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「『医師としての原点』を総合診療を通じて学んでほしいというのが私の願いです」 /奈良県立医科大学総合医療学講座 吉本清巳教授
大学の総合診療部門に近年新しく就任された教授へのインタビューを通して、人材育成や研究等の取り組みをお伝えしていく連載企画。今回ご登場いただくのは奈良県立医科大学 総合医療学講座の吉本清巳先生です。
地域ニーズに応えながら、地元の医師を地元で育てる
― 先生のお父様も医師で、地域医療に取り組んでおられたそうですが、先生はその影響を大きく受けたのでしょうか?
はい、父は僻地・無医地区での医療を志し、村の国民健康保険診療所に勤めていました。幼い頃から家のすぐ横で診療に当たり、当然のように往診に出かける父の姿を見て育ったことは私の原点と言えます。特に印象に残っているのは、父の「診療所単体で利益を出すのではなく、村全体が健康になることで結果的に保険料負担が減り、地域が豊かになる」という考え方です。医学部に入ってから改めてその言葉の重みを実感しましたが、医療をビジネスとして捉えるのではなく、地域全体の健康増進に寄与するという志は今の私の血肉となっています。
日本の医療の多くは民間に支えられており、経営的な視点も無視はできませんが、私は「地域が健康になること」に純粋に喜びを見出す父のような医療のあり方に惹かれました。ただ、当時はこうした体系的な教育を大学で受ける機会は乏しく、自治医大でも地域での医療を学びましたが、、地域全体をマネジメントする視点の教育機会が多かったとは感じませんでした。だからこそ私が受け継いだこの「地域を健康にする」という精神を、今度は医学教育の現場でしっかりと伝えていきたいと考えています。
日本の医療の多くは民間に支えられており、経営的な視点も無視はできませんが、私は「地域が健康になること」に純粋に喜びを見出す父のような医療のあり方に惹かれました。ただ、当時はこうした体系的な教育を大学で受ける機会は乏しく、自治医大でも地域での医療を学びましたが、、地域全体をマネジメントする視点の教育機会が多かったとは感じませんでした。だからこそ私が受け継いだこの「地域を健康にする」という精神を、今度は医学教育の現場でしっかりと伝えていきたいと考えています。
― 総合診療における奈良県特有の課題といったものはあるのでしょうか?
私が医師になった2000年代初頭、家庭医療や総合診療を体系的に学べる場は北海道や千葉など一部の先進的な施設に限られていました。奈良県においても総合診療に興味を持つ学生や若手医師は一定数いたものの、彼らが地元で学び、キャリアを積める基盤がなかったことが最大の課題でした。せっかく志を持っても、学ぶために県外へ出ざるを得ない状況を変えたいという強い思いが私を動かしました。
2010年頃から学会の統合など全国的な動きが加速する中で私は大学に戻り、前教授西尾先生とともに教育プログラムの立ち上げに奔走しました。奈良県ではリウマチ・膠原病などの専門医が少ない地域もあり、総合診療科がそうしたニーズを補完しながら、入院・外来ともに「全身を診る」実践の場を大学内に作り上げてきました。かつては「大学病院で総合診療を育てるのは難しい」という声もあったのですが、この10数年で学生や若手医師が当たり前に総合診療科の存在を認識し、その役割を目の当たりにできる環境を整えられたことは奈良における大きな前進だと自負しています。地域のニーズに応えつつ、地元の医師を地元で育てる。この好循環をさらに強固なものにすることが、今も続く私たちの挑戦ですね。
2010年頃から学会の統合など全国的な動きが加速する中で私は大学に戻り、前教授西尾先生とともに教育プログラムの立ち上げに奔走しました。奈良県ではリウマチ・膠原病などの専門医が少ない地域もあり、総合診療科がそうしたニーズを補完しながら、入院・外来ともに「全身を診る」実践の場を大学内に作り上げてきました。かつては「大学病院で総合診療を育てるのは難しい」という声もあったのですが、この10数年で学生や若手医師が当たり前に総合診療科の存在を認識し、その役割を目の当たりにできる環境を整えられたことは奈良における大きな前進だと自負しています。地域のニーズに応えつつ、地元の医師を地元で育てる。この好循環をさらに強固なものにすることが、今も続く私たちの挑戦ですね。
― 専門医の先生方との連携も重要かと思いますが、その点どのようなことを大切にされていますか?
最も大切にしているのは、安易な「振り分け」に終始せず、自分たちで診られる範囲をどこまで広げられるかという「覚悟」を持つことですね。大学病院のような高度専門機関では、専門外だと思えばすぐに他科へコンサルテーションするのが最も効率的かもしれません。でも私たちはあえて徹底した問診と診察を行い、安易な決めつけをせず、広くアセスメントし続けることを自分たちに課しています。この姿勢を貫くことで、最近では他科の先生方から「総合診療科に任せれば全身をしっかり診てくれる」という厚い信頼をいただけるようになりました。
当科の診療は、単なる疾病に関する紹介・逆紹介の作業ではなく、医学的な妥当性と患者さんが自身の状況に「納得」できているかを重視しています。たとえ検査で異常がなくとも、しっかりとした診察から病態生理で症状を考え、患者さんの生活背景も考慮して原因を探り、納得いく説明を行う。そうした私たちの診療スタイルが結果として専門医の先生方の負担を軽減し、病院全体の診療の質を上げることにつながっています。現在では院内の全ジャンルの医師や学生が総合診療の価値を認め、共存する文化が育まれています。この信頼関係こそが私たちの最大の財産であると考えています。
当科の診療は、単なる疾病に関する紹介・逆紹介の作業ではなく、医学的な妥当性と患者さんが自身の状況に「納得」できているかを重視しています。たとえ検査で異常がなくとも、しっかりとした診察から病態生理で症状を考え、患者さんの生活背景も考慮して原因を探り、納得いく説明を行う。そうした私たちの診療スタイルが結果として専門医の先生方の負担を軽減し、病院全体の診療の質を上げることにつながっています。現在では院内の全ジャンルの医師や学生が総合診療の価値を認め、共存する文化が育まれています。この信頼関係こそが私たちの最大の財産であると考えています。
「広い入り口」と「確かな出口」が最大の強み
― 多様な患者の受け入れができることも、その大学の良さの一つだと言えるのでしょうか?
まさにその通りです。大学病院は専門的な「出口」が数多く揃っていますが、入り口が狭いとシステムが機能しないんですね。コロナ禍で腹痛を訴えるコロナ陽性患者さんが来られた際、内科か外科か診断がつかない状況でも、私たちが責任を持って「入り口」となって診断後に適切な出口へ繋ぐという「覚悟」を示したことで他科からの信頼もさらに深まりました。
奈良県はかつて救急の応需率が全国ワーストクラスという厳しい背景があり、断らない救急体制を作るために、前教授西尾先生の時代に総合診療科と救急科が中心となって大学に新しいERシステムを構築し「まずは受ける」文化を醸成してきました。これは奈良県特有の土地柄にも関係しています。500床以上の大病院が少なくて小規模病院が対応しきれない症例を、大学がハブとなって受け入れ、診断後に地域へ戻す役割が不可欠なんです。他県の大学病院では周囲に大病院が多いために総合診療科の臨床機会が限られるケースもありますが、奈良医大は日々多様な症例に触れられる、総合診療を学ぶには極めて「恵まれた」環境にあります。この「広い入り口」と「確かな出口」の両輪があることが私たちの最大の強みであり、存在意義だと考えています。
奈良県はかつて救急の応需率が全国ワーストクラスという厳しい背景があり、断らない救急体制を作るために、前教授西尾先生の時代に総合診療科と救急科が中心となって大学に新しいERシステムを構築し「まずは受ける」文化を醸成してきました。これは奈良県特有の土地柄にも関係しています。500床以上の大病院が少なくて小規模病院が対応しきれない症例を、大学がハブとなって受け入れ、診断後に地域へ戻す役割が不可欠なんです。他県の大学病院では周囲に大病院が多いために総合診療科の臨床機会が限られるケースもありますが、奈良医大は日々多様な症例に触れられる、総合診療を学ぶには極めて「恵まれた」環境にあります。この「広い入り口」と「確かな出口」の両輪があることが私たちの最大の強みであり、存在意義だと考えています。
― 2013年から日本プライマリ・ケア連合学会の家庭医療後期研修プログラムを立ち上げられたんですよね?
はい。2011年に西尾健治先生が着任し、私が2012年に戻ってからすぐに動き出しました。2013年にはプライマリ・ケア連合学会のプログラムを開始しましたが、これは私にとって悲願でもあったんです。かつては、私自身も含めてですが、総合診療を志す者は県外へ修行に出るしかなかったからです。
具体的には西尾先生にすべての科の教授に御挨拶に行っていただいて全科の協力をお願いし、明日香村診療所・奈良市都祁診療所・市立奈良病院・宇陀市立病院といった地域の医療機関にも研修の受け入れをお願いしてスタートすることができました。このプログラムからは奈良医大出身の6名が修了し家庭医療専門医を取得したのですが、私にとっては非常に感慨深い出来事でしたね。
「地元で学び、地元で家庭医療専門医になれる道」を確立できたことは、奈良県の総合医療にとって大きな一歩です。大学病院という高度な医療現場で研鑽を積みながら、同時に地域の診療所というフィールドでも研修を行う。このハイブリッドな教育体制があったからこそ、机上の空論ではない現場に即した総合診療医を育てることができました。家庭医療、総合診療に興味を持った若手を、実際にこの奈良の地で育成できる地盤が整ったことは私の医師人生における大きな節目となりました。今はその修了生たちが各地で活躍しており、彼らの存在がまた、次世代の学生たちに総合診療の魅力を伝える良い循環を生んでいます。
具体的には西尾先生にすべての科の教授に御挨拶に行っていただいて全科の協力をお願いし、明日香村診療所・奈良市都祁診療所・市立奈良病院・宇陀市立病院といった地域の医療機関にも研修の受け入れをお願いしてスタートすることができました。このプログラムからは奈良医大出身の6名が修了し家庭医療専門医を取得したのですが、私にとっては非常に感慨深い出来事でしたね。
「地元で学び、地元で家庭医療専門医になれる道」を確立できたことは、奈良県の総合医療にとって大きな一歩です。大学病院という高度な医療現場で研鑽を積みながら、同時に地域の診療所というフィールドでも研修を行う。このハイブリッドな教育体制があったからこそ、机上の空論ではない現場に即した総合診療医を育てることができました。家庭医療、総合診療に興味を持った若手を、実際にこの奈良の地で育成できる地盤が整ったことは私の医師人生における大きな節目となりました。今はその修了生たちが各地で活躍しており、彼らの存在がまた、次世代の学生たちに総合診療の魅力を伝える良い循環を生んでいます。
― 医学部に入学した当初は「総合診療」に興味を持つ学生も多いと聞きますが、学年が進むにつれてその志向に変化はあるのでしょうか?
実は低学年の頃は多くの学生が総合診療や「患者さんを人として診る」ことに強い関心を持っています。入試面接でも、高校生たちが「将来は総合診療医になりたい」と語ってくれる姿をよく目にします。しかし医学教育の常として、学年が上がるにつれて専門分化された高度な知識が中心となり、当初の「ジェネラル(全般的)な視点」が薄れてしまう傾向があるのも事実です。
そこで私は5年生の実習で「どんな医師になりたいか」を必ず問うようにしています。多くの学生が「相談に乗れる医師」「信頼される医師」と答えますが、研修医になると日々の忙しさから特定の「専門科」の視点に塗り替えられてしまいがちです。私は総合診療医を増やすことだけが正解だとは考えていません。他の専門科に進むとしても、入学時の「人を診る」という純粋な気持ちを忘れず、ジェネラリストのスキルを自分の専門性に掛け合わせてほしいと思っているんです。大学という場だからこそ、専門の先生方にもリスペクトを払いながら、その根底にある「ジェネラリズム」の重要性を伝え続けることが今の私の役割だと感じています。
そこで私は5年生の実習で「どんな医師になりたいか」を必ず問うようにしています。多くの学生が「相談に乗れる医師」「信頼される医師」と答えますが、研修医になると日々の忙しさから特定の「専門科」の視点に塗り替えられてしまいがちです。私は総合診療医を増やすことだけが正解だとは考えていません。他の専門科に進むとしても、入学時の「人を診る」という純粋な気持ちを忘れず、ジェネラリストのスキルを自分の専門性に掛け合わせてほしいと思っているんです。大学という場だからこそ、専門の先生方にもリスペクトを払いながら、その根底にある「ジェネラリズム」の重要性を伝え続けることが今の私の役割だと感じています。
奈良医大に来れば、あらゆる医療の形を肌で感じられる
― 先生の授業では、学生の印象に深く残るようなユニークな取り組みをされているそうですね。特に「在宅医療」や「看取り」の教育について教えてください。
今の医学教育では、在宅医療や緩和ケアの授業はまだ十分とは言えないというのが正直な思いです。多くの医師が「人が亡くなる瞬間」や「死亡確認」という極めて重要なシーンを、実際の教育現場で一度も経験せずに研修医になってしまいます。そこで私は、自身の父を自宅で看取った際の映像を授業で活用することにしたんです。私の父も地域医療に生涯を捧げた医師であり、自ら「家で死にたい」という願いを体現した人でした。
授業では、実際に医師(主治医)が死亡確認の聴診を行うリアルなシーンを動画で見せます。ドラマのような演技ではない、本物の「最期の時間」を見ることで、学生たちの心に在宅医療の重みやACP(アドバンス・ケア・プランニング)の大切さを感じてもらいたいのです。かつて私の前教授西尾先生は、学生の手を握るだけでその人の体調や利き手を当てるような、レベルの高い診察技術を提示して学生を魅了しました。私も形は違えど、学生の記憶に一生残るような、五感を揺さぶる教育を目指しています。単なる知識の伝達ではなくて「この先生のあの話があったから、今の自分がある」と思ってもらえるような授業をこれからも届けていきたいですね。
授業では、実際に医師(主治医)が死亡確認の聴診を行うリアルなシーンを動画で見せます。ドラマのような演技ではない、本物の「最期の時間」を見ることで、学生たちの心に在宅医療の重みやACP(アドバンス・ケア・プランニング)の大切さを感じてもらいたいのです。かつて私の前教授西尾先生は、学生の手を握るだけでその人の体調や利き手を当てるような、レベルの高い診察技術を提示して学生を魅了しました。私も形は違えど、学生の記憶に一生残るような、五感を揺さぶる教育を目指しています。単なる知識の伝達ではなくて「この先生のあの話があったから、今の自分がある」と思ってもらえるような授業をこれからも届けていきたいですね。
― 奈良県は都市部から僻地まで多様なフィールドがありますが、地域と連携した教育体制にはどのような特徴があるのでしょうか?
奈良県には、古くから学生が1週間僻地の診療所に泊まり込む実習など、地域に根ざした教育の伝統があります。現在はこれをさらに発展させ、4週間の実習のうち1週間をクリニック、2週間を地域の基幹病院(市立奈良病院や天理よろづ相談所病院など)で過ごすプログラムを組んでいます。学生たちは、地域に密着したプライマリ・ケア、小児科や整形外科など様々な現場を経験し、大学に戻ってからその体験を共有します。
奈良という土地は高度な医療資源と厳しい僻地が適度な距離感で共存しており、総合診療を学ぶには非常に恵まれた環境です。南奈良総合医療センターの天野先生をはじめ、県内の主要病院には全国的にも知られる総合診療のスペシャリストが揃っており、彼らと大学が強い協力関係にあるのも強みです。大学での専門的な学びと地域での実践的な学びをバランスよく経験することが多角的な視点を持った医師を育てると考えています。この「奈良医大に来れば、あらゆる医療の形を肌で感じられる」というスパイラルをより大きくし、次世代の医師たちが誇りを持って地域に飛び出していける土壌を守り続けていきたいと思っています。
奈良という土地は高度な医療資源と厳しい僻地が適度な距離感で共存しており、総合診療を学ぶには非常に恵まれた環境です。南奈良総合医療センターの天野先生をはじめ、県内の主要病院には全国的にも知られる総合診療のスペシャリストが揃っており、彼らと大学が強い協力関係にあるのも強みです。大学での専門的な学びと地域での実践的な学びをバランスよく経験することが多角的な視点を持った医師を育てると考えています。この「奈良医大に来れば、あらゆる医療の形を肌で感じられる」というスパイラルをより大きくし、次世代の医師たちが誇りを持って地域に飛び出していける土壌を守り続けていきたいと思っています。
― 5〜10年後ぐらいの先の未来を見据えて、今から着手していこうと思われる目標があればぜひ教えていただきたいのですが。
私のビジョンは単に「ジェネラリストを増やす」ことだけではありません。父から学んだ「地域を医す」視点と、私が現場で出会った「患者を救う」スペシャリストの技術。その両者が合わさって初めて「国を医す」良い医療になると信じています。制度に切り込む行政的な道もありますが、私はあくまで「人」を育てることで医療を良くしたいんです。学生には「良い医療人が増えれば、日本の医療が良くなる」と伝えています。
まだ構想の話ですが、具体的な5年先10年先の目標としては、県内の主要な病院、特に大規模な公立病院に総合診療科が普及して欲しいと思います。現在、奈良県内の総合診療プログラムを持つ病院同士は非常に仲が良くて協力体制にありますが、依然として大きな県立病院などには総合診療科がないケースがあり、そこで研修を受ける若手がロールモデル不在による総合診療に対するネガティブな影響を受けてしまう課題があります。一人の派遣では限界があるため、将来的には数人のチームで「パッケージ」として派遣し、その病院の教育と診療を劇的に変えられるような体制を作りたい。まだマンパワーは十分ではありませんが、将来奈良県内のどこで研修を受けても、質の高い総合診療に触れられ、「人を診る」視点を持った医師が育つ環境になること。それが新教授としての私の使命だと思っています。
まだ構想の話ですが、具体的な5年先10年先の目標としては、県内の主要な病院、特に大規模な公立病院に総合診療科が普及して欲しいと思います。現在、奈良県内の総合診療プログラムを持つ病院同士は非常に仲が良くて協力体制にありますが、依然として大きな県立病院などには総合診療科がないケースがあり、そこで研修を受ける若手がロールモデル不在による総合診療に対するネガティブな影響を受けてしまう課題があります。一人の派遣では限界があるため、将来的には数人のチームで「パッケージ」として派遣し、その病院の教育と診療を劇的に変えられるような体制を作りたい。まだマンパワーは十分ではありませんが、将来奈良県内のどこで研修を受けても、質の高い総合診療に触れられ、「人を診る」視点を持った医師が育つ環境になること。それが新教授としての私の使命だと思っています。
総合診療は「お医者さんの原点」そのもの
― 「総合診療」と「家庭医療」に関して、先生は学生や若手医師にどのように言葉にして伝えていますか?
この業界では先生によって温度差がある部分ですが、私はあえて「総合診療」という言葉を大切にしています。私自身、僻地医療に魅了され、現場で経験を積んできたということもあります。そこで痛感したのは、患者さんの背景や生活を診る「家庭医療」の理論はもちろん不可欠ですが、同時に医師として「バイオロジカル(生物学的・医学的)」な側面を確実に診る力も極めて重要だということです。
現在の総合診療の専門医制度では、病院での高度な全身管理と診療所での地域医療の両方を経験することが必須となっています。医学的な高い技術を持ちつつ、同時に患者さんの生活も支える。この両輪が揃ってこそ、真の総合診療だと考えています。家庭医療的な視点と病院総合医としてのスキルの両方をバランスよく提供し「常に患者さんの納得を意識し、力強く患者さんに寄り添う医療」を提供する。それが、奈良医大の総合診療が目指すスタイルです。
現在の総合診療の専門医制度では、病院での高度な全身管理と診療所での地域医療の両方を経験することが必須となっています。医学的な高い技術を持ちつつ、同時に患者さんの生活も支える。この両輪が揃ってこそ、真の総合診療だと考えています。家庭医療的な視点と病院総合医としてのスキルの両方をバランスよく提供し「常に患者さんの納得を意識し、力強く患者さんに寄り添う医療」を提供する。それが、奈良医大の総合診療が目指すスタイルです。
― 近年、他科を志望する学生の間でも総合診療への関心が高まっているようですが、若手医師のキャリア形成において「総合診療」を学ぶ意味をどう考えていますか?
最近面白いと感じたのは「将来は精神科医になりたいけれど、その前に基礎として総合診療を学びたい」と話す学生が現れたことです。これは非常に素晴らしい視点だと思います。本来、初期研修がその役割を担うはずですが、現実は短期間で多くの科を回るため、十分な「全人的アセスメント能力」を身につけるのは容易ではありません。最初に一つの専門に特化してしまうと、どうしてもその科のフィルターを通して患者さんを見てしまいがちです。
私は、医師としての「基礎」を総合診療で始めるというキャリアは非常に良いと思います。最初から広い視野で患者さんを捉えるトレーニングを積めば、その後にどの専門科に進んだとしても、そのスキルは一生の武器になります。私たちはあくまで「医師」であり、医学的なプロフェッショナルでなければなりません。患者さんを人として見ることはもちろん、メディカルな視点でも妥協しない。この「医師としての原点」を総合診療の場で学んでほしいんです。専門医を目指す人にとっても、総合診療で培う技術は決して難しいものではなく、しかし臨床において極めて重要なものばかりです。基礎を固める場としての総合診療の価値を、もっと多くの若手に知ってほしいと願っています。
私は、医師としての「基礎」を総合診療で始めるというキャリアは非常に良いと思います。最初から広い視野で患者さんを捉えるトレーニングを積めば、その後にどの専門科に進んだとしても、そのスキルは一生の武器になります。私たちはあくまで「医師」であり、医学的なプロフェッショナルでなければなりません。患者さんを人として見ることはもちろん、メディカルな視点でも妥協しない。この「医師としての原点」を総合診療の場で学んでほしいんです。専門医を目指す人にとっても、総合診療で培う技術は決して難しいものではなく、しかし臨床において極めて重要なものばかりです。基礎を固める場としての総合診療の価値を、もっと多くの若手に知ってほしいと願っています。
― 最後に、これからの日本の医療を担う医学生や若手医師の方々へメッセージをお願いいたします。
皆さんにお伝えしたいのは、総合診療は「お医者さんの原点」そのものであるということです。それは単に「優しい」とか「話を聞く」ということだけではありません。一人の人間を、医学的な知識と人間味のある視点の両方で、丸ごと受け止めるという非常に奥深く、やりがいのある世界です。
これからの日本には、特定の臓器を救うスペシャリストも地域全体を支えるジェネラリストもどちらも欠かせません。私は立派な肩書きを持つ医師を増やすことよりも、純粋に「良い医療人」が増えることを望んでいます。志の高い医療人が増えれば、制度や社会の課題も自ずと良い方向へ向かうと信じているからです。総合診療医を目指す人は、ぜひ私たちの門を叩いてください。ともに切磋琢磨しましょう。そして他の専門医を目指す人も、総合診療という学問を「医師としての必須技術」として一度学んでみてください。総合診療を通じて得た視点は、あなたがどのような道に進もうとも必ず患者さんを救う力になります。良い医師が増え、より良い医療の未来を皆さんとともに創っていけることを心から楽しみにしています。
これからの日本には、特定の臓器を救うスペシャリストも地域全体を支えるジェネラリストもどちらも欠かせません。私は立派な肩書きを持つ医師を増やすことよりも、純粋に「良い医療人」が増えることを望んでいます。志の高い医療人が増えれば、制度や社会の課題も自ずと良い方向へ向かうと信じているからです。総合診療医を目指す人は、ぜひ私たちの門を叩いてください。ともに切磋琢磨しましょう。そして他の専門医を目指す人も、総合診療という学問を「医師としての必須技術」として一度学んでみてください。総合診療を通じて得た視点は、あなたがどのような道に進もうとも必ず患者さんを救う力になります。良い医師が増え、より良い医療の未来を皆さんとともに創っていけることを心から楽しみにしています。
プロフィール
奈良県立医科大学 総合医療学講座 教授
吉本清巳
<経歴>
2002年 自治医科大学 卒業
2002年 奈良県立奈良病院 臨床研修医
2004年 奈良県立五條病院
2005年 十津川村国民健康保険小原診療所
2007年 奈良県立医科大学総合診療科後期研修
2008年 曽爾村国民健康保険診療所
2012年 奈良県立医科大学総合医療学 助教
2015年 奈良県立医科大学総合医療学 講師
2024年 奈良県立医科大学総合医療学 教授
2024年 奈良県立医科大学附属病院
リウマチセンター センター長 兼任
2026年 同院 在宅医療支援センター センター長 兼任
<資格>
・総合診療専門医 特任指導医
・日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療専門医 指導医
・日本内科学会 総合内科専門医 指導医
・日本病院総合診療医学会 認定医 特任指導医
・DMAT隊員
・リウマチ専門医
吉本清巳
<経歴>
2002年 自治医科大学 卒業
2002年 奈良県立奈良病院 臨床研修医
2004年 奈良県立五條病院
2005年 十津川村国民健康保険小原診療所
2007年 奈良県立医科大学総合診療科後期研修
2008年 曽爾村国民健康保険診療所
2012年 奈良県立医科大学総合医療学 助教
2015年 奈良県立医科大学総合医療学 講師
2024年 奈良県立医科大学総合医療学 教授
2024年 奈良県立医科大学附属病院
リウマチセンター センター長 兼任
2026年 同院 在宅医療支援センター センター長 兼任
<資格>
・総合診療専門医 特任指導医
・日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療専門医 指導医
・日本内科学会 総合内科専門医 指導医
・日本病院総合診療医学会 認定医 特任指導医
・DMAT隊員
・リウマチ専門医
取材後記
今回のインタビューを通じて最も心に残ったのは、吉本先生が語る「医師としての誠実さ」のあり方でした。お父上から受け継いだ「地域全体を健康にする」という高い志。それを単なる理想論に留めず、大学病院という高度医療の最前線で「どんな患者も断らず、全身を診る」という覚悟に昇華させてこられた歩みには、頼もしい力強さを感じます。
特に印象的だったのは、ご自身の父君の看取りの映像を授業で活用されているというお話です。「死」という、医師にとっても避けては通れない、しかし教育の場では語られにくい現実に正面から向き合う姿勢。それは学生たちにテクニックとしての医学だけでなく、命に寄り添う一人の人間としての温もりを伝えているようでした。
「総合診療は医師の原点である」という言葉通り、専門分化が進む現代医療において、先生の教えは若き医師たちが道に迷った際の羅針盤になるに違いありません。柔らかな語り口の奥に、日本の医療の未来を「人」を通じて変えていこうとする静かな情熱を感じる、極めて濃密な取材の時間となりました。
特に印象的だったのは、ご自身の父君の看取りの映像を授業で活用されているというお話です。「死」という、医師にとっても避けては通れない、しかし教育の場では語られにくい現実に正面から向き合う姿勢。それは学生たちにテクニックとしての医学だけでなく、命に寄り添う一人の人間としての温もりを伝えているようでした。
「総合診療は医師の原点である」という言葉通り、専門分化が進む現代医療において、先生の教えは若き医師たちが道に迷った際の羅針盤になるに違いありません。柔らかな語り口の奥に、日本の医療の未来を「人」を通じて変えていこうとする静かな情熱を感じる、極めて濃密な取材の時間となりました。
最終更新:2026年03月24日 11時31分

















