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健康と社会を考える/コロナ禍で食生活・歩数・メンタルヘルス にどのような変化があったか? —健康アプリ「カロママ」のユーザーデータ分析を中心に—

新型コロナウイルスの流行がもたらした変化

新型コロナウイルスの流行により、人々の暮らしは大きく変化した。世界では、都市封鎖や外出自粛要請等の対策により、2020年3月時点において84ヵ国で34億人が自宅での待機を強いられたと推計されている。これに伴い、働き方も変化した。日本では、在宅ワークの普及が諸外国に比べて遅れており、2019年時点では、在宅ワークを経験した人は 8.4%しかいなかったが、緊急事態宣言期間中は、34.6%まで広がった。また、保育園や学校が閉鎖になったことで、子育てに費やす時間が1日5時間以上増えたという母親が47.1%、父親が29.3%いた。

こうした生活や働き方の急激な変化が健康にどのような影響を与えたかという疑問に対して、世界中の研究者が精力的に論文を発表している。本稿では、筆者らによる健康アプリ「カロママ」のユーザーデータを使った分析の結果を解説するとともに、関連する現時点でのエビデンスを紹介する。

「カロママ」は、株式会社リンクアンドコミュニケーションによって提供されているAI健康アドバイスアプリである。ユーザーが、食事の写真を撮ってアプリに登録すると、画像解析AIが自動的にメニューを判別し、摂取した栄養素やカロリーを記録する。また、毎日の食事内容に対し、AI栄養士が、よかった点や改善点などアドバイスをしてくれる。ちなみに、アメリカ国立衛生研究所は、このような健康アプリ等で記録された食事内容からAIに食事パターンを解析させ、個人の遺伝子や腸内細菌叢、健康状態、運動量等の情報と組み合わせることで、その人にとって最適な栄養アドバイスを届けることを、“precision medicine"のアナロジーで“precision nutrition"とよんでおり、今後6年間で1億5,000万ドルの研究費を投じることとしている。

筆者らは、2020年4月30日〜5月8日の期間、アプリ上でユーザーに対してアンケートへの参加を呼びかけ、6,363人から回答と研究目的でのデータ使用の許可を得た。アンケートでは、新型コロナウイルスの流行前後で平均的な平日24時間の過ごし方を聞くとともに、2項目スクリーニング法によりうつ病の傾向があるかどうか調べた。

食生活にどのような変化があったか

筆者らは、アンケートに回答した「カロママ」ユーザーのうち、2020年1月1日〜5月13日の期間の食事記録を紐づけることができた5,929人を対象に分析を行った。分析の結果、緊急事態宣言期間中は、自炊した品目を食べる頻度が5%、野菜を食べる頻度が6%増えていた。同時に、スナック菓子を食べる頻度も4%増えていた。同様に、在宅ワークの人は、そうでない人に比べて自炊した品目が2%、野菜が2%、果物が6%、スナック菓子が4%、それぞれ食べる頻度が高いことが明らかになった。緊急事態宣言期間中に、気晴らしに料理をしたという人は多いのではないだろうか。

一方、外に出られないストレスで、ついついお菓子に手が伸びてしまったということはないだろうか。ストレスが増えるとスナック菓子の消費が増えるという先行研究がある。こうした食生活の変化は、日本に限ったことではなく、イタリアなどでも同様の傾向が見られた。

他方で、労働時間や育児時間が増えた人は、自炊した品目や果物等を食べる頻度が落ちていることがわかった。在宅ワークは、通勤時間がない分、自炊をする余裕を生むかもしれないが、仕事と家庭の時間の境があいまいになり、労働時間が増えたり、仕事と子育ての二重の負担が生じたりする可能性が指摘されている。また、うつ傾向がある人は、自炊した品目が-7%、野菜が-8%、果物が-10%と、それぞれ摂取する頻度が低かった。緊急事態宣言期間中は、自宅にいる時間が増えたことで、多くの人に健康的な食生活を促したかもしれないが、一部の人は、かえって野菜・果物の摂取量が減ってしまった可能性がある。

歩数はどう変化したか

「カロママ」は、スマホ等に内蔵されている歩数計とリンクし、毎日の歩数の記録も行っている。筆者らは、アンケートに回答したユーザーのうち、緊急事態宣言前後の歩数データが得られ、かつ、緊急事態宣言前に仕事をしていた2,846人を対象に分析を行った。
2020年1月1日〜5月13日の期間の歩数の変化を図1に示した。男女ともに緊急事態宣言期間中は、歩数が落ちていることが見てとれる。平均して1,100歩以上歩数が減り、男性や若者でとくに下落幅が大きいことがわかった。
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どのような人がうつに陥りやすいか

新型コロナウイルスの流行は、メンタルヘルスにも重大な影響をもたらしている。8ヵ国で行われた19の研究に基づくシステマティックレビューによれば、幅があるものの、パンデミックの下で14.6〜48.3%の人がうつ傾向にあったとされている。とくに都市封鎖や外出自粛要請等の対策は、感染拡大防止の観点から必要性は高いものの、同時にメンタルヘルスへの影響が大きいことも、かつてのSARSやエボラの経験から知られている。

上で見た歩数の減少は、緊急事態宣言期間中の外出自粛要請の影響を反映したものであるが、うつリスクを高める二つの要因を説明していると考えられる。一つは、身体活動の減少である。身体活動は、神経可塑性を高めるとともに、炎症や酸化ストレス、コルチゾール分泌を抑えると示唆されている。こうした作用は、うつとの関連が見られる海馬、前頭前野、前帯状皮質の体積の縮小に対して保護的に働く。また、もともと活動的だった人がパンデミックによって身体活動が制限されると、非活動的だった人よりもストレスを感じやすいという報告もある。もう一つの要因は、社会的孤立である。ある日本の調査では、緊急事態宣言期間中、66.3%の人が他の人と対面で会う機会が減少したと回答している。外出や人との接触が減ることで生じる孤独感はストレスとなり、うつのリスク要因となりうる。

筆者らが行った分析では、緊急事態宣言期間中に歩数が減少した人は、そうでない人に比べてうつのリスク(オッズ比)が1.2倍であった。また、労働時間が増えた人のリスクは、1.7倍であった。他方、在宅ワークを新たにはじめた人は、うつのリスクが0.8倍となった。在宅ワークは、一般的に労働者の福利を高めるという先行研究がある。また、在宅ワークの推進を含めた事業所における新型コロナウイルス対策の取組の数が多いほど、労働者のストレスは少ないようだ。筆者らの在宅ワークに関する分析結果は、これらの先行研究と整合的である。

むすびに

新型コロナウイルスの流行は、人々の生活様式を大きく変え、メンタルヘルスをはじめとして健康にもさまざまな影響をもたらしている。筆者らの分析結果をふまえると、在宅ワークは、うつリスクを軽減し、野菜・果物の摂取量を増やすなど、よいことづくめのように思われるかもしれない。しかしながら、今回のパンデミックで在宅ワークをはじめた人は、座位の時間とパソコン等の画面に向かう時間が増えたとの報告がある。長時間の座位は健康に悪影響があることが示唆されており、在宅ワークが健康に与える影響については、引き続き長期的な検証が必要である。在宅ワーク中であってもときどき立ち上がって軽くストレッチしたり、オンラインで同僚や友人との交流を継続したりするようにしたい。また、生活や体調の小さな変化は自分では気づきにくいため、健康アプリを使って毎日の行動を「見える化」することも役に立つだろう。

日本プライマリ・ケア連合学会は、2018年6月19日、第9回学術大会(三重県津市)で「健康格差に対する見解と行動指針」を「三重宣言」として公表した。同宣言中、「健康格差を生じる要因を明らかにし効果的なアプローチを見出す研究を推進」することが掲げられているが、今回紹介した筆者らの論文のように、健康アプリのユーザーデータが健康格差の研究に応用されることが、今後ますます増えていくだろう。
[謝辞]
本論文は、SDH検討委員会の討議を反映している。執筆に当たり委員からは忌憚のないご意見をいただいた。本論文で紹介した筆者らの論文の一部は、プレプリントサーバーにおいて公開した査読前の内容を含むものであり、留意が必要である。また、本論文の内容は、厚生労働省等筆者の所属する組織の見解を代表するものではない。

プロフィール

佐藤 豪竜
厚生労働省老健局高齢者支援課・課長補佐/京都大学大学院医学研究科社会疫学分野・研究員

略歴
1989年北海道札幌市生まれ。2009年に東京大学経済学部を卒業後、同年厚生労働省に入省。社会保障担当参事官室、保健局、国際課、総理官邸、老健局等において、社会保障・税一体改革、国民健康保険法改正、診察報酬改正、G20サミット、総理補佐官秘書官、介護報酬改定などを担当。在職中にハーバード大学公衆衛生大学院に留学し、2018年にMPH(社会行動科学)を取得。
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最終更新:2023年04月27日 11時56分

実践誌編集委員会

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