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メンタルヘルス委員会活動報告

メンタルヘルス Pickup! Vol.1/「メンタルヘルスへの向き合い方とセルフケア」藤沼康樹先生

診療の現場でメンタルヘルスにどう向き合っていくべきなのか?

プライマリ・ケアの現場では身体の不調だけでなく、心の問題にも日々直面します。それにも関わらず、メンタルヘルスに関する知識や技術は十分に共有されているわけではありません。
そこで本企画「プライマリ・ケア メンタルヘルス Pickup!」は、メンタルヘルス委員会から総合診療・家庭医療に携わる医師や多職種でプライマリ・ケアに携わる方々に、臨床現場で役立つメンタルヘルスのエッセンスを取り上げ、インタビュー形式でお伝えしていきたいと思います。
第1回のゲストには、家庭医としての診療を続けながら家庭医療後期専門研修プログラムの運営や、診療所グループによる家庭医療学研究プロジェクトなどに取り組んでおられる、医療福祉生協連家庭医療学開発センター長の藤沼康樹先生をお迎えしました。

インタビュー参加者

語り手:藤沼康樹先生(医療福祉生協連家庭医療学開発センター長)
聞き手:宮本侑達先生、相原茉里先生、喜瀬守人先生、森屋淳子先生(メンタルヘルス委員会)

藤沼康樹先生プロフィール

東京科学大学(旧東京医科歯科大学)医学部 臨床教授
医学書院「総合診療」常任編集委員

<専門領域>
家庭医療学、医療者教育学、プライマリ・ケア研究

<経歴>
1983年 新潟大学医学部医学科卒業
1983〜86 王子生協病院内科研修医
1987〜88 都立老人医療センター 血液科
1993〜生協浮間診療所所長
2005〜医療福祉生協連 家庭医療学開発センター センター長
2011 平成23年度 武見奨励賞受賞

<著書>
「卓越したジェネラリスト診療入門」医学書院
新・総合診療医学「家庭医療学編」カイ書林

<趣味>
ポップカルチャー全般、写真撮影
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-1562-1.jpg

― 「メンタルヘルス」という領域をどう捉えるか

相原:本日は「プライマリ・ケア メンタルヘルス Pickup!」第1回にご参加いただき、ありがとうございます。この企画は、プライマリ・ケアにおけるメンタルヘルスの知識や技術を、現場の感覚で言語化していくことを目指しています。メンタルヘルスの問題は日常診療で避けては通れない一方で、診断に迷ったり、治療の限界に悩んだり、自分自身が疲弊してしまうような「しんどさ」も多く含まれています。本日はそうしたリアルな悩みに触れながら、藤沼康樹先生とともに医療者としての向き合い方や、患者さん・ご家族・多職種との関係構築についてお話を深めていきたいと思います。
宮本:司会を務めます宮本と申します。よろしくお願いします。早速ですが、今回のテーマ「メンタルヘルスへの向き合い方とセルフケア」をテーマにお話しを伺いたいと思います。プライマリ・ケアの現場では、メンタルヘルスの診療に向き合うこと自体に苦労し、気持ちを入れ込みすぎて燃え尽きてしまうという話も多く聞かれます。そこで、メンタルヘルスケアにおいて診療の前にまず知っておくべきことについてお伺いします。
藤沼:最初に「メンタルヘルス」という領域をどう捉えるか、という問題があります。家庭医としては心と体を分ける「心身二元論」をとりません。身体化した心理的な問題もあれば、心理的な身体の問題もある。そうしたものを一緒に診る感覚を大切にしています。特に私が関心を持っているのは精神科的診断がつかない、いわゆる精神疾患と明確には言えない人たちです。例えば発達障害や生きづらさ、実存的な悩みなども私はメンタルヘルスと捉えています。
最近、精神科の外来とメンタルヘルス外来の違いについて書かれた本がありました。精神科外来は精神疾患と診断された患者さんが多い一方、メンタルヘルスは精神疾患の診断がつきにくい人たちも含んでいます。ですから「メンタルヘルスを診ています」というのは「精神科の外来をやっているわけではない」と明確にすることでもあるのです。
宮本:定義付けからお話しいただき、ありがとうございます。メンタルヘルス委員会でも「この『メンタルヘルス』という名前をどうするか」という議論になった際、先生がおっしゃったように精神疾患だけでなく、様々な疾患の心理的反応や心身症も含めて診ていこうという共通認識がありました。
藤沼:そうですね。メンタルヘルスは今、巨大な市場になっています。「生きづらかったら心療内科へ」と安易に促すのは違うのではないか、という思いはありますが。
相原:確かにメンタルヘルスが一種のブームになっているのは感じます。

― バーンアウトしないための距離の取り方

森屋:総合診療に携わる医師がそうした患者さんにふれる機会も増えてきました。そのなかで患者さんとの向き合い方に悩んだり、向き合いすぎで自分自身が疲弊してしまうケースも多くなっています。特に若手の医師にそうした傾向が見られます。オンとオフの切り替えができず、家庭にまで仕事を引きずってしまい、その結果バーンアウトにつながる人も少なくないようです。先生は以前「診察室に入ると少し人格が変わる」とおっしゃっていましたが、ご自身はセルフケアの一環として、どんな工夫をされているのでしょうか。
藤沼:そうですね。正直に言うと私も若いころは切り替えができませんでした。卒後7〜8年目くらいまでは病院勤務で、患者さんのことが頭から離れなかったんです。休日に家族と海水浴に行っていても気になって仕方がなかった。だから完全にスイッチを切るにはトレーニングが必要だと思います。
今は「完全主治医制」ではなく、チームで患者を支える形が一般的になっています。インフォームドコンセントも整備され、医師と患者が一対一の関係だけで進める時代ではなくなりました。だからこそ周囲と情報を共有しながら、責任を分散させることが大事だと思います。それが、バーンアウトを避ける方法のひとつですね。
森屋:なるほど。情報を共有しながら責任を分散させることがポイントですね。
藤沼:それから診察室について。著書にも書いたのですが、生物医学的な視点だけで医療をすると必ずと言っていいほど燃え尽きると思うんです。たとえば糖尿病患者に「今月はヘモグロビンA1cが高いですね」「あ、冬にアイスを食べすぎちゃって」――こういうやりとりって、数値と想定される答えのやり取りにすぎません。患者さん本人の人生や具体的な背景がそこにないんです。
病棟でよくある説明の例を挙げると、たとえば間質性肺炎の患者に「病態はこうで、進行するとこうなります。治療薬の効果は何%、副作用はこれくらいです」というふうに話しますよね。すると家族は真剣に聞きます。でも最後に必ず「先生、私(あるいは家族)は良くなるんでしょうか」と尋ねてくる。そこには科学的な説明だけでは応えられない部分があるんです。
宮本:確かにその通りだと思います。
藤沼:そうなんです。生物医学的な説明は抽象度が高すぎて、患者の「具体性」に届かないと言えます。私の恩師の言葉を借りれば「抽象と具体を行き来しろ」ということです。診断や治療方針を考えるときには抽象が必要ですが、その人の人生に触れるときには徹底的に具体に降りていかないといけないわけですね。
たとえば「元公務員」とカルテに書かれていたとしても、実際にどんな仕事をしていたのか、意外に誰も聞いていないことが多いんです。「左官」と職業が記されていても、何年続けていたのか、弟子を育てていたのか、そこに具体性があるかどうかで話はまったく違います。ただ、患者さんに深く関わりすぎても、機械的な診療だけでも燃え尽きてしまう。この二つのバランスをどう取るかが非常に重要です。

― 「本当に良いことなのか?」という問いかけ

森屋:患者さんに深く関わりすぎず、一方で機械的な診療にもなりすぎない。そのバランスをどうやって取られていますか?
藤沼:「真摯に向き合うことが本当に効果があるか」を常に問いかけるようにしています。患者さんに密接に関わることで、かえって患者さんが良くならなかったり、困ってしまったりするケースは少なくありません。
また「特別に時間をかけて診察するのはもしかしたら患者さんに操作されているのでは?」という視点も重要です。患者さんを気持ちよくさせるためだけに特別な時間を使うことは、患者さんが今の自分と向き合えない状態を助長している可能性があります。
重要なのは、患者さん自身がどのくらい自分に気づき、自分で意味を見つけられるかです。患者さんが気持ちよくなって帰るだけではダメだということですね。「本当に良いことなのか?」という問いかけは常に自分に課しています。
宮本:その問いかけの結果、精神科の先生に患者さんを紹介することもあると思います。その際に気をつけていることはありますか?
藤沼:患者さんを精神科医につなぐ上で気を付けているのは、入院が必要な人を除いて安易に紹介しないことです。むしろ課題なのはすでに精神科にかかっていて、さらにこちらに診察を受けにくる患者さんですね。精神科医とのシェアードケア(共同ケア)をどうしていくかがとても重要な問題です。例えば「精神科の先生は話を聞いてくれないから、先生のように話を聞いてくれる人に診てほしい」という患者さんは多いのですが、そこで総合診療医が気持ちよくなって受け入れてしまうのは問題だと思っています。精神科における患者と医師の関係性は独特で、医師と合わないことをどう乗り越えるか、ということ自体が治療プロセスだと考えられています。
宮本:貴重なお話をありがとうございました。バーンアウトを防ぐためには、機械的になりすぎず、でも患者さんにも関わりすぎない、その絶妙な距離感の大切さを改めて感じました。
相原:まさに言葉の整理と概念の再構築をさせていただいたように感じます。先生のお話を伺うことで日々の診療でのモヤモヤが解消され、今後の方向性がはっきりしました。
森屋:家庭医として患者さんの人生全体を診ることの重要性を改めて感じました。医療の枠を超えて、患者さんの人生の物語を理解し、寄り添うことの価値を再認識しました。
藤沼:いえいえ、お役に立てたなら幸いです。
宮本:次回は「治療への資源の活用」をテーマに、藤沼先生からさらにお話を伺いたいと思います。
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最終更新:2025年12月15日 00時00分

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