ホームニュース離島・へき地医療の現場vol.4/01 「地域を守り続ける看護師になる」/ 岩国市立本郷診療所 【看護師】森川真粧美さん (インタビュー編)

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離島・へき地医療の現場

vol.4/01 「地域を守り続ける看護師になる」/ 岩国市立本郷診療所 【看護師】森川真粧美さん (インタビュー編)

離島医療・へき地医療と聞くと、
 興味はあるけど身近にない。イメージが湧きにくい。だから、飛び込みづらい…
そういう方多くないですか?

JPCA「島嶼およびへき地医療委員会」では、多くの方が島嶼・へき地にもっと関心をもってもらう為に、日本全国の島嶼やへき地などの医療現場を訪れ、働いている医師をはじめとする医療従事者からの声を通して離島やへき地で実践されているリアルな医療、そしてそこでの生活を紹介するシリーズをお届けします。中高生や医大生、これからそのような医療に飛び込んでみたいと考えている方々には、このシリーズでいろいろなロールモデルに出会えると思います。また、地域で生活されている方には、どのような想いでその地で医療が行われているのかを垣間見て頂ければと思います。

26年前から地域のために  【看護師】森川真粧美さん

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人口700人足らずの岩国市本郷地区にある本郷診療所。そこで看護師として地域に貢献しているのが森川真粧美さんです。本郷に生まれ育った森川さんが日々どのような思いを抱きながらへき地医療に臨んでいらっしゃるのか、まずはオンラインを通してお話を伺ってみることにしました。インタビューの場には本郷診療所 所長の西村謙祐先生にも同席いただきました。

「私たちがいるから大丈夫!」。その安心感を住民の方々に届けたい

― まず、森川さんが看護師になられてからのご経歴をお聞かせください。

森川:看護師としてのキャリアは東京の国立がんセンター(現在の国立がん研究センター)から始まりました。その後、広島の賀茂精神医療センターに勤め、地元本郷に戻ってからは医療機関ではなく保健センターやデイサービスセンターに勤務しました。ちょうど子育て中だったので夜勤が難しかったんですね。この時の保健と福祉の現場での経験がのちの多職種連携に役立っています。そのあと1999年に本郷診療所が開設されたのを機に、診療所勤務に変わり、以来26年間勤務しています。夜勤のない本郷診療所からお声がけいただいたのは、当時としてはとてもいいタイミングだったと思います。
ちなみに私の生まれは岩国の本郷で、家を継ぐことになっていました。高校生の頃から跡取りと言われ続けていたんです。だから東京に行ったことは大きな挑戦でしたが、すぐに呼び戻されてしまいました(笑)。都会で勉強を続けたい気持ちはあったものの、最終的に地元に戻ることになったのは、両親に強く「帰ってこい」と言われたのがきっかけです。後から聞いた話では「看護師が一人帰ってきたぞ」「本郷から出しちゃだめだ」と地域の人々が話していたらしいです(笑)。

― 岩国市立本郷診療所で働き始めて驚いたことはありましたか?

森川:それまでは大きな病院に勤めていたこともあって専門分野が分かれていたのですが、診療所ではレントゲンの現像や機器の管理、さらには事務作業まで看護師がすべてこなさなければなりませんでした。戸惑うこともありましたが、実際にやってみるととても面白かったですね。
開設当初は医師が毎日勤務し、看護師2名・事務1名という体制でした。でも現在は西村先生が木曜日と金曜日の週2日勤務されて、水曜日は休診、月曜日と火曜日は近隣の病院から医師が派遣される体制です。看護師は私1人になり、忙しい時には会計年度任用の看護師さんに手伝ってもらっています。
地域の人口は年々減少しており、以前は1,000人以上いましたが、現在は約660人。それにともなってこれまで山口県からの医師派遣も難しくなり、固定の医師がいなくなってしまっている状況です。その中でも西村先生は患者さんからの人気が高いので、木・金曜日は患者さんが非常に多いんですよ(笑)。
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    地域に愛される本郷診療所。

― 休診の水曜日はどのように過ごされていますか?

森川:休診日は普段から溜まっている事務仕事に費やすことが多いですね。特に薬の管理は非常に細かいため、まとまった時間が必要になるんです。その一方で、時間があれば「本郷わくわく教室」のような地域の健康教室に参加するようにしています。
診療所に来られる方は「患者さん」ですが、地域のイベントで会う方々は「人生の先輩」であり「地域の仲間」。普段とは違う視点から地域の方々と接することで、その人の病気だけでなく、どのような生活を送っているのかを知ることができます。こうした経験を通じて、目の前の病気だけを診るのではなく、地域に暮らす人として全体を捉えられるようになりました。これはへき地医療に携わる看護師にとって非常に重要な視点だと考えています。
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    「本郷わくわく教室」と呼ぶ、健康教室でのひとこま。
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    森川さんはの地域の生活者の一人として参加し、住民の暮らしぶりや変化を感じ取っているという。

強みは「一住民」として働いていること

― 現在、特に力を入れて取り組んでいることはありますか?

森川:診療時間が短くなったことで住民の方々が夜間や休日にどんなことに困っているのかを把握したいと考え、3年間にわたり診療所に掛かってきた電話の記録を分析しています。このデータをまとめることで具体的な課題が見えてくると同時に、今後の対策を立てるためのヒントが得られると思っています。
以前は夜間の電話はすべて医師に転送されていたのですが、今は近隣の公立病院へ転送されるようになっています。この場合「受診してください」と言われることが多く、そこで電話を切ってしまうケースが増えました。住民の方々は慣れ親しんだ先生と直接話すことで安心感を得ていたわけですね。この状況を知ってからは出勤するとまず転送履歴を確認し、気になる方にはこちらから電話をかけ直して、お困りごとを伺うようにしています。
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    地域の方の声に耳を傾け、信頼されている西村先生
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西村:私の場合、以前は離島に勤務していたこともあって夜間に電話がかかってくることには慣れていました。しかし本郷ではそれほど頻繁ではなく、緊急性のない相談も多かったので近隣の公立病院へ転送することになったんです。そういう中でも森川さんは地元の方なので、住民同士の相談といった感覚で直接連絡がくるケースが一定数あるようですね。
森川:そうですね。この地域で育ったため、住民の方々から直接連絡をいただくことも珍しくありません。友人や知人のように気軽に相談してくださる方もいます。私自身、何かあればすぐに西村先生に相談できる環境なので特に不安はありません。むしろ困っている方には私個人の携帯番号を教えて「いつでも電話してきていいですよ」と伝えています。
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    地域の盆踊りなどイベントにも積極的に参加している森川さん。

― 地域の方々から非常に頼りにされている印象を受けます。

西村:森川さんの強みは地域の一住民として働いているところです。私を含めて多くの医療従事者が地域外から通勤する中で、地域に住み込んでいる森川さんの存在が住民の安心につながっていると思っています。
森川:私自身はへき地医療に「使命感」を持って取り組んでいるというよりは、毎日がただただ楽しいんです。地域で何か問題が起きるたびに「どうしたら誰も取り残さずに済むだろうか」と考え、新しい方法を模索しています。やりたいことが次々と浮かんでくるので毎日が充実していますね。
もちろん、へき地ゆえに日頃から重症患者さんに対応する機会は多くありません。そのため、いざという時の急変時には焦ってしまうこともあります。だからこそ普段からイメージトレーニングをしたり、病院の看護師さんから積極的に学ぶ姿勢を大切にしています。
また、最近では島根県のイベントに参加するようになって視野が広がりました。島根県で取り組まれていることを山口県にも取り入れたいですし、山口県の取り組みも発信していきたいと考えています。地域課題が似ているなら県を越えて情報を共有し、仲間を増やしていくことが大切だと思っています。
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    へき地診療所サミットin本郷では、司会進行役を担った。

― 地域住民に対して特に大切にされていることは何ですか?

森川:医師が不在の時間帯でも看護師がへき地を守るという心構えを大切にしています。この意識を次の世代の看護師にも伝え「私たちがいるから大丈夫ですよ」と住民の方々に安心していただきたいんです。そういう「マインド」を守っていきたいと思っています。
また、西村先生が熱心に推進されているオンライン診療にもD to P with Nとして取り組んでいます。山間部の多いへき地では移動が大きな負担となりますが、オンライン診療はそれを軽減できるため、非常に重要な取り組みだと考えています。あと、地域住民から慕われている西村先生には「家に来てほしい」というご要望が多く寄せられるのですが、訪問診療は患者さんやご家族に大変喜ばれるため、私も欠かさず同行するようにしています。こうした活動を通じて、住民一人ひとりの暮らしに寄り添うことを大切にしています。
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    パソコンに不慣れな患者さんのオンライン診療に立ち会う森川さん。
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へき地でもスキルアップができる環境を

― 今後のへき地医療における人材確保について、何かお考えやヒントはありますか?

森川:以前はへき地で働く看護師には出張旅費が認められず、研修に参加することも難しいなど多くの苦労がありました。私たちが経験したことを次の世代にも強いるのではなく、もっと楽しく働けるような環境を整える必要があると考えています。へき地でもスキルアップができるような学習環境を看護師にも確立する必要があると思います。
また、次に来てくれる看護師さんが何をしたいのかをじっくりと聞き、地域に自然と溶け込んでもらえるようなサポートも大切です。何よりも長く勤務を続けたいと思ってもらえること、そして住民と円滑なコミュニケーションを取れる人であることが、へき地医療を担う上で重要だと考えています。
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    本郷診療所はいつでも One TEAM

― コロナ禍に始まった「オンライン茶話会」は、今も継続されていますか?

森川:はい、毎週欠かさず続けています。これは山口県のへき地診療所をオンラインでつなぎ、看護師が主体となって定期的にミーティングを行うものです。日によって参加人数は異なりますが、6〜7人くらいのメンバーが固定されています。平日昼間の貴重な時間帯なので参加できない方もいますが、それでも継続できているのは、この「茶話会」が私たちにとってかけがえのない場になっているからだと思います。
実はこれまでのキャリアの中で「もう辞めたい」と思ったことが何度かありました。でも、この「茶話会」を通じて悩みを相談できる仲間ができ、さまざまな人とのつながりが生まれたことで、それ以降は辞めたいと思ったことは一度もありません。それまで感じていた孤独感が解消され、人とつながることの重要性を改めて実感しました。
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    「茶話会」は森川さんにとって、貴重な情報収集の場であり、明日への糧となる大切な時間。

― 3年後5年後といった将来、どのような診療所になっていてほしいでしょう?

森川:今はとにかく西村先生と一緒に働けることが嬉しくて、先生がいる限りは、どんなことがあってもこの診療所から離れるつもりはありません。将来的に「地域を守る」と言うと大げさかもしれませんが、この地域に何かしらの形で貢献し続けたいと思っています。
具体的には、先輩方が続けてこられた地域の健康教室などの活動を私がしっかりと引き継いでいきたいと考えています。一人で大きなことを成し遂げるのは難しいかもしれませんが、今あるよいものを継続していくことで、地域全体に貢献していきたいと思っています。そして、住み慣れた場所で暮らし続けるためにも、診療所は住民の健康を担う大切な場所だと感じています。どんな形になっても住民の健康を守る場であり続けて欲しいと思います。
西村:ぜひ森川さんの経験を次の世代に伝えていってほしいと期待しています。私自身、若い世代を対象とした様々な人材育成プロジェクトを行っているので、そこで森川さんのように地元から信頼を得ている看護師さんやへき地医療のエキスパートの経験を多くの医療関係者に伝えていけたらと思います。
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    本郷診療所を包むようにかかる、幸福のジンクスを持つ「ダブル・レインボー」。

プロフィール

岩国市立本郷診療所
看護師 森川真粧美(もりかわ・まさみ)
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【略歴】
国立療養所広島病院付属看護学校卒業
国立がんセンター(国立がん研究センター)
国立療養所賀茂病院(賀茂精神医療センター)
本郷村保健センター(非常勤)
本郷村デイ・サービスセンター(本郷デイサービスセンター)
本郷村診療所(岩国市立本郷診療所)

【資格】
学会認定プライマリ・ケア看護師

次号、いよいよ森川さんのいる岩国市 本郷診療所への訪問リポートです〜

最終更新:2025年10月24日 15時31分

島嶼およびへき地医療委員会

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島嶼およびへき地医療委員会

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