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Vol.66/「目の前の人の生活と尊厳を守る医師でありたいんです」【専攻医】荒木さくら先生
熊本で総合診療専攻医として研鑽を積みながら、若手医療者による平和活動のメンバーとしても精力的に活動する荒木さくら先生。医師としての原点から地域医療の最前線で感じる葛藤、そして「医療と平和」を地続きに捉える独自の視点まで、さまざまにお話を伺いました。
病気を治すだけじゃない、人生に寄り添い続ける医療
― 荒木先生が医師を志したきっかけから伺えますか?
私は熊本の出身なのですが、中高生の頃は正直なところ、世の中の沢山の職種を知っているわけではありませんでした。ただ、父が地域で相談役のような役割を担っていて、自宅にはいつも生活の悩みで訪れる方々が絶えなかったんです。健康を害したことで生活が破綻してしまい、途方に暮れて相談に来る……。そんな人たちの姿を間近で見ていて「自分もこういう困っている人の力になれる仕事がしたい」と漠然と思うようになりました。限られた知識しかない当時の自分に思いついたのは、医師や弁護士といった仕事でしたが、人の役に立ちたいという思いだけは明確にありました。進学を機に「医学部を目指してみよう」と決めたのですが、その根底には「相談役」としての父の背中があったからだと思います。
― その後、岡山大学医学部に進学されました。
岡山大学は実際に入ってみると非常に自由な気風の大学でしたね。部活動では山の上の診療所をお手伝いする「山岳診療」に関わるサークルに所属し、限られた医療資源で診察を行う先生方の姿をとても頼もしく感じました。勉強の面では、特定の臓器に特化して極めたいという強いこだわりはなく、だからだと思いますが、総合診療への関心もスムーズに持てたと言えます。岡山大学の総合診療科の先生方は学生教育に非常に熱心だったということもありますね。プロフェッショナリズムの授業などを通して医療倫理や患者さんとの向き合い方など、単なる「病気」の知識ではない、医療の「心得」を教えて頂きました。
― 早い段階から「総合診療」を意識されていたのですね。
そうですね。実習を通して大学病院のような高度な医療現場も経験しましたが、そこでは入院期間が短く、手術や治療が終わればすぐにお別れ、という関係が一般的でした。私にはそれがどこか物足りなく感じてしまったんです。病気が治った後、患者さんは家に帰ってどのように暮らしていくのか。その経過を長く、地続きに診ていきたいという思いが強くなりました。一時期は精神科にも興味を持ちましたが、実習で「患者さんの抱える困難に影響され自分の精神的に落ち込んでしまう」という難しさを感じました。実習での患者さんとの出会いも通して、病気の知識だけでは治療が前に進まないことや、経済面や自宅生活をサポートしてくれる存在の有無など医療以外の面でも患者さんにとってはとても重要なことが沢山あるのだと学びました。患者さんの「疾患」だけを相手にするのではなく、「病を患っている個人」として患者さんと向き合う医療人になりたいなと思うようになりました。そうした思いから、「人」を丸ごと診ることができる総合診療の道に進むことを決意しました。専門を絞って他は任せるのではなく、患者さんの相談に「手広く、広く」応えられる医師でありたい。その思いが私の原動力になっています。
地域医療の最前線と「生活を診る」研修の日々
― 初期研修で宮崎県の宮崎生協病院を選ばれた理由は?
大学時代から全日本民医連(全日本民主医療機関連合会)の奨学生だったこともあり、九州内の民医連の病院で研修したいと考えていました。宮崎生協病院を選んだのは、一人ひとりの研修医に時間をかけて丁寧に教えてくれる温かい雰囲気を感じたからです。実際に働いてみるとスタッフ全員の顔が見えるちょうどいい規模で、困った時に誰に相談すべきかすぐに分かる良い環境でした。一方で、地方の厳しい現状も突きつけられました。特に看護師さんの不足は深刻で、どれだけ必要とされて患者さんを受け入れたくても、マンパワーが足りなければ病院は回らないという現実を痛感しました。医師だけが頑張っても医療は成立しない。多職種との連携が不可欠であることを身をもって学んだ2年間でした。
― 現在は熊本のくわみず病院に勤務されています。
もともと所属していた病院なのですが、初期研修を経て戻ってくると、改めて「今、求められている医療」の形が見えてきました。高齢の患者さんの場合、急性期病院で治療を受けて病気が治っても、入院中に体力が一段階落ちてしまい、元の生活に戻るのが難しいケースが非常に多いんです。私たちは、そうした患者さんが次の生活へ向かうための「中間地点」としての役割を担っています。急性期病院では診断がつかなければ受け入れてもらえないこともありますが、私たちははっきりしない段階から患者さんを丸ごと引き受け、治療と並行して介護保険の調整やリハビリ、施設の検討などを同時進行で進めていきます。患者さんや家族とチームみんなで退院や療養先まで向かっていく感覚があり、やりがいのある仕事です。
― 多職種連携を非常に大切にされているそうですが。
医師の意見だけで物事が決まることはほとんどありません。毎週、ワーカーさんやリハビリスタッフ、看護師、薬剤師が集まり、患者さん一人ひとりの退院支援について検討する場を設けています。また、訪問診療にも携わっていますが、病院の外来では見せない患者さんのリラックスした表情や、普段の生活の様子に触れるたびに、医師として学ぶことがたくさんあります。通院が難しくなった方のお宅へ伺い、その方の生活環境の中で薬の調整や体調管理を行う。病院で「点」として診るのではなく、在宅という「線」で暮らしを支えることの安心感を、私自身も強く感じています。独居の高齢者が多いこの地域で、近所の方が患者さんを連れてきてくれるような温かい繋がりの中に、私たちも医療者として入れてもらっている。その信頼に応えたい一心で毎日診療にあたっています。
医療と平和をつなぐ「はじめの一歩」
― 若手医療者による平和活動にも携わってらっしゃるそうですが。
平和への関心は、ちょうど20歳の頃に安保法制をめぐる動きが活発だった時期に芽生えました。その後、学生時代にお世話になった先輩たちが「反核医師の会」に参加していた縁で、私も若手医療者のプロジェクトである「ABC for Peace(いっぽプロジェクト)」に立ち上げから参加することになりました。ABCとは「Action and Bridge by healthCare workers for Peace」の略です。医療・介護従事者が、核兵器廃絶と平和な社会の実現を目指して主体的に学び、行動する場として2023年9月にスタートしました。最初は「自分に何ができるだろう」という不安もありましたが、実際に飛び込んでみると、これは他ならぬ自分自身の問題なのだと強く実感するようになりました。
― ニューヨークで開催された核兵器禁止条約の会議にも参加されましたね。
初期の義務研修が終わるタイミングで(2024年)、ニューヨークへの派遣の機会をいただきました。世界中から集まった若者たちが活発に意見を交わす姿に大きな刺激を受けるとともに、医療者として平和を訴えることの重要性を再認識しました。私たちが病院で毎日一生懸命、最善の医療を届けようと頑張っていても、ひとたび戦争が起きれば、その努力は一瞬で台無しになってしまいます。特に私が日々向き合っている高齢の患者さんたちは、真っ先に切り捨てられてしまう存在になりかねません。平和でなければ、本当の意味で「やりたい医療」はできない。その危機感が、私の活動の原点にあります。
今後の展望について聞かせてください。
まずは、今勤務しているくわみず病院で、地域の皆さんの健康を支え続けるオールマイティな医師でありたいと思っています。5年後も、この場所で患者さんたちの人生に寄り添っていたいですね。一方で、平和活動については「最初の一歩」のハードルを下げ、より多くの医療者が参加できる形を模索したいと考えています。海外では「戦争とヘルスケア」の繋がりを考えることは、命を守る取り組みの一つとして当たり前に認識されています。日本のプライマリ・ケアの領域でも、こうした視点をもっと広めていきたいです。学会などを通して、世界の人たちと交流し、日本から平和を発信していく。医師という立場が持つ社会的な影響力を自覚し、目の前の患者さんの命を守るのと全く同じ熱量で、平和な未来のための「処方箋」を書き続けていきたいと願っています。
プロフィール
くわみず病院
専攻医 荒木さくら
<経歴>
2023年 岡山大学卒業
2023年 宮崎生協病院にて初期研修
2025年 社会医療法人芳和会 くわみず病院(熊本市)にて総合診療科専攻医として研修開始
<所属>
・日本プライマリ・ケア連合学会
・日本内科学会
専攻医 荒木さくら
<経歴>
2023年 岡山大学卒業
2023年 宮崎生協病院にて初期研修
2025年 社会医療法人芳和会 くわみず病院(熊本市)にて総合診療科専攻医として研修開始
<所属>
・日本プライマリ・ケア連合学会
・日本内科学会
取材後記
穏やかな語り口と、内に秘めた意志の強さ。今回、荒木先生にお話を伺う中で印象的だったのが、そのコントラストです。「自分は要領が良くないから」と謙遜しながらも、多忙な診療の合間を縫ってニューヨークへ飛ぶ行動力には見習うべきものがあります。荒木先生にとって、病院での診察と平和活動は切り離されたものではなく、どちらも「目の前の人の生活と尊厳を守る」という一つの目的に向かっています。荒木先生が踏み出す小さな一歩が、やがて医療界全体を揺り動かす大きな波となっていく。そんな未来を予感させるインタビューとなりました。
最終更新:2026年07月27日 11時01分













