなかった。来院当日の頭部MRI・MRAでは異常を認めなかった。

経過1

本症例は、当院受診時には発作時の記憶消失のみ認めていた。神経学的異常はなく、来院当日のMRI 所見は正常でも、脳虚血は否定できないと考え、経過観察目的で入院となった。発作中の記憶は消失したままであったが、発症後24 時間以内にその他の症状は消失していた。

考察1 一過性全健忘(TGA)の鑑別は広い!

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TGA を診断するには、詳細な病歴聴取で全健忘を証明することが必ず必要である。TGA 様の症状を認める疾患は多岐にわたる。てんかん、一過性脳虚血発作(transient ischemic attack:以下TIA)、脳梗塞、片頭痛、頭部外傷、低血糖、低酸素血症、薬物中毒(アルコール・CO 中毒など)、感染症(ヘルペス脳炎などのウイルス感染症)、せん妄などがあげられる。
 健忘は一過性であり、幻視や固縮・振戦もないことから、慢性疾患である「2.」のレビー小体型認知症は鑑別から外してよいと考える。
 他の疾患については、注意深い鑑別が必要である。てんかんは、通常数分から数時間と短い時間で出現し、発作を繰りプライマリ・ケア Vol.16 プライマリ・ケア Vol.1 No.1 2016 1 No.1 2016 17返す1)。またてんかんの健忘の特徴としては、不安症状や繰り返す質問などは伴わず逆向性健忘が前向性健忘よりめだつ特徴がある2)。本症例ではこの点からみると、てんかんによるものに典型的な症状ではなかった。脳梗塞やTIA については、血管系のリスクを考慮して鑑別していく必要がある1)。本症例では、来院当日の頭部CT、MRI で異常はなかったが、高齢でもあり、神経学的所見や画像評価のフォローが必要と考えられた。片頭痛もTGA 様の症状をきたすことがあり3)、鑑別に必要な疾患であるが、片頭痛の既往もなく発症年齢も高齢であることが合わない点であった。感染性疾患に伴う脳炎症状は、症状改善があまりにも早く、非進行性であり、可能性は低いと考えた。せん妄は、誘発因子4)を指摘できず、こちらも否定的であった。代謝性の要因5)については、薬物使用はなく、低血糖・低酸素血症も採血で否定的であった。
 TGA の診断基準6)に照らし合わせると、本症例は、妻からの詳細な発作時の状況や外傷歴の否定、24 時間以内に症状が消失している点、てんかんに特徴的な症状はない点、健忘以外の症状がない点が合致しており、最も可能性が高い疾患はTGA と思われた。表1 はTGA の診断基準である。

経過2

 入院翌日に再検した頭部MRI では、MRA で異常を指摘できなかったが、拡散強調画像(diffusion weighted image:以下DWI)で両側海馬に小さな高進号域を認めた(図1)。HDS-R は30 点(満点)と前日より改善していた。発作時の記憶の消失以外は、24 時間以内に症状の改善を認めているため、TGA と診断した。
 頭部MRI のDWI では、病変部位は大きさが1mm の小病変であり海馬CA1 領域(注)に限局していた。他の後大脳動脈領域への血管支配に合致した病変や、皮質へ広がる病変を指摘できなかった。病変部位はDWI で高信号・見かけ上の拡散係数(apparent diffusion coefficient:以下ADC)で信号変化なし・T2 で信号変化なしであった。
TGA を鑑別疾患の第一に考慮したが、頭部MRI のDWIで高信号を認めており、後大脳動脈領域の脳梗塞も完全には否定できないと思われた。そのため、潜在性の脳梗塞(cryptogenic type)も考慮し、アスピリン200mg/ 日の内服を開始した。診察時の病歴聴取で、最近の仕事関係で相当なストレスにさらされている状況であったことが判明した。1 週間後の頭部MRI フォローを行い、DWI で高信号域が消失していれば脳梗塞を否定できる可能性があるため再診とした。1 週間後の頭部MRI では、DWI を含めたすべての画像は正常に改善していた(図2)。脳梗塞の可能性は低いと判断し、アスピリン内服は中止とした。最終診断はTGA となった。

注 海馬CA1 領域とは、海馬の領域の一つ。海馬は知的機能や記憶に深くかかわる脳の部分で、主要な細胞
は錐体細胞である。大きさと形から、フランスの解剖学者ガレンジョ(Garengeot)が1742 年に別名「アンモン角(cornu ammonis)」と名づけた。それにちなんで、三つに区別する領域をCA1、CA2、CA3 とよぶ。
 
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考察2 一過性全健忘(TGA)では、発症後24 ~ 72時間に頭部MRIで拡散強調画像を確認!

 TGA の誘発因子としては、感情的なストレス、身体的ストレス、急性疼痛、温度変化を伴う水への接触・性行為などがあげられる7)。原因としては動脈性虚血8)や静脈性の虚血9)などが考えられている。最近では静脈性の虚血の原因として、バルサルバ負荷により脳静脈灌流圧が増大し虚血に脆弱な海馬CA1 領域に静脈性虚血が生じた可能性も報告されている10)。本症例では発症前日までにかなりの仕事でのストレスがかかっていたこともあり、これがトリガーとなった可能性が考えられた。
 TGA で生じる頭部画像所見としては、CT では基本的に異常は認められない6)が、MRI(DWI)病変の検索には、各種報告がある。MRI の撮影時期については、発症8 時間以内では検出率8%と低く、24 ~ 48 時間の撮影では84%まで検出率の上昇が認められる11)。MRI 撮影までの時間を72 時間まで延長したstudy では、81%の検出率であった12)。そのため、TGA でのDWI 病変検出には発症24 ~ 72 時間での撮影を検討したほうがよいかもしれない。本症例では、発症約30 時間後での撮影であったため、はっきりと病変部位を検出することが可能であったと思われた。
 また検出にかかわる因子として、DWI のスライス幅の検討も必要である。TGAの病変部位は小さいため、スライス幅が大きいことで病変部位を検出できない可能性がある。そのため2 ~ 3mm 幅に設定したDWI のスライス幅を推奨する報告もある12)。診断の工夫としては各施設のMRI 設定を確認していただきたいが、当院では通常の水平断の撮影に加え冠状断を追加し、2 方向からの撮影で病変検出率向上に努めている。また本症例では発症30 時間目のDWI で両側海馬へ病変を認めている。三つのTGA の研究11、13、14)ではMRI のDWI で16.3%に両側性病変を認めた。両側病変はTGA のなかでも頻度は低いが、あまりにも小さな病変で放射線科医にも見逃されている可能性や画像撮影の時期で検出しきれていない可能性も示唆されている15)。
 臨床経過と所見でTGA と診断されたものでも、MRI で海馬に異常を呈してくる疾患は多岐にわたる。
表216)はその鑑別をまとめたものである。脳梗塞ではDWI で後大脳動脈領域にさらなる病変を認めることが特徴である。TGA では、1 ~ 2mm の小病変で、海馬側面に病変を認め、CA1 領域に遅れて病変が出現する。てんかんで、海馬側面を含み、視床枕や皮質に病変の広がりを認めることがある。辺縁系脳炎では、鉤・扁桃・海馬・嗅皮質・鉤回への病変の広がりを認めることがある。本症例では、1 ~ 2mmの小病変の出現とCA1 領域への遅れた病変を認、その他の部位への病変の広がりを認めなかったことより、TGA に特徴的なDWI の所見と思われた。またDWI を判定するにあたり、TGA は可逆性病変でもあるため、微小灌流や軸索流などの微視的運動など純粋な拡散以外の因子を含むADC map やT2 といった画像の組み合わせも鑑別に役立つ。虚血のため不可逆性病変となった場合には、DWI で高信号・ADC で低信号・T2 で高信号のパターンをとる。TGA は可逆性病変のためDWI で高信号・ADCで信号変化な・T2 で信号変化なしといった所見となる。これらを加味すれば、脳梗塞・てんかん・脳炎などで生じた不可逆性病変は除外できると考えられる。
本症例ではADC やT2 での変化がないことより脳梗塞の可能性は低いと考え、時系列でMRI を撮影することで脳梗塞を否定にいたっている。
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まとめ

TGA の診断には、詳細な病歴聴取でしっかりと全健忘を確認することが必要である。発作中の記憶は永続的に消失するが、発症後24 時間以内にその他の症状は消失する。頭部MRI は、脳梗塞・てんかん・脳炎などの致命的となりうる疾患の鑑別で補助的な情報を与えてくれる。とくにDWI の変化はTGA で見られる特徴的な病変で、病変が小さすぎるため見逃される可能性があり、詳細に画像を評価する必要がある。TGA を疑った場合には、DWI で海馬周辺を評価し、発症24~ 72 時間での撮影を考慮し確認のために病変を評価するとよいと思われる。

参考文献

1)Marino Zorzon, Lucia Antonutti, Giovanni Mase, et al. Transient Global Amnesia andTransient Ischemic Attack: Natural History, Vascular Risk Factors, and AssociatedConditions. Stroke. 1995; 26: 1536-1542.
2)Fraser Milton, Nils Muhlert, Dominika M Pindus, et al. Remote memory deficits intransient epileptic amnesia. Brain. 2010;133:1368-1379.
3)G Dalla Volta, P Zavarise, G Ngonga, et al. Transient Global amnesia as a PresentingAura. Headache. 2014; 54: 551-552.
4)SK Inouye. Current Concepts:Delirium in Older Persons. NEJM. 2006; 354: 1157-1165.
5)George Mansour, Ahmad Abuzaid, Pallavi Bellamkonda. I Do Not Even Remember WhatI Smoked! A Case of Marijuana - induced Transient Global amnesia. Am J Med. 2014;127(11): e5-6.
6)J R Hodges, C P Warlow. Syndromes of transient amnesia: towards a classification. Astudy of 153 cases. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1990; 53: 834-843.
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8)D Sander, K Winbeck, T Etgen, et al. Disturbance of venous flow patterns in patientswith transient global amnesia. Lancet. 2000; 356: 1982-1984.
9)Steven L Lewis. Aetiology of transient global amnesia. Lancet. 1998; 352: 397-399.
10)坂井利行,近藤昌秀,冨本秀和.発作の誘因として静脈還流圧の上昇がうたがわれた一過性全健忘の3 症例:高磁場脳MRI をもちいた検討.臨床神経,2010;50:473-477.
11)O Sedlaczek, J G Hirsch, E Grips, et al. Detection of delayed focal MR changes in thelateral hippocampus in transient global amnesia. Neurology. 2004; 62: 2165-2170.
12)M Scheel, C Malkowsky, R Klingebiel, et al. Magnetic Resonance Imaging in TransientGlobal Amnesia. Clin Neuroradiol. 2012; 22: 335-340.
13)Ho Yun Lee, Jae Hyoung Kim, Young-Cheol Weon, et al. Diffusion-weighted imaging intransient global amnesia exposes the CA1 region of the hippocampus. Neuroradiology.2007; 49: 481-487.
14)IA Jianjun, WANG Luning, YIN Ling, et al. Contrast study on cognitive function withMRI and positron emission
15)Bhuyan Dipu, Choudhury Jayeta, Choudhury Hrishikesh, et al. Transient globalamnesia: A hippocampal phenomenon: Case report. PJMS. 2014; 4(2): 56-58.
16)Forster A, Griebe M, Gass A, et al. Diffusion-Weighted Imaging for the DifferentialDiagnosis

キーメッセージ

・TGA の診断には詳細な病歴聴取で全健忘の確認が必要
 
・鑑別診断には頭部MRI が有用
 
・拡散強調画像(DWI)の変化を見逃さないこと

問題の答え

問題1の答え 
 
 正解は2(レビー小体型認知症)
 
問題2の答え
 
 盛会は4(発症24 ~ 72 時間の間で、頭部MRIで拡散強調画像(diffusionweighted image:DWI)の撮影を行うと、異常の検出率が高まる)

プロフィール

難波 雄亮
 
沖縄県立中部病院総合内科/つばさ在宅クリニック
 
略歴

2005 年順天堂大学医学部卒業。初期研修修了後、2007 年亀田総合病院神経内科シニアレジデント、2010 年沖縄県立中部病院内科シニアレジデントプログラムへ応募し離島地域医療研修。
2013 年亀田総合病院神経内科医長。
2014 年より沖縄県立中部病院総合内科へ。
2016 年より現職。
器材の少ない地域でも診療できるように、研修医と日々診療しています。
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本村 和久

沖縄県立中部病院総合診療内科
 
略歴

1997 年山口大医学部卒。
同年より沖縄県立中部病院プライマリ・ケア医コース研修医。沖縄県内の離島にある伊平屋診療所勤務を経て、沖縄県立中部病院で内科後期研修に従事。同県立宮古病院, 王子生協病院などを経て、2008 年より現職。
ジェネラリストとして、研修医へのプライマリ・ケア教育に携わっている。
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最終更新:2022年01月05日 20時55分

実践誌編集委員会

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