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vol.11/「これからの総合診療医に求められるのは、病院と地域を繋ぐジェネラリストとしての役割」【医師】井村洋先生

総合診療医の育成に力を注いでいることで全国的に知られる福岡県の飯塚病院。1000床以上の大病院で常時約150人の入院患者をケアする総合診療科は、日本有数です。井村 洋先生は、総合診療科の部長として、中堅医師・研修医の両方がステップアップできる研修プログラムを確立。さらに病院の経営戦略にも携わるマルチなご活躍をされています。これからの総合診療医に求められる役割について、インタビューさせていただきました。
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進むべき診療科を決めきれなかった医大時代

- 先生が医師になられたきっかけを教えてください。

実は、強い思いや志があって医者になったわけじゃないんです。父親が内科の開業医で、その背中を見て育ちながら「とても真似できない」と思っていました。なぜなら、週の半分ぐらいは診療時間が終わった後も患者さんから電話がかかってきて往診に出かけたり、深夜遅くまでカルテを見直したり。父親は誇りと使命感を持って医者をやっていたし、楽しそうでしたが、「よほど好きじゃないとできない仕事だなぁ」と一歩引いて見ていました。高校生の途中くらいまでは、音楽や芸能の仕事に憧れを抱いてたんですよ。

- そうなんですか!?

ボブディランやビートルズが好きで、ベースとギターに夢中になりました。でも、母親から「音楽を一生の仕事にできるのは、運がある一握りの人だけ」。と言われ、なるほど、その通りだと思いました。医師免許を取れば将来の担保になると考えて医学部へ進学したのが正直なところです。どの診療科へ進みたいのかも在学中は決めきれなくてね。卒業後、先輩の薦めもあって血液腫瘍科の医局に入りました。

- 得意な分野だったのですか?

その逆です。一番苦手な分野だったから「今やらなかったら一生やらないだろう」と挑戦する気になれたのかな。抗がん剤について勉強できたことは良い経験になりました。

診療科に関係なく患者対応を求められる救急外来から総合診療の道へ

- その後、救急病院経験を積まれたそうですね?

救急対応と紹介入院が専門の病院(現在は閉院)へ派遣されたのですが、そこでの経験がとても刺激的で。多い時は当直で1晩10件くらいの救急外来を一人で担当して、2年間で400人以上の患者さんを診たと思います。200床ほどの規模で内科が細分化されておらず、診療科に関係なく幅広い対応を求められたので、医者としての足腰を相当鍛えてもらいましたね。次から次へと対応を迫られる状況下で、何に気をつけておけば最悪な事態を回避できるのか。大学では学べなかった臨床経験を積むことができました。

- 印象に残っている思い出はありますか?

米国研修帰りの指導医がいて、患者さんの症例をディスカッションしながら診断をつけていくスタイルを初めて経験しました。仰々しい雰囲気のカンファレンスではなく、集まれる医師と研修医が集まって相談や提案をしたり、質疑応答を繰り返しながら自分なりの意見を固めていくのをサポートしてもらえるんです。カジュアルな空気感が私にとてもフィットしたし、自分が少しずつ成長していることをはっきり実感できて楽しかったですね。

- 「総合診療」との出会いは?

その病院で年1回、アメリカから循環器科のカリスマ指導医を招いていました。そのご縁で1カ月だけアメリカの先生の元でショートステイをさせてもらうチャンスに恵まれ、総合診療の現場に初めて触れました。「プライマリ・ケア」ではなく、「ファミリープラクティス」という呼び方でしたが、かかりつけ医になるための専門制度とトレーニングコースとがあることを知り、目の前の視界が開けた感覚がしました。臓器別の専門医だけではない選択肢が、「日本に未だないだけで世界にはあるんだ!」と嬉しくなりました。

- そのことがきっかけで、本格的にハーバード大学へも留学を?

2年間の留学なので、本格的とは言えませんけどね。日本以外で、もう一度身を置く経験を積みたいと思い、決断しました。大学院で修士課程を終えたことと、、週3〜4日ぐらいプライマリ・ケア医の実診療に同席見学をして、総合診療について学ばせてもらいました。指導医と医学生の距離の近さも印象的で、教授相手だろうが物怖じせず自由闊達にディスカッションする雰囲気にも大いに刺激を受けました。
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    アメリカ留学時代、お嬢さんと一緒に

飯塚病院で総合診療の研修プログラム開発に尽力

- そして、帰国後は現在の飯塚病院へ?

アメリカ留学で一緒になった日本人医師が、たまたま飯塚病院から派遣されている総合診療の先生だったというご縁です。将来、開業する場合に強みになるかもしれない、という打算的な思惑もちょっぴりありました(笑)。

- 具体的には、どんな指導を?

最初は飯塚病院の時間外の救急外来診療を行う研修医のサポートに入りました。今までやってきた経験が初めて繋がったと感じました。一方で、自分が積み重ねてきた技術の多くが自己流だったので、他の指導医から研修医が教わる内容などを客観視することで自己流の危うさや足りなさを再認識することができ、研修医と一緒に私自身も医師としてアップデートすることができたと思います。この経験は、とても大きかったですね。

- さらに総合診療科でもご活躍を?

当時の総合診療科は、研修医が4人、指導医が私を含めて3人。現在と比べると病床も少なく小規模でした。他診療科の医師の多くは、九州大学の第3内科の出身で、臓器の専門家でありながら、特定の臓器に偏らず患者さん全体を診る総合力を重んじる文化や気質がベースにあり、風通しがよかった。当初は長居するつもりではなかったんですが、年数を重ねるごとに手応えとやりやすさを感じるようになりました。
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- 家庭医療に特化した系列の「頴田(かいた)病院」創設時にも尽力されたとか?

2007年だったかな。隣接する頴田(かいた)病院は、家庭医の拠点にする目的で立ち上げに携わりました。家庭医療を目指す研修医が飯塚病院に来てくれていたこと、アメリカの家庭医のドクターが指導医として手を挙げてくれたことなど、良い意味でタイミングが重なって。従来から当科のビジョンに掲げていた従来から当科のビジョンに掲げていた「日本の総合医療を創り、動かす」というミッションワードを行うのは今だと思いました。

- 飯塚病院と頴田病院は、同じ総合診療でも役割が違うのでしょうか?

現在の飯塚病院は1000床以上の比較的大規模な総合病院です。総合病院の中にある総合診療科では、広範囲で十分な知識と技能を持ち、院内の専門医と院外の専門医の橋渡しを円滑に行う「ジェネラリスト」の役割が求められます。

一方、隣接する系列の頴田(かいた)病院は96床で継続外来があり、リハビリや認知症にも対応。院外に300人以上の在宅患者さんを抱え、訪問診療も行っています。プライマリ・ケア(家庭医)は、頴田病院のような『コミュニティ・ホスピタル』や、地域のかかりつけ医が近いでしょうね。

アメリカでプライマリ・ケアと総合病院の役割分担を見てきた経験上、その違いは整理されるべきだと思っているんですよ。

- まだ進むべき診療科を決めかねている若い医師にアドバイスをするとしたら?

総合内科、総合診療の分野に進むことにに不安を感じているのだとしたら、怖がる必要はないと言いたい。ジェネラリストは、これから先は引く手あまたで需要が増える一方。飯塚病院も、常に新たな総合内科医のリクルートを精力的に行なっておりますし、他病院の院長から「総合診療医を派遣いただけませんか?」という要請や相談を引っ切りなしに受けているほどです。
総合診療に興味があり、挑戦してみたいと思うのであれば、迷わずに早く飛び込んだ方が、充実した人生に繋がると思います。5年先、10年先でも間に合わないとはいえませんが、専門領域で数年経験を積んでからという遠回りは必要ないと私は思います。遠回りをしたら、その分遅れるだけ。ジェネラリストとしての専門トレーニングを、早く、多く、確実に積むのが近道です。

- 飯塚病院では総合診療について、どんなトレーミングを?

内科専門医を目指す総合内科プログラムとは別に、頴田病院と連携して、家庭医を目指す研修コールがあります。
総合診療科、救急外来(ER)、小児科、緩和ケア科のローテートも充実していて、幅広くプライマリ・ケアについて学べるプログラムを組んでいます。総合診療では、例えば、高血圧の通院患者さんが突発的なケガで来院されるケースもあります。そういう場合の外科的なスキルも、自信をもって行えるように研修します。コレステロール、メタボ、精神的不調、更年期、腰痛、膝痛、認知症、看取り…。全て1カ所で診てもらえたら、患者さんとご家族は安心ですよね。

また、致命的な誤診を回避するトレーニングも重視しています。特に、緊急時にとっさの判断を求められるような場面で、患者さんが命を落とすかもしれない危険性を、どうやって見逃さないようにするか。その視点を、できるだけ早く、たくさん身につけておくことが重要です。これは、総合診療科か専門科かに関係なく、どの診療科へ進むにしても必要なトレーニングだと私は思います。
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- そう考えると、病院の中にも、外にも総合診療医が必要?

さきほど触れた「ジェネラリスト」が総合病院にいるメリットも、そこにあります。例えば、「発熱が2週間続いて原因が分かりません」という症状の患者さんの紹介先が、診療科が分化された総合病院では決めきれないケースが起こり得る。でも、総合病院の中に総合診療や総合内科のジェネラリストがいれば、スペシャリストの間に入って、コーディネートができる。患者さんの受け入れ先が決まらず、たらい回しになる危険性を少なくできるのではないでしょうか。

中堅医師や管理職を対象にしたスキルアップ研修と経営戦略にも着手

- 今後、井村先生ご自身がチャレンジされたいことは?

人材育成と組織開発です。人材育成については、新人の研修医ではなく、経験を積んだ中堅以上の医師や管理職を対象にした社内研修の機会が少なすぎると私は感じてきました。経験のベースがあるからこそのポテンシャルが誰にでもあるはずで、それって学習のチャンスをもらえないとステップアップできないんですよ。自分で情報収集して仕事をしながら勉強もして、なんて効率が悪すぎます。専門カリキュラムを組織が用意できれば、スピーディーに活かせますよね。

私は特に、院長、副院長、院長、事務部長、さらには、診療部長、看護師長を含めた部署長、主任クラスのなどの経営陣や管理職に対する学習の機会があった方が、組織として、より良い状況になりなる確率が高くなるし、衰退する危険性が減ると考えています。

- 井村先生が在籍する飯塚病院は、経営の品質を問う賞として知られる「デミング賞」を2022年に受賞されたそうですね?

はい、日本の医療機関として初めてデミング賞を受賞しました。デミング賞はTQM(総合的品質管理)に関する世界最高ランクの賞です。病院も経営戦略的なものを、どれだけちゃんと筋道を立て実践してゆくのか、組織として取り組むのかが重要。そこに私も携わり、重要な役割を果たすことができて本当によかったと思います。

- 先生自ら経営戦略の計画を立て、組織にご提案を?

私だけでなく、もちろん病院の経営企画部のメンバーたちと協働でね。内部環境、外部環境、地域の人口動態から総合的に見て、5年後、10年後には、こういう変化が起こり得るということを予測し、病院が求められている役割をちゃんと果たせるかを精査した上で、必要な収益を上げられるよう、外部の専門アドバイザーにも意見を聞きながら、計画書に反映しました。

- 先生、才能がマルチすぎてびっくりです!

経営的なことに携わるのが、好きみたいです。医者でなくビジネスマンになっていたほうが出世できたかもしれません(笑)。先ほど触れた経営企画部の人たちとタイアップし、細々としたことを一つ一つ乗り越えていくのが、たまらなく面白いんですよ。経営陣でもなければ、現場の医者とも少し違う、間を取り持つような立ち位置だから良いのだと思います。経営スペシャリストの間に入ってコーディネートするという意味では、これも「ジェネリスト」の役割の一つかもしれませんね。

プロフィール

株式会社麻生 飯塚病院
特任副院長/総合診療内科 部長
井村 洋(いむら・ひろし)
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~プロフィール~
1981年 藤田保健衛生大学(当時)卒、1988年同大学院卒。
  同大病院で研修後、聖霊病院(名古屋市)、国立熱海病院(当時)などを複数の病院勤務を経験。
1994年 米ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程修了
1998年 飯塚病院に着任。現在、飯塚病院 副院長と総合診療内科の部長を兼務。
2014年から日本プライマリ・ケア連合学会理事を務める

日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医
日本プライマリ・ケア連合学会認定指導医
日本内科学会総合内科専門医
日本内科学会認定内科医
日本内科学会指導医

飯塚病院 総合診療科の研修医募集サイト
https://aih-net.com/sougou/ 

取材後記 ~鳥のように全体を俯瞰する「ジェネラリスト」の視点を養う~

ご自身のエピソードをユーモアも交えながらお話し下さった井村先生。終始、笑いの絶えないインタビューとなり、飯塚病院で実践されている自由闊達な研修プログラムの雰囲気を垣間見たような気がしました。先生が何度も強調されたのが、総合診療医としてのジェネラリストな視点。病院内の連携を繋ぎ、病院と地域の連携を築くコーディネーターとしての役割が、これからの総合診療医に求められるキーコンセプトと言えそうです。

最終更新:2023年03月23日 11時09分

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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