ホームスキルアップCurrent topics - プライマリ・ケア実践誌風邪に対する漢方薬の考え方、使い方①/Vol.2 No.1(3)

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風邪に対する漢方薬の考え方、使い方①/Vol.2 No.1(3)

要旨

風邪(ウイルス性上気道感染)のひきはじめには、悪寒を感じたあと、発熱や咽頭痛などの熱感を伴う症状が出現する。このような風邪は「悪寒→発熱」タイプと考えて、広く用いられている葛根湯などが適応となる。しかし、漢方ではそれとは逆に、悪寒のあと、自覚的には熱感をほとんど伴わず、冷えを感じる「悪寒→冷え」タイプの風邪も存在するため注意が必要である。その場合、闘病反応が弱く必要な温熱産生ができない病態と考え、強力に生体を温める作用をもつ麻ま黄おう附ぶ子し細さい辛しん湯とうが適応となる。このタイプは、手足や身体に冷えを感じて、倦怠感があり、チクチクとした咽頭痛や水様性鼻汁などの症状を伴うことが多い。現代では生活習慣や運動不足の影響から、麻黄附子細辛湯が適応となる風邪の増加が予想される。冷え、倦怠感、チクチクとした咽頭痛、水様性鼻汁といったキーワードに注目して、風邪に麻黄附子細辛湯を活用してほしい。

はじめに

 筆者は、現在、漢方医として漢方専門外来を行うと同時に、家庭医療プログラムのある関連の頴田病院で週1 回の家庭医外来も担当している。家庭医外来では、特別に漢方を標榜していないが、他の先生からの紹介や患者の口コミで半分近くが漢方治療を主体とした外来になっており、やはり「プライマリ・ケアにこそ漢方!」を実感する。本誌で、プライマリ・ケアに従事する先生方に漢方を発信する機会を得、プライマリ・ケアと漢方の架け橋的な存在になれたらと思う。現在は、総合診療医向けの漢方の教科書も多数存在するが、本連載ではもうすこし踏み込んだ漢方医学的な考え方をすこしずつ紹介したい。プライマリ・ケアの診療に役立ち、地域医療のなかで筆者が感じた漢方の魅力が伝わるような連載にできたらと思う。
 まず、プライマリ・ケア外来で遭遇する頻度が高い風邪(ウイルス性上気道感染)を連載のテーマにとりあげる。風邪は、漢方医学的な考え方を理解するためにも重要であり、漢方薬の選択が正しければ、速効性が期待できるため、まずは自分や家族で試して効果を実感して、実際の臨床にも活用してほしい。風邪に対するただの対症療法ではない、発症時期や生体の反応に応じた漢方治療の醍醐味、漢方医のこだわり(!?)を紹介する。

漢方医学における風邪の考え方

漢方医学のバイブル的存在である『 傷しょう寒かん論ろん 』は急性熱性疾患をモデルとして病気の流れとそれぞれの時期や病態における治療方法について著されている。風邪は、抗菌薬の投与が必要な細菌感染症と違って、現代医学では、対症療法が中心である。一方、漢方では、症状の緩和に加えて、体温を上げてウイルスを排除しようとする生体の防御反応を援助することが可能となることから、早期の治癒が期待できる。そのため、風邪の治療は漢方の得意分野である。
 漢方医学では感染症などの急性熱性疾患を「病邪(ウイルスや細菌など)が生体内に侵入して、それと生体との闘病反応」と解釈して、この闘病反応の時間経過や程度に応じて漢方薬を選択する。ウイルスなどの病原体が生体内に侵入した初期の段階で起こる生体反応に悪寒がある。現代医学的にも、悪寒が菌血症を予測するうえで有用である1、2)ことが知られている。
同様に漢方医学でも、悪寒の有無を確認することが重要である。悪寒が存在する場合は、病気の初期で身体の表面を中心に闘病反応が起こっていると考える。一般的に風邪のひきはじめには、程度の差こそあれ悪寒がして、それに引き続き、発熱や咽頭痛などの症状が出現する。ここでの発熱は、体温計の温度ではなく、自覚的な熱感があれば発熱と考えてよい。この「悪寒→発熱」タイプの風邪に対する代表的な漢方薬が葛根湯や麻黄湯になるが(図1)、これらは次回以降にとりあげる。
 一方、新陳代謝の低下や生活習慣などからくる「冷え」を重要視する漢方医学では、悪寒から発熱ではなく、逆に冷えを感じてしまう「悪寒→冷え」タイプの風邪もあるので注意が必要である(図2)。
 広く用いられる葛根湯は「悪寒→発熱」タイプに適応になり、逆に冷えてしまうタイプに投与しても効果が期待できない。今回は、この「悪寒→冷え」タイプの風邪とその代表的な漢方薬である麻黄附子細辛湯を紹介する。
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「悪寒→冷え」タイプの風邪

高齢者や、虚弱な人では悪寒のあと、自覚的には熱感をほとんど伴わずに、「手足や身体が冷える」といった冷えを感じ、「悪寒→冷え」タイプの反応を呈することがある。この反応を、闘病反応が弱く必要な温熱産生ができない病態であると考え、生体を強力に温める作用のある附ぶ子し(トリカブトの根を加熱処理したもの)を含む麻黄附子細辛湯が適応となる。このタイプは、青白い顔をして、手足や身体に自他覚的に冷えを感じ、倦怠感が強いのが特徴である。「手足が冷える」、「だるい」、「きつい」などの自覚症状を尋ねる以外にも、「普段と比べて身体や手足が冷えませんか?」、「冷房にあたると嫌ですか?」、「きつくて横になりたいですか?」と問診して冷えと倦怠感を見逃さないようにする。また、実際に四肢を触診して他覚的な冷えを確認することもポイントである。つまり、冷えと倦怠感の有無が「悪寒→発熱」タイプの風邪との大切な鑑別点になる(さらに漢方医は、脈の状態も考慮して鑑別している)。
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麻黄附子細辛湯が効く風邪が増加中!?

2011 年11 月から1 年間に発熱・風邪症状で当科を臨時受診した当院職員計70 名の処方された漢方薬について調査したところ、この麻黄附子細辛湯を含む治療が約2 割を占めた6)。受診した職員の平均年齢が、34.4 歳と比較的若いことを考えると、当院の職員は、お疲れ気味の人が多い可能性が考えられる結果になった。現代では、仕事やストレスによる疲労の蓄積や普段の運動不足や食生活の影響も加わって麻黄附子細辛湯の適応となる「悪寒→冷え」タイプの風邪が増えている。
・症例1(自験例):
筆者は、昨年の秋、学会や論文の締め切り、子どもの運動会が重なって多忙であった。ある日、起床後から軽い悪寒を感じた。仕事をはじめると、手足を中心に冷えを自覚するようになり、鼻汁が出て、倦怠感が強くなってきたため、「悪寒→冷え」タイプだと診断し、すぐに麻黄附子細辛湯2包をお湯に溶いて内服した。30 分後、身体が温まるのを感じて、鼻汁がなくなった。3 時間後、さらに1 包を追加したところ、帰宅時には倦怠感も消失した。筆者もこのときは疲れがたまっていたせいか「悪寒→冷え」タイプの風邪を初めて経験した。
 
・症例2:
当科にアトピー性皮膚炎の悪化で入院中だった30 歳代の女性が咽頭痛と鼻汁を訴えた。体温は37.5℃、「手足が冷えて体がきつい」と布団にくるまっていた。すぐに麻黄附子細辛湯エキス1 包を昼食後から就寝前まで3 時間おきに4 回投与したところ、翌日にはすっかりよくなった。
 これらのように疲労が蓄積していたり、アトピー性皮膚炎などの慢性の基礎疾患をもつ患者が風邪をひいた場合は麻黄附子細辛湯が適応となることが多い。
 麻黄附子細辛湯の効果を最大限に引き出すためには、服用方法と養生も大切である。水でそのまま内服する、冷たい飲食物を摂取すると、体を冷やしてしまい効果が半減してしまう。必ず温かいお湯に溶いて、急性期は3 ~ 4 時間おきに間隔を詰めて内服し、温かくして、安静を保つことが望ましい。
 これからの季節、気温が低下してくることに加え、夏の暑い時期の昼夜を問わない冷房の使用やデザートなどの冷たい食べ物や飲み物、果物などの体を冷やす飲食物の過剰摂取も影響して、麻黄附子細辛湯が適応となる風邪が増加してくる。
「冷え」、「倦怠感」、「チクチクとした咽頭痛」、「水様性鼻汁」といったキーワードに注目して、風邪に麻黄附子細辛湯をぜひ活用してほしい。

漢方 Q&A

 本連載では、読者の先生方から一般医療用漢方エキス製剤による治療に関する「素朴な疑問・質問」を募集します。
お気軽にきいてください(問い合わせはpcmagazine@primed.co.jp まで)。


第1 回は編集委員 井村洋先生からの質問です。
 
Q:漢方薬は必ずお湯に溶いて内服するべきですか?
 
A:水でそのまま内服した場合と比較した研究はありません。しかし、とくに急性疾患である風邪の場合は、できるだけ早く悪寒を取り除くことが治療目標ですから、水で服用して体を冷やしてしまうことは避けるべきです。また、麻黄湯などに含まれる桂皮(シナモン)の匂いの主成分であるシンナムアルデヒドがインフルエンザウイルスの増殖を抑制する作用が報告されており7)、お湯に溶いて服用する際の匂いも漢方薬が効果を発揮するために重要であると考えられます。

参考文献

1)Coburn B, Morris AM, Tomlinson G, et al. Does this adult patient with suspected漢方 Q&Abacteremia; require blood cultures? JAMA.2012; 308(5): 502-511.
2)Tokuda Y, Miyasato H, Stein GH. A simple prediction algorithm for bacteremia inpatients with acute febrile illness. QJM. 2005; 98(11): 813-820.
3)三潴忠道.はじめての漢方診療十五話.第1 版,医学書院,2005,p204.
4)田坂佳千.“かぜ"症候群の病型と鑑別疾患,今月の治療.2006; 13(12): 1217-1221.
5)橋口一弘.その症状は“風邪"?,主訴から鑑別する・治療する.第1 版,中山書店,2016,p75.
6)前田ひろみ,伊藤ゆい,吉村彰人,他.飯塚病院職員の発熱・風邪症状における漢方医学的症候について.日東医誌.2013;64suppl:282.
7)Hayashi K, Imanishi N, Kashiwayama Y, et al. Inhibitory effect of cinnamaldehyde,derived from Cinnamomi cortex, on the growth of influenza A/PR/8 virus in vitro and invivo. Antiviral Res.2007; 74(1): 1-8.

キーメッセージ

 
・風邪を漢方処方の第一歩に

・風邪は漢方薬の得意分野であり、速効性が期待できる
 
・漢方医学では「悪寒→発熱」と「悪寒→冷え」の風邪がある
 
・最近増えている「悪寒→冷え」の風邪には葛根湯が効きにくい

プロフィール

吉永 亮
飯塚病院 東洋医学センター漢方診療科
 
略歴
2004 年自治医科大学卒業。
2004 ~ 2006 年飯塚病院 初期研修医。
2006 ~ 2007 年福岡県立嘉穂病院。
2007 ~ 2010 年新宮町相島診療所。
2010 ~ 2013 年八女市矢部診療所。
2013年4月より現職。
日本内科学会認定内科医、総合内科専門医/日本プライマリ・ケア連合学会
プライマリ・ケア認定医・家庭医療指導医/日本東洋医学会漢方専門医、
指導医自治医科大学の義務年限の期間に、福岡県の離島と山間地の僻地診療所に各々3 年間勤務しました。地域医療を行いながら、当科で漢方の外来研修を行いました。漢方外来で学んだことを地域医療で実践すると、とても有用で、地域住民の方々に喜んでもらえ、その上、自分自身の地域医療のやりがいを高めることができました。そうしているうちに、徐々に漢方の魅力にハマってしまい、地域医療の終了後はもっと本格的に漢方を勉強しようと現在に至ります。どっぷりと漢方の世界に浸かって、漢方の可能性を広げるべく日々奮闘中です。
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最終更新:2022年01月05日 20時56分

実践誌編集委員会

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