ニュース
ナースのお仕事
【地域で活躍する看護師紹介⑱】兵庫県 宍粟市訪問看護ステーション 荒尾和美さん 編
プライマリ・ケア領域で活躍する看護師を知っていますか?
シリーズでお伝えする【地域で活躍する看護師紹介】。
今回は、兵庫県にある宍粟市訪問看護ステーションの荒尾和美さんの活動を紹介します。
シリーズでお伝えする【地域で活躍する看護師紹介】。
今回は、兵庫県にある宍粟市訪問看護ステーションの荒尾和美さんの活動を紹介します。
これまでの看護経験とプライマリ・ケア看護との出会い
私は、看護師免許を取得した後、神戸の民間病院で看護師としてのキャリアをスタートさせました。
看護師になって37年が過ぎましたが、転機となったのは、平成7年の阪神・淡路大震災で被災したことです。
阪神淡路大震災当時、私は神戸の病院で働いていました。
そろそろ起きようかと思っていたその瞬間、震度7の激震に襲われました。
家の中は物が散乱し、家具やガラスが壊れ、足の踏み場もない状態でしたが、幸い家族は全員無事でした。
外に出ると、多くの家屋が倒壊しており、目の前の光景に言葉を失いました。
病院も壊滅的な被害を受けていました。
一階は倒壊し、二階病棟の渡り廊下は裂け、余震が続く中で安全とは言い難い状況でした。
自分で動くことのできる患者さんの中には自宅へ戻った方もおり、まずは入院患者さん全員の安否確認を行いました。
そして、夜勤のナースや駆けつけたスタッフ、近隣の方々の協力を得ながら、避難に支援を要する患者さんを安全な場所へ移動しました。
その後、病院としての機能を失っているにもかかわらず、地震でけがをした方々が次々と運ばれてくるようになりました。
十分な医療を提供できない中で、私たちは「今、できること」を必死に行うしかありませんでした。
この震災直後の経験を通して、私は、病院の中だけで完結する看護では足りないという思いを強く抱きました。
地域の看護師として存在し、患者さんや家族の暮らしや背景を理解し、必要なときに声をかけ、支え合えるーそのような看護のあり方が求められているのだと感じたのです。
看護師になって37年が過ぎましたが、転機となったのは、平成7年の阪神・淡路大震災で被災したことです。
阪神淡路大震災当時、私は神戸の病院で働いていました。
そろそろ起きようかと思っていたその瞬間、震度7の激震に襲われました。
家の中は物が散乱し、家具やガラスが壊れ、足の踏み場もない状態でしたが、幸い家族は全員無事でした。
外に出ると、多くの家屋が倒壊しており、目の前の光景に言葉を失いました。
病院も壊滅的な被害を受けていました。
一階は倒壊し、二階病棟の渡り廊下は裂け、余震が続く中で安全とは言い難い状況でした。
自分で動くことのできる患者さんの中には自宅へ戻った方もおり、まずは入院患者さん全員の安否確認を行いました。
そして、夜勤のナースや駆けつけたスタッフ、近隣の方々の協力を得ながら、避難に支援を要する患者さんを安全な場所へ移動しました。
その後、病院としての機能を失っているにもかかわらず、地震でけがをした方々が次々と運ばれてくるようになりました。
十分な医療を提供できない中で、私たちは「今、できること」を必死に行うしかありませんでした。
この震災直後の経験を通して、私は、病院の中だけで完結する看護では足りないという思いを強く抱きました。
地域の看護師として存在し、患者さんや家族の暮らしや背景を理解し、必要なときに声をかけ、支え合えるーそのような看護のあり方が求められているのだと感じたのです。
その後、実家のある宍粟市へ移住し、総合病院に勤務しました。
しばらくして、母が脳梗塞で倒れ、要介護5となったことから、在宅介護を開始しました。
夜勤ができなくなったことと、私自身が介護うつ状態となったため、病院を退職しました。
その後、2か所のクリニック勤務を経て、地域に密着した医療へとシフトしていきました。
在宅介護と仕事と育児をしていた私にとって、この時期が一番辛く、困りごとばかりの日々でしたが、家族や周りの人たちに支えられ、8年間の介護生活を乗り切ることができました。
この経験が、のちの在宅看護への強い原動力となったように思います。
母を看取ったあと、宍粟市の国保診療所に勤務し、翌年には訪問看護ステーションの管理者に就任しました。
未経験でのスタートでしたが、これまでの経験(褥瘡・創傷処置、生活習慣病の指導の知識など)を活かし、より良い訪問看護提供体制の構築と、質の向上を目標に掲げ活動してきました。
震災体験に加え、訪問看護で出会ったたくさんの利用者さんとの関わりから、プライマリ・ケアの重要性をより感じるようになったと思います。
病院や外来診療の中で患者さんを看るのではなく、患者さんを全人的にとらえ、家族を含めアプローチしていく。
また、年齢や疾患の有無にかかわらず、すべての人が看護の対象であることを実感しました。
しばらくして、母が脳梗塞で倒れ、要介護5となったことから、在宅介護を開始しました。
夜勤ができなくなったことと、私自身が介護うつ状態となったため、病院を退職しました。
その後、2か所のクリニック勤務を経て、地域に密着した医療へとシフトしていきました。
在宅介護と仕事と育児をしていた私にとって、この時期が一番辛く、困りごとばかりの日々でしたが、家族や周りの人たちに支えられ、8年間の介護生活を乗り切ることができました。
この経験が、のちの在宅看護への強い原動力となったように思います。
母を看取ったあと、宍粟市の国保診療所に勤務し、翌年には訪問看護ステーションの管理者に就任しました。
未経験でのスタートでしたが、これまでの経験(褥瘡・創傷処置、生活習慣病の指導の知識など)を活かし、より良い訪問看護提供体制の構築と、質の向上を目標に掲げ活動してきました。
震災体験に加え、訪問看護で出会ったたくさんの利用者さんとの関わりから、プライマリ・ケアの重要性をより感じるようになったと思います。
病院や外来診療の中で患者さんを看るのではなく、患者さんを全人的にとらえ、家族を含めアプローチしていく。
また、年齢や疾患の有無にかかわらず、すべての人が看護の対象であることを実感しました。
この時期に多くの専門資格を取得し、多角的な視点を持つ在宅看護のプロフェッショナルをめざすようになりました。
そのころに出会った家庭医の先生から「私が所属する学会で、このような資格(学会認定プライマリ・ケア看護師)があるけど一緒に学んでみませんか」と声をかけていただきました。
そして、日本プライマリ・ケア連合学会認定プライマリ・ケア看護師の存在を知り、資格を取得しました。
そのころに出会った家庭医の先生から「私が所属する学会で、このような資格(学会認定プライマリ・ケア看護師)があるけど一緒に学んでみませんか」と声をかけていただきました。
そして、日本プライマリ・ケア連合学会認定プライマリ・ケア看護師の存在を知り、資格を取得しました。
どのようなプライマリ・ケアの場で働いていますか?
私の住む宍粟市は、兵庫県の中西部に位置する自然豊かな「森のまち」です。
琵琶湖の総面積とほぼ同じ大きさで、市の面積の90%を山地が占めています。
市内には基幹病院となる公立宍粟総合病院があります。
都市部に比べると高齢化率が高く、そのことに加え医療資源が限られており、たくさんの課題と向き合いながら地域全体で、医療提供体制の充実を図っているところです。
宍粟市訪問看護ステーションには8人の常勤看護師と5人の非常勤看護師、2人の理学療法士が在籍しています。
当ステーションは、機能強化型3の訪問看護ステーションとして、地域包括ケアの要となるよう地域に根ざした活動を続けています。
琵琶湖の総面積とほぼ同じ大きさで、市の面積の90%を山地が占めています。
市内には基幹病院となる公立宍粟総合病院があります。
都市部に比べると高齢化率が高く、そのことに加え医療資源が限られており、たくさんの課題と向き合いながら地域全体で、医療提供体制の充実を図っているところです。
宍粟市訪問看護ステーションには8人の常勤看護師と5人の非常勤看護師、2人の理学療法士が在籍しています。
当ステーションは、機能強化型3の訪問看護ステーションとして、地域包括ケアの要となるよう地域に根ざした活動を続けています。
当ステーションの一番の特徴は、市内に3か所ある国保診療所のうち2つの診療所と看護師が兼務していることです。
訪問看護師が診療所業務と兼務することにより、患者さんの背景がより見えるようになりました。
そこから、家族の介護負担の重さに気づいたり、対策を考えることで地域との連携が密になったと感じています。
また、診療所の中で月に2回、訪問看護ステーションの相談機能を発揮する場「もりの保健室」を開催し、看護師がプライマリ・ケアを発揮する場として活用しています。
訪問看護師が診療所業務と兼務することにより、患者さんの背景がより見えるようになりました。
そこから、家族の介護負担の重さに気づいたり、対策を考えることで地域との連携が密になったと感じています。
また、診療所の中で月に2回、訪問看護ステーションの相談機能を発揮する場「もりの保健室」を開催し、看護師がプライマリ・ケアを発揮する場として活用しています。
これから取り組みたいこと
還暦を迎え、私の訪問看護ステーション管理者としての役割はまもなく一区切りを迎えます。
今後は、これまでに取得してきた資格や経験を活かし、「その人らしい生き方」とそれを支える人々をサポートする活動に取り組んでいきたいと考えています。
具体的には、リンパ浮腫や緩和ケア領域を中心に、リンパ浮腫療法、アロマを用いた患者さんの苦痛の軽減、ターミナルケアコーディネーターとしての関わり、クリニックと連携した訪問看護・エンゼルケアなどを行っていく予定です。
ターミナル期においては、わずかな体調の変化でもご本人・ご家族の不安は大きくなります。
しかし、時間に制限がある訪問看護の仕組みの中では、そうした不安に十分応えきれない場面も少なくありません。
これからは、これまで対応しきれなかった「不安へのケア」に、より丁寧に寄り添っていきたいと考えています。
また、事務所にはカフェスペースを併設し、誰もが気軽に立ち寄れる「地域の保健室」のような場を作ることも目標のひとつです。
地域の方々の健康相談に応じるとともに、看護師のキャリアアップを支援するアドバイザーとしての活動や学びの場づくりにも取り組んでいきたいと夢見ています。
今後は、これまでに取得してきた資格や経験を活かし、「その人らしい生き方」とそれを支える人々をサポートする活動に取り組んでいきたいと考えています。
具体的には、リンパ浮腫や緩和ケア領域を中心に、リンパ浮腫療法、アロマを用いた患者さんの苦痛の軽減、ターミナルケアコーディネーターとしての関わり、クリニックと連携した訪問看護・エンゼルケアなどを行っていく予定です。
ターミナル期においては、わずかな体調の変化でもご本人・ご家族の不安は大きくなります。
しかし、時間に制限がある訪問看護の仕組みの中では、そうした不安に十分応えきれない場面も少なくありません。
これからは、これまで対応しきれなかった「不安へのケア」に、より丁寧に寄り添っていきたいと考えています。
また、事務所にはカフェスペースを併設し、誰もが気軽に立ち寄れる「地域の保健室」のような場を作ることも目標のひとつです。
地域の方々の健康相談に応じるとともに、看護師のキャリアアップを支援するアドバイザーとしての活動や学びの場づくりにも取り組んでいきたいと夢見ています。
プライマリ・ケア看護師の仲間に向けて
被災経験と親の介護。
この2つの体験が、今も私の看護の原点であり、プライマリ・ケア看護師としての歩みにつながっています。
学会認定プライマリ・ケア看護師を取得するための学習は、「看護の学びなおしの時間」となり、看護に深みと確信を与えてくれました。
あなたが大切にしてきた看護も、きっと誰かの人生を支えてきたはずです。
その看護を、私たち学会認定プライマリ・ケア看護師の仲間と一緒に、もう一度見つめなおし、深めていきませんか。
この2つの体験が、今も私の看護の原点であり、プライマリ・ケア看護師としての歩みにつながっています。
学会認定プライマリ・ケア看護師を取得するための学習は、「看護の学びなおしの時間」となり、看護に深みと確信を与えてくれました。
あなたが大切にしてきた看護も、きっと誰かの人生を支えてきたはずです。
その看護を、私たち学会認定プライマリ・ケア看護師の仲間と一緒に、もう一度見つめなおし、深めていきませんか。
編集後記
今回は、日本プライマリ・ケア連合学会認定プライマリ・ケア看護師の資格をお持ちの荒尾さんに、プライマリ・ケア領域で働く看護の魅力を教えていただきました。
「ナースのお仕事」では、素敵な看護師の活動を引き続き紹介していきたいと思います。
あなたもぜひプライマリ・ケア領域の看護師の仲間になりませんか?
お待ちしています!
「ナースのお仕事」では、素敵な看護師の活動を引き続き紹介していきたいと思います。
あなたもぜひプライマリ・ケア領域の看護師の仲間になりませんか?
お待ちしています!
最終更新:2026年04月20日 17時36分













