ホームニュースプライマリ・ケア Field LIVE!vol.44/「病院×診療所、家庭医療学×MBAの視点から、総合診療の“見える化”を図る」【医師】天野 雅之先生
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vol.44/「病院×診療所、家庭医療学×MBAの視点から、総合診療の“見える化”を図る」【医師】天野 雅之先生
今回ご登場いただくのは、南奈良総合医療センター・総合診療科の医長でもあり、教育研修センターで後進医師の育成にも情熱を注いでおられる天野雅之先生。奈良県南部のへき地の診療所の所長と基幹病院の勤務を兼務し、病診連携の画期的な改革を成し遂げた経験もお持ちです。また、MBAの学位を取得し、総合診療の中身(Generalism)を体系立てて“見える化"することにも取り組んでいらっしゃいます。天野先生が考える総合診療の魅力や課題について、お話しを聞かせていただきました。
総合診療へ進む最初の転機は医大生時代のニューヨーク短期留学
― 天野先生が医師を目指したきっかけからお聞かせいただけますか?
3歳の時に祖父が他界したことが医療というものを初めてリアルに感じる大きな出来事となりました。幼心に自分自身が医師になれば、人を助けたり、周りの人を笑顔にできたりするのかも知れないと思うようになり、幼稚園や小・中・高校の卒業文集でも将来の夢として「お医者さんになる」と書き続けていました。
― 医大へ進学した頃には、なりたい医師像があったのでしょうか?
“あたかかい医療"を提供できる医師になりたいと思っていました。手術を何例もこなすスーパー外科医よりも、相手との信頼関係を大切にしながら今後の方向性を一緒に考えて診療を進めていくスタイルの医師ですね。
― では、医大生の時から総合診療医を目指していた?
改めて振り返ってみると、医学部5年次に受けた救急科のローテート研修はターニングポイントの一つかも知れません。ある日、脳梗塞でtPA目的に救急搬送された若い患者さんを薬剤の準備ができるまでの間で診察させていただいたのですが、どうも微熱があり、眼瞼と四肢に出血斑を疑う皮疹がありました。同級生と相談しながら、指導医の先生に恐る恐る感染性心内膜炎の検索を提案したところ疣贅が見つかりtPAは中止、心臓血管外科で緊急手術になったという事がありました。臨床推論の正確さによって治療法や予後が大きく異なるという状況を実体験し、診断の重要性を実感しました。その後、もう一つターニングポイントとなったのが6年次で経験したアメリカ・ニューヨークの短期研修です。そこでご指導いただいた総合診療医の桑間雄一郎先生の働き方に、強い衝撃を受けました。
― どんな点が衝撃的だったのか、ぜひ聞かせてください。
午前中はご自身のクリニックで診療を行い、風邪や高血圧、さらに患者さんの日常のちょっとした困りごとの相談にまで乗っておられました。そして、午後からは病院のホスピタリストとして病棟の患者さんを診ながら、レジデントの先生と専門的な治療についてディスカッションや難しい診断に取り組まれていました。病院と診療所の両方を行き来しながら診療をしていいんだ!と目からウロコが落ちる思いがしました。その姿がとても格好いいと感じましたし、常に学び続ける姿勢、病棟でのチームビルディングや連携の取り方、患者さんに対するフレンドリーさなど、桑間先生の医師としての姿勢と人柄に感銘を受けました。
― その経験が総合診療の道へ進む決め手に?
実はそうでも無いんです(笑)。確かに短期留学は総合診療を意識するきっかけになりましたが、感染症科や集中治療科、緩和ケア科、呼吸器内科などローテートする診療科はどれも楽しく、臨床研修終了時点でも進路迷子でした。当時はまだ総合診療科が十分確立されておらず、どうやったら総合診療医になれるかも不明瞭でした。ただ、志水太郎先生(現:獨協医科大学 総合診療医学講座 主任教授)という師匠/ロールモデルに研修医1年目の4月という早い段階で出会えたことは本当に幸運でした。志水先生からは、誰に対してもリスペクトの気持ちを忘れない姿勢、総合診療医としてのロジカルかつクリエイティブな思考法、後輩への丁寧なフィードバックなど、あらゆる面で影響を受けました。その後も診療科は迷い続けますが、医師としても人間としても尊敬できる指導医がほとんど総合診療医だったことが、結果的に総合診療の道へ進む決め手になったと思います。
基幹病院の勤務医から、へき地の診療所へ。異なる視点が繋がり地域医療の改革に着手
― 独学で家庭医療学を学び、家庭医療専門医も取得されたとか?
自治医科大学の義務年限のため、臨床研修終了後に田舎の病院(旧 県立五條病院)に派遣されましたが、地域の大規模な医療再編を行い2年後に新しい急性期病院(現:南奈良総合医療センター)を立ち上げるというタイミングでした。地域で医療を実践する中で、病気の治療だけでは解決できない問題が多くあると感じましたが、当時、藤沼康樹先生がなさっていた家庭医療学の連載を拝見して「これが解決の糸口になりそうだ」と感じました。また、連載を読んでも家庭医療学の「病院での活かし方」がわからなかったのですが、佐藤健太先生(現:市立千歳市民病院内科 診療科長)が病院で家庭医療学を駆使しつつ、相手のこれまでの人生の流れやその時点での全体の状況を踏まえた全人的な診察をなさる御様子を見学させていただいたことで一気に視界が開けました。そこからはほぼ独学で文献を読み漁り、実践で繰り返す日々を過ごしていましたが、結果的に優秀ポートフォリオ賞を受賞することができて努力が報われた思いがしました。偶然、家庭医療専門研修プログラムがある病院で研修できたので義務年限中に専門医を取得できたことはラッキーでしたが、この時点で総合診療医になると決めていたというよりは、目の前の患者さんや地域のために何かしたいと思って選んだ手段が偶然「家庭医療学」だったという感覚でした。
― その後、野迫川村診療所の所長に就任されましたね。
野迫川村は奈良県南部にあるへき地で人口は約360人、そのほとんどが80歳以上の高齢者です。診療所の医師は私一人だけなので、私個人の医療レベル=地域の医療レベルになってしまう点が、病院医療との大きな違いでした。村の人たちも優しく、ここでの2年間はとても楽しかったです。生活の様子がよりはっきり見える分、生活の一部としての医療をちゃんと展開していく必要性を強く感じました。独居高齢者が多い、ヘルパーはいても訪問看護ステーションが無いなど医療体制上の問題もあり、村の行政や福祉とも連携しながら様々な施策を考えました。
― 診療所の抜本的な改革に取り組まれたそうですね?
ちょうど看護師不足と新型コロナウイルスの流行期が重なったタイミングで赴任したため、診療所を予約制に変更しました。すると、様々な業務整理が一気に進み、仕事量を客観的な数値で“見える化"したところ週3日でも十分に対応できることが判明しました。このとき、学生時代に憧れた「病院と診療所を行き来する桑間先生」の姿を思い出しました。野迫川村で村民に急病が生じると基幹病院である南奈良総合医療センターへ搬送され、退院後の診療は再び村の診療所で引き継ぎます。それなら地域の事情をよく知る診療所の医師が、基幹病院でも入院中から治療に関わることができれば、よりスムーズな連携が可能になると考えました。そこで、診療所の診療日を週4日から週3日に減らし、減らした分の1日は南奈良総合医療センターでの病院勤務に充て、野迫川村からの救急搬送や入院している患者さんをケアする時間に充てました。また、私が診療所に不在の日は看護師が患者さんの健康相談を行ったり、必要に応じて御自宅を訪問したりする体制も整えました。医療の質を向上させるための改革でもあったので、診療日を減らしても村民の方からの反発はありませんでした。
― 地域医療の改革には、何が必要だとお考えですか?
それぞれの地域の事情があると思うので一概には言えませんが、まずは行政との信頼関係を築くことが重要だと思います。私も当時の村長さんと何度も意見交換しましたし、村役場の方たちとも話し合いを重ね、週3日になっても医療の質は下がらないこと、緊急時は救急搬送で対応できることなどを、データを示しながら説明しました。ちょうどその時期にMBAの学位取得のためにビジネスクールに通ってプロジェクトマネジメントを含む経営学の手法を学んでいたため、業務全体を俯瞰して具体的なデータで“見える化"するスキルを身につけていたことも大きなアドバンテージになりました。様ざまなタイミングが、うまくハマって改革を実現できのだと感じています。また、野迫川村の現在の体制は当時とは異なっていると聞いていますが、その時々で外部環境の変化をとらえて、内部環境を自ら変化させようという気概を当事者が持つことが改革には不可欠だと思います。
総合診療の“見える化”で誰もが学びやすい土壌を作りたい
― 2021年から再び、南奈良総合医療センターの専任に戻られたそうですね。
はい。自治医大の義務が開けてフリーになるタイミングでスタッフとして誘っていただき、勤務を継続することにしました。立ち上げからずっと関わり続けた病院で愛着もありましたし、地域唯一の基幹病院である南奈良の医療や教育の質が南和地域全体の地域医療の質に影響するのでやりがいがあると感じました。卒後10年目となる時期でしたが、このときにようやく「自分は総合診療医としてやっていく」という覚悟が定まったように思います。教育研修センターでのお仕事もいただき、基幹型臨床研修プログラムを立ち上げ、専門研修プログラムを整備拡充し、今後の地域医療を支える臨床研修医や専攻医の教育に力を注ぎました。私が研修医だったころは「背中を見て学ぶ」のが当たり前の時代でしたが、それだけでは不十分だろうと私は感じています。病状説明や紹介状、コンサルテーションなどの人とのコミュニケーションの仕方、診断における頭の使い方など学びのポイントをちゃんと言語化し、それらを学べる教育カリキュラムを作りつつ、一人一人に合った成長を促せるよう丁寧にフィードバックをすることを心がけています。
― 近い将来の夢や目標はありますか?
総合診療(Generalism)を、学問的知見を踏まえたうえで、わかりやすく“見える化"することをライフワークとしています。自分自身が学んだ感想として、家庭医療学は「わかりずらい」と思います。学生や研修医にとって総合診療は“知る人ぞ知る秘密技"みたいな感覚で、なんかすごそうだけど実際は何をやっているのかよく分からない、というイメージを抱いているのではないでしょうか。私はここに危機感を持っており、変えていきたいと思っています。現場で働く医師として自らの診療で実践するだけではなく、すでに確立している学問的知見を、まず目の前の後輩にはわかりやすく提示したい。さらに、かつて専攻医時代に自分が救われたように、遠く離れて顔も知らないけれど各地で頑張っている後輩たちを書籍やWEB連載を通してサポートしたい。そして、プライマリ・ケア連合学会や病院総合診療学会をはじめとした学会活動をしつつ、まだ誰も言語化を成しえていない総合診療の“全体像"や“最前線での暗黙知"を分かりやすく構造化・視覚化して国際的な学術論文として発表し、「総合診療と言えば日本だよね」と世界から認知してもらえるように日本の総合診療界の発展に貢献していきたいです。
― 総合診療の道に進みたいと考える医大生や研修医も増えそうですね
そうなってほしいですね。学生や研修医の中には、「総合診療に進んでいいのかな」と迷ったり、専攻医になってからも「このままで本当にいいのかな」と悩んだりする人もいると思います。私自身もとても悩み、たくさん遠回りもしましたが、素晴らしいメンターとコーチに恵まれたおかげで総合診療の道に進むことができました。いまは毎日がとても充実していて、総合診療医になって本当に良かったと感じています。当時と違い、いまは情報も増え、環境も整い、総合診療医になるためのロードマップは明確になっています。私自身が苦労したぶん、後輩たちに同じ思いをさせたくはないので、さらに学びやすい環境を整えていきたいと思います。総合診療はとても楽しく、学び甲斐も将来性もある領域なので、そのままストレートに飛び込んできて欲しいです。進路や学び方に迷うかたがいらっしゃったら、いつでもご連絡ください!
プロフィール
南奈良総合医療センター
総合診療科 医長/教育研修センター 副センター長
天野 雅之(あまの・まさゆき)
南奈良総合医療センター ホームページ
https://nanwairyou.jp/kyoiku_c/
【発刊物抜粋】
■ WEB連載:臨床現場の仕事術―3分で読める! MBA×総合診療の100エッセンス―
(医学書院、ジェネラリストNAVI. 2023.04~ 現在連載中)
https://gene-navi.igaku-shoin.co.jp/groups/mba_000
■ 単著 :病状説明 ケースで学ぶハートとスキル(医学書院, 2020)
https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/105599
■ 責任編集 :優柔不断にサヨウナラ!あなたの臨床判断力を高めるケーススタディ11選(医学書院、『総合診療』2024年5月号)
https://www.igaku-shoin.co.jp/journal/detail/113803
■ 雑誌連載 :コミュ力向上!「医療文書」書きカタログ
(医学書院、『総合診療』,2020-2022。近日書籍化予定)。
■ Amano M, Harada Y, Shimizu T. Effectual Diagnostic Approach: A New Strategy to Achieve Diagnostic Excellence in High Diagnostic Uncertainty. Int J Gen Med. 2022 Nov 24;15:8327-8332.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36451798/
【経歴】
2012年 自治医科大学を卒業(学長賞)、出身地の奈良県で義務年限開始
2015年 旧 県立五條病院に勤務しながら南奈良総合医療センターの立ち上げに従事
2016年 南奈良総合医療センター 開院
臨床と並行して週末はNUCB business schoolに通う
2017年 家庭医療専門医取得(優秀ポートフォリオ賞)
2019年 野迫川村国民健康保険診療所 所長を兼務
2020年 NUCB business school卒業
2021年 義務年限が明け、南奈良総合医療センターの専任に戻る。翌年より現職
現在、獨協医科大学 総合診療医学講座 院外研究生として診断学研究にも従事している
【学会】
日本プライマリ・ケア連合学会
日本病院総合診療学会
日本地域医療学会
日本内科学会
【資格・学位】
■ 家庭医療専門医 ・指導医
■ 病院総合診療認定医・特任指導医
■ 地域総合診療専門医・指導医
■ 総合診療専門医 ・指導医
■ 総合内科専門医 ・指導医
■ 英国家庭医療学会 指導医講習会修了
(Introduction to International Training of Trainers Course)
■ 臨床研修指導医(JAMEP臨床研修指導医講習会タスクフォース)
■ 国際認証Executive MBA
総合診療科 医長/教育研修センター 副センター長
天野 雅之(あまの・まさゆき)
南奈良総合医療センター ホームページ
https://nanwairyou.jp/kyoiku_c/
【発刊物抜粋】
■ WEB連載:臨床現場の仕事術―3分で読める! MBA×総合診療の100エッセンス―
(医学書院、ジェネラリストNAVI. 2023.04~ 現在連載中)
https://gene-navi.igaku-shoin.co.jp/groups/mba_000
■ 単著 :病状説明 ケースで学ぶハートとスキル(医学書院, 2020)
https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/105599
■ 責任編集 :優柔不断にサヨウナラ!あなたの臨床判断力を高めるケーススタディ11選(医学書院、『総合診療』2024年5月号)
https://www.igaku-shoin.co.jp/journal/detail/113803
■ 雑誌連載 :コミュ力向上!「医療文書」書きカタログ
(医学書院、『総合診療』,2020-2022。近日書籍化予定)。
■ Amano M, Harada Y, Shimizu T. Effectual Diagnostic Approach: A New Strategy to Achieve Diagnostic Excellence in High Diagnostic Uncertainty. Int J Gen Med. 2022 Nov 24;15:8327-8332.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36451798/
【経歴】
2012年 自治医科大学を卒業(学長賞)、出身地の奈良県で義務年限開始
2015年 旧 県立五條病院に勤務しながら南奈良総合医療センターの立ち上げに従事
2016年 南奈良総合医療センター 開院
臨床と並行して週末はNUCB business schoolに通う
2017年 家庭医療専門医取得(優秀ポートフォリオ賞)
2019年 野迫川村国民健康保険診療所 所長を兼務
2020年 NUCB business school卒業
2021年 義務年限が明け、南奈良総合医療センターの専任に戻る。翌年より現職
現在、獨協医科大学 総合診療医学講座 院外研究生として診断学研究にも従事している
【学会】
日本プライマリ・ケア連合学会
日本病院総合診療学会
日本地域医療学会
日本内科学会
【資格・学位】
■ 家庭医療専門医 ・指導医
■ 病院総合診療認定医・特任指導医
■ 地域総合診療専門医・指導医
■ 総合診療専門医 ・指導医
■ 総合内科専門医 ・指導医
■ 英国家庭医療学会 指導医講習会修了
(Introduction to International Training of Trainers Course)
■ 臨床研修指導医(JAMEP臨床研修指導医講習会タスクフォース)
■ 国際認証Executive MBA
取材後記
インタビュー中、分かりやすい言葉を選びながら、聞き取りやすいトーンで、ゆっくり、はっきり、終始にこやかにお話しをしてくださった天野先生。臨床現場の患者や、研修医・専攻医など誰に対しても、その人間味あふれるスタンスは変わらないのだろうと感じ取ることができました。かつて先生自身が尊敬できる指導医の方たちとの出会いで総合診療の道へ飛び込んだように、今度は天野先生に憧れて総合診療の道へ続く人が増えることでしょう。まだまだ漠然としたイメージが先行しがちな総合診療が、天野先生によって、どのように視覚化・言語化されるのか楽しみです!
最終更新:2024年12月03日 21時28分