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第15回 日本プライマリ・ケア連合学会学術大会 学生セッション 受賞者インタビューVol.1 <口演発表の部 最優秀発表賞> 北海道大学医学部

2024年6月7日(金)〜9日(日)アクトシティ浜松で開催された第15回 日本プライマリ・ケア連合学会学術大会学生セッション。口演発表24エントリー、ポスター発表47エントリーの中から、各部門で受賞された発表内容をご紹介します。今回は「口演発表の部」で最優秀発表賞を受賞した北海道大学医学部の金子さんと指導にあたった京都民医連あすかい病院の片岡先生からお話をうかがいました。

口演発表の部 最優秀発表賞

地理情報システムを用いた医療機関における洪水の被害想定に関する横断研究

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##受賞内容
口演発表の部 最優秀発表賞

##演題名
地理情報システムを用いた医療機関における洪水の被害想定に関する横断研究

##大学
北海道大学医学部

##発表者名
金子雄司さん(北海道大学医学部6年)

##指導者名
片岡裕貴先生(京都民医連あすかい病院 内科)
近年頻繁に見られる洪水は、時として医療機関に直接的な被害を与え、プライマリ・ケアの継続性等を脅かし、地域の医療サービスの水準を著しく低下させることがある。気候変動に伴う洪水の頻度の増加や甚大化によって災害医療ニーズは多様化しており、一方で内閣府は地理情報システムを活用した罹災規模の予測を推奨している。だが、洪水によって医療施設が受ける被害規模を推定した研究はほとんど見られない。このことから本研究では、洪水ハザードマップの地理情報を用いて国内医療施設の被害規模を推定・可視化することで、災害医療政策に新しい知見を提供することを目的とした。
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浸水エリアと医療施設の位置

私は医学部に入る前に鉄道会社に勤務していて、そこで災害に関わる業務に取り組んでいました。そういう経緯もあり、もともと災害と医療を関連づけた研究をしてみたいとの思いを持っていたんです。災害といっても地震や津波、豪雨など様々なものがありますが「オープンデータとして活用できるものは何か」ということを考えていた時、洪水に関するハザードマップの地理情報が公開されていることを知り、この分野にフォーカスして研究を進めていくことにしました。

そのオープンデータは国土交通省が提供する「浸水想定区域データ」と呼ばれるものですが、これと日本医師会地域医療情報システム(JMAP)に登録されている全国の医療施設(歯科を除く一般診療所と病院)のデータを組み合わせることにしました。つまり医療施設の位置情報を浸水エリアの地図上に配置したわけです。そして浸水エリア上に位置する医療施設を「被害施設」とし、さらに「被害病床」も算出しました。ちなみに医療施設は全部で148,952施設あり、病床は1,621,078病床ありました。その結果として、すべての診療科・病院においてまんべんなく被害が予想されることが明らかになりました。

BCP策定の基礎データとして

浸水エリアには「計画規模の洪水(10~200年に1回程度の確率で発生する降雨で生じる浸水エリア)」と「想定最大規模の洪水(1000年に1回程度の確率で発生する降雨で生じる浸水エリア)」があります。今回の研究では「計画規模の洪水」に関しては約10%の医療施設が、また「想定最大規模の洪水」に関しては20%以上の医療施設が罹災するであろうことが判明しました。
また、被害規模には地域差があり、一部のエリアで特に被害想定が大きいこともわかりました。こうした結果は洪水によって全国的に医療施設の機能維持・医療ニーズへの対応が困難になることを示しています。

自然災害に関する考え方の一つに「BCP:Business Continuity Plan(業務継続計画)」というものがあります。災害などのリスク発生時に日常的な業務が中断しない、あるいは中断したとしてもすぐに再開できるようにするための仕組みのことです。厚生労働省では水害に対応したBCP策定のためのガイドラインを制定していて、その策定率は災害拠点病院においては100%に達していますが、非災害拠点病院や一般診療所においては25%以下となっています(2018年時点)。気候変動に伴って災害医療ニーズは多様化していて、BCP策定に関しても複数の医療施設や行政、民間企業等の連携が重要になってきています。本研究はその際の基礎データになると私は考えています。
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― 今回の研究を進めていく上で、金子さん自身が感じた事は何ですか?

まず病院に関してですが、災害拠点病院とそうではない病院に分けたところ、立地的に両者に大きな差がないことがわかりました。私にとってそれは意外なことでした。災害拠点病院は災害時に医療ニーズが集中するところなので、浸水エリアであるかどうかを考慮した上で建てられていると勝手に思い込んでいたのです。他の病院と同じように浸水エリアにあるということは浸水のダメージを受けてしまうんだなと思いました。もちろんそれなりのハード対策をしているでしょうが、そこが意外でしたね。
また、今回の研究では医療機関だけを対象としていて、例えば浸水時の幹線道路の状況については考察していません。幹線道路の状況によっては被害がさらに大きくなる可能性があるので、そういったところも含めた研究も必要だと感じました。

最後に、BCPを策定していない医療機関が少なくない点に関しては、やはり一つの課題だという印象を持っています。互いに連携をとって策定を進めていくことが地域の災害医療には必要になってくると思いますから、今回の研究がそのための材料の一つになればいいなと思っています。
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― 今回、片岡先生に指導をお願いした理由は何だったのでしょうか?

知り合いの医師の先生から紹介していただきました。その先生は私が災害医療に関する研究をどう進めていいのかについて悩んでいることを知っていたこともあり「研究の進め方に関して、とても面倒見のいい疫学の先生がいらっしゃるから」と片岡先生のことを教えてくれたんです。
片岡先生は「Scientific Research Works Peer Support Group (SRWS-PSG)」という組織を運営しておられて、ここでは研究のコツや方法論をオンラインを通して教えるプロジェクトを実施しているんです。具体的かつ実践的に研究を進めていくスキルが身につくとのことだったので思い切って相談してみることにしました。そうしたらすぐに快諾の返事をいただいたというわけです。

片岡先生は大変レスポンスが早くて、私からの質問などに対しては必ず24時間以内にお返事をいただき、大変助かりました。また、研究の進め方も「研究計画書」という形できちんとフォーマット化したものが用意されていて、最初に何をするべきか、その次には何をするべきかというように道筋も明確に示されていたので、スムーズに研究が進められたと実感しています。そのおかげで研究開始から約半年で論文化まですることができました。

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片岡先生が運営するScientific Research Works Peer Support Group (SRWS-PSG)のサイト

― 片岡先生は金子さんから相談を受けた時にどう思われましたか?

私は地理データを扱ったことがなかったのですが、研究に関しては何を要因として何をアウトカムとするかが重要なので、その部分をきちんと押さえることができれば大丈夫だと思いました。私が提供できる手法を使えば、金子さんの目的も満たせると考えて協力させていただくことにした次第です。
実際にスタートをしたのが2023年の10月くらいで、そこから数字(データ)を集めて分析するというやり方で進めていき、2〜3か月後には抄録ができていたと思います。これは早い方で、金子さんに研究に対する経験があったからだと思っています。

― 金子さんのコメントにもあった「研究計画書」はやはり重要なんでしょうか?

間違いなく重要ですね。研究は論文という形で発表するわけですが、そこには書き方があるんです。研究の背景、目的、方法、結果、考察などを書いていくわけですが、この手の文章はすでに「型」が決まっているんですね。それに従って一つひとつを埋めるように書いていけばいいわけです。研究計画書は論文の背景、目的、方法の部分を取り出したものということですね。
金子さんに対しては、そうした知識を伝える部分と研究実施過程の判断に関して迷った時の判断のサポートを行いました。前者に関しては言えば、型通りのものですから、都度、手元にある資料をお渡しして効率的に伝え、後者のサポートに対して時間をかけることを意識しました。そのことでレスポンスも早くできたと言っていいでしょうね。

― 金子さんに期待することは何でしょうか?

金子さんは「災害医療」という明確な軸足を持って医療に取り組んでいきたいとのことで、それは大変に素晴らしいことだと思っています。いわゆる救急医療の延長として災害医療が捉えられるケースは少なくありませんが、その前段階の防災という観点も込みで、BCPやコミュニティデザインを考えるケースは日本ではほとんど見られません。ですから金子さんの今後には大いに期待しています。日本は毎年のように大きな洪水が起きていますから、なおさらですね。
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    金子さん と 片岡裕貴先生(右)

― 金子さんは今後どのようなことに取り組んでいきたいですか?

医師としては将来的に総合診療専門医または内科専門医を考えていますが、それにプラスして今後も災害医療に関する研究は続けていきたいと思っています。実は現在、片岡先生から指導を受けながら「スコーピングレビュー(既存の知見を網羅的にマッピング・整理することで研究が行われていない範囲を明らかにするための手法)」を使って災害時に増加する呼吸系疾患について調べています。卒業後も臨床と研究の二刀流にこだわっていきたいですね。
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最終更新:2024年10月07日 20時16分

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