ホームニュース大学ネットワーク第17回 日本プライマリ・ケア連合学会学術大会 学生セッション 受賞者インタビューVol.3 <ポスター発表の部(活動・症例報告) 優秀発表賞> 島根大学医学部医学科

ニュース

大学ネットワーク

第17回 日本プライマリ・ケア連合学会学術大会 学生セッション 受賞者インタビューVol.3 <ポスター発表の部(活動・症例報告) 優秀発表賞> 島根大学医学部医学科

2026年5月29日(金)〜31日(日)国立京都国際会館で開催された第17回 日本プライマリ・ケア連合学会学術大会学生セッション。総エントリー数99演題(口演24演題、ポスター75演題)の中から、各部門で受賞された研究・活動内容をご紹介します。今回は大学ネットワーク委員会、副委員長の山梨啓友先生(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 准教授)とともに、「ポスター発表の部(活動・症例報告)」で優秀発表賞を獲得した、島根大学医学部医学科の隅田さつきさん、そしてその活動をサポートされた指導医の坂口公太先生、浜田市国民健康保険あさひ診療所邉田健一先生からお話をうかがいました。

ポスター発表の部(活動・症例報告)優秀発表賞

  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1860-1.jpg
    ポスター発表の部(活動・症例報告)優秀発表賞 となった島根大学医学部医学科の隅田さつきさん
##受賞部門
ポスター発表の部(活動・症例報告) 優秀発表賞

##演題名
済生会江津総合病院における総合診療科設置が医療提供体制と経営指標に与える経時的変化

##大学
島根大学医学部医学科

##発表者名
隅田さつきさん(島根大学医学部医学科4年生)
堀内大輔さん(島根大学医学部医学科4年生)

##指導者名
坂口公太先生(島根大学医学部附属病院総合診療医センター)
邉田健一先生(浜田市国民健康保険あさひ診療所)
上野伸行先生(島根県済生会江津総合病院総合診療科)
原田愛子先生(島根県済生会江津総合病院総合診療科)
佐々木拡志先生(島根県済生会江津総合病院循環器科)
森口恵里先生(島根県済生会江津総合病院総務課)
和足孝之先生(島根大学 医学部附属病院総合診療医センター・京都大学医学部附属病院 総合臨床教育・研修センター)
白石吉彦先生(島根大学 医学部附属病院総合診療医センター)

総合診療科新置による病院経営を多面的に評価

総合診療科の設置と規模のダウンサイジングの影響を考察

現在、日本の多くの地方都市や中山間地域では人口減少や医師の偏在が深刻な問題となっている。このような状況を打開するための鍵として総合診療科の存在が重要視されるようになった。しかし、これまでの先行研究では、地方の中小病院において「総合診療科の設置」と「病床数の適正な規模へのダウンサイジング」を同時に実行した際、その病院にどのような変化を与えるのかを統合的かつ包括的に評価したものは存在していない。この二つのアプローチを同時に行い、医療の質を落とさずにいかにして持続可能な体制に生まれ変わらせるかを本研究を通して考察した。

◎総合診療科の新設と稼働病床数の削減

本研究の目的は「島根県済生会江津総合病院」における総合診療科の新設および稼働病床数の削減が、医療の質や患者の安全性、そして病院経営指標に与えた「多面的な変容」を体系的に明らかにすることです。財務的な評価だけでなく、医療現場のプロセスや医療安全、患者側の利便性、そして働くスタッフの成長や連携スキルといった「非財務的価値」をも含めて統合的に分析する枠組みとしてBSC(バランススコアカード)を採用し、その4つの視点「学習・成長の視点」「内部プロセスの視点」「患者の視点」「財務の視点」から、それぞれの変容と視点間の「関係性」を可視化することを目指しました。
具体的には、同病院において2025年4月に総合診療科が設置され、同時に病床削減が断行される前の期間である「対象期間:2024年4月1日〜2025年3月31日」と、設置後の期間である「介入期間:2025年4月1日〜2026年3月31日」の2つの期間を設定した後ろ向き前後比較研究となります。

◎医療安全に関する意識と経営の変化

介入前後のデータを比較した結果、各指標において極めて示唆に富む変化が見られました。その内容は次の通りです。
①医療提供体制の変化
常勤医師数:設置前の月平均16.9人から新設後は18.6人へと増加。
稼働病床数:165床から137床へと削減。
②診療実績・医療安全の変化
月平均外来患者数:設置前の3,966人から設置後は4,347人へと増加。
月平均救急搬送件数:設置前の82.8件から設置後は83.9件へと増加。
月平均入院患者数:病床を削減したことに伴い、入院患者数自体は4,721人から3,945人へと減少。
一般病床利用率:病床利用率は設置前の88.5%から設置後は91.7%へと向上。
医療安全:設置前は年間108件だったインシデント報告が設置後は68件へと劇的に減少。
③財務指標の変化
医業収支:常勤医師数の確保に伴う人的投資など支出増が影響し、本業の収支は赤字幅が拡大。
補助金額(合計):一方で、公的支援である補助金額の合計は94.5%の大幅増。
経常収支:補助金を大幅に確保できた結果、経常収支の合計は赤字幅が縮小し、大幅な経営改善を達成。経常収支比率も上昇・改善。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1860-4.png

◎病院の「公的役割・社会的価値」を可視化

本研究を通じて得られたことは「総合診療科の新設は病院全体の医療の質と安全、そして医療現場を統合する強力な『ハブ』になり得る」ということです。まず、高い多職種連携スキルやジェネラリストマインドを持つ常勤総合診療医3名が加わったことで、院内の多職種協働の土壌が育まれました。これが週1回の多職種合同カンファレンスの定着や救急・予定外入院の標準化・一元的な病床管理の高度化へと繋がりました。その結果、スタッフ間のコミュニケーションが円滑化し、危険な「予兆」を事前に察知して転倒転落を激減させるという医療安全の向上、救急受け入れ増および高い病床利用率の維持を達成したのです。そして、医療アクセスの維持や医療の質の担保といった、目に見えにくい病院の「公的役割・社会的価値」を可視化できたことが、医業収支だけでなく、補助金を含む経常収支や医療提供機能を併せて評価する重要性を学びました。

このように現場のプロセスがどのように変化し、最終成果に結びついているのかを多面的に評価することの重要性を本研究は明らかにしたと考えています。この戦略的なアプローチが今後の日本の地方中小病院、そして地域医療を守るための指針になるのではないでしょうか。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1860-7.jpg

― 今回の研究テーマでとの出会いについて教えてください。

私は3年生の時に島根大学の「高度総合診療能力習得コース」を選択しました。このコースは正規の授業とはまた別に、坂口先生が所属する総合診療医センターが提供する教育システムです。私自身「何か自分にしかできない、主体的な学問に挑戦してみたい。研究というものを実践して学んでみたい」と思って飛び込みました。
コースを受講して「さて、どんな研究テーマに取り組もうか」と悩んでいた時、指導医の坂口公太先生から「今、済生会江津総合病院で総合診療科が新しく立ち上がり、職員の皆さんが熱い挑戦をしている。大きな変化が今起きていて、済生会が今抱えている経営や医療安全の課題は、将来医師になる隅田さんにとって非常に重要な機会になると思うので、江津のために一緒に挑戦してみませんか?」と提案をいただきました。
それまで私は「病院の経営」や「病床削減」といった言葉自体に全く触れたことがありませんでした。でも「総合診療医が加わって病院自体を新しく作り変えていく」というダイナミックな取り組みの真っ最中であるという点に心が惹かれました。

― 実際に研究を進めていくプロセスは険しいものだったと伺いました。

はい、本当に行き詰まりの連続でした(笑)。何より苦労したのは、私自身まだ臨床の実習にも出ていない、病院の現場をほとんど知らない医学生だったということです。現場の変化を頭で想像するしかなく、総合診療医の先生方が3名入ることで、看護師さんや事務スタッフ、他科の先生方の「空気感」や「連携」がどのように変わったのか、現場を経験したことがない私には具体的にその変化の『大きさ』や実感が掴めませんでした。さらに、私には「経営や財務の知識」がありませんでした。最初に病院から表計算ソフトのデータ形式で財務諸表や決算内容をいただいたとき、並んでいる用語すら分からなくて……。指導医の坂口先生のところに行って、最初にお聞きしたのは「先生、『経常収支』ってなんて読むんですか?」というレベルの質問でした。坂口先生からは経営用語の意味や、どの財務数値をデータから拾い上げて計算式に当てはめればいいのか、基本的な分析手法の全てを教えていただきました。

― チームの存在も大きかったとお聞きしました。

そうなんです。今回の研究には、私の同級生で、共同研究者として一緒に歩んでくれた堀内さんという非常に心強いパートナーがいました。堀内さんは私と同じ4年生なのですが、実は大学を卒業後に銀行に勤務され、退職後に島根大学の医学部に学士編入してこられたという多様なバックグラウンドを持つ同級生なんです。堀内さんが財務諸表の分析やデータの読み方を鮮やかに手ほどきしてくれました。
このように熱意を持って研究に関わっていた堀内さんや丁寧に毎週定期的にミーティングをしてくれた坂口先生、そして経営学や臨床の知見から数々のアドバイスをくださった臨床現場で働く邉田健一先生や上野伸行先生、それ以外の皆さんも含めた多くの方々のおかげで、少しずつ私の中にも『経営』に対するリアルな実感が湧いてきました。病院の実務に詳しい事務の方、臨床現場で活躍されている先生、頼もしい同級生、みんなの「集合知」が合わさって、この研究を形にすることができたと思っています。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1860-10.jpg
    堂々と発表する隅田さん

― 財務指標だけを比較すると、経営は悪化しているように見えます。

はい。病院からいただいたデータをそのまま見ると、本業の収支である「医業収支」は赤字幅が拡大していました。これは常勤医師を確保したことなどによる初期投資が影響していたためと分析しています。これを見た時は「総合診療科を設置したのに、経営は悪化してしまっているのかな……」と不安になりました。
しかし、坂口先生から「経営は財務という結果だけを見ていては表層的になると思います。その手前の『プロセス』がどう変わったのか、その背景にある構造はなんなのか?さらに深い考察をしてみましょう」とアドバイスをいただきました。そこで私が先行研究を調べて導入したのが「BSC」です。それで実際に、今回の総合診療科新設に深く関わった先生方から直接ヒアリングをさせていただきました。すると全く見えてくる景色が違いました。特に現場での大きな変化として、新設後に「週に1回の多職種合同カンファレンス」が定着したことが挙げられました。今までは全くカンファレンスのような情報共有の場がないことを伺い驚いたことも覚えています。ただ、総合診療科の先生方が中心となった結果、「医師と看護師、多職種スタッフ全員の『心の距離』がものすごく近づいた」ということが起きたとのことでした。

― 「心の距離」ですか?

看護師さんたちから伺ったのですが、以前は「お医者さんはいつもとても忙しそうだから、こんなことを相談したら悪いな……」と声をかけるのを躊躇してしまう雰囲気があったそうです。しかし、新しく赴任してこられた総合診療医の3名の先生方は専門医としてのスキル体系の中で「多職種連携」や「円滑なコミュニケーション」「ケアの継続性」といったものを体系的な専門スキルとしてしっかりと学ばれています。そのことで、看護師さんの些細な気付きを、日常的に何でも相談しやすくなったとの語りが得られました。それが結果として「転倒転落報告数の大幅な激減」に繋がったと言えます。

― その一連のプロセスが経営改善に繋がったわけですね。

私たちが最も訴えたかったのはその部分です。単なる数値だけを見て「本業が赤字だから補助金をください」と自治体や公的機関に訴えても、納得のいく支援は得られません。しかしこの研究で明らかになったように「稼働病床数を削減しても、救急受け入れを増やして地域に絶対に欠かせない医療アクセスを守っている」、そして「多職種カンファレンスの定着によって医療事故を激減させ、安全管理機能を劇的に向上させている」という目に見えにくい病院の『社会的価値(プロセス)』を、バランススコアカードを用いて『可視化』したことで、公的支援(補助金)を受ける正当な理由・根拠が証明されたのです。「アウトカム(お金)だけを直接求めるのではなく、優れたプロセス(多職種連携、医療安全、地域医療の維持)を磨くことで、公的支援という形でお金が後からついてくる」。この経営における美しく持続可能な因果関係を証明できたことは、私にとってもワクワクする学びでした。

― 坂口先生にお伺いします。隅田さんの受賞、そして研究プロセスを振り返っていかがですか?

坂口先生:アイデアこそ僕たちが提案しましたが、実際に現場の声を拾い、データを収集・解析し、1stオーサーとしてやりきったのは隅田さんです。さらに、今回は同級生の堀内君が財務分析を支え、済生会病院事務の方や現場で働く医師の方も入る『チーム』で研究を進めたことが成功の鍵でした。

― 研究を志す学生を増やすために指導医として大切にしていることは?

坂口先生:2点あります。1つは「高度総合診療能力習得コース」のような、医学生が研究にアクセスできる教育システムを提供すること。もう1つは、教員自身が何より楽しそうに研究や臨床に取り組むことだと思います。難しそうな内容でも、僕らが楽しそうに、悪戦苦闘しながら取り組んでいると、学生も「面白そうだ」と興味を持ってくれ、参加してくれます。レクチャーよりカルチャーって言われる部分でしょうか。楽しそうな仲間との継続的な関わりが、途中で折れずにやり遂げる秘訣かと思っています。

― 邉田先生にお伺いします。今回、指導医として、どのような気づきがありましたか?

邉田先生:私自身も勉強のために参加しました。別の診療所に勤務しているため現場の変化は伝聞でしたが、隅田さんと財務諸表を見つめ、臨床経験を基に指標の変化の要因を共に考察しました。当初は総合診療医が入れば財務は即改善すると思っていましたが、そう単純ではないんですね(笑)。そこで「プロセスで評価する重要性」を学び、BSCで可視化したところ、医療安全の劇的向上や高効率運用といった優れたプロセスこそが公的支援獲得の根拠になり、経営改善に繋がるという美しい因果関係を証明できました。私にとっても大きな学びでした。

― 地域で研究に取り組む人を増やすためには、何が必要でしょうか。

邉田先生:坂口先生のように楽しそうな背中を見せることに加え、ブログ等で認知を増やす発信も大切だと思います。ただ、そこから実際に学生が挑戦するには、背中を押す言葉や「同級生が素晴らしい発表をしている姿に触れる機会」がトリガーになります。立ち上げから発表当日まで彼女の着実な成長を見守り、私も成長を見守る意義を強く実感させてもらいました。こうした機会を学生に提供し、輝くロールモデルを発信し続けることが次の挑戦者を育てる最良の種まきになると思います。

― 隅田さんが描く将来の医師像について教えてください。

今回の研究を通じて「数字やデータだけでは評価できないことが現場にはたくさんある」ことを学びました。これは、そのまま患者さんに向き合う姿勢にも通じることだと思っています。将来、臨床の現場に立った時、私は患者さんの「検査数値」や「画像データ」あるいは「病名」だけを見て判断するのではなく、その人が普段どのような生活を送り、何を願い、どのような思いを抱いて生きているのか、そうした「数値には表れない患者さんのストーリーや意向・気持ち」を、対話を通じて汲み取り、治療やケアの方向性を考えていける医師になりたいと思います。そして、5年生6年生となって実際に臨床実習で病院の現場に赴いた時、この研究で学んだ「現場の汗、多職種の視点、心理的安全性」を自分の目で確かめ、より深めていきたいと思っています。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1860-13.jpg
    受賞された隅田さんを囲む指導医の先生と皆さん

― 最後に、研究に挑戦したいと考えている医学生へメッセージをお願いします。

研究と聞くと「ハードルが高い」「自分にはできない」と思い込んでしまう学生が多いと思います。私自身も最初は不安で仕方がありませんでした。でも、勇気を出して一歩を踏み出してみたら、坂口先生や邉田先生、堀内さんのように背中を強力に後押ししてくれる人がたくさん現れました。一歩を踏み出すことで得られる学びや出会いは、普段の医学部生活では得られないほどかけがえのないものになります。少しでも興味を持ったこと、心が動いたことがあれば、勇気を持って挑戦してみてください。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1860-16.jpg
    ポスター発表の部(活動・症例報告)優秀発表賞となった島根大学医学部医学科の隅田さつきさん(右)と、表彰プレゼンターの大学ネットワーク委員会 委員の井口清太郎先生(左)

大学ネットワーク委員会 取材後記

経営指標という一見難しく感じるテーマに、学生の目線から楽しく向き合い、数字の意味やその背景にある医療現場を理解しようとする姿勢がとても印象的でした。指導医の先生方との対話や、学生同士で考えを深めるチームダイナミクスも、この取り組みの大きな魅力だと感じます。今後、実際に医療現場に立つことで、今回学んだ経営指標と日々の診療・患者さん・スタッフの動きがどのようにつながっているのか、さらに深く理解できるのではないでしょうか。総合診療部門が始まった今をみた今回の研究でしたが、今回の学びを一時点で終わらせず、継続的にフォローし、数字の裏にある現場の変化を追い続けてほしいと思います。

大学ネットワーク委員会 副委員長 山梨 啓友先生

最終更新:2026年09月15日 13時37分

大学ネットワーク委員会

記事の投稿者

大学ネットワーク委員会

タイトルとURLをコピーする