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Current topics - プライマリ・ケア実践誌

健康と社会を考える/プライマリ・ケアの現場で「貧困」に気づく・取り組む

はじめに

“貧困と無知さえ何とかできれば病気の大半は起こらずにすむ"、これは誰もが知る「赤ひげ」が発した言葉です(山本周五郎原作『赤ひげ診療譚』1))。社会が無知や貧困といった矛盾を生み、人間の生命や幸福を奪うのだと「赤ひげ」は、若い医師、登に教えます。しかし、これは江戸時代に限ったことではありません。 今や7 人に1 人の子どもが相対的貧困におかれており、母子家庭では実に半数以上が貧困状態にあります。成育環境や教育年数は、その後の収入、職業や働き方、生活習慣に影響を及ぼし、健康格差を生み出しています1)。
日常のプライマリ・ケア診療現場で、皆さんもそれを実感されることがあるのではないでしょうか。

日本プライマリ・ケア連合学会主催の秋季生涯教育セミナーでは、2016 年、17 年と健康格差につながる「健康の社会的決定要因(social determinants of health: SDH)」を取り上げました。子どもの貧困を通して、社会経済的に困難な状況におかれている方々にどうしたら気づけるか、プライマリ・ケア医としてどのような役割が果たせるのか意見交換し、実践的な取り組みを共有するワークショップです*。
本稿では、そのなかから一部をご紹介します。

貧困にどう気づくか?

(表1) は、ワークショップ参加者が、診療現場での経験をもとに、経済的困難を抱えた患者さんが示すことのあるサインをまとめたものです。病気の診断と治療のみを考える医療、いわゆる生物学的アプローチでは、こうしたサインの多くはなかなか目に入ってきません。プライマリ・ケア医が得意とする、心理社会的アプローチ(Bio-Psycho-Socialmodel)で、患者さんの背景に目をとめて初めて気づけるものです。
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    (表1)

ソーシャル・バイタルサインを多職種で共有

収入や仕事内容に加え、子どもの数、進学などお金のかかる年代の子どもがいないかといった家族構成、光熱費の支払いで困ることはないかなど生活の様子、支えてくれる人がいるか、公的機関の支援を受けていないかなども、経済状況を推測するのに役立つ情報となります。隠れている社会経済的問題に気づかせてくれるこうした質問を、ソーシャル・バイタルサインともいいます。しかし、初診で生活のことまで詳細に尋ねるのはなかなかむずかしく、立ち入ったことを聞いてほしくないと身構える患者さんに出会うこともあります。
ワークショップ参加者からは、「再受診していただけるような関係性を構築してから、2 度目、3 度目の受診の際に話しにくいことを尋ねるようにしている」、「“ちなみにこんなことで困っている人が多いけど、どうでしょう?"と一般化して尋ねる」という工夫や、「方言で話しかけるのが大事“最近、何かあった? お仕事うまくいってはんの?"とか……」と、経験談が語られました。常に、困窮している患者さんがいる、遭遇しやすいという前提で患者さんと話をするのが、貧困を見出すコツだと気づかされました。オープンに経済状況について尋ねると、「“そんなことも心配してくれるの?"、“ここでは言っていいの?"と驚かれたりホッとされたりする」と、みみはら高砂クリニックの緒方浩美医師は話していました。
医師には話せないことでも、他の医療者には話せるという患者・家族は少なくありません。受付や会計の事務職員、看護師や薬剤師、理学療法士など、患者さんと接する機会のある医療職の誰もが聴き手になれます。保険薬局の薬剤師からは、待合室で子どもを罵倒したり、無視するなど親の行動によって気づけることがあるという発言がありました。ただ、こうした報告を受け付けてくれる医師はそう多くないそうです。多職種で取り組み、共通の問題意識をもって情報共有が図られる必要があります。

患者さんの背景・SDH に目をとめる

受診日を守れない、処方薬を切らす、用法・用量を何度説明しても理解できない、その場しのぎの応答でやる気が感じられない……。何のために治療しているのかと、医療者ががっかりさせられたり、陰性感情をいだきやすい患者さんほど、困難を抱えている、あるいは自ら困っているといえない患者さんであると、講師の一人である健和会病院小児科医の和田浩医師は伝えました。「(医療者が)困った患者ほど、(患者本人が)困っている」と表現した参加者もいます。予約の日にこない、症状が進んでからようやく受診したなど、医療者がどうして? と思うときほど、非難するのではなく親身になって理由や背景を尋ねる必要があるでしょう。
印象的だったのは、亀田ファミリークリニック館山の菅長麗依医師が、SDH を見つけ出せると診療が楽しくなる、と話していたことです。「陰性感情をもちそうになったときに、患者さんの背景を尋ねると、事情があることがわかって自分の患者さんに対するネガティブな気持ちを抑えられる。そして、それだけにとどまらず解決の糸口が複数見えてくるのが楽しい」と。患者さんの抱える困難が理解できれば、的確な選択肢を見出すことにつながるのです。

貧困に気づいたときにできること

和田浩医師が勤務する健和会病院の小児科外来には、中古衣料品やお米が置かれているそうです。必要そうな家庭に「今日はお米はいらない?」、「お姉ちゃんに合いそうな服があるから見ていって」などと、主に看護師が声をかけて渡しています。生活に困窮していても支援を受けることを「恥」と感じたり、困窮しているのが当たり前で助けを求めてよいと気づかない人もいます。「本当に困っている人は、困っているといえない」ため、「支援を受けにいくのではなく、診察を受けにいったらお米もくれた」という形にして、より敷居の低い支援の形としているとのことです。
しかし、このように直接的な支援を提供できるところはごく一部です。ワークショップがはじまったとき、「最終的に何をしてあげられるのか迷う、無力感を感じる」といった参加者もいました。しかし、貧困には、経済的な貧困だけでなく、つながりの貧困や経験の貧困などいろいろな側面があることが知られています。グループワークでは、医療機関や医療者ができるさまざまな取り組みについて紹介しあいました。それをまとめたのが、(表2) です。
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    (表2)

まずはコミュニケーションから

相談しやすいと感じてもらえるコミュニケーションを心がけ、こちらからも積極的に話しかけると、医療費や医療機関へのアクセスの問題など、患者さんのおかれている状況を知ることができ、医療者にできることがすこしずつ見えてきます。とくに糖尿病外来など経済的に厳しい患者層が多く長期的フォローが必要な診療所の医師は、窓口での支払いが気になり、患者さんに大丈夫か確認するといっていました。しかし、検査や処方により発生する医療費について卒前教育や卒後研修で取り上げられることはほとんどありません。会計窓口で支払額を知って怒鳴り込んできた患者さんがいたと話してくれた医師もいました。教育も変わる必要があります。

陰性感情も学びのきっかけに

生活困窮者に対する指導医の心ない一言が、学習者である研修医に負の感情を当然と思わせてしまうことがあります。一方、飯塚病院緩和ケア科の柏木秀行医師は、「救急外来で、研修医が『また生活保護がきた』といった心ない発言をすることがある。そんなときは、研修医に『患者さんに対して陰性感情をもつよりは、なぜこのような状況になったのか社会的背景を踏まえた対応を考えるほうがよい』と伝えている」と話していました。さらに、「社会的困難を抱えた患者さんに対応して、成功した体験をシェアすることはとても大切」とその効果を強調していました。陰性感情への気づきが、大きな学びの機会になると重ねて認識できました。

医療機関だからできる社会的処方

医療費の支払いが負担になると思われる患者さんに対して、「猶予すれば支払えない患者さんが口コミで集まりそうでできない」という診療所もあれば、「開業医なので、7 割は保険からの収入があるわけだから待てる」という医師もいました。一方、生活困窮者に無料または低額な料金で診療を提供する無料低額診療事業は、意外にも知られていません。東京都内には、53 ヵ所の無料低額診療事業実施施設(病院・診療所)があります(2018 年2 月時点)2)。
活用できれば経済的に困窮している人の治療中断を防げるかもしれません。このように、「生活保護制度」以外にも生活困窮者への支援制度はあります。知っていれば、困っている患者・家族が支援を受けるきっかけを医療機関が提供できます。
自らに知識がなくとも、ソーシャルワーカーに紹介したり、地域の福祉担当者に相談することで困難を減らせるかもしれません。
近年、地域でも、子ども食堂やコミュニティ・カフェなど孤立を防ぐ居場所づくりが活発に行われています。院内に掲示板をつくって情報提供している医療機関もあれば、病院自らそのような場を提供しているという報告もありました。たとえば、親子で石鹸づくりをするレクリエーションを行って、母親の話をじっくり聴く機会としているそうです。情報リテラシーには差があります。生活に困窮している人は、情報を得る手段に乏しいだけでなく、自分たちに役立つ情報の存在すら知らないということもあります。高齢者も同様です。医療機関は、そのような人たちが情報を受け取れる場となりえます。
患者さんの健康の維持・改善や病気の治療継続には、医学的な対応にとどまらず患者さんの抱える困難に対応することが求められています。それには、社会制度の利用や地域資源の活用が不可欠です。患者さんや家族のニーズに合う地域のリソースを紹介することを、「社会的処方」といいます。福島市にある上松川診療所の春日良之医師は、「診療が終わったあと、15 分くらいかけて、気になる患者さんについてどう対応すればよいか、受付さん・看護師さん・医師で話し合う時間をもっている」とのことです。「診療所のスタッフ全員が、社会的処方ができることを目標にしている」と話していました。
前橋協立診療所の井上有沙医師は、自身の体験を話してくれました。糖尿病で通院している男性患者さんが、治療を自己中断してしまい血糖コントロールが困難で困っていた。ところが、ペースメーカー埋め込み術により身体障害認定され、障害者手帳を交付されて医療費の自己負担がなくなった途端にきちんと外来受診するようになり、血糖値が一気に改善したとのことです。糖尿病のコントロール不良は患者側の自己責任と思われがちですが、医療費の負担が背景にあり、助成制度が大きな役割を果たせることをあらためて認識しました。「関心をもつこと、関心をもったことで成功した体験を共有すると取り組みへの力になる」、まさにそのとおりです。

おわりに

「経済的な理由で治療を中断する人も多く、医師として葛藤する場面が多い」といっていた医師、「貧困について考えるのは重要だが手に負えないと思っていた」薬剤師など、多くの参加者が、さまざまな取り組みを共有し、事例を通して解決の手立てを学びました。医療者個人としてまたチームでできることは少なくないと感じた、という感想をもらいました。「問題を知らないこと、利用できるリソースを知らないのでアクセスできていないことがわかった。知っていることでつなげられそう」、「プライマリ・ケアの段階で貧困に気づき、複雑重症化する前に早期に介入できることが大切」という発言もありました。
一方、このセミナーでは、医療者だからこそできることも大きいと知らされました。たとえば「入院中の高齢者が社会的な理由で自宅に戻れないとき、行き先が決まらず困っていると聞いて医師である自分が出ていくことで受け入れてもらえるときがあり、医師には影響力があることに気づいた。それを他の医師にも知ってほしい」と。また、「自ら福祉関係者に問い合わせて直接相談したところ、迅速な対応に驚いた」、「(医師である)先生がいうならと動いてくれた」との報告もありました。このように、声をあげられない人の立場を代弁し、支援する人をアドボケイトといいます。
プライマリ・ケアに携わる私たちは、生活の苦しさが健康に影響を与えていることに気づく立場にあります。救急外来受診後のフォローアップを勧めても給料日のあとでなる社会的要因を心にとめた医療の提供、医療人の育成、個人やコミュニティへの働きかけ、アドボケイトとしての行動が私たちには求められています。プライマリ・ケアが医療の前線で社会との接点に位置するからこそできることであり、私たち、プライマリ・ケアを担う医療者一人ひとりの責務といえるのです。

参考文献

1)山本周五郎.赤ひげ診療譚.新潮文庫,1964.
2)東京都内無料低額診療事業実施施設一覧.
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/seikatsu/hogo/mutei.files/300201mutei_iryoukikan.pdf
(2018 年3 月31 日アクセス)
3)WHO Commission on Social Determinants of Health-final report. Closing the gap in a generation.
http://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/43943/9789241563703_eng.pdf;jsessionid=5452BA564B931DA75B8EFFA8CA06C89E?sequence=1
(2018 年3 月31 日アクセス)

プロフィール

武田 裕子
順天堂大学医学部医学教育研究室

略歴
1986年筑波大学医学専門額群卒業
医学博士.米国にて内科/プライマリ・ケア専門研修
筑波大、琉球大、東京大・三重大で教員として地域医療教育、医学教育研究に従事
2010年英国ロンドン大学大学院留学、公衆衛生学修士号取得後、キングス・カレッジ・ロンドン医学部研究員
2013年にハーバード大学総合診療部門リサーチフェロー
2014年より現職
日本プライマリ・ケア連合学会理事
日本医学教育学会理事
ACP日本支部副支部長
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高岡 直子
城南福祉医療協会大田病院

略歴
1997年和歌山県立医大卒業
大田病院にて総合内科研修。
2003年大森中診療所副所長
2005年横浜朱雀漢方医学センター副センター長
2007年大森東診療所所長を経て、現在大田病院在宅医療課医長
日本内科学会専門医
日本東洋医学会専門医
日本プライマリ・ケア連合学会指導医
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最終更新:2023年04月27日 11時56分

実践誌編集委員会

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