ホームニュース離島・へき地医療の現場vol.3/01「北端の離島で総合医になる」/ 利尻島国保中央病院 浅井悌先生(インタビュー編)

ニュース

離島・へき地医療の現場

vol.3/01「北端の離島で総合医になる」/ 利尻島国保中央病院 浅井悌先生(インタビュー編)

離島医療・へき地医療と聞くと、
 興味はあるけど身近にない。イメージが湧きにくい。だから、飛び込みづらい…
そういう方多くないですか?

JPCA「島嶼およびへき地医療委員会」では、多くの方が島嶼・へき地にもっと関心をもってもらう為に、日本全国の島嶼やへき地などの医療現場を訪れ、働いている医師を通して離島やへき地で実践されているリアルな医療、そしてそこでの生活を紹介するシリーズをお届けします。中高生や医大生、これからそのような医療に飛び込んでみたいと考えている先生方には、このシリーズでいろいろなロールモデルに出会えると思います。また、地域で生活されている方には、医師がどのような想いでその地で医療を行っているのかを垣間見て頂ければと思います。

「へき地・離島の医療にこそ、働き方革命と環境整備が必要」【医師】浅井悌先生

  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1120-1.jpg

憧れから救命救急医となり、海外で難民医療の支援も経験

― 浅井先生は、救急の専門医として長年ご活躍だったのですね?

学生のころに救命救急をテーマにした海外ドラマが流行っていて、見事に影響を受けました(笑)。医大生だったころは救命救急か形成外科かで迷った時期もありましたが、最終的には初心の憧れが勝って救急の道へ進み、母校である関西医科大学付属病院の救命センター、さらに市立岸和田市民病院の救急部で、のべ13年ほど救命に携わりました。途中、一時休職してアフリカの難民キャンプで医療支援に携わった時期もあります。

― アフリカの難民キャンプで医療支援は、どのような経緯で?

若い医師にありがちな一種の憧れと、湧き上がる志が原動力でしょうか。難民医療に興味がある、でも現地へ行ってみなかれば分からないことがたくさんありそうだ、とにかく飛び込んでみよう!と。中途半端に携わるのは嫌だという強い思いもあり、勤務していた市民病院で救急専門医を取得し、帝王切開に対応するために産婦人科でも研修を積み、さらに長崎大学熱帯医学研究所で熱帯医学の研修も受けた上でアフリカへ旅立ちました。

― 実際に難民キャンプで医療支援に携わって、どうでしたか?

頭でっかちに考え過ぎていた自分に気付かされました。僕が赴任したのはアフリカのソマリア国境付近にある難民キャンプ地で、約20万人いる難民に対して医師は4人。薬の種類も限られ、酸素吸入器もない。毎日のように子どもから高齢者まで亡くなっていくのを目の当たりにしました。医療の知識や技術をいくら学んで現地へ臨んでも救えない命があるという現実に、頭をガツンと殴られたような感覚でした。本当は長期滞在の予定でしたが4カ月弱で暴動が起こり、現地からの退避を余儀なくされました。次に難民医療や災害医療の環境を改善するために何かできることはないだろうか?と考え、医療制度やシステムなどの国際保健を学べるオランダ王立熱帯医学研究所に短期留学。その後、日本へ帰国しました。この国際保健を学んだ経験は回り回って今、離島医療で行政とのやりとりに活かされています。人生って不思議ですね。

― 帰国後は、再び救急医療の現場に?

もといた市立岸和田市民病院の救急科に戻りました。当時の病院は診療科が約35・病床350〜360床の規模で、救急診療と集中治療の医師は僕を含めて数人。他科の先生と常に連携しながら治療にあたる必要がありました。具体的には、僕が朝から病院中をアメーバーみたいに動き回り、悪化が懸念される患者さんを見つけ、早めにICUでケアするといった連携です。様ざまな医療チームに関わることができ、とてもいい経験をさせてもらったと感じています。

ジェネラルな医療を目指して利尻島の総合病院へ

― そこからなぜ、北海道の利尻島の病院に?

救急専門医として長年やってきて、気づけば40歳過ぎ。ワークライフバランスの充実を図りたくて、趣味の登山で年10回以上訪れていた北海道に移住して医師を続けたいと考えるようになりました。当初は札幌市内で勤務できる総合病院を探していたのですが、いわゆる“ブティック型"と呼ばれる単科の専門病院しか募集がありませんでした。そんなとき、たまたま利尻島に住んでいる登山仲間から「島の総合病院が院長候補の医師を募集している」と情報があり、ジェネラルな医療ができるなら!と利尻島への移住を決意。現在の利尻島国保中央病院に副院長として着任しました。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1120-4.jpg
    ご趣味の登山が縁で利尻に移住をした浅井先生
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1120-5.jpg

― 離島での医療について、不安はなかったのでしょうか?

利尻島って、へき地感ゼロですよ。近くにコンビニもありますし、食べるお店にも困りません。それに、立派な空港も整っていて札幌丘珠空港と約50分で行き来ができます。島民の人たちはバスを利用する感覚で飛行機に乗り、札幌に遊びや仕事などに通っていますよ。恐らく道内や本土の地続きのへき地よりも便利で快適なんじゃないでしょうか。

― 島での病院の医療体制について教えてください。

現在、私を含む4名の常勤医師が、内科・外科を総合的に診療しています。一般病床数は42床。入院および外来の診療のほかに、週1回の訪問診療、救急患者も365日・24時間体制で受け入れ、島で対応が難しい手術はフェリーやドクターヘリ、防災ヘリなどで稚内や札幌の病院へ搬送します。常勤医師が4人いると、それぞれの得意・不得意を補い合えるので総合的に及第点の医療が離島でも実現できている自負があります。婦人科・整形外科・眼科については、島外から非常勤の出張医の先生に月1〜2回、応援に来ていただいています。

― 救急医の経験が活かされていると感じることも?

利尻島に来るまで自覚していなかったのですが、救急搬送される重症患者さんに対する恐怖感が全くないのは、救急専門医を長年やってきましたので重症患者をずっと受けてきた経験があるため、どのタイミングで患者を高度医療機関に転送するかの判断を適切に行えています。私が出張などで不在の際は札幌の病院から救急専門医の先生に応援をお願いし、私も月1回は札幌の救命救急センターに当直の応援に行っています。救急医療の応援体制は、都心部よりも利尻島の方がスムーズかも知れません。

― ギブアンドテイクの医療ですね。

スーパーマンのように「何もかも一人でやろう」と気負い過ぎないことが、特に離島の医療では求められるように私は感じています。医師としての高い理想が、島民の要望や行政が求めている医療と乖離が生じる場合もあります。
「できる範囲の中で最善を尽くす」ことが肝要で、かつてアフリカの難民医療で学んだことと通じるものがありますね。

医療の質を担保し続ける人材と環境の整備に力を尽くす

― 離島医療は、人材不足が深刻なイメージがあります。

へき地医療=その土地に縛られ、休みも取れずに身動きできないイメージがなぜかありますよね。僕は、そのイメージを本気で変えたいと思っています。当院では、看護師や放射線技師などのコメディカル職員も含めてスタッフの有給取得率はほぼ100%です。毎年、約2週間の長期休暇を取れるよう補完体制も整えています。実は、首都圏や京阪神などの島外からヘルプで入ってくれた派遣の看護師から正職員になってくれた人も結構多いんですよ。当院は長崎の離島病院とも提携していて、希望すれば環境を変えて看護師を続けられることも魅力のようです。

― 驚きの定着率ですね。研修医の受け入れも積極的に?

初期臨床研修の地域医療研修をはじめ、救急専攻医の研修プログラムによる専攻医も受け入れています。研修医の受け入れは、この表現が適切かどうかはさておき、鮭の放流事業のような感覚で捉えています(笑)。例え短期間でも「利尻島の病院では職員みんなが楽しそうに働いていた」と若い研修医時代に感じれくれたら、そのポジティブな記憶が数年後に呼び起こされて「あの病院で働きたい」と戻ってきてくれる可能性があるじゃないですか。そうやって戻ってきてくれる医師が一人でも出てきてくれたら、利尻島の医療の質を担保することに繋がると考えています。

― 浅井先生ご自身は、休日をどのように過ごされているのでしょうか?

最近は、鮭釣りとキノコ狩り、畑作業にハマっています。島民の方から「余っている畑を好きに使っていいよ」と言っていただき、雪のない時期は色んな野菜を育てています。また、日本山岳ガイド協会の役員としてファーストエイド(野外医療)の指導もしていて、年に数回、山岳ガイドのための講習会も開催しています。年間を通して利尻富士へ出掛け、夏は、研修医や高校生を連れて登山したり、冬季は毎週末山に入りバックカントリースノーボードを楽しみます。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1120-7.jpg
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1120-8.jpg
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1120-10.jpg
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1120-11.jpg

病院のパワーアップと訪問診療の充実を目指して

― ほかに、医療面で利尻島ならではと感じることがあれば教えてください。

島民の多くが漁業を営み、時化(しけ)の日に外来患者が急増します。元気な高齢者が多く、在宅の看取りよりも病院の看取りが多い点も特徴ですね。在宅での看取りはご家族のサポートが不可欠。ところが、子どもと孫は島を出て札幌に住み、親だけ島に残っているケースが多い。また、過ごしやすい春から夏は利尻島で暮らして、厳しい冬は子どもがいる札幌で越冬する高齢者も結構いらっしゃいます。訪問診療をもっと増やしたいのですが、なかなか訪問診療を希望される方が少なくて、できない現状が課題でもありますね。

― 近い将来の目標を、聞かせてください。

院長としての目標は病院の環境整備です。老朽化が進んでいるので建て替えを実現させ、患者さんと職員に、より良い環境を提供したいと考えています。行政との粘り強い交渉が求められますが、心折れずに推し進めたいですね。プライベートでは、夏の趣味でもあるサーフィンをもっと楽しむことが目標かな。利尻島の夏は30日程度と短く、休みを取れた日に良い波のタイミングが重なるとは限らないんですよ。次の夏こそは、良い波の日に休暇をとってサーフィンを満喫したいですね。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1120-13.jpg
    夏はサーフィン 冬のバックカントリーと、ご家族も一緒に大自然のもとで生活をされているようです

プロフィール

利尻島国保中央病院
院長 浅井悌(あさい・てい)
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1120-16.jpg
【経歴】
関西医科大学卒業
平成13年(2001) 関西医科大学付属病院 救命センター 研修医・医員
平成17年(2005) 市立岸和田市民病院 救急診療科 医員
平成22年(2010) 市立岸和田市民病院 救急診療科 医長
平成26年(2014) 市立岸和田市民病院 集中治療科 部長
平成29年(2017) 利尻島国保中央病院 副院長
令和03年(2021) 利尻島国保中央病院 院長

【資格・所属】
日本救急医学会 専門医
日本医師会 認定産業医

日本山岳ガイド協会理事(ファーストエイド委員会)
災害人道医療支援会 理事

取材後記

取材後記

救命救急医療、難民医療、そして離島医療へ。様ざまな医療現場での研鑽が全て今に繋がっている浅井先生。人口約4200人(北海道宗谷総合振興局調べ:2024年1月時点)の利尻島に移住して8年。さぞかしご苦労が多いと思いきや「へき地感ゼロで快適」という言葉に驚かされた。「まだまだ変えられないこともたくさんある」としながら、行政や島民の信頼を得るために真摯に地域医療と向き合い続ける姿勢が印象的でした。多趣味でアウトドア派の先生自身にとっても、利尻島は素晴らしい環境のようです。よい意味で離島医療のイメージが打ち砕かれたインタビューとなりました。

次号、いよいよ浅井先生のいる北海道・利尻島への訪問リポートです〜

最終更新:2024年12月24日 09時51分

島嶼およびへき地医療委員会

記事の投稿者

島嶼およびへき地医療委員会

離島や過疎地域の情報、活躍する医療者の紹介、研究活動などを紹介していきます

タイトルとURLをコピーする