ホームニュースプライマリ・ケア Field LIVE!Vol.65/「目指しているのは『秋田の生活』を支える総合診療医です」【医師】松本奈津美先生
ニュース
プライマリ・ケア Field LIVE!
Vol.65/「目指しているのは『秋田の生活』を支える総合診療医です」【医師】松本奈津美先生
今回ご登場する松本先生は幼少期にドラマで見た「地域医療」の姿を理想に掲げ、専門分化が進む現代医療の中で、患者さんの「人生の最適化」を目指す総合診療医の道を選択。岡山県での在宅医療研修を経て、再び秋田の地で地域の課題に向き合っています。そんな松本先生に、これまでの歩みと未来へのビジョンを伺いました。
総合診療医への原点 ―「幸せ」を支えるための選択
― まずは松本先生が医師を志したきっかけを教えてください。
はっきりと意識したのは小学校5、6年生の頃でした。決定的なきっかけは、当時放送されていた医療ドラマです。離島で一人、島の人たちの健康を丸ごと引き受けて奮闘する主人公の姿を見て、純粋に「かっこいいな」と憧れを抱いたのが始まりでした。また、私の父が外科医だったこともあり、医師という職業自体が身近な存在であったことも影響していると思います。その頃から私の中での「理想のお医者さん像」は、特定の臓器を診る専門医というよりは、主人公の医師のように診療所や小規模な病院で、まず何でも相談できる窓口のような存在でした。
― 進路選択の際、迷いが生じることはなかったのでしょうか?
実は高校時代、理学部の宇宙系研究職への道も考えていた時期がありました。壮大な宇宙の謎を解き明かす夢もありましたが、自分が本当にやりたいことは何かと突き詰めて考えたとき、「人を幸せにできる仕事をしたい」という強い思いに至りました。そして「幸せの根底にあるのは健康に生きていくことではないか」と考え、それを支える医師の道を選びました。大学進学の際、父からは「大変な仕事だけど頑張れ」と背中を押してもらい、故郷に近い秋田大学へと進みました。
― 総合診療医を目指そうと思ったのはいつ頃でしたか?
医学部4年生の時に家庭医療の講義を受け、「自分がやりたかったのはこれだ!」と確信しました。ただ、当時の大学内では、いろんな科の先生から「将来のことを考えたら専門を持っていたほうがいいよ」といったアドバイスを受けることが多かったのは事実です。もちろん「よかれ」と思ってのことなんでしょうが、正直なところ戸惑いがありました。それでも初志を貫けたのは、内科だけでなく心理社会面まで包括的に診るスタイルが私の理想に最も近かったからです。幸い、近い世代に同じ志を持つ先輩たちがいたことも心強く、周囲の声を気にするよりも、自分自身の直感と理想を信じて総合診療・家庭医療の道へと進む決意を固めました。
秋田から岡山へ、そして再び地域へ ―「生活」を診る技術
― 初期研修を経て、実際に地域医療の現場に出ていかがでしたか?
大館市立総合病院などで研修を受け、その後秋田県内の小規模な病院を回りましたが、そこで「医学的に正しいことが、必ずしも患者さんにとっての最善ではない」という壁にぶつかりました。秋田は日本一の超高齢化社会です。多くの患者さんは一つの病気だけではなく、高血圧や糖尿病、認知症など複数を抱える「多疾患併存(マルチモビディティ)」の状態にあります。単に教科書通りの治療を押し付けるのではなく、その人の生活背景や価値観に合わせて、どのように「マネジメント」していくか。その重要性を現場で痛感しました。
― その後、岡山県の「奈義ファミリークリニック」へ研修に行かれました。
男鹿みなと市民病院に勤務していた際、医療資源の不足から「看取りのために入院する」ケースが非常に多いことに疑問を感じていました。本当は住み慣れた家で最期を迎えたいのに、在宅医療の質が十分でないためにそれが叶わない。その現状を変えたいと思い、質の高い終末期医療を学ぶため、在宅医療フェローシップの受け入れ先を自分で探しました。そこで出会ったのが、家族志向ケアで知られる松下明先生がいらっしゃる岡山家庭医療センター 奈義ファミリークリニックでした。かつて見学先で聞いた「家庭医療を学ぶと外来の打率(患者さんの役に立てる確率)が上がる」という言葉を実践したかったのです。
― 岡山での在宅医療研修で、特に印象に残っている経験はありますか?
ある末期癌の患者さんのエピソードが忘れられません。亡くなる1ヶ月前、その方は「どうしても地元にお墓参りに行きたい」と願われました。病院であれば「無理です」で終わっていたかもしれませんが、在宅では「どうすれば叶えられるか」を多職種で考えます。私は、起こりうる症状に対する頓服の処方を確認し、移動中の緊急対応を整えて送り出しました。戻ってきた時の満足そうな表情を見て、医療は単に命を延ばすためだけにあるのではなく、その人らしい生き方を支えるための手段なのだと深く学びました。病院では見落とされがちな「生活の質」を支える醍醐味を、岡山での1年半でしっかりと噛み締めることができました。
これからの展望 ― 「ケアの最適化」と次世代への継承
― 現在は男鹿みなと市民病院でどのような役割を担っていますか?
現在の私の大きな役割は、一言で言えば「ケアの最適化」です。専門医の視点だけでは、時に患者さんにとって過剰な検査や薬が負担になることがあります。私は総合診療医として、多疾患を抱える患者さんの薬を整理したり、通院の負担を減らしたりすることで、その人にとって最もバランスの良い状態に整えることを意識しています。また、救急外来を頻回に受診されるような「医療の隙間」にいる患者さんをいち早く察知し、心理社会的な背景も含めてマネジメントを行うことで、地域全体のセーフティーネットとしての役割を果たしたいと考えています。
― 男鹿市は高齢化率が50%を超えていますが、今後の課題は?
戻ってきて改めて感じたのは、独居世帯や老老介護の多さ、そして集落の点在によるアクセスの難しさです。今はまず、地域の現状をしっかりと把握するための「情報収集」を行っている段階です。今後は病院の中だけに留まらず、ソーシャルワーカーやケアマネジャーといった多職種の方々とより密に連携し、横の繋がりを強化していきたいと考えています。日本各地が直面する課題を先取りしているこの地域で、どのような支援の型が作れるのか。一つひとつ試行錯誤しながら、地域の皆さんが最期まで安心して暮らせる仕組みを模索し続けたいと思います。
― 最後に、先生ご自身の目標と後輩たちへのメッセージをお願いします。
私自身の学びとしては、現在「HANDS-FDF(亀田ファミリークリニック館山院長の岡田唯男先生が主宰する指導医養成のコース)」というプログラムに参加し、医学教育について理論から勉強しています。誰もが楽しく、効果的に学べる環境を作るスキルを磨き、次世代の総合診療医を育てていきたいからです。総合診療は決して「地味で何もできない分野」ではありません。むしろ、人の人生に深く介入し、複雑な問題を解きほぐしていく非常にクリエイティブで面白い分野です。秋田という厳しい環境だからこそ、私たちの役割はますます重要になります。かつての私がドラマの医師に憧れたように、今度は私が地域を支える医師の魅力を背中で語れる存在になりたいと思っています。
プロフィール
男鹿みなと市民病院 内科
秋田大学医学部附属病院 総合診療医センター
松本奈津美
<資格・認定>
総合診療専門医
<所属団体>
・日本プライマリ・ケア連合学会
・日本在宅医療連合学会
<経歴>
2018年3月 秋田大学医学部医学科卒業
2018年 4月 大館市立総合病院卒後臨床研修センター(初期研修医)
2020年 4月 秋田大学家庭医療専門医育成プログラム
(現 あきたGP NET家庭医療専門研修プログラム) 専攻医
2020年 4月 秋田大学医学部附属病院(救急科、内科研修)
2021年 4月 市立大森病院内科(総合診療Ⅰ)
2022年 4月 男鹿みなと市民病院内科(総合診療Ⅱ)
2023年 4月 秋田赤十字病院(内科・小児科研修)
2023年10月 にかほ市国民健康保険小出診療所(総合診療Ⅰ)
2024年 4月 奈義ファミリークリニック(在宅医療フェローシップ)
2025年 10月 男鹿みなと市民病院内科
秋田大学医学部附属病院 総合診療医センター
松本奈津美
<資格・認定>
総合診療専門医
<所属団体>
・日本プライマリ・ケア連合学会
・日本在宅医療連合学会
<経歴>
2018年3月 秋田大学医学部医学科卒業
2018年 4月 大館市立総合病院卒後臨床研修センター(初期研修医)
2020年 4月 秋田大学家庭医療専門医育成プログラム
(現 あきたGP NET家庭医療専門研修プログラム) 専攻医
2020年 4月 秋田大学医学部附属病院(救急科、内科研修)
2021年 4月 市立大森病院内科(総合診療Ⅰ)
2022年 4月 男鹿みなと市民病院内科(総合診療Ⅱ)
2023年 4月 秋田赤十字病院(内科・小児科研修)
2023年10月 にかほ市国民健康保険小出診療所(総合診療Ⅰ)
2024年 4月 奈義ファミリークリニック(在宅医療フェローシップ)
2025年 10月 男鹿みなと市民病院内科
取材後記
終始穏やかな笑顔で、一つひとつの質問に丁寧に言葉を選んで答えてくださった松本先生。しかし、その言葉の端々からは、岡山まで自ら研修先を探しに行く行動力や、患者さんの願いを叶えるために奔走する強い信念が伝わってきました。「ケアの最適化」という言葉には病気だけを診るのではない、その人自身の人生を丸ごと尊重する覚悟が込められているように感じます。超高齢化という荒波に立つ秋田の地で、松本先生が紡ぎ出す「温かな医療」が、これからの地域医療の確かな道標となっていくことを確信できるインタビューとなりました。
最終更新:2026年07月14日 11時39分















