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「災害や緊急事態にも対応できるジェネラリストの医師を育てることが防衛医科大学校の大きな使命です」/ 防衛医科大学校総合臨床部 廣岡伸隆教授
大学の総合診療部門に近年新しく就任された教授へのインタビューを通して、人材育成や研究等の取り組みをお伝えしていく連載企画。今回、ご登場いただくのは、防衛医科大学校の廣岡伸隆先生です。
防衛医科大学校の役割と特徴
― まず、防衛医科大学校の役割と、一般の医学部との違いを教えてください。
防衛医科大学校は1972年に設立され、自衛隊の活動に関わる医師を育成することを目的としています。防衛医大は災害派遣や有事対応など特殊な環境における医療も担う人材を育てる点に大きな特徴があります。
たとえば眼科医であっても、災害現場では腹痛や外傷、発熱など様々な症状に対応しなければなりません。「専門外だから診られない」という状況は許されず、まずは現場で適切に判断し、必要な処置を行う力が求められるわけです。そのため、防衛医大では早い段階から幅広い診療能力を身につける教育が行われています。
私たちはこうした医師を「総合臨床医」と呼んでいます。一般的な総合診療専門医と完全に同じではありませんが、自衛隊という特殊な組織の中で力を発揮するジェネラリストと考えていただくと分かりやすいでしょう。平時の診療だけでなく、災害や緊急事態にも対応できる医師を育てることが防衛医科大学校の大きな使命だと考えています。
たとえば眼科医であっても、災害現場では腹痛や外傷、発熱など様々な症状に対応しなければなりません。「専門外だから診られない」という状況は許されず、まずは現場で適切に判断し、必要な処置を行う力が求められるわけです。そのため、防衛医大では早い段階から幅広い診療能力を身につける教育が行われています。
私たちはこうした医師を「総合臨床医」と呼んでいます。一般的な総合診療専門医と完全に同じではありませんが、自衛隊という特殊な組織の中で力を発揮するジェネラリストと考えていただくと分かりやすいでしょう。平時の診療だけでなく、災害や緊急事態にも対応できる医師を育てることが防衛医科大学校の大きな使命だと考えています。
― 防衛医大を卒業した後の進路は一般的な医師とは違うと聞きました。
はい。防衛医大は日本で唯一、初期研修のマッチング制度に参加していない大学です。卒業すると同時に自衛隊に入隊し、医師としてだけでなく、自衛官としての立場も持つことになります。退職しない限り、この仕組みは基本的に変わりません。
研修先は防衛医科大学校病院や自衛隊中央病院が中心となります。すべての卒業生が、まずこれらの施設で初期研修を受け、その後専門研修に進んでいきます。私も同様に防衛医大病院で初期研修を行い、そのまま内科の専門研修を修了しました。
この仕組みの特徴は、若い段階から組織的に育成される点にあります。一般の医師は自分で研修先を選びますが、防衛医大出身者はある程度決められたルートの中で経験を積んでいきます。その分、災害医療や集団医療、隊員の健康管理など特殊な分野に早くから関わることができます。こうした環境が防衛医大出身医師ならではの強みを形づくっていると思います。
研修先は防衛医科大学校病院や自衛隊中央病院が中心となります。すべての卒業生が、まずこれらの施設で初期研修を受け、その後専門研修に進んでいきます。私も同様に防衛医大病院で初期研修を行い、そのまま内科の専門研修を修了しました。
この仕組みの特徴は、若い段階から組織的に育成される点にあります。一般の医師は自分で研修先を選びますが、防衛医大出身者はある程度決められたルートの中で経験を積んでいきます。その分、災害医療や集団医療、隊員の健康管理など特殊な分野に早くから関わることができます。こうした環境が防衛医大出身医師ならではの強みを形づくっていると思います。
― 専門研修後、先生はアメリカに長く滞在されていますが、その経緯を教えてください。
最初にアメリカへ行ったのは、防衛省の留学制度を利用してピッツバーグで家庭医療のレジデンシーに参加したことがきっかけでした。期間は3年間で、現地の医師と同じプログラムを受けました。当時の日本には総合診療や家庭医療を体系的に学べる制度がほとんどなく、本格的なトレーニングを受ける必要性を強く感じていました。
背景には、初期研修後に勤務した陸上自衛隊北熊本駐屯地医務室での経験があります。外来診療の教育を十分に受けていなかったため、症状から幅広く原因を考え、診断していく力が自分の中で不足していると痛感しました。腹痛や背中の痛みなど、原因が多岐にわたる症状に対して自信を持って対応できなかったのです。
アメリカでの研修を通じて、患者を全人的に診る家庭医療の考え方を学び、自分の進むべき道がはっきりしました。その後は命令により、ワシントンD.C.にある米国陸軍軍医総監室に2年間赴任しました。ここでは国際的な医療連携にも関わり、視野を大きく広げることができました。これらの海外経験は現在の診療や教育活動の基盤となっています。
背景には、初期研修後に勤務した陸上自衛隊北熊本駐屯地医務室での経験があります。外来診療の教育を十分に受けていなかったため、症状から幅広く原因を考え、診断していく力が自分の中で不足していると痛感しました。腹痛や背中の痛みなど、原因が多岐にわたる症状に対して自信を持って対応できなかったのです。
アメリカでの研修を通じて、患者を全人的に診る家庭医療の考え方を学び、自分の進むべき道がはっきりしました。その後は命令により、ワシントンD.C.にある米国陸軍軍医総監室に2年間赴任しました。ここでは国際的な医療連携にも関わり、視野を大きく広げることができました。これらの海外経験は現在の診療や教育活動の基盤となっています。
総合診療専門医の育成プログラムを構築
― 防衛医科大学校の准教授としてご活躍されていた中で、2016年に埼玉医科大学へ移られています。背景にはどのような思いがあったのでしょうか。
2012年に防衛医大の総合臨床部の准教授になり、将来的には防衛省の中で総合臨床医をきちんと育成する仕組みをつくりたいと考えていました。そのために指導者養成のフェローシップにも参加し、教育体制づくりに関わろうとしていました。
しかし当時は大学の中で「総合診療とは何か」という理解が十分に広がっておらず、制度的な後ろ盾も整っていませんでした。総合診療専門医制度が始まるのは2018年からで、それ以前は後輩たちが進む道も見えにくい状況だったのです。教育に力を入れたいという思いがあっても十分に活動できるポジションがありませんでした。
一方で、アメリカで学んだ経験を生かし、日本の医学教育に総合診療の魅力を伝えることが重要な時期だとも感じていました。そこで防衛省の中にこだわるだけでなく、外の大学でも挑戦してみようと決意したわけです。ピッツバーグ時代の縁で、先輩の教授から声をかけていただいたこともあり、埼玉医科大学への赴任を決めました。
しかし当時は大学の中で「総合診療とは何か」という理解が十分に広がっておらず、制度的な後ろ盾も整っていませんでした。総合診療専門医制度が始まるのは2018年からで、それ以前は後輩たちが進む道も見えにくい状況だったのです。教育に力を入れたいという思いがあっても十分に活動できるポジションがありませんでした。
一方で、アメリカで学んだ経験を生かし、日本の医学教育に総合診療の魅力を伝えることが重要な時期だとも感じていました。そこで防衛省の中にこだわるだけでなく、外の大学でも挑戦してみようと決意したわけです。ピッツバーグ時代の縁で、先輩の教授から声をかけていただいたこともあり、埼玉医科大学への赴任を決めました。
― 埼玉医科大学で長く活動された後、2022年に防衛医科大学校へ教授として戻られました。その経緯を教えていただけますか?
防衛医大で教授公募があってそれに臨んだのですが、正直に言うと母校に戻れるとは思っていませんでした。公募の要件は臓器別診療の専門資格を重視する内容で、総合診療医である私には当てはまらないと思ったのです。そのため応募しても通らないだろうと思っていました。
ただ、総合診療の重要性が正しく評価されていない状況は「おかしい」と感じていました。先ほども申し上げたように防衛医大は本来、幅広く診られる医師を育てる学校のはずです。災害や有事の現場ではジェネラリストや、ジェネラルな資質を持つ医官が力を発揮する場面が数多くあります。そうした現実を、誰かがきちんと教育の現場で伝えなければならないと考えていました。
そこで、学校長や副校長へのプレゼンテーションの場で総合診療の意義を正面から訴えたんです。もし選考に落ちたら大学を離れる覚悟で臨みましたが、結果的に採用していただくことになりました。多くの仲間が同じ問題意識を持っていた中で、たまたま私がその思いを代弁する立場になったのだと考えています。
ただ、総合診療の重要性が正しく評価されていない状況は「おかしい」と感じていました。先ほども申し上げたように防衛医大は本来、幅広く診られる医師を育てる学校のはずです。災害や有事の現場ではジェネラリストや、ジェネラルな資質を持つ医官が力を発揮する場面が数多くあります。そうした現実を、誰かがきちんと教育の現場で伝えなければならないと考えていました。
そこで、学校長や副校長へのプレゼンテーションの場で総合診療の意義を正面から訴えたんです。もし選考に落ちたら大学を離れる覚悟で臨みましたが、結果的に採用していただくことになりました。多くの仲間が同じ問題意識を持っていた中で、たまたま私がその思いを代弁する立場になったのだと考えています。
― 現在、防衛医科大学校でどのような取り組みを進めていらっしゃるのでしょうか。
まず力を入れているのは、総合診療専門医の育成プログラムの整備です。毎年、志ある人材が参加できる体制を整え、質の高い研修を提供できるようにしています。また、研修医や医学部生が必ず総合診療を経験できるよう、実践的な教育にも取り組んでいるところです。
教育面ではカリキュラムを文書化し、継続的に改善していくことも重視しています。専門医機構の整備指針やモデル・コア・カリキュラムに沿いながら、防衛医大ならではの要素も加えています。たとえば救急対応の強化や前線・後送の判断力を養う訓練など、自衛隊医療の現場を意識した内容です。
さらにこうした教育を支える研究にも力を入れ、成果を現場に還元することを目指しています。母校だからこそ何が必要かはある程度分かっているつもりで、全国の自衛隊病院や多くの仲間と連携しながら基盤づくりを進めているところです。やりがいは大きく、責任の重さを感じながらも全力で取り組んでいるといったところでしょうか。
教育面ではカリキュラムを文書化し、継続的に改善していくことも重視しています。専門医機構の整備指針やモデル・コア・カリキュラムに沿いながら、防衛医大ならではの要素も加えています。たとえば救急対応の強化や前線・後送の判断力を養う訓練など、自衛隊医療の現場を意識した内容です。
さらにこうした教育を支える研究にも力を入れ、成果を現場に還元することを目指しています。母校だからこそ何が必要かはある程度分かっているつもりで、全国の自衛隊病院や多くの仲間と連携しながら基盤づくりを進めているところです。やりがいは大きく、責任の重さを感じながらも全力で取り組んでいるといったところでしょうか。
防衛医大ならではの強みとは
― 言ってみれば「総合診療の基盤づくり」に取り組まれているわけですが、やはりご苦労も多いのではないでしょうか。
正直に言うと、防衛医大に限らず、全国の大学の総合診療部門はどこも非常に厳しい状況にあります。総合診療はまだ歴史の浅い分野で、専門医制度が本格的に整備されたのもごく最近のことです。それ以前は学会認定にとどまり、制度的な後ろ盾も十分とは言えませんでした。そのため指導医や専門医の数が限られ、人材確保そのものが大きな課題になっています。
また、大学内においても「総合診療とは何を専門とする分野なのか」が十分に理解されていないケースも少なくありません。他の診療科から「何をしているのか分からない」と見られたり、厳しい意見を向けられたりすることもあります。こうした環境の中で全国では部門の縮小に追い込まれる大学も出てきています。
さらに近年は若い医師が大学に残らず、市中病院を選ぶ傾向も強まっています。待遇面や働き方の問題もあり、大学離れが進んでいるのが現状です。こうした複合的な課題を抱えながら周囲の理解を少しずつ得て、基盤を築いていくことが今まさに求められている仕事だと感じています。
また、大学内においても「総合診療とは何を専門とする分野なのか」が十分に理解されていないケースも少なくありません。他の診療科から「何をしているのか分からない」と見られたり、厳しい意見を向けられたりすることもあります。こうした環境の中で全国では部門の縮小に追い込まれる大学も出てきています。
さらに近年は若い医師が大学に残らず、市中病院を選ぶ傾向も強まっています。待遇面や働き方の問題もあり、大学離れが進んでいるのが現状です。こうした複合的な課題を抱えながら周囲の理解を少しずつ得て、基盤を築いていくことが今まさに求められている仕事だと感じています。
― そのような状況の中で、防衛医大ならではの総合診療の強みはどこにあるとお考えですか。
総合診療の最大の強みは患者さんに非常に近い立場で医療を提供できる点にあると思います。総合診療医はどのような症状であってもまず相談を受ける存在であり、診療の入り口として幅広い健康問題に対応します。特に高齢化が進む現代では一人の患者さんが複数の病気を抱える「多疾患併存」が当たり前になっています。そうした状況では全体を見渡して調整する役割がますます重要になります。
防衛医大の場合、これに加えて「集団を見る視点」が自然と身につくことが特徴です。自衛隊は集団で活動する組織であり、隊員や職員全体の健康状態を把握し、予防や対策を講じる必要があります。個々の診療だけでなく、部隊全体のコンディションを考える力が求められます。
また、任務の特殊性や厳しい環境によるストレス、メンタルヘルスの問題にも配慮しなければなりません。こうした身体面と精神面の両方を含めた包括的な医療を日常的に経験できることは防衛医大ならではの大きな強みだと感じています。
防衛医大の場合、これに加えて「集団を見る視点」が自然と身につくことが特徴です。自衛隊は集団で活動する組織であり、隊員や職員全体の健康状態を把握し、予防や対策を講じる必要があります。個々の診療だけでなく、部隊全体のコンディションを考える力が求められます。
また、任務の特殊性や厳しい環境によるストレス、メンタルヘルスの問題にも配慮しなければなりません。こうした身体面と精神面の両方を含めた包括的な医療を日常的に経験できることは防衛医大ならではの大きな強みだと感じています。
― 診療や教育に加えて研究にも力を入れておられるそうですが、先生の研究テーマについて教えてください。
私が中心に取り組んでいるのは、生活習慣の改善による疾病予防や生きがいの醸成に関する研究です。医局の仲間や看護学科の教員と連携しながら長期的な視点で研究を続けています。これらのテーマに関心を持つようになった背景には、若くして心筋梗塞や脳梗塞を発症する患者さんを診てきた経験があります。
「もっと早く予防できなかったのか」「生活習慣の段階で介入できなかったのか」という思いが常に心に残っていました。自衛隊には若い隊員が多く、現役時代は大きな病気がなくても年齢とともに糖尿病や高血圧などの生活習慣病が進行するケースも少なくありません。
だからこそ若いうちから健康意識を高め、良い生活習慣を身につけることが重要だと考えています。こうした取り組みは個人の人生の質を高めるだけでなく、組織全体の活力維持にもつながります。「自衛隊にいたから健康でいられた」と感じてもらえるような環境づくりを目指し、今後も研究と実践を続けていきたいと思っています。
「もっと早く予防できなかったのか」「生活習慣の段階で介入できなかったのか」という思いが常に心に残っていました。自衛隊には若い隊員が多く、現役時代は大きな病気がなくても年齢とともに糖尿病や高血圧などの生活習慣病が進行するケースも少なくありません。
だからこそ若いうちから健康意識を高め、良い生活習慣を身につけることが重要だと考えています。こうした取り組みは個人の人生の質を高めるだけでなく、組織全体の活力維持にもつながります。「自衛隊にいたから健康でいられた」と感じてもらえるような環境づくりを目指し、今後も研究と実践を続けていきたいと思っています。
活躍の場は今後ますます広がっていく
― 先生と日本プライマリ・ケア連合学会との出会いは、いつ頃だったのでしょうか。
私が本格的に学会活動を始めたのは、2004年にアメリカでのレジデンシーを終えて日本に戻ってきた頃です。帰国した当時、すでに日本ではプライマリ・ケアの分野が少しずつ発展し始めており、学会活動も活発になっていました。海外で研修を受けてきた立場として「日本の医療の流れから取り残されてはいけない」という思いが強くあり、すぐに入会しました。最初は小さな学会発表から始めて、自分にできることを一つずつ積み重ねていった形です。
私はもともと家庭医療を専門としていましたので、プライマリ・ケアの理念や考え方には強く共感していました。そのため学会とは自然な形で長く関わらせていただくことになったと言えます。海外勤務が長かったこともあり、国際委員会を中心に活動し、委員長や理事を務めた時期もありました。ただ、防衛医科大学校に着任してからは学内や地域での業務が非常に忙しくなり、現在は委員会活動からは離れています。今はまず、目の前の現場に集中する時期だと考えていますが、学会は今でも私にとって最も大切な拠点の一つです。
私はもともと家庭医療を専門としていましたので、プライマリ・ケアの理念や考え方には強く共感していました。そのため学会とは自然な形で長く関わらせていただくことになったと言えます。海外勤務が長かったこともあり、国際委員会を中心に活動し、委員長や理事を務めた時期もありました。ただ、防衛医科大学校に着任してからは学内や地域での業務が非常に忙しくなり、現在は委員会活動からは離れています。今はまず、目の前の現場に集中する時期だと考えていますが、学会は今でも私にとって最も大切な拠点の一つです。
― 近い将来の目標があれば教えてください。
今、私が最も力を入れたいと考えているのは「総合診療」「総合臨床」という分野の魅力をもっと多くの人に知ってもらうことです。学生に対してはもちろんですが、防衛医大病院がある所沢市の市民の方々や院内の他の診療科の先生方にも総合診療の役割や価値をより深く理解していただきたいと考えています。正直なところ、まだまだ周知や説明が足りていないと感じています。
若い世代の中には必ず一定数、ジェネラリストに向いている人がいるはずです。しかし現状では、その選択肢自体が十分に提示されておらず、最初から候補に入っていないケースも多いのではないかと危惧しています。私はその「取りこぼし」を減らしたいのです。総合診療を一つの魅力的なキャリアとして提示し、自信を持って選んでもらえる環境を整えることが今後3〜5年で取り組みたい大きなテーマです。
また、研究活動も少しずつ軌道に乗り始めています。学生や医局スタッフと協力しながら、今後は複数の研究発表にも取り組んでいきたいと考えています。教育・臨床・研究の三本柱をバランスよく育てていくことが今の私の目標ですね。
若い世代の中には必ず一定数、ジェネラリストに向いている人がいるはずです。しかし現状では、その選択肢自体が十分に提示されておらず、最初から候補に入っていないケースも多いのではないかと危惧しています。私はその「取りこぼし」を減らしたいのです。総合診療を一つの魅力的なキャリアとして提示し、自信を持って選んでもらえる環境を整えることが今後3〜5年で取り組みたい大きなテーマです。
また、研究活動も少しずつ軌道に乗り始めています。学生や医局スタッフと協力しながら、今後は複数の研究発表にも取り組んでいきたいと考えています。教育・臨床・研究の三本柱をバランスよく育てていくことが今の私の目標ですね。
― 最後に、若い医師の皆さんへのメッセージをお願いします。
総合診療やプライマリ・ケアに興味を持っている方には、ぜひその道を恐れずに進んでほしいと思います。現在の日本の人口構造や疾病構造を考えれば、ジェネラリストが活躍できる場は今後ますます広がっていくことは間違いありません。社会的にも必要とされる分野です。
一方で、総合診療を志す人の多くは「どの診療科も面白い」「一つに決められない」というタイプだとも言えます。それは決して悪いことではなく、むしろジェネラリストとして大きな強みになります。ただ、そのぶん将来に不安を感じやすいのも事実です。そうしたときには、ぜひ学会を活用してほしいと思います。そこには同世代の仲間がいて、身近なロールモデルも見つかります。悩みを共有し、支え合えるネットワークがすでに整っています。
医師のキャリアには迷いや挫折がつきものです。気持ちが折れそうになることもあるでしょう。そんなときこそ人とのつながりを大切にし、ネットワークを活用してほしい。総合診療の道には本当に多くの可能性があります。自分の医師人生を振り返ったときに「この道を選んでよかった」と思えるような充実したキャリアを築いてほしいと心から願っています。
一方で、総合診療を志す人の多くは「どの診療科も面白い」「一つに決められない」というタイプだとも言えます。それは決して悪いことではなく、むしろジェネラリストとして大きな強みになります。ただ、そのぶん将来に不安を感じやすいのも事実です。そうしたときには、ぜひ学会を活用してほしいと思います。そこには同世代の仲間がいて、身近なロールモデルも見つかります。悩みを共有し、支え合えるネットワークがすでに整っています。
医師のキャリアには迷いや挫折がつきものです。気持ちが折れそうになることもあるでしょう。そんなときこそ人とのつながりを大切にし、ネットワークを活用してほしい。総合診療の道には本当に多くの可能性があります。自分の医師人生を振り返ったときに「この道を選んでよかった」と思えるような充実したキャリアを築いてほしいと心から願っています。
プロフィール
防衛医科大学校 総合臨床部 教授 診療部長
廣岡 伸隆(ひろおか のぶたか)
<経歴>
1995年 防衛医科大学校 医学科卒業
防衛医科大学校病院 初期研修
1997年 陸上自衛隊北熊本駐屯地医務室
1999年 防衛医科大学校 病院専門研修
2001年 University of Pittsburgh Medical Center Family Medicine Residency
2004年 防衛医科大学校学生部、兼第一内科 医員
2006年 米国陸軍軍医総監室 衛生連絡官(Washington D.C.)
2008年 陸上自衛隊衛生学校 衛生技術教官
2009年 University of Pittsburgh Family Medicine Faculty Development Fellowship
2012年 防衛医科大学校病院総合臨床部 准教授
2014年 自衛隊中央病院 救急室室長
2016年 埼玉医科大学総合診療内科 准教授
2022年 埼玉医科大学総合診療内科・地域医療科 教授
防衛医科大学校総合臨床部 教授
<資格>
・日本プライマリ・ケア連合学会認定医・指導医
・日本専門医機構認定総合診療専門医・指導医
・日本内科学会認定医・総合内科専門医・指導医
・日本病院総合診療医学会専門医・指導医
・日本老年医学会老年医学専門医・指導医
・日本医学教育学会医学教育専門家認定
廣岡 伸隆(ひろおか のぶたか)
<経歴>
1995年 防衛医科大学校 医学科卒業
防衛医科大学校病院 初期研修
1997年 陸上自衛隊北熊本駐屯地医務室
1999年 防衛医科大学校 病院専門研修
2001年 University of Pittsburgh Medical Center Family Medicine Residency
2004年 防衛医科大学校学生部、兼第一内科 医員
2006年 米国陸軍軍医総監室 衛生連絡官(Washington D.C.)
2008年 陸上自衛隊衛生学校 衛生技術教官
2009年 University of Pittsburgh Family Medicine Faculty Development Fellowship
2012年 防衛医科大学校病院総合臨床部 准教授
2014年 自衛隊中央病院 救急室室長
2016年 埼玉医科大学総合診療内科 准教授
2022年 埼玉医科大学総合診療内科・地域医療科 教授
防衛医科大学校総合臨床部 教授
<資格>
・日本プライマリ・ケア連合学会認定医・指導医
・日本専門医機構認定総合診療専門医・指導医
・日本内科学会認定医・総合内科専門医・指導医
・日本病院総合診療医学会専門医・指導医
・日本老年医学会老年医学専門医・指導医
・日本医学教育学会医学教育専門家認定
取材後記
今回の取材を通して強く印象に残ったのは廣岡先生の一貫した「現場目線」と「人を育てる姿勢」でした。海外での豊富な経験や学会活動での実績を持ちながらも、その言葉の端々には常に学生や若手医師、そして地域医療への深いまなざしが感じられました。防衛医科大学校という特殊な環境に身を置きながらも、総合診療の可能性を広く伝えたいという思いは揺るぎないものです。
また「総合診療を一つの魅力的なキャリアとして提示し、自信を持って選んでもらえる環境を整えたい」という言葉には教育者としての強い使命感がにじんでいました。キャリアに迷う若い医師たちの不安や葛藤を理解した上で学会やネットワークの重要性を語る姿は、多くの共感を呼ぶことでしょう。総合診療という道が単なる専門分野の一つではなく、人と社会をつなぐ重要な役割を担っていることを改めて実感させられた取材となりました。
廣岡先生の歩んできた道のりと、その先に見据える未来は、これから医師を志す人々にとって大きな指針となるはずです。今後の先生のますますのご活躍をお祈りしています。
また「総合診療を一つの魅力的なキャリアとして提示し、自信を持って選んでもらえる環境を整えたい」という言葉には教育者としての強い使命感がにじんでいました。キャリアに迷う若い医師たちの不安や葛藤を理解した上で学会やネットワークの重要性を語る姿は、多くの共感を呼ぶことでしょう。総合診療という道が単なる専門分野の一つではなく、人と社会をつなぐ重要な役割を担っていることを改めて実感させられた取材となりました。
廣岡先生の歩んできた道のりと、その先に見据える未来は、これから医師を志す人々にとって大きな指針となるはずです。今後の先生のますますのご活躍をお祈りしています。
最終更新:2026年03月16日 16時16分












