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健康と社会を考える/LGBT の人々における健康格差 プライマリ・ケア医ができること

はじめに

プライマリ・ケアにおいて健康の社会的決定要因(social determinants of health:SDH)に対する取り組みが求められている。日本プライマリ・ケア連合学会は2018年6月、「健康格差に対する見解と行動指針」に関する「三重宣言2018」を、三重県津市で開催された同連合学会の第9回学術大会で発表した。そのなかで「社会的要因により健康を脅かされている個人、集団、地域を認識し、それぞれのニーズに応える活動を支援する」とあり、LGBTの人々もそれに相当する。後述するように、LGBTの人々は複数の健康リスクにさらされていると同時に、医療アクセスに障壁があり、さらにさまざまな偏見や差別にも直面する。そうした状況が「社会的排除」を生み出しており、これは健康格差を生み出すSDHの要因の一つである。本稿では、LGBTに関する健康格差について述べ、プライマリ・ケアで医療者が取り組むべき対策について提案する。

LGBTとは

LGBTとはLesbian(女性同性愛者)、Gay(男性同性愛者)、Bisexual(両性愛者)、Transgender(性別違和を感じる者)を総じて称した言葉であり、しばしば他の性的マイノリティを含めることもある。LGB(同性愛者・両性愛者)は恋愛感情や性的魅力を同性に感じる人々のことであり、いわゆる「性的指向(sexual orientation)」のことをさしている。一方、T(性別違和)はこれとは異なり「性自認(gender identity)」、すなわち自分の身体的な性別と心の性別に違和を感じる者をさす。多数派を占める身体と心の性別が一致している異性愛者は、ヘテロセクシュアル・シスジェンダーと称される。2015年の調査では、我が国のLGBT人口は13人に1人(7,6%)と報告されている。近年、世界的な潮流を受け、我が国でもLGBTをとりまく状況に大きな変化が訪れている。2015年の東京都渋谷区の同性パートナーシップ条例をはじめとして、世田谷区、兵庫県宝塚市、三重県伊賀市など複数の地方自治体においてそれに類する政策が提案あるいは施行された。パートナーシップ条例とは、同性カップルに証明書を発行することで同性愛者の社会的な権利を保障するもので、入院時の面会やカップルでの住宅入居時に夫婦と同等の扱いを可能としている。

LGBTと医療にかかわる問題

アメリカにおいて1970年代に同性愛者が立ち上がり、同性婚禁止について裁判などで争いはじめたのを皮切りに、1993年には世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(ICD)から同性愛が削除され、同性愛は治療の対象となるような疾病ではないことが確認された。2013年のDSM-5(『精神障害の診断と統計マニュアル』第5版)からも「性同一性障害」という用語は削除され、「性別違和」という用語に変更された。LGBTの健康問題は、AIDS危機、同性愛の疾病分類からの削除、ジェンダークリニックでの性別違和への治療、生殖補助医療の進展に伴うレズビアンのベビーブームなど、各時代での大きなトピックと並行して、医療機関での差別、医療者の無理解、医療へのアクセスのしにくさ、健康指標の低さなどが指摘されてきた。飲酒・喫煙、薬物依存、虐待、うつ、心疾患や乳がん・子宮がんの罹患をみると、LGBTである人はそうでない人より高率であると報告されている。表1にLGBTサブグループごとの健康問題を示す。LGBTの健康問題は性的社会的スティグマと関連していることや、社会的孤立が健康を悪化させることなどは広く知られており、近年LGBTの健康状態への注目度は増している。
次にLGBTのサブグループごとの健康問題について論じる。
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●レズビアンの健康問題

アメリカの全国調査では、レズビアンの人々は、他の性的指向の女性よりも有意に肥満が多い。肥満の高リスクを考えると、肥満の二次アウトカムである2型糖尿病、冠動脈心疾患、脳卒中、骨粗鬆症、乳がんや大腸がんなどのリスクも高いと考えられる。がんに関しては、男性と関係のある女性よりもレズビアンのほうが致死的な乳がんのリスクが有意に高いことが報告されている。また、レズビアンやバイセクシュアルの女性は、ヘテロセクシュアルの女性よりも予防医療サービスを受診しない傾向にある。

●ゲイ(MSMを含む)の健康問題

MSM(men who have sex with men)とは、男性間性交渉者のことである。MSMには、ゲイおよびバイセクシュアルで男性間性交渉をする者を含む。MSMでは、HIV感染症の割合が有意に高い。アメリカにおける新規HIV患者の半数以上はMSMであり、我が国でも2016年に報告された新規HIV感染者1,011件のうち、72,7%(735件)が同性間の性的接触によるものであった。また、HIV感染症あるいはAIDSのMSMは、B型肝炎・C型肝炎の重複感染のリスクが高い。HIVに感染したゲイの場合、医療機関を受診してもその後の脱落率が高く(アメリカでは約半数)、とくに若年者や低所得者にその傾向が強い。MSMでは、HPV(ヒトパピローマウイルス)感染症やHPV関連の肛門がんのリスクがヘテロセクシュアルに比べて高い。ある研究では、喫煙、肛門性交の受け入れ側、15人以上の性的パートナー、ステロイドの使用が、MSMにおける肛門がんの強いリスク因子であった。

●バイセクシュアルの健康問題

バイセクシュアルに関する研究は他のサブグループに比べてやや遅れているが、アメリカのある研究では、ゲイやレズビアンと同様に、バイセクシュアルでは、ヘテロセクシュアルに比べて希死念慮、自殺企図、うつ、親しいパートナーからの暴力、肥満、気管支喘息、人生への不満が多いと報告されている。また、ヘテロセクシュアルやレズビアンに比べて、バイセクシュアルでは摂食障害が多いという報告もある。

●トランスジェンダーの健康問題

トランスジェンダーは、他の性的指向者に比べて、健康保険の保有率が低く、したがって医療機関の受診率が低いというアメリカの報告がある。さらに、調査結果によると、トランスジェンダーが受診したときの医療従事者の差別的態度やひどい扱いが、医療機関の受診からますます遠ざける結果を招いている。これは重大な結果であり、医療従事者はこの問題を直視すべきである。トランスジェンダーであるというだけで受け入れを拒否する医療機関もあり、今後、医療従事者に対して正しい知識普及と偏見を是正する教育を進めていく必要がある。また、トランスジェンダーは、HIV感染のリスクが高いことや、虐待、メンタルヘルスの問題、自殺のリスクも高いことが報告されている。

● LGBT若年者の健康問題

ヘテロセクシュアルの若年者に比べ、LGBTの若者では、うつ、希死念慮、自殺企図のリスクが高いと報告されており、また、喫煙、飲酒、薬物摂取の頻度も高い傾向にある。また、彼らはホームレスになるリスクも高く、一度ホームレスになるとより悪い転帰になりやすい。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-297-4-1.jpg

LGBTの健康格差を減らすために:プライマリ・ケアで行うべきこと

LGBTの健康格差を減らすために:プライマリ・ケアで行うべきこと

LGBTに関する健康格差を減らすためには、法制の整備なども重要であるが、医療従事者ができることも多くある。とくに、プライマリ・ケア医はLGBTの健康問題に最初に接触する可能性が高い医師であり、LGBTに関して取り組む必要性は高い。アメリカ内科学会は2015年にLGBTと健康格差に関するエビデンスに基づいた政策提案書を出している。そのなかでは、すべての医療機関がジェンダーに関する非差別・反ハラスメントの方針を採用すること、入院中の患者を訪問したり意思を代行したりする人をジェンダーにかかわりなく患者が決定できる権利を与えること、卒前から卒後の医学教育にLGBTの健康問題に関するカリキュラムを導入することなどが提案されている。医療従事者がまず取り組むべきこととして、LGBTの健康格差に関して学び、それらの人々が安心して受診できるようにすること、また健康問題に関して安心して相談できる環境を整えることが重要である。この際、多職種が一緒になって学ぶべきである。なぜなら、LGBTの医療機関における困難は、受付で保険証を出す段階からはじまっており、医師に接する前の段階や、その後も重要だからである。医療事務、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーなどが医師とともに学んでほしい。アメリカのJoint Commissionが発行しているガイドブックには表2のような提言がなされている。

おわりに

私たちが認識すべきこととして、LGBTに関する健康格差はいまだに社会に根強く残る社会的スティグマに起因するということである。スティグマによる差別や偏見が、不十分なヘルスケアにつながり、身体的・精神的な健康福祉の欠如をもたらしている。ましてや、医療従事者自身が障壁になるようなことはあってはならない。我が国ではLGBTに関する議論がやっと近年盛り上がってきたところであるが、健康格差への取り組みや医療従事者への教育は立ち遅れている。まずは身の回りや日常の臨床実践からLGBTに関する健康格差を見直し、すべての医療従事者がLGBTの健康問題に関してリテラシーを高め、アクションすることを望むものである。

プロフィール

孫 大輔
東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センター 医学教育学部門

略歴
2000年東京大学医学部卒。2012年より現職。家庭医としての勤務も続けている。研究領域は医学教育学、ヘルスコミュニケーション。2010年より市民と医療者の対話の場「みんくるカフェ」、また2016年より「谷根千まちばの健康プロジェクト(まちけん)」を主宰。地域でダイアローグ、マインドフルネス、即興劇、映画などさまざまな手法で人々のウェルビーイングとつながりを向上する活動を実践中。
主著『対話する医療:人間全体を診て癒すために』(さくら舎)。
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最終更新:2023年04月27日 11時57分

実践誌編集委員会

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