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vol.12/「地域共生社会づくりをライフワークに、ユニークな活動を展開する異色の総合診療医」【医師】守本陽一先生

移動式の屋台を引いて街に飛び出し、公園や商店街などで地域の方々にコーヒーを勧めながら交流を図る……そんなユニークな活動をしている総合診療医が兵庫県豊岡市にいらっしゃいます。守本陽一先生。「YATAI CAFE」と名づけたその活動はほんの一例。「医師である前に生活者でありたい」という守本先生から地域づくりの取り組みについてお話をうかがいました。
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卒業後のことを考えて、知ろうと思った地域のこと

— 先生が医師になろうと思ったきっかけは?

きっかけはコミックとテレビドラマですね。コミックは手塚治虫さんの「ブラックジャック」。これは夢中になって読みました。あと、テレビドラマは「救命病棟24時」。江口洋介さんや松嶋菜々子さんが出演していた人気ドラマです。こちらも夢中になって見ていました。 その体験から「社会に役立つ仕事=医師」という図式が自分の中で定着して「将来は医者になりたい」と思うようになったわけです。小学生の高学年の時ですね。

— 「総合診療」に関心を持ったのは?

もともとは外科医とか救急医といった、人の命を救うシーンが思い浮かびやすい医師をイメージしていました(笑)。 実は私の地元の兵庫県但馬エリアはドクターヘリの出動数が全国でも高いほうなんです。その影響もありました。自治医科大学に入学したことで総合診療にも関心が湧いてきました。自治医大は僻地医療の充実も設立の目的のひとつでもあることから、地域医療の授業もありましたし、私自身も離島の診療所に4〜5回ほど行かせていただきました。また、私はいろんな勉強会に自主的に参加していたのですが、その一つに「家庭医療学夏期セミナー」がありました。

— 日本プライマリ・ケア連合学会が主催しているセミナーですね

はい。このセミナーに参加したことがきっかけで、総合診療ひいては地域医療のことを考えるようになったといえます。自治医大出身者は卒業後、出身都道府県に戻り、9年間、地域医療に従事しなければなりません。その卒業後のことを考えて、卒業前から地元の地域医療のこと、地域のことを知りたいと考えるようになりました。そのなかで、東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センター(当時)の孫大輔先生との出会いがあり、大きく影響を受けました。地域のことを知りたいと思っていた当時の僕にとって、孫先生の地域診断の取り組み、地域の健康を保っていくというアプローチはとても新鮮にうつりました。

コーヒーの屋台を引いて、積極的に地域に飛び込む。

— 先生ご自身も在学中に地域診断を行っていますね

そうなんです。但馬エリアの豊岡市で仲間を募って地域診断を実施しました。地域診断というのは簡単にいえば地域のさまざまな情報を集めることで地域全体の健康課題を分析していく手法です。情報収集はフィールドワークが基本。具体的には街を歩いて住民の方々や医療関係者・介護関係者・行政関係者といった方々にお話をうかがうというものです。その情報をもとに地域の健康課題を探っていくわけですね。

— その活動がきっかけで「YATAI CAFE」が始まった?

はい。YATAI CAFEは正式には「モバイル屋台de健康カフェin豊岡」といいます。
街の方たちと医療従事者との接点を作るために始めたもので、移動式の屋台を引いて出会った方たちに「コーヒーはいかがですか?」と呼びかけます。場所は街角や公園、商店街などですね。一杯のコーヒーをきっかけにして世間話をしていくなかで健康の話が出てきたら相談にのったりします。
このYATAI CAFEを始める前に実は健康教室を開いたことがあるんです。地域診断で見つけた課題を解決するための取り組みでしたが、参加してくれた方は1名(笑)。やはり地域の方たちからもっと興味を持ってもらえることをしなければならないとの反省から生まれたのがYATAI CAFEだったというわけです。
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— それ以外にも私設図書館も開設してらっしゃるのですよね

そうですね。豊岡駅通商店街の空き店舗を使って「だいかい文庫」というシェア型図書館を開いています。
地域の方たちが障害の有無や疾患の有無に関わらず、本が好きなら誰でも集まることができる場所を作りたかったんです。地域のつながりを広げる場所と言えるかもしれません。YATAI CAFEにしてもだいかい文庫にしても決して私一人の力で実現したわけではありません。私の思いに地域や医療関係者の方々が賛同してくれて力を貸してくれたおかげなんです。きっかけさえあれば、どの地域でも同じような試みができるのではないでしょうか。
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「医師」である前に、まず「生活者」として暮らす

— 地域の方々とのつながりを広げていくなかで感じたことは?

「診察室にいたらおそらく会うことはなかっただろう、という方たちにも会えたこと」ですね。

もし会うことがあったなら救急で搬送されたタイミングだったかも知れない、と。そういう経験から地域との関わり方を改めて考えました。従来の関わり方は医療関係者としてのアプローチが一般的でしたが、それ以外にもやり方があるのではないかと思うようになりました。例えば、地域のなかで普段から親しんでいた相手が実は医療関係者だったというような関係性があってもいいと思うんです。

— それはユニークな視点ですね

私たち医療関係者は専門家なので、地域と向き合うときはどうしてもその立場が強調されがちです。もちろん地域に医療なり福祉なりの専門家がいて、互いに連携していることは、いざというときの安心感を提供できる点では重要だと思います。ただ、やはり専門家としてのスタンスが強調されると地域の人たちとの間に線が引かれてしまう。あるいは、それは壁と言ってもいいかも知れない。さらに言えば「上から」の関わり方になってしまいがちです。そういう関係ではなく、もっと近い距離にいたいと思っているんです。普段はその地域の「生活者」の一人として暮らしていて、何か困ったことがあったら「医師」としてできることをするというイメージです。

— その意味では総合診療医は地域に溶け込みやすい存在なのですね

確かにそうなんです。子どもから高齢者まで家族全体を診るわけですから、必然的に患者さんの暮らしに関心を持たざるを得ません。そこから地域の暮らしへと目を向けていく。プライマリ・ケアと地域づくりは親和性が高いと言ってもいいでしょうね。COPCと呼ばれる地域志向性アプローチによって、目の前にいる患者さんから地域の健康課題にアプローチできます。私自身、地域づくりの枠組みや仕組み、制度を整えていくことに関心があります。現在は、保健所に所属しているため、丹波市ミルネ診療所で週1の外来のみですが、仕組み化する際に、1人1人の患者さんや住民さんの顔が浮かぶことが臨床をしているプライマリケアの経験がとても生かされています。

— 臨床を続けつつ、地域のなかに飛び込んで行く?

例えば、地域の交流の場として「認知症カフェ」があります。認知症の患者さんやご家族、医療関係者、福祉関係者たちが集まって情報交換をすることが目的なんですが、現実として認知症の当事者がほとんど利用していない場合が少なくないという課題があります。私自身、認知症カフェに足を運んでその現実を知りましたが、それまでは、認知症患者さんを認知症カフェに紹介したりしていたんですが、あまり定着せず、悩んでいました。そういう現場を目の当たりにすることで「では、当事者が主役となって参加できるような場をどうすれば作れるのか?」ということにつながっていくと思っています。心理社会的な背景にも配慮できる総合診療医が健康課題にかかわることは、保健師や行政から見てもありがたい場合が多い印象です。ぜひ保健所や市役所等と協働していただけるといいなと思います。私はこれまでの経験も活かしして、現在、保健所で厚労省の「一体的支援プログラム(編集部注:認知症を患っている本人とその家族を一体的に支援する仕組み。厚労省が推進)」を地域に広げていくことに関わっています。

— 健康教室に人が集まらなかったことからYATAI CAFEを始めた経緯も参考になりそうですね

地域の方々に集まってもらうにはいろいろと考えていかなければならないと思います。いま、だいかい文庫ではイベントも開催するようになっていて、例えば精神疾患のある方が絵画展を開いたり、うつ病を経験した方がその体験談を語ったり、趣味でこけしを集めていた方がこけし展を開いたりと、いろんな交流が生まれる場になりました。有給のスタッフが当事者をエンパワメントしてくれています。地域の方々からだいかい文庫が受け入れられた結果ではないかと考えています。
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地域共生社会づくりをライフワークとしながら、これからも

— 今後取り組んでいきたいことはありますか?

一つには地域の文化資本を残していきたいという思いがあります。地域には「場の力」があるという話になったんですね。例えば喫茶店や映画館、公民館、図書館など人が集まる場所には人と人とを結びつける力があり、地域特有の文化を育んでいる。文化資本がある場にこそ社会関係資本が結びついているようなイメージです。それらが失われるとき、地域の力も衰えていくのではないか。その意味でもそうした文化資本(場)を残すことにも取り組んでいきたいと思っています。実際に、地域の映画館を守っていくにはどうすればいいかといったプロジェクトにも関わっています。

— そういう取り組みが全国的に広がるといいですね

2019年に「ケアとまちづくりの未来会議」というイベントを家庭医や看護師、建築家の仲間たちと開催しました。これはケアとまちづくりを行う人たちのための集まりで、医療関係者とそれ以外の人たちが力を合わせてまちづくりを進めていく取り組みを伝えるものです。例えば建築家やデザイナーの方々に加わってもらって、これまでにない視点でケアとまちづくりのあり方を考えるというものですね。イベントには全国から参加者が訪れて、それぞれ地域づくりに関する取り組みを紹介してくれました。反響は思っていた以上に大きく、たくさんの人が待ち望んでいたテーマだったんだなと思いました。
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— 話をうかがっていて、守本先生のような方が全国に増えればいいなと思いました

ありがとうございます(笑)。同じような取り組みをしている医療関係者はたくさんいらっしゃいますし、今後の課題としてはそうした方々とつながりを強めつつ全国的に動きを広げていくことかな、とも思います。私自身は地域共生社会づくりをライフワークとしているので、これからも手がけていきたいことはたくさんあります。また、医療と福祉、地域を一体的に考えられる人材が圧倒的に不足しているので、そうしたコーディネーター的役割を果たす人になりたいなと思っています。

プロフィール

兵庫県豊岡健康福祉事務所企画課
 丹波市ミルネ診療所内科 医師
(一社)ケアと暮らしの編集社代表理事
(一社)豊岡コミュニティシネマ理事

 医師 守本陽一
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~プロフィール~
2018年3月 自治医科大学医学部医学科卒業
2018年4月 公立豊岡病院臨床研修医
2020年4月 兵庫県丹波地域医療総合診療プログラムを開始、公立豊岡病院出石医療センター総合診療科
2020年11月  一般社団法人ケアと暮らしの編集社を設立し、代表理事に就任
2022年4月 豊岡健康福祉事務所(豊岡保健所)
2023年3月 京都芸術大学大学院学際デザイン研究領域修士課程卒業(芸術修士MFA)

プライマリケア学会での関わり
地域ケア事例集作成プロジェクトチーム
地域包括ケア委員会

取材後記

「プライマリ・ケアと地域づくりは親和性が高い」。守本先生からお話をうかがうなかで、そのフレーズが特に印象に残った。子どもから高齢者まで幅広い患者さんに関わっていくその性質上、総合診療医は地域特性に精通することも求められてくる。その地域の食文化や生活習慣が健康面に及ぼす影響は、良きにせよ悪しきにせよ小さくないからだ。それはつまり、患者さんの健康を通して地域の課題も見えてくるということだ。だからこそプライマリ・ケアと地域づくりは親和性が高いと言える。守本先生の活動はその意味において全国に通用するモデルケースと位置づけていいだろう。今後の活躍に期待が高まるばかりである。

最終更新:2023年03月29日 14時05分

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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