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健康と社会を考える/COVID-19パンデミックがもたらす健康格差

はじめに

健康は、遺伝子や加齢など個人に起因する要因から、生活習慣や、その人の社会経済的な立場、住まいや収入などの生活環境や労働環境、さらには社会構造といったさまざまなレベルの社会的要素の影響を受ける。健康を左右するこうした社会的・経済的な要素を「健康の社会的決定要因social determinants of health(以下SDH)」とよぶ。それぞれの要素をレベルごとに図式化したのが図1である。

低所得・失業・低学歴・非正規雇用など社会的に不利な立場にある人々ほど、一般に健康を害する生活習慣を得やすく、短命である傾向が明らかになってきている。そこで本稿では、新型コロナウイルスのパンデミックによって生じた社会生活の変化をSDHの視点でとらえて記述する。私たちの健康への影響は、感染症や血栓塞栓症にとどまらないことをあらためて認識し、本学会の「健康格差に対する見解と行動指針」(2018)に謳われたプライマリ・ケアにおけるSDHの重要性を考えるきっかけとしたい。
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新型コロナウイルス感染症によるSDHの影響を考える

新型コロナウイルス感染症(以下 COVID-19)パンデミックに伴う緊急事態宣言は、私たちの生命や生活に多大な影響を及ぼしている。COVID-19の病態生理や治療法など疾患に関する論文はすでに多数発表されている。一方、COVID-19と健康格差に関する原著論文は本稿執筆時点では乏しく、レターやオピニオンがほとんどである。しかし40万人が死亡した100年前のスペイン・インフルエンザの流行当時、軍艦矢矧の死亡率をみると士官では3%だったが、準下士官以下では1割を超えたなど、感染症による死亡率にも明白な健康格差があった史実がある。COVID-19でも、社会的経済的に厳しい状況にある者ほどリモートワークができない仕事についていたり、国民皆保険下であっても、窓口負担額を心配した受診抑制が起こると、感染や死亡リスクが高まると考えられる。さらに、COVID-19によって生じた生活の変化により健康状態が影響を受ける可能性がある。報道された、あるいは直接見聞した事例について、SDHの要素ごとに取り上げ、健康格差との関連を次に述べる。

生活習慣

喫煙・飲酒などの生活習慣は低SES(socioeconomic status :社会経済的地位)と密接にかかわっている。また、低SESを特徴づける低学歴ほど望ましくない生活習慣が多いことが日本人のデータでも認められており、2007 年度の報告では喫煙と飲酒が約16万人の死亡に寄与したとされている。COVID-19への不安や外出自粛などから、喫煙量の増加やアルコール依存症患者の症状悪化が懸念されている。治療の場となる自助グループの会合に参加できなかったり、家族の在宅勤務が副流煙や飲酒の引き金になったりするなどの理由が考えられている。「仕事もうまくいかずストレスで酒量が増えた」、「自宅待機で時間をもてあまして飲む量が増えました」という声をよく耳にする。COVID-19後の生活習慣の悪化による健康被害が懸念される。

社会・地域のネットワーク

団地内集会所はかつて一人暮らしのお年寄りたちでいっぱいであったが、春の陽気にもかかわらず人はまばら。自宅に閉じこもることで、身体機能の低下や気分の落ち込みを訴える高齢者は少なくない。また、「重症になってもすぐに助けてくれる人はいない。ましてコロナに感染したら、どうしたらいいか……」という不安の声も聞かれる。

地域での助け合いから生まれる住民の力、いわゆるソーシャルキャピタルは、うつ、転倒、要介護認定率、主観的健康観などのリスクを下げる効果があるといわれる。たとえば要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者で、同居者以外の他者と交流する頻度が毎日頻繁にある群と比較すると、週1回未満で要介護認定率、認知症発症リスクが上がり、月1回未満だと死亡のリスクさえ上がる(図2)。社会的孤立への対策がいかに重要か窺い知れる。

「たいへんだよね、頑張ってるよね」と声をかけてくれる人がいるか否かで、孤独感は大きく変わる。このような対人的な支援を量的・質的に表現したものを社会的ネットワーク・社会的サポートという。社会的つながりが少ないと死亡リスクが最大2.8倍に上がることが1970年代の米国のコホート研究で明らかになり、日本でも同様の結果が報告されている。ほかにも社会的ネットワークと死亡率の関係を追試したコホート研究が多数行われている(図3)。家庭教育の負荷をかけすぎないことや子どもへの食糧の提供など、弱い立場に立たされている人たちへのアウトリーチの重要性が指摘されている。
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食糧

貧困線以下の生活を強いられ十分に食事ができない人がいる一方で、食べ物がまだ安全に食べられるにもかかわらず廃棄されている。フードバンクは、生活困窮世帯などの支援を必要とする人たちにそうした食品を運び、有効に使ってもらう活動である。栃木県内で運営される「フードバンクうつのみや」でもCOVID-19の影響で新たな支援申請者が増えたが、提供するための食料品などの確保が困難になっている。これまで地域のイベントにブースを出店し、提供する食料品などの寄付を募っていたが、COVID-19の影響でイベントの中止が相次いだためそれらの確保がむずかしくなり、一時期は食料品が底をつきかけたという。地元の人たちの呼びかけなどでなんとか確保できてきたが今後も増え続けるニーズにどこまで対応できるのか、不安を抱えている。

わが国の2014年の報告によると、当時の相対的貧困率は最大16.4%で、貧困世帯は非貧困世帯よりも経済的な理由で食物入手を控えた人が多かった。高炭水化物、低蛋白質、高脂肪の食事、微量元素やビタミン不足などの栄養の偏りから肥満などの生活習慣病が懸念される。

教育

休校が続くなか、私立学校や学習塾ではオンライン学習に切り替える等対策を講じている一方で、公立学校の対応には地域差が大きい。また、経済的事情で家庭に通信環境がなくオンライン学習を利用できない子どももいる。無料塾や子どもの集いの場のなかには、感染拡大に伴い公共施設が閉鎖されてしまったため会場が確保できなくなったという話も聞く。「学校は学問的な学習だけでなく社会性などの発達を支援する役割をもつ。学校の閉鎖が長引くと学習環境や通信機器がない家庭に悪影響を及ぼす」と警鐘を鳴らす論文もある。低所得や教育年数が短いと抑うつなどの健康指標が悪化する(図4)。また、教育年数が短いと総死亡、がん死亡、外因死のリスクが上がると報告されている。
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労働環境

COVID-19による死亡者の職業別推計について、国外の状況がときおりメディアで取り上げられている。イギリスの報告では、警備員、タクシー運転手、バス運転手、介護職が多かった。またニューヨークでも黒人やヒスパニックなどの非白人死亡率が高い。在宅勤務が困難で人との接触が多い職種であること、低賃金であること、糖尿病などの並存症が多いことなど複数の要因が複雑に絡み合って健康格差に結びついている現状が浮き彫りになっている。

また、国内外で高齢者介護施設内での感染が多発している。イタリアでは、4月9日の時点で、院内感染で死亡した医師は100名を超えた。米国ニューヨークでは、救急専門医が感染発症後に回復して復職するもその後自殺したニュースが報じられている。私たち医療従事者もまたSDHの只中にいるが、診療に従事する医師に関する調査によると約7割は業務命令であり、8割に危険手当が支払われていなかったと回答した。イギリスの報告では、成人男性の死亡リスクは専門職・非熟練労働者の間で3倍の格差が認められた。容易な問題ではないが、私たちはこうした事実を知る者として、対人的な支援の役割を果たすとともに、必要に応じて労働環境改善の声をあげる立場にある。

雇用

COVID-19は国内の雇用にも大きな影を落としている。3月の有効求人倍率は3ヵ月連続で下がり失業率も悪化している。あおりを受けた観光業や飲食店等のサービス業を中心に解雇や雇い止めの動きが広がっており、先行きをさらに危ぶむ見方が強い(朝日新聞4月29日)。宇都宮市内のNPO法人は県内大学生を対象にアンケート調査を実施し、全体の1/4は生活費が「足りていない」と回答していた。就職内定取り消し、仕送りの減額、アルバイトの減収など、学生の苦しい現状が浮き彫りになってきた。

被雇用者の経済的な不安定や失業は、不健康の強力な媒介因子である。大学生に限らず多くの人が失業による減収のために財産維持が困難になり、健康維持に必要な医療サービスの受給が困難になることが予想される。同法人では就労したい大学生と労働力を求める雇用主をマッチングさせる取り組みを開始した。こうした地域の非医療的な資源に相談者をつなげていくことの重要性がますます増している。

収入

日本は各国に比べると死者数が少なく抑えられているが、それでも影響は大きい。ある医療機関では、「失業や休職、売上低下による生活困窮者は増加しており、慢性疾患をもち近隣医療機関へ受診していたが、診療費や薬代を支払えずに診療を中断したり、医療機関から受診拒否となる人があとを絶たない。無料低額診療事業などで対応しても限界がある」という。

1970〜80年代に医療費の自己負担が増えると医療サービスにどのような影響を与えるかを調べた「ランド医療保険実験」では、全体としては自己負担額と健康アウトカムには差は見られなかったが、貧困で健康状態の悪い層で健康状態がさらに悪化するという結果が得られた。減収による可処分所得が減少した状態という意味では今回と状況が似ているといえるだろう。「現在のような公衆衛生上の危機のときにあっても健康の公平性が医療を含めた政策の中心にあるべき」というWangの主張は非常に重要である。

居住環境

「ステイホーム」といわれているが、今、肝心の「ホーム」のない人や家を失いかけている人が急増している。深刻なのは、ネットカフェの休業で住む場所を失った人々だ。貧困問題に取り組むある一般社団法人では3週間に受けた相談が100件を超えたという。相談者はCOVID-19の影響で仕事が減り、所持金が底をつきかけていた人が多い。その2割は女性で、虐待やDV被害から逃れネットカフェに避難していたらしい20代の女性もいた。不健康であったり健康を損なうリスクの高い者ほど、貧困で健康に不利益をもたらしやすい地区へ移動したり、空間的に排除され、貧困な地域から抜け出せない、あるいは健康を悪化させる。私たちの目の前にいる人も排除や格差の不可抗力に苛まれているかもしれない。

経済

老舗アパレル大手のレナウンの民事再生法申請の報道は、不況がいかに深刻かを象徴するものであった。3月以降、倒産する企業の数が前月より急上昇している。5月14日で一部地域を除き緊急事態宣言が解除された。今後は感染予防と経済回復・経済格差の狭間でむずかしい舵取りを迫られることになる。リーマンショックの際にイギリスはキャメロン政権が誕生し大規模な緊縮政策を行ったが、結果的に経済回復は失速した。社会のセーフティネットが働かず所得や健康格差が拡大し財政赤字を深刻化させたと報告されている。政策次第でこれらが改善する可能性も逆に悪化する可能性もある。図5はジニ係数(所得格差や不平等を表す指標)が大きいほど、経済的に豊かな国であっても国民全体の健康水準が悪化することを示している。「安易な緊縮財政とそれに伴う社会保障と公共サービス支出の削減は行ってはならない。より持続可能で包括的な経済を構築しなければならない。長期的な展望と国民の幸福を見据えた論議と連携が必要とされている」というMargaretらの見解は重要な視点を含んでいる。
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健康に影響を与える経路

COVID-19パンデミック下では、さまざまな社会的因子が直接・間接に健康に影響している(図6)。一つの因子がさらに他の要因を惹起したり複数の経路が同時に存在するなど、社会的に弱い立場におかれている人たちに困難が集積しやすい(事例1、2参照)。
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私たち医療専門職に何ができるか

貧困や格差に曝されている人にとって、医療従事者、医療機関、NPO、相談窓口などは「駆け込み寺」である。我々が多職種・多部門と連携してできることは、実は少なくない。

まず生物心理社会的な困難を抱える人たちを見出し、困りごとを聞き出す。眼をしっかり見て、責めることなく共感し、うなずいて聞いてもらうだけでも心理的な安心感や支えになりうる。そのうえで社会資源につなぐ。資源は公的制度やサービスだけとは限らない。患者会、家族会、NPO法人、社団法人、趣味のサークル、町内会の役員など地域によって資源はさまざまだ。医療機関は単に心身の治療を提供するだけでなく、SDHに対して適切な地域資源につなぐ、いわゆる「社会的処方」という手段がある(図7)。そのためには日頃から地域に「つながりを作って溜めておく」ことが求められる。さらに、所属する医療機関や事業所全体としての取り組みや学会や専門職団体としての活動も重要だ。たとえば日本プライマリ・ケア連合学会は、医療従事者向けのCOVID-19の診療の手引きや患者・一般の人向けの啓発資料、日本語以外を母語とする人への資料を無料で公開し啓発している。

さらに、近藤は自著で WHOの健康格差対策を紹介するなかで、
①教育環境・就労環境・社会保障などの生活環境を改善することが重要になり、
②権力・資金・資源の公正な再分配のために単独部署の行動ではなく多分野との縦断・横断的な連携が肝要になる、
③そのためにも現場でデータ収集・集計し公表すること、健康格差を継続的に測定することで活動の効果を評価する、
という3点をあげている。このような取り組みが医師だけでなく他の医療職へも広がっていくことを願ってやまない。
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まとめ

健康を左右する社会的・経済的な条件のことを「健康の社会的決定要因」という。COVID-19流行に伴い世界中で社会経済格差の拡大に伴う健康被害が出現しており、日本も例外ではない。問題を多面的に捉えるにはSDH の視点が不可欠である。本稿ではSDHの各要素ごとに問題を取り上げたが、実際は複数の問題が重なり合っていることが多い。私たち専門職には、困窮者にとっての「駆け込み寺」としての機能が期待されている。

プロフィール

千嶋 巌
宇都宮協立診療所/千葉大学大学院(先進予防医学)

略歴
愛知県西条市出身
愛媛大学在学中のバックパッカー
1980年群馬県生まれ
2006年群馬大学卒
   沖縄県立中部病院の初期研修を経て
2008年からNHO東京医療センター総合内科後期研修
2012年よりNHO栃木医療センター内科勤務
健康格差やSDHに関心を抱くようになり、
2020年より宇都宮協立診療所で外来・在宅医療に従事する傍ら
   千葉大学大学院博士課程(先進予防医学共同専攻)に進学
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武田 裕子
順天堂大学大学院医学研究科医学教育学・教授

略歴
1986年筑波大学医学専門学群卒業。
1990-94年にハーバード大学 Beth Israel Hospitalにて内科/プライマリ・ケア研修。
米国内科専門医資格取得。
その後、筑波大学・琉球大学東京大学医療教育国際協力研究センターを経て
三重大学地域医療学講座教授(2007-10)。
地域医療教育および国際協力に従事。
2010-11年ロンドン大学衛生学熱帯医学大学院修士課程。
2011-13年ロンドン大学キングス・カレッジ医学部研究員。
その後、再びハーバード大学で健康格差教育に関する研究を行い2014年より現職
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近藤 克則
千葉大学予防医学センター・教授

略歴
1983年千葉大学医学部卒業
   船橋二和(ふたわ)病院等でプライマリ・ケアに従事
   リハビリテーション科科長などを経て、
1997年日本福祉大学助教授
2000-2001年University of Kent at Canterbury(イギリス)客員研究員
   日本福祉大学教授を経て
2014年から千葉大学予防医学センター教授
2016年から国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター老年学評価研究部長(併任)
『健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか』(医学書院 2005)で社会政策学会賞(奨励賞)受賞
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最終更新:2023年04月27日 11時57分

実践誌編集委員会

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