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プライマリ・ケアにこそ漢方! 風邪に対する漢方薬の考え方,使い方⑤ —ウイルス性腸炎でも「冷え」を見逃さない!!—

はじめに

今回から下痢や嘔吐が主症状であるウイルス性腸炎に対する漢方治療を紹介する.ウイルス性腸炎に対する現代医学的な治療は,脱水の予防,制吐薬,整腸薬などの対症療法が主体である.ウイルス性腸炎の多くは数日以内で自然治癒する疾患であることから,対症療法で十分と考える先生もいるかもしれない.しかし,これまで紹介したように漢方医学では,生体の闘病反応に応じて漢方薬を選択して治療することで,積極的に治癒を促し,即効性が期待できる.ウイルス性腸炎にも漢方薬を活用してほしい.

下痢に対する漢方医学的な考え方

 前々回までに風邪の漢方治療では生体の闘病反応に応じて「悪寒→発熱」と「悪寒→冷え」タイプが存在することを解説した.さらに,急性期,亜急性期にかかわらず,身体の冷えや倦怠感を認めた場合には,闘病反応が乏しく,必要な温熱産生ができない病態であると考えて,生体を強力に温める作用のある麻黄附子細辛湯が適応になることを解説した.
 下痢の場合にも,下痢の性状や全身状態によって「熱」が主体の下痢と「冷え」が主体の下痢に分けることができる.「熱」タイプの下痢と「冷え」タイプの下痢の鑑別方法を示す(表1).「熱」タイプの下痢は,腹痛,しぶり腹,肛門の灼熱感を伴う.また,便の臭いに注目することがポイントで,「熱」タイプの下痢では便臭が強い.一方,「冷え」タイプの下痢は,便臭は軽度で,多くは水様便で肛門の灼熱感を伴わない.ときに食物が消化されずに便にそのまま出てくる(完穀下利(痢)(かんこくげり)とよぶ;「痢」は古典では「利」を使用)こともある.全身状態では,高熱を伴うことはまれで,倦怠感を伴うことが多い.
 また,問診で,外部からの温冷刺激による腹部症状の増悪寛解の有無を質問して「冷え」の存在を確認することも重要である.
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ウイルス性腸炎で「冷え」を見つけるための問診

「冷たい飲み物で腹痛や下痢が悪化しますか?」
「お腹を温めると気持ちがよいですか?」

これらの質問に対する答えのいずれかが「はい」の場合は,「冷え」タイプの下痢である可能性が高くなり,温める作用のある漢方薬で治療する.
 今回は,「冷え」タイプに用いる漢方薬を紹介する.

漢方医のもう一言:

便臭に関する質問をするなんて!?,と戸惑われるかもしれない.しかし,下痢だけでなく便秘の患者にも,本人に直接「便の臭いは強いですか?弱いですか?」と質問する.
若い女性患者の場合などは,漢方薬の選択のために必要な情報であることをあらかじめ断っておく必要がある場合もあるが,自分の便臭の強弱について自覚があるようで,すんなりと返答してくれることが意外に多い.また,ADL が低下した患者の場合(入院や施設など)は,おむつ交換を担当した看護師や介護士に便臭について確認する必要がある(本当は自分で確認できればよいが,タイミングが合わないことが多い).その際,とくにベテランスタッフから回答をもらう場合は,便臭に耐性ができて慣れてしまっていることがあるのでそれを差し引いて考慮する必要がある.

ウイルス性腸炎でも「冷え」タイプの下痢がある!

ウイルス性腸炎の発症直後で38℃前後の発熱があって,便臭が強く,肛門灼熱感などがある場合には「熱」タイプの下痢であると考えられるが,ウイルス性腸炎であっても「冷え」タイプの下痢が存在する.一般的なノロウイルス腸炎の経過として,嘔吐は1 日でおさまり,下痢は多くの場合2 〜3 日でおさまるが,長い場合は7 〜10 日間かかることもあるとされる1,2).下痢が2 〜3 日で改善せず,持続している症例では,生体の闘病反応が弱く「冷え」タイプが多いことが推測される.また,発症2 〜3 日以内であっても,発症時は発熱,嘔吐と頻回な下痢で,トイレから離れることができなかったが,数時間が経過して,下痢が軽減してから受診する場合などは,すでに「冷え」タイプに移行している症例をしばしば経験する.ウイルス性腸炎の流行期に嘔吐や下痢のため当科を臨時受診した当院職員の調査では温める漢方薬で治療する「冷え」タイプの下痢が10 症例中6 症例と半数以上を占めており3),ウイルス性腸炎であっても積極的に「冷え」の存在を疑う必要がある.

「冷え」タイプの下痢に用いる漢方薬

 「冷え」タイプの下痢は,「温めて治す」ことが治療原則である.体を温める作用のある生薬である,附ぶし子(トリカブトの根を加熱処理したもの)や乾かんきょう姜(生姜を蒸して乾燥させたもの)が含まれる漢方薬を用いて治療する.温める作用をもつ漢方薬を下痢で体力が低下しているときに内服すると,飲んだ直後から,お腹から身体が温まり,消化器症状が軽減したり,身体が楽になってくることが実感できる.対症療法では体感できない「温める治療」をぜひ,実践してほしい.
その場合の注意点として,温める作用を減弱させないよう,必ず漢方薬をお湯に溶いて内服してもらう必要がある.次に「冷え」タイプに用いる漢方薬をあげる.

◯真武湯(しんぶとう)(No.30)

真武湯は,水分代謝を調節する茯ぶくりょう苓,朮じゅつ,温める作用のある附ぶし子,生しょうきょう姜が含まれており,水毒(漢方医学的な水分代謝異常)と冷えを改善させる作用がある(図1).下痢は,便の水分量が増加した状態であることから,水毒が原因で起こる症状と考える.真武湯が適応になるのは,「冷え」タイプの下痢の特徴に加えて,便の性状が水様性で,顔色が悪く,四肢が冷えて,倦怠感を伴う.下痢したあとにがっくりと疲れる場合に用いるとよいといわれている4).真武湯は「冷え」タイプの下痢に,頻用される漢方薬で,筆者は,誤嚥性肺炎後の偽膜性腸炎にメトロニダゾールとの併用で速やかに下痢が改善した症例5)や胃癌術後に10 年間以上続いていた下痢が下肢浮腫やこむら返りとともに改善した症例6)を報告している.
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◯人参湯(にんじんとう)(No.32)

人参湯の構成生薬は,人参(にんじん),乾姜(かんきょう),白朮(びゃくじゅつ),甘草(かんぞう)で,胃腸の働きを整えて,体を温める作用がある(図2).食欲がなく,倦怠感があり,活気がない状態を漢方では気虚(ききょ)(気が量的に不足した状態)とよび,人参湯は冷えを伴う気虚に用いる代表的な漢方薬である.ウイルス性腸炎に用いる場合は,下痢はすこしおさまってきたものの,食欲がなくなり,心窩部のつかえた感じや痛みがあるような場合に用いる.下痢のときに,脱水予防のため冷たい飲み物をばかり摂取していると,胃腸が冷えてきて,二次的に人参湯が適応になる病態になってしまうこともある.真武湯との鑑別点として,水様性下痢が主体である場合は水毒を改善させる真武湯を用いることが多い.一方,食欲不振や上腹部症状が目立つ場合は人参湯を用いる.また,尿量に着目すると,真武湯は尿量が減少し,人参湯では尿量が保たれる傾向にある.さらに冷えや倦怠感が強い場合は,二つの漢方薬を併用することもある(後述)
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下痢に対する真武湯・人参湯の処方ポイント

共通点 便臭の強くない下痢,しぶり腹がない,倦怠感
 
相違点 
真武湯 水様性下痢,四肢の冷え,尿量減少
人参湯 軟便〜水様性下痢,上腹部症状,心窩部の冷え,食欲不振,尿量は保たれる

◯真武湯(No.30)+人参湯(No.32)(≒茯苓四逆湯)(ぶくりょうしぎゃくとう)

真武湯と人参湯を併用することで,茯苓四逆湯という漢方薬に近似させることができる.茯苓四逆湯は,附子と乾姜がともに含まれ,温める力が強い漢方薬で,冷えが強く,体が非常に弱っている状態に用いる漢方薬である.ある症状のためにひどく辛がっている状態(煩躁(はんそう)とよぶ)に適応になる.ウイルス性腸炎の場合は,嘔気や下痢のため,食欲不振や水様性下痢が遷延して,倦怠感が非常に強い症例に適応となる.

◯大建中湯(だいけんちゅうとう)(No.100)

大建中湯は,術後の腸閉塞予防に頻用される漢方薬で,乾姜(かんきょう),山椒(さんしょう),人参(にんじん),膠飴(こうい)の四つの生薬から構成される(図3).前回も紹介したとおり,お腹を温める作用があることから,腹部の冷えが原因で生じる消化器症状に対して投与される.大建中湯は,「腸閉塞の薬≒便秘を改善」といったイメージが強いためか,便秘に効くと思われがちであるが,お腹の「冷え」が存在すれば,下痢にも投与が可能であり,下痢に対して大建中湯が有効であった報告7,8)もある.また,構成生薬の乾姜と山椒が腸管の蠕動運動を亢進,抑制することが確認されており9,10),病態に応じて腸蠕動を調節する作用があると推測されている.腸の蠕動運動の異常に伴う腹痛や腹部膨満感,さらに腸がモクモク動いている,腸が動いているのが自覚できるなどといった腸管の蠕動不穏も大建中湯の投与目標である.大建中湯=術後の腸閉塞の予防薬と限定してしまわずに,腹部の冷えに加えて,腹痛,腹部膨満感や蠕動不穏を認めた場合には,ウイルス性腸炎にも大建中湯を活用してほしい.
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下痢に対する大建中湯の処方ポイント

お腹の冷え(臍中心)に加え,腹痛,腹部膨満感,腸管の蠕動不穏

漢方医のもう一言:

当科では,腹部診察の際,圧痛のみでなく,腹部表面の他覚的な冷感や温度差にも注意して診察を行っている.臍中心の他覚的な冷感を認めた場合は,大建中湯が有効なことが多い.また,心窩部に冷感を認める場合には,今回紹介した人参湯が適応になる(図4).筆者の外来では毎回,腹部の診察を行っているが,心窩部に冷感を認める患者にはしばしば遭遇する.冷え性の人が体を冷やしてしまう食習慣がある場合(アイスクリームや果物をよく食べるなど)は,心窩部が冷えていることを実感してもらうために,自身の手を当ててもらい,心窩部と他部位の温度を比較してもらっている(「こんなに冷たいのですね!?」と驚かれることも多い).
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以上,問診と診察により「冷え」タイプの下痢を考慮し,その他の随伴症状に合わせてこれらの漢方薬から選択して治療してほしい.次回は「熱」タイプの下痢を解説する.

漢方Q&A

 本連載では、読者の先生方から一般医療用漢方エキス製剤による治療に関する「素朴な疑問・質問」を募集します。
お気軽にきいてください(問い合わせは pcmagazine@primed.co.jp まで) 。
Q : 真武湯はあまり使ったことがありません.下痢以外にどのような症状に有効ですか?
A:ご質問ありがとうございます。
真武湯は,「陰証の葛根湯」といわれるほど,冷えを伴う幅広い疾患に用いられます.漢方医学的には重要な処方ですが,大建中湯や六君子湯のようにエビデンスが豊富でないためか,実際の使用量は多くないようです.真武湯は,温めて水毒を改善させる作用があることから,下痢以外にも冷えがあって水毒が原因で起こる症状である浮腫,四肢のこわばり・痛み,浮動性めまいなどに活用できます.また,真武湯は他の漢方薬と併用することが多い漢方薬です.慢性的な肩こりに対して葛根湯が単独で処方されているケースをしばしばみかけますが,真武湯を併用すると,温めてこわばりを改善させる作用が強化され,鎮痛効果が高まります(葛根湯+真武湯で葛かっこんかりょうじゅつぶとう根加苓朮附湯という漢方薬に近づきます).

参考文献

1) 山本舜悟.かぜ診療マニュアル かぜとかぜにみえる重症疾患の見分け方,第2 版.日本医事新報社,2017,p250-260.
2) Rochx B, De Wit M, Vennema H et al. Natural history of human calicivirus infection: a prospective cohort study. Clin Infect Dis. 2002; 35(3): 246-253.
3) 土倉潤一郎,前田ひろみ,伊藤ゆい,他.日本東洋医学雑誌. 2013; 64suppl:155.
4) 花輪壽彦.漢方診療のレッスン,増補版.金原出版,2003,p98.
5) 吉永亮,前田ひろみ,伊藤ゆい,他.飯塚病院 月曜カンファレンス 臨床経験報告会より〔通算28〕『最近の治験・知見・事件!?』パート⑬.漢方の臨床.2014;61(4):629-637.
6) 吉永亮,前田ひろみ,伊藤ゆい,他.飯塚病院 月曜カンファレンス 臨床経験報告会より〔通算35〕『最近の治験・知見・事件!?』パート⑳.漢方の臨床.2014;61(12):2075-2084.
7) 赤池正博,白石佳正,三浦於菟.慢性下痢症に対する大建中湯の治験例.日本東洋医学雑誌.1996;46:77.
8) 村井政史,田原英一,大田静香,他.大建中湯が奏効した難治性下痢症の一例.日本東洋医学雑誌.2010;61(2):180-184.
9) 今津浩喜,船曳孝彦,落合正宏,他.小腸大量切除後の下痢に対して漢方薬を用い有効であった2 症例.Progress in Medicine.2001;21:1354-1355.
10)布目慎勇,佐々木博.大建中湯および構成生薬の来歴.日本東洋医学雑誌.1999;50:413-437.
11)Hayakawa T, Kase Y, Saito K et al. Pharmacological studies of the effect of Daikenchu-to on spontaneous constraction of isolated rabbit jejunum. J smooth Muscle Res. 1999; 35: 55-62.

キーメッセージ

〇下痢にも「熱」タイプと「冷え」タイプがある
 
〇「冷え」タイプの下痢を見つけるための問診がある
 
〇「冷え」タイプの下痢は温めて治す

プロフィール

吉永 亮
飯塚病院 東洋医学センター漢方診療科
 
略歴
2004 年自治医科大学卒業.
2004 ~ 2006 年飯塚病院 初期研修医.
2006 ~ 2007 年福岡県立嘉穂病院.
2007 ~ 2010 年新宮町相島診療所.
2010 ~ 2013 年八女市矢部診療所.
2013 年4 月より現職.
 
日本内科学会認定内科医、総合内科専門医/日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医・家庭医療指導医/日本東洋医学会漢方専門医,指導医自治医科大学の義務年限の期間に,福岡県の離島と山間地の僻地診療所に各々3 年間勤務しました.地域医療を行いながら,当科で漢方の外来研修を行いました.漢方外来で学んだことを地域医療で実践すると,とても有用で,地域住民の方々に喜んでもらえ,その上,自分自身の地域医療のやりがいを高めることができました.そうしているうちに,徐々に漢方の魅力にハマってしまい,地域医療の終了後はもっと本格的に漢方を勉強しようと現在に至ります.どっぷりと漢方の世界に浸かって,漢方の可能性を広げるべく日々奮闘中です.
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最終更新:2022年05月09日 11時32分

実践誌編集委員会

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