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健康と社会を考える/ 想いがあればできる!私にもできた! 宇都宮医師会の社会的処方の実装に向けての取り組み

はじめに

医中誌Webで「健康の社会的決定要因」(Social Determinants of Health:以下SDH)を検索すると2003年以降から223件、PubMedでは1961年以降から22,350件の文献が該当しました(2019年11月15日)。SDHを取り上げた書籍も数多く出版されており、2018年に当学会が「健康に関する見解と行動指針」を発表したことは記憶に新しく、他国に比べ遅れはあったもののSDHという概念は本邦でも徐々に浸透しつつあるものと思われます。一方、「社会的処方」は医中誌Webで21件、PubMedで 2,684件と少なく(2019年11月15 日)、まだ市民権を得ていない概念といえるでしょう。

SDHへの取り組みは福井県高浜町の地域志向型の取り組みや日本老年学的評価研究(Japan Georontological Evaluation Study:以下JAGES)の地域診断による格差の可視化やソーシャルキャピタル育成の効果)などさまざまな取り組みが活発に行われています。社会的処方に関しては英国では概念の普及に向けてリンクワーカーを中心にネットワークが広がっています。一方で、日本では活動報告は散見されるものの医療現場と社会資源をリンクさせる方法は医療機関や地域でばらつきがあります 。

今回は宇都宮医師会が社会支援部という下部組織を設立し社会的処方の実装化に向けての取り組みをはじめた経緯を筆者の視点から紹介したいと思います。

プライマリ・ケアのなかに垣間見るSDH

医師として10年目を迎えたころのある日、救急車対応をしていたときに自宅で動けなくなっているという50代男性が運ばれてきました。聞くと「1年前に生活保護になった。ようやく仕事を見つけ自立したが不運がきっかけで働けなくなってしまい収入が途絶えた。数週間前から水分しか摂っていない」とのことでした。経済的困窮からの飢餓・脱水です。これは本当に病気なのだろうか?医療だけでは根本を解決することができず強い無力感と疑問を感じました。

そのような折、週刊医学界新聞の「社会疫学が解決する健康格差とその対策」という対談記事)で、近藤克則先生とイチロー・カワチ先生のお名前を知ったときはまさに目から鱗が落ちた思いがしました。ライフコース疫学という概念、所得格差を示すジニ係数と国全体の死亡率が相関すること、JAGESが中心となりソーシャルキャピタルの醸成が健康や介護予防の鍵になること、社会的処方という概念があり困難を抱える人を見出し社会資源につなぐという取り組みがすでに海外で行われていること、何より健康格差対策が学問体系として成立していること……。自分が常日頃感じている「解決できないモヤモヤ」の答えを与えられた思いで、うれしくてたまりませんでした。確かちょっとだけ涙も流したような、そうでもなかったような。

行動に移さなきゃ!

そのころ私は「病院内にとどまっていては私のやりたいことはできない。外部とのつながりをもたなければ」という強い思いがあり、院外の集まりに足を運ぶようになりました。「地域ささえあい研究会」という地域の勉強会が定期開催されているとの噂を聞き、2017年7月にお邪魔させていただきました。医療以外に介護職、福祉職、市議会議員、自治会長、教員、サラリーマン、主婦などさまざまな背景の方と接する機会をいただき、視野を広げるきっかけになりました。

また、宇都宮では「在宅緩和ケアとちぎ」という1泊2日の研修会勉強が年2回開催されており、2018年2月の講演会で「マギーズ東京」で有名な秋山正子さんが講演のなかで 「絶対に叶えたいと思ったことは何度でもしつこく呟き続けるんです!」と仰っていたのが非常に印象に残り、私もやってみようと決心しました。「SDHに興味がある。地域で何か取り組みができないか」と、学んだことを口頭で伝えたりフェイスブックに書き込んだり……

効果は意外にも早く現れはじめました。普段人前でお話をすることなどなかったのですが、同年2月に「SDHについて、ささえあい研究会でお話をしてもらえませんか?」と 機会をいただき、これが私にとっての大きな転機でした。誰もがうすうす感じているけれどうまく表現できないことを言語化し啓蒙することで、SDHと社会的処方に関する基本的な概念の共通理解を広げることができたのではないかと考えています。その後も地道に「呟き続けて」いたところ、徐々に人とのつながりが増えてゆきました。それに伴い、在宅ケアの多職種勉強会の講師、ケアマネ協会の研修 会講師、医療生協組合員との懇談会、宇都宮大学の講義などお話をさせていただく機会も徐々に増えていきました。

地域でつないだバトン  

栃木県内では済生会宇都宮病院と医療生協が運営する二つの診療所が、社会的処方の実践といってもよい無料低額診療事業に取り組んでいたため、格差への問題意識と対応は継続 的に行われていました。そのようななか、2018年7月に栃木県民医連と済生会宇都宮病院の共催・宇都宮市医師会後援という形で近藤克則先生の講演会が実現したことは特筆に値すると思います。

同年11月にはある議員の働きかけの甲斐あり市議会議員を対象にした講演が開催され行政とも問題意識が共有できました。ほかにも高齢者の孤立を訴え若者と高齢者の共生を推進する活動を行っている法人)をはじめ、SDHを問題視し協働しなければならないと考えている人は看護、介護、福祉、教 育、行政、一般市民など多分野にわたり大勢いることに気づかされました。

さらに、栃木県では1997(平成9)年から「在宅ケアネットワークとちぎ」という在宅医療に従事する多職種の大規模な勉強会が毎年2月11日に自治医科大学で開催されていますが、2020年度のテーマとして「社会的処方」が選ばれたことは非常に大きな転換点であったといえます。たくさんの先人たちがバトンをつなぎ続けてくださった結果として今があるということを痛感しました。

とりあえず、何かを始めよう

とりあえず、何かをはじめよう もう一つ学んだことがありました。何かを成そうと意見が合意した人が数人集まると、「流れ」が生まれるということです。私を含めSDHに対する強い関心と熱意をもっている人材はいましたが具体的な行動に移すには至っておりませんでした。私自身もある講演をさせていただいたあとに、「SDHも社会的処方も重要性は理解したけど何をすればよいかわからないので興味をもてない」、
「自分の生活も苦しいのに行動には移せない」等の意見をいただくことがしばしばあり、何か行動に移さなければ……と焦りを感じていました。

そのようななか「とりあえず何をすべきか話し合おう」と有志の医療職数名で集まったのが 2019年2月のことでした。SDHの啓蒙と社会的処方の地域での実践が必要だということと、そのためにも医師会の理解と支援が必要だという結論に至りました。はたして医師会が理解を示してくれるのか……前途多難な思いに駆られながらも「埒が明かないので思い切って医師会長に直談判しよう」ということになり、翌月にお招きすることになりました。正直に白状しますと、私はそれまで医師会とのお付き合い等はなく、医師会長ともなると畏怖を感じる存在でしたが、蓋を開けてみれば「うん、私もそういったことは取りかからねばならない問題だと思っていた!でも一人では声を出せずにいた」と膝を叩いて賛同してくださったのでした。月並みな 言葉ですが、人は直に会って話すまでわからないものだと改めて学びました。「非常に重要な課題なので地元紙とも連携し啓蒙活動を行っていこう」ということになり、ここから流れが急展開していきます。

宇都宮医師会社会支援部の発足

2019年4月の医師会報に医師会長の就任挨拶で「医療費抑制策を、病気の人を減らすことで実現したい」、「病気と予防の上流にある、社会の状況にアプローチする」、「個人の資質にのみ原因を帰することは誤りである」、「具体的要因は、経済的格差、教育不足、社会での孤立等である」、「社会的処方の取組が、副作用の少ない医療費抑制策に繋がる」、「未来において健康都市宇都宮の確固たる地位を築きたい」と、SDHへの取り組みに紙面の大部分を割いておられるのを拝見し胸が打たれました。そのようななか、知人から「今朝の下野新聞を読んだ?」と連絡がきました。見ると「宇都宮医師会が健康格差是正への新組織を立ち上げ」と大きく取り上げられているではありませんか!

現在は私も社会支援部の委員の一人となって、社会的処方をどのように市内で実装していくか検討と準備を進めています。今後は社会的処方の手段を発掘・共有する連絡媒体の作成、社会福祉協議会や居宅介護支援事業との合同研修会 開催などを検討しています。これは時期と地域と人に恵まれ起こった連鎖であり自分は歯車の一つにすぎません。しかし「絶対に叶えたいと思ったことは何度でも呟き続ける」という秋山正子さんの言葉は決して間違ってなかった。あのとき 呟き続けて本当によかったと心から思っています。せっかく生まれたこの小さな流れが途中で止まってしまわぬよう、人の幸福にすこしでも役立てるよう、支援と励ましをお願いします。

プロフィール

千嶋 巌  
宇都宮協立診療所/千葉大学大学院(先進予防医学)

略歴 
群馬県出身 
2006年群馬大学医学部卒業、
沖縄県立中部病院初期研修、
東京医療センター総合内科後期研修修了、
NHO茨城医療センター内科常勤医を経て
2020年4月から宇都宮協立診療所常勤医
として外来・在宅医療に従事する傍ら、
千葉大学大学院先進予防医学博士課程に入学、
総合内専門医、家庭医療専門医、
日本プライマリケア学会SDH検討委員会協力委員、
宇都宮医師会社会支援部医院
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-313-1.jpg

最終更新:2023年04月27日 11時56分

実践誌編集委員会

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