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【ブースコンテンツ②】在宅医療×プラネタリーヘルス 〜気候変動は「住まい」をどう脅かすか〜

【JPCA2025のプラネタリーヘルスブースで掲示していた資料を記事にしました】

2025年6月の学術大会では「プラネタリーヘルス展示ブース」を設置していました。そこでは、様々な領域・職域を切り口にプラネタリーヘルスを学べるコンテンツを掲示していました。
学術大会のブースで掲示したコンテンツを、改めて記事としてお送りします。2025年10月から月に1つずつ、計10回程度連載していきますのでよろしくお願いいたします。

在宅医療×プラネタリーヘルス 〜気候変動は「住まい」をどう脅かすか〜

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気候変動は「今世紀最大の健康への脅威」とされています。洪水や熱波といった異常気象の多発と深刻化は、様々な疾患の罹患率、重症化、ひいては死亡率を直接的に高めます。特に在宅医療を受けている高齢者や慢性疾患を持つ人々は、社会経済的な脆弱性も相まって、この健康影響を特に受けやすい層です。

私たちは、この大きな脅威に対し、在宅ケアの現場でどのように立ち向かうべきでしょうか。本稿では、在宅療養者の「住まい」が持つリスクと、在宅医療従事者だからこそできる具体的な対策を解説します。

1. 「住まい」を脅かす気候変動

医療的ケアや介護を必要とする人々は、一日の大半を自宅内で過ごしています。極端な気象条件が続くと、この自宅での滞在時間はさらに増加する傾向にあります。したがって、「住まいの環境」が、気候変動による健康影響を左右する決定的な要因となるのです。

(1) 極端な「熱」がもたらす室内環境の脅威
健康への影響の代表格であり、最も研究の焦点となっているのが「熱」です。猛暑が続くと、高齢者の呼吸器疾患による入院が17.3%増加します(*1)。さらに、熱中症による救急搬送者のうち、38%が自宅内で発症しています(*1)。
在宅医療の現場では、患者の健康を守るために、室内環境における熱対策が喫緊の課題です。

熱中症の症状(脱水、頭痛、めまい、筋痙攣など)は、エアコンがない世帯で発生リスクが大幅に高まることが示されています。特に、慢性疾患を持つ住民がエアコンなしで暮らしている場合、熱関連の病気のリスクは一層高まります。

(2) 気候変動は、住環境のリスクを増幅する
気候変動は、既存の社会・健康・経済的な脆弱性を増幅させる恐れがあります。

例えば、経済的に困窮する世帯ほど猛暑に対して十分な暑さ対策が取れず、熱中症リスクなどの健康格差が増す可能性があります。また、湿気がこもりやすい立地や家屋の場合、大雨や洪水による湿気やカビの発生がより深刻で、喘息やアレルギー疾患、呼吸器感染症のリスクを増幅します。
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2. 在宅ケアだからこそできる、住環境への対策

住居環境の調整は、異常気象の影響を減らし、健康アウトカムを改善する可能性があります。在宅医療の担い手として、私たちは患者の生活に入り込み、住環境における適応策(気候変動の悪影響を軽減・防止する取り組み)を推進することができます。

対策を講じる場合、単一の対策よりも、複数の対策を組み合わせるアプローチが効果的です(*3)。

(1) 室温・体温管理の最適化
エアコンによる温度・湿度の管理は多くの方がまず思いつく方法ですが、高齢者の中にはエアコンの利用を好まない方もいます(電気代、冷風の不快感、操作方法の不明瞭さなど)。エアコンを十分活用する工夫を凝らすと共に、以下のような手段も組み合わせながらより効果的な対策を検討します。

・扇風機の活用:扇風機は熱関連の病気のリスクを60%削減することに関連しています。
・適切な換気:部屋を閉め切っていると空気の質の悪化が起こりえます。換気扇の活用や、家の中に風が通るよう窓を短時間開けるなど、適度な換気が必要です。
・窓や外壁の遮光:外部のシャッターや簾、緑のカーテンで遮光し、室温上昇を防ぎます。
・衣類や布団の工夫:気候や天気に合わせて衣類・布団を調整します。特に介護を要する方は、自発的に衣類を調整できなかったり、季節にそぐわない服装をしてしまう場合があり、支援していく必要があります。

これらの対策を在宅ケアに関わる多職種で共通の認識とし、それぞれが訪問の際に確認し、調整を支援できるようなチームで取り組むことが理想的です。

また、自治体ごとの熱中症対策(エアコン導入助成、クーリングシェルターの設置など)も確認し、患者や家族へ積極的に情報提供もできると良いでしょう。

(2) 気象災害への備え
在宅ケアの利用者は、気象災害の影響も受けやすく、備えや持続可能なケアを計画する必要があります。

・ハザードマップの確認: 訪問先や自施設のハザードマップを確認し、災害規模に応じた対応をシミュレーションできると良いでしょう。
・個別化された防災支援: 各利用者の状況や住環境に合わせて防災のための備えも支援しましょう。
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3. 地球に優しい在宅医療へ:持続可能性への貢献

在宅医療の質を高め、不必要な救急搬送や入院を減らすことは、医療費削減だけでなく、環境負荷の低減にもつながります。業務の効率化も経済・環境の両方にメリットをもたらせてくれます(*4)。

・ACP(Advance Care Planning)の推進、予防医療の提供:生活やケアにおいて尊重したい価値観を共有し、意思決定を支援しましょう。
・モビリティの改善: 訪問車両の買い替え時には、ハイブリッドカーやEVの導入を検討します。訪問スケジュールの効率を高めることで、訪問車両の走行距離も減らせる可能性があります。
・適正な薬品・資材の管理: 過剰な検査・投薬に注意し、定期的に医療資材の在庫管理や適正使用を見直しましょう。
・ペーパーレス化とDX: 地域連携におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)やペーパーレス化を進めることも、地球に優しい業務改善策です。
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4. おわりに:未来の医療に向けて


気候変動を中心にプラネタリーヘルスと在宅医療の接点について概説しました。在宅医療の可能性をさらに引き出していくことで、高齢化に加えて環境課題にも配慮したケアが実現できるでしょう。

在宅医療・介護には、住民一人一人の生活や人生を汲み取り、住環境を整える視点が備わっています。その視点を「住まいの外」すなわち地域の気候や地球規模の環境にも向けることで、プラネタリーヘルスを取り入れた実践へと昇華させることができます。


在宅医療から発信する地域の気候変動対策やプラネタリーヘルスの研究が発展することも今後期待しています。
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おまけ:本記事の音声版も作ってみました

NotebookLMを活用し、本記事の音声解説版も作ってみました。

音声でのインプットの方が都合の良い方はこちらをご活用ください。

① 【90秒でサクッと解説 在宅医療×プラネタリーヘルス】

② 【10分ちょっとで解説 在宅医療×プラネタリーヘルス】


<参考文献>

1.消防庁. 令和6年(5月~9月)の熱中症による救急搬送状況. 2024. 
2.OLenick CR. et al. Impact of heat on respiratory hospitalizations among older adults in 120 large U.S. urban areas. Ann Am Thorac Soc 2025; 22: 367-377.
3.Angela Cartwrigh. et al. Housing conditions and the health and wellbeing impacts of climate change: A scoping review,Environmental Research,Volume 270,2025. 
4.Mortimer F.The sustainable physician.Clin Med (Lond). 2010 Apr; 10(2): 110–111.



(担当:豊田喜弘 悠翔会在宅クリニック流山)

最終更新:2025年11月20日 08時26分

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