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「『総合診療』という新しい分野を、ゼロから形にする使命感にわくわくしています」/ 香川大学医学部総合診療学講座 市来智子教授
大学の総合診療部門に近年新しく就任された教授へのインタビューを通して、人材育成や研究等の取り組みをお伝えしていく連載企画をスタート。シリーズの最初にご登場いただくのは、香川大学医学部の市来智子(いちきともこ)先生です。
アメリカの名門「メイヨークリニック」での経験
― 先生は約10年間、アメリカの名門「メイヨークリニック」にいらっしゃいました。その経緯から教えていただけますか?
きっかけは、鹿児島大学で学位を取得する際にご指導いただいた先生とのご縁でした。その先生自身がかつてメイヨークリニックに留学されていた経験があり、現地のラボの教授から「誰か一人、留学生を送ってくれないか」という打診があったんです。そこでお声がけをいただき、研究留学という形でアメリカへ渡ることになりました。
最初は循環器内科の研究生としてスタートしたのですが、結果として10年弱という長い期間をアメリカで過ごし、最終的には内科の准教授という肩書も頂きアカデミックなキャリアを積むことに。当初はそんなことになるとは思いもしませんでした(笑)。メイヨークリニックは、全米でも「最も働きがいのある職場」に選ばれるような素晴らしい環境です。そこで最先端の医学と研究にどっぷりと浸かった時間は、私の医師としての根幹を形作る非常に貴重な経験になったと言えます。
最初は循環器内科の研究生としてスタートしたのですが、結果として10年弱という長い期間をアメリカで過ごし、最終的には内科の准教授という肩書も頂きアカデミックなキャリアを積むことに。当初はそんなことになるとは思いもしませんでした(笑)。メイヨークリニックは、全米でも「最も働きがいのある職場」に選ばれるような素晴らしい環境です。そこで最先端の医学と研究にどっぷりと浸かった時間は、私の医師としての根幹を形作る非常に貴重な経験になったと言えます。
― 帰国後、循環器科で活躍された後、総合診療科の分野に移られました。その理由はどこにあったのでしょう?
帰国して国際医療福祉大学の循環器内科に勤めたのですが、当時はちょうど医学部が新設されたばかりの立ち上げ期。診療と教育に追われ、私が一番やりたかった「研究」に割ける時間が確保できない状況でした。若手医師が少なかったこともあり、年齢を重ねても当直や救急、ICU管理といった現場仕事を「60歳まで続けることになる」と言われ、体力的にもキャリア的にも危機感を抱いたのが本音です。
このままでは研究者としてのブランクが空きすぎてしまうのではないか。そう感じていた時に、アメリカ留学時代の友人が札幌医科大学の総合診療科で教授に就任することになって「スタッフが足りないので力を貸してほしい」と声をかけてくれたんです。
「一生続けられる仕事は何か」と自問自答したとき、特定の臓器だけを診るのではなく、もっと患者さんの近くで、その方の人生を丸ごと診られるような幅の広い診療に魅力を感じるようになりました。それで自分の体力を考え、長く深く地域に貢献できる「セカンドキャリア」を築こうと、思い切って違う分野へ飛び込む決意をしたというわけです。
このままでは研究者としてのブランクが空きすぎてしまうのではないか。そう感じていた時に、アメリカ留学時代の友人が札幌医科大学の総合診療科で教授に就任することになって「スタッフが足りないので力を貸してほしい」と声をかけてくれたんです。
「一生続けられる仕事は何か」と自問自答したとき、特定の臓器だけを診るのではなく、もっと患者さんの近くで、その方の人生を丸ごと診られるような幅の広い診療に魅力を感じるようになりました。それで自分の体力を考え、長く深く地域に貢献できる「セカンドキャリア」を築こうと、思い切って違う分野へ飛び込む決意をしたというわけです。
― その後のキャリアとなった札幌医科大学や滋賀医科大学では、総合診療科の立ち上げという側面が大きかったのですか?
まさにその通りです。私が歩んできた総合診療のキャリアは、常に「ゼロからの立ち上げ」と共にありました。札幌医科大学の時は、教授が着任されたもののスタッフが誰もいないという状態からのスタート。そこで仕組み作りをお手伝いしました。
その後、その教授が滋賀医科大学の教授も兼任されることになったのですが、そこでも「スタッフがいなくなった医局をまた一から立て直してほしい」という状況で、私も滋賀へと移りました。総合診療という分野は日本の医学界ではまだ比較的新しく、体制が十分に整っていない大学も少なくありません。そうした場所で組織の土台を築き、教育の形を作っていく。循環器内科で培った専門性とアメリカで学んだ多様な視点を活かしながら新しい診療科の価値を確立していく作業は、非常にやりがいのあるものでした。
現在は母校である香川大学に戻っていますが、これまでの経験を還元し、地域に根ざした総合診療の普及に努めています。
その後、その教授が滋賀医科大学の教授も兼任されることになったのですが、そこでも「スタッフがいなくなった医局をまた一から立て直してほしい」という状況で、私も滋賀へと移りました。総合診療という分野は日本の医学界ではまだ比較的新しく、体制が十分に整っていない大学も少なくありません。そうした場所で組織の土台を築き、教育の形を作っていく。循環器内科で培った専門性とアメリカで学んだ多様な視点を活かしながら新しい診療科の価値を確立していく作業は、非常にやりがいのあるものでした。
現在は母校である香川大学に戻っていますが、これまでの経験を還元し、地域に根ざした総合診療の普及に努めています。
「総合診療の深刻な不在」を解消するために
― 香川大学に移られたのは、札幌や滋賀での立ち上げ実績という、先生の「手腕」が買われてのことだったのでしょうか?
ありがたいことに、香川大学から「教授選に出ないか」とお誘いをいただいたのがきっかけでした。ただ、私の手腕というよりは、香川県における「総合診療の深刻な不在」が背景にあります。実は香川大学には、総合診療を専門とする講座が長らく存在せず、その歴史もありませんでした。
そのため卒業生の中にも専門医がほとんどおらず、教育を担える人材が極めて不足していたのです。
お話をいただいた際、滋賀での立ち上げもまだ道半ばで非常に悩みましたが、香川側の強い熱意、そして滋賀医科大学の上司が「香川の立ち上げも重要な仕事だから」と背中を押してくれたことで決断しました。私がこれまで経験してきた「何もないところから組織を形にする」というスキルを最も必要としているのが母校であったということです。これまでの他大学での経験を、ようやく自分のルーツである香川の地に還元できるという思いで着任いたしました。
そのため卒業生の中にも専門医がほとんどおらず、教育を担える人材が極めて不足していたのです。
お話をいただいた際、滋賀での立ち上げもまだ道半ばで非常に悩みましたが、香川側の強い熱意、そして滋賀医科大学の上司が「香川の立ち上げも重要な仕事だから」と背中を押してくれたことで決断しました。私がこれまで経験してきた「何もないところから組織を形にする」というスキルを最も必要としているのが母校であったということです。これまでの他大学での経験を、ようやく自分のルーツである香川の地に還元できるという思いで着任いたしました。
― 先生は「リカレント教育(学び直し)」や、独自の7つの方針を掲げて環境整備に力を入れておられます。これについて詳しく教えてください。
総合診療医を増やすには、まず「働き続けられる環境」を作らなければなりません。香川は若手の総合診療医が非常に少ないため、少人数に負担が集中しないよう「病棟チーム制」を導入しました。主治医が24時間365日責任を負う旧来の体制は今の時代にはそぐいません。複数の医師で診るチーム制にすることで、若手も気軽に相談できる「屋根瓦式(先輩が後輩を指導し、その後輩がさらに次の後輩を指導するという、重なり合う屋根の瓦のように段階的に知識や技術を伝える教育体制)」の指導が可能になり、働き方改革にも繋がります。
また、特に力を入れているのが「リカレント教育」による支援です。
例えば、産休・育休明けの先生はスムーズに復帰できるよう、残業を減らし突然のお子さんの体調不良による休暇にも対応できる勤務を実現しています。また将来的には研究・書類仕事は自宅で、いわゆるテレワークができたらいいなと考えています。
さらに、第一線を退こうと考えている他科のベテラン医師や外科から転向を考えている先生方がセカンドキャリアとして総合診療を学び直せる土壌を作りたい。10人の若手をいきなり確保するのは難しくても、多様なキャリアを持つ先生方が、それぞれのライフステージに合わせて活躍できる仕組みがあれば香川の総合診療の層は必ず厚くなると確信しています。
また、特に力を入れているのが「リカレント教育」による支援です。
例えば、産休・育休明けの先生はスムーズに復帰できるよう、残業を減らし突然のお子さんの体調不良による休暇にも対応できる勤務を実現しています。また将来的には研究・書類仕事は自宅で、いわゆるテレワークができたらいいなと考えています。
さらに、第一線を退こうと考えている他科のベテラン医師や外科から転向を考えている先生方がセカンドキャリアとして総合診療を学び直せる土壌を作りたい。10人の若手をいきなり確保するのは難しくても、多様なキャリアを持つ先生方が、それぞれのライフステージに合わせて活躍できる仕組みがあれば香川の総合診療の層は必ず厚くなると確信しています。
― 滋賀や札幌といった以前の拠点と比べて、香川ならではの難しさや課題はありますか?
最大の違いは「総合診療の文化」が根付いていない点です。他県には有名な教育施設があり、学生時代から総合診療の魅力を知る機会がありますが、香川はその素地が全くない状態からのスタートでした。そのため、まずは若い世代に「総合診療医って面白そうだ」と思ってもらうところから始めなければなりません。
また、香川特有の課題として、地域医療を支える自治医科大学の卒業生との関係性があります。
これまでは大学との接点が薄く、義務年限を終えた中堅医師が県外へ流出してしまうケースが目立ちました。
彼らとの「顔の見える関係」を築き、大学が孤立させることなく地域医療を一緒に支えるパートナーになることが急務です。幸い、私が着任する前から県内の病院長の方々がみんなで総合診療医を育てようと「かがわ総合診療研究会」というネットワークを作ってくださっていました。
この追い風に乗り、地域全体で医師を育成する「総合診療センター」の事業も採択されました。構造的な問題を解決し、香川モデルの地域医療を確立していきたいと考えています。
また、香川特有の課題として、地域医療を支える自治医科大学の卒業生との関係性があります。
これまでは大学との接点が薄く、義務年限を終えた中堅医師が県外へ流出してしまうケースが目立ちました。
彼らとの「顔の見える関係」を築き、大学が孤立させることなく地域医療を一緒に支えるパートナーになることが急務です。幸い、私が着任する前から県内の病院長の方々がみんなで総合診療医を育てようと「かがわ総合診療研究会」というネットワークを作ってくださっていました。
この追い風に乗り、地域全体で医師を育成する「総合診療センター」の事業も採択されました。構造的な問題を解決し、香川モデルの地域医療を確立していきたいと考えています。
「かがわ総合診療医センター」 は香川の医療を変える第一歩
― 2026年1月に「かがわ総合診療医センター」がオープンしました。現在の率直な心境をお聞かせいただけますか?
まさに「生まれたて」の状態で、正直なところまだバタバタとしています(笑)。形ができたことは大きな一歩ですが、本当の勝負はこれからです。現在、最大の優先課題となっているのは「指導医」の確保です。総合診療は大学病院内だけで完結するものではなく、地域での研修が不可欠。
そのため、各施設で質の高い教育を提供できる指導医をいかに配置できるかが、このセンターが広がりを持てるかどうかの鍵になると考えています。
また、オープンに際して私の掲げた「7つの方針」が少しインパクトが強すぎたかなと自省することもありますが、その甲斐あってか、地元メディアに取り上げていただいたり、オープンキャンパスで高校生が直接私のところへ話を聞きに来てくれたりと、着実に「種まき」の手応えを感じています。
彼らが一人前の医師になるまでには10年ほどの月日が必要で、私の現役期間中に間に合うかは分かりません。しかし、香川で総合診療を志せるという道筋を今示すことが、将来の香川の医療を変える第一歩になると信じています。
そのため、各施設で質の高い教育を提供できる指導医をいかに配置できるかが、このセンターが広がりを持てるかどうかの鍵になると考えています。
また、オープンに際して私の掲げた「7つの方針」が少しインパクトが強すぎたかなと自省することもありますが、その甲斐あってか、地元メディアに取り上げていただいたり、オープンキャンパスで高校生が直接私のところへ話を聞きに来てくれたりと、着実に「種まき」の手応えを感じています。
彼らが一人前の医師になるまでには10年ほどの月日が必要で、私の現役期間中に間に合うかは分かりません。しかし、香川で総合診療を志せるという道筋を今示すことが、将来の香川の医療を変える第一歩になると信じています。
― センターの運営が軌道に乗る頃、3〜5年後の近い未来において、具体的にどのような目標を掲げていらっしゃいますか?
若手を育てる体制を盤石にすることはもちろんですが、この3〜5年で特に形にしたいのは、さきほどもお話しした「リカレント教育」の仕組み化です。他科で研鑽を積んできた先生方が、セカンドキャリアとして総合診療を学びながら、同時にその豊富な臨床経験を活かして若手を指導する。この「学び」と「指導」が共存するハイブリッドな環境を、日本で最も地に足のついた形で実現したいと考えています。
「あの先生に教えてもらいたい」「あの先生のようなキャリアを歩みたい」と思える魅力的な指導医のチームを作ることが、結果として若手を惹きつけることにつながります。試行錯誤の連続になるでしょうが、多様なバックグラウンドを持つ医師が責任を持って育ち、また次世代を育てられる。そんな「人が人を呼ぶ」循環を、この1〜2年でしっかりと仕組みとして確立させたいですね。
「あの先生に教えてもらいたい」「あの先生のようなキャリアを歩みたい」と思える魅力的な指導医のチームを作ることが、結果として若手を惹きつけることにつながります。試行錯誤の連続になるでしょうが、多様なバックグラウンドを持つ医師が責任を持って育ち、また次世代を育てられる。そんな「人が人を呼ぶ」循環を、この1〜2年でしっかりと仕組みとして確立させたいですね。
― センターの目玉として、他大学にはないユニークな構想があるとお聞きしました。詳しく教えてください。
実は香川大学は10年以上前からブルネイの大学と深い国際交流を続けています。ブルネイは英国連邦の一つであり、イギリス式の非常に質の高い「家庭医制度」を取り入れている国です。このネットワークを活かし、将来的にブルネイでの研修を通じて家庭医の資格取得や国際的な視点を養えるようなプログラムを、センターの目玉にしたいと考えています。
そのために、センターでは英語教育も並行して行い、海外留学を志望するような意欲的な若手医師を惹きつけたいと思っています。「香川で学び、世界基準の家庭医を目指す」。地方大学だからといって内向きになるのではなく、国際交流という「窓」を大きく開くことで、若い先生たちにワクワクするようなキャリアパスを提示できるはずです。やるべきことは山積みですが、香川の地から新しい時代の医師像を発信できるよう、全力を尽くします。
そのために、センターでは英語教育も並行して行い、海外留学を志望するような意欲的な若手医師を惹きつけたいと思っています。「香川で学び、世界基準の家庭医を目指す」。地方大学だからといって内向きになるのではなく、国際交流という「窓」を大きく開くことで、若い先生たちにワクワクするようなキャリアパスを提示できるはずです。やるべきことは山積みですが、香川の地から新しい時代の医師像を発信できるよう、全力を尽くします。
「自分の住む街をより良くしたい」という志を持つ方のキャリア支援を
― 総合診療センター長として、医師の確保や育成において香川県ならではの強みをどう活かしていこうとお考えですか?
香川県は日本一面積が小さい県です。北海道や長崎のような広大な離島・僻地を抱える地域とは異なり、端から端まで高速道路を使えば1時間で移動できてしまいます。これは、教育において非常に大きなメリットになります。孤立した環境で一人で頑張りすぎる必要がなく、常に大学や中核病院と連携が取れる「顔の見える関係」を築きやすいのです。
現在は、学生時代に「地域医療をやりたい」と言っていた子たちが、学年が上がるにつれて専門科志向に流れてしまうという課題もあります。しかし、一度県外に出たとしても「いつかは地元に恩返しをしたい」という思いを持つ若者は少なくありません。彼らが帰ってきたくなるような、あるいは県内に残りたくなるような魅力的な育成フィールドを整えるのが私の役目です。私が今の代で種を撒き、その芽が出て花が咲く頃には、香川が「総合診療を学ぶならここだ」と言われるような土壌となり、「総合診療科の先生方がいてよかった」と県民の方々に思っていただけることを目指しています。
現在は、学生時代に「地域医療をやりたい」と言っていた子たちが、学年が上がるにつれて専門科志向に流れてしまうという課題もあります。しかし、一度県外に出たとしても「いつかは地元に恩返しをしたい」という思いを持つ若者は少なくありません。彼らが帰ってきたくなるような、あるいは県内に残りたくなるような魅力的な育成フィールドを整えるのが私の役目です。私が今の代で種を撒き、その芽が出て花が咲く頃には、香川が「総合診療を学ぶならここだ」と言われるような土壌となり、「総合診療科の先生方がいてよかった」と県民の方々に思っていただけることを目指しています。
― これから総合診療を志す学生や研修医に向けて、先生が考えるこの分野の魅力や大学で学ぶ意義を教えてください。
総合診療、特に私が育てている「家庭医」に近い領域の魅力は、患者さんの人生に寄り添い、家族や地域全体の健康を共に守っていける点にあります。「自分の住む街をより良くしたい」という志を持つ方には、これほどやりがいのある仕事はありません。
大学という場に限定して言えば、二つの大きな役割があります。一つは「診断のプロ」としての研鑽。原因不明の症状を抱える患者さんに対し、最も適切な診断を下して専門科への架け橋となる。この診断学を深く学びたい方には最高の環境です。もう一つは教育や研究、そして留学といったキャリアの選択肢が広いこと。「若い世代を育てたい」「学位を取りたい」といったアカデミックな意欲にも、大学なら全力で応えることができます。
また、総合診療は若手だけでなく、開業を目指す方や専門科からの転向を考える方の「リスキリング(学び直し)」の受け皿でもあります。子供が減る中で「大人も診られるようになりたい」と考える小児科医の先生など、地域のニーズに合わせた柔軟なキャリア形成を支援していきたいと考えています。
大学という場に限定して言えば、二つの大きな役割があります。一つは「診断のプロ」としての研鑽。原因不明の症状を抱える患者さんに対し、最も適切な診断を下して専門科への架け橋となる。この診断学を深く学びたい方には最高の環境です。もう一つは教育や研究、そして留学といったキャリアの選択肢が広いこと。「若い世代を育てたい」「学位を取りたい」といったアカデミックな意欲にも、大学なら全力で応えることができます。
また、総合診療は若手だけでなく、開業を目指す方や専門科からの転向を考える方の「リスキリング(学び直し)」の受け皿でもあります。子供が減る中で「大人も診られるようになりたい」と考える小児科医の先生など、地域のニーズに合わせた柔軟なキャリア形成を支援していきたいと考えています。
― 最後に「日本プライマリ・ケア連合学会」との関わりについて教えてください。
本格的に関わり始めたのは札幌医科大学に移ってからで、現在は大学ネットワーク委員会の委員として活動しています。主な役割としては、学会でのシンポジウムの企画や学生さんたちの発表のサポート、大学間のネットワーク構築のお手伝いなどです。私自身、まだ委員になって日が浅いので、諸先生方の活動から多くの刺激をいただいている最中です。
日本プライマリ・ケア連合学会は、非常にオープンで自由な空気があり、若い先生からベテランまでが対等にディスカッションできるのが魅力です。また、医師だけでなく看護師や薬剤師といった多職種の方々が深く関わっているのも大きな特徴ですね。学会そのものが、まさに総合診療の現場が目指すべき「多職種連携」や「フラットなチーム」を体現していると感じます。こうした活気ある場での経験を香川に持ち帰り、本県の医療現場にも反映させていきたいと考えています。
日本プライマリ・ケア連合学会は、非常にオープンで自由な空気があり、若い先生からベテランまでが対等にディスカッションできるのが魅力です。また、医師だけでなく看護師や薬剤師といった多職種の方々が深く関わっているのも大きな特徴ですね。学会そのものが、まさに総合診療の現場が目指すべき「多職種連携」や「フラットなチーム」を体現していると感じます。こうした活気ある場での経験を香川に持ち帰り、本県の医療現場にも反映させていきたいと考えています。
プロフィール
香川大学医学部総合診療学講座 教授
香川大学医学部附属病院 総合地域医療連携センター センター長
かがわ総合診療医センター センター長
市来智子
香川大学医学部附属病院 総合地域医療連携センター センター長
かがわ総合診療医センター センター長
市来智子
<経歴>
1997年 香川医科大学 卒業
2008年 鹿児島大学大学院修了 医学博士取得
メイヨークリニック 循環器科 研究生
2011年 メイヨークリニック 内科 助教
2015年 メイヨークリニック 内科 准教授
2017年 国際医療福祉大学医学部 循環器内科 講師
2021年 札幌医科大学 総合診療医学講座 講師
2023年 滋賀医科大学附属病院 総合診療科 特任准教授
2024年 香川大学医学部 総合診療学講座 教授(現職)
香川大学医学部附属病院 総合地域医療連携センター センター長(現職)
2026年 かがわ総合診療医センター センター長
<資格>
・日本プライマリ・ケア連合学会 認定医・指導医
・日本内科学会 総合内科専門医、指導医、評議員
・日本循環器学会 専門医
・日本専門医機構 総合診療特任指導医
・日本病院総合医学会 認定医、特任指導医
・Fellow of American Heart Association (FAHA)
・Fellow of Heart Failure Society of America (FHFSA)
1997年 香川医科大学 卒業
2008年 鹿児島大学大学院修了 医学博士取得
メイヨークリニック 循環器科 研究生
2011年 メイヨークリニック 内科 助教
2015年 メイヨークリニック 内科 准教授
2017年 国際医療福祉大学医学部 循環器内科 講師
2021年 札幌医科大学 総合診療医学講座 講師
2023年 滋賀医科大学附属病院 総合診療科 特任准教授
2024年 香川大学医学部 総合診療学講座 教授(現職)
香川大学医学部附属病院 総合地域医療連携センター センター長(現職)
2026年 かがわ総合診療医センター センター長
<資格>
・日本プライマリ・ケア連合学会 認定医・指導医
・日本内科学会 総合内科専門医、指導医、評議員
・日本循環器学会 専門医
・日本専門医機構 総合診療特任指導医
・日本病院総合医学会 認定医、特任指導医
・Fellow of American Heart Association (FAHA)
・Fellow of Heart Failure Society of America (FHFSA)
取材後記
今回の市来先生のインタビューを通じて最も印象的だったのは、その軽やかながらも揺るぎない「キャリアの決断力」でした。アメリカの名門メイヨークリニックで准教授まで務め、循環器内科の最前線を走っていた市来先生が「一生続けられる医師の仕事」として総合診療への転向を選んだというエピソードは、キャリア形成に悩む多くの読者にとって大きな示唆を与えてくれるものでした。
香川大学に戻られた市来先生が向き合っているのは、指導医不足や若手の県外流出といった、地方医療が抱える構造的な壁です。しかし先生のお話からは悲壮感ではなく、むしろ「新しい文化をゼロから作る」ことへの純粋な好奇心が伝わってきました。特に、ブルネイとの交流を活かした国際的な家庭医育成構想や、他科からの学び直しを支援するリカレント教育のアイデアは既存の枠組みにとらわれない柔軟な発想に満ちていると言えます。
「自分の代で種を撒き、芽が出るだけでもいい」と話す市来先生。その謙虚な言葉の裏には、母校と故郷の未来を百年の計で考える、温かくも力強い情熱が宿っていました。1月に産声を上げたばかりの「かがわ総合診療医センター」が香川の地でどのような大樹へと育っていくのか。その歩みを今後も注目していきたいと思います。
香川大学に戻られた市来先生が向き合っているのは、指導医不足や若手の県外流出といった、地方医療が抱える構造的な壁です。しかし先生のお話からは悲壮感ではなく、むしろ「新しい文化をゼロから作る」ことへの純粋な好奇心が伝わってきました。特に、ブルネイとの交流を活かした国際的な家庭医育成構想や、他科からの学び直しを支援するリカレント教育のアイデアは既存の枠組みにとらわれない柔軟な発想に満ちていると言えます。
「自分の代で種を撒き、芽が出るだけでもいい」と話す市来先生。その謙虚な言葉の裏には、母校と故郷の未来を百年の計で考える、温かくも力強い情熱が宿っていました。1月に産声を上げたばかりの「かがわ総合診療医センター」が香川の地でどのような大樹へと育っていくのか。その歩みを今後も注目していきたいと思います。
最終更新:2026年03月06日 20時48分












