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健康と社会を考える/コミュニティ・ウェルビーイングと健康格差

ウェルビーイングとは

近年、ウェルビーイング(wellbeing)という概念が注目を集めています。ウェルビーイングとは「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること」を意味します(現代用語事典『知恵蔵 2007』(朝日新聞社)に基づく)。1946年の世界保健機関(WHO)の憲章草案において、「健康」を定義する記述のなかでウェルビーイングの語句が「良好な状態」を意味する概念としても登場します。これまで、ウェルビーイング(wellbeing)という学術用語には、社会哲学や社会科学の分野において、「善き生」、「福祉」、「厚生」、「幸福」など、文脈に応じてさまざまな訳語があてられてきました。近年では「ウェルビーイング」というカタカナ表記で使われることが多くなっています。個人が健康であり、幸福であり、社会的にもよい状態にあるということを意味しているといえるでしょう。

現在、世界中の多くの国で幸福やウェルビーイングに向けての取り組みが進んでいます。米国のバラク・オバマ元大統領は、今の時代の主要な課題は「すべてのアメリカ人にとって幸福の追求を現実にすること(the pursuit of happiness real for every American)」だと強調しました。

ウェルビーイングには、大きく分けると「個人のウェルビーイング」と「集合的な(社会の)ウェルビーイング」があります。後者は、コミュニティ・ウェルビーイング(community wellbeing)あるいはソーシャル・ウェルビーイング(social wellbeing)という用語で概念化されています。
個人のウェルビーイングに関してはさまざまな研究が進んでいるのに対して、集合的なウェルビーイングについては、その指標や測定方法に関するコンセンサスが不十分であり、
またどのような学問領域や政治的立場からこの用語を用いるかで意味が変わってくるという課題があります。

ウェルビーイングの定義に関しては、その基盤哲学が大きく二つに分かれます。ベンサムの意味によるものとアリストテレスの意味によるものです。ベンサムの意味でのウェルビーイングとは「快楽的な効用」のことであり、彼がめざしたウェルビーイングとは「最大多数の人々にとっての満足と喜びを最大化すること」でした。一方、アリストテレスの意味でのウェルビーイングとは「エウダイモニア」としての幸福のことであり、「目的があり、意義深い人生を送る機会」として捉えられるものです。ベンサム的なウェルビーイングは、情動(気分や感情)に相当するものであり、アリストテレス的なウェルビーイングは、より理性的かつ内省的な、自らの生き方に対する姿勢のようなものといえるでしょう。Graham によると、アリストテレスによる理想的な「生き方」では、米国合衆国憲法における「幸福を追求する権利」に関連して、行為者性(agency)をもつ主体による自己選択に基づいて設計された目標に向けて進むような人生が想定されています。

コミュニティのウェルビーイングを考える

コミュニティのウェルビーイング、つまり集合的なウェルビーイングは、その社会やコミュニティに存在する個人のウェルビーイングを集計・集合したもので捉えられるのでしょうか。これに関しては、さまざまな立場から反論が提示されています。たとえば、A.K.センは、こうした集計主義を批判し、個人的・社会的ウェルビーイング評価の基礎として潜在的選択可能性としてのケイパビリティを提唱しました。また、コミュニティのウェルビーイングには、個人の主体性に対する社会構造的な影響が無視できないという主張があります。たとえば、オーストラリア先住民のウェルビーイングの研究から、彼らのコミュニティの幸福には、土地(場所)に付随する集合的で全体的なものの影響が切り離せないといわれています。

個人レベルのウェルビーイングとは別に、コミュニティレベルのウェルビーイングを考える利点として、健康に関する言説を個人に押しつけることを避け、コミュニティ全体の健康とウェルビーイングを向上させる方法について、研究者や指導者が共同の知識を活用できるということがあります。

コミュニティ・ウェルビーイングにはどのような側面があるかに関して、McCrea らは、四つの研究結果を統合して、七つのドメインに分類しました(表1)。そこでは、「サービスと施設」、「環境」、「経済」、「社会」、「政治」、「健康」、「愛着」といったカテゴリーがあげられています。とくに、「サービスと施設」に含まれる物理的な建築環境やインフラ、「環境」に含まれる自然環境・気候といったものは、社会的レベルでのウェルビーイングに特徴的といえるでしょう。「経済」に含まれる仕事の満足度や雇用機会は、地域社会の幸福度にとって忘れられがちですが重要です。「社会」に含まれる個人の安全(治安)、信頼と互恵性、インフォーマルな社会的交流は、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の概念とも関連するものです。「政治」ドメインは、意思決定プロセスに市民が主体的に参画しているかという問題と関連しています。「健康」は、医療サービスへのアクセスの公平性の問題を含みます。「コミュニティへの愛着」は、場所への愛着と同時に、帰属意識を含んでいます。

たとえば、私たちのグループが東京の下町エリアである谷中・根津・千駄木(谷根千)で行った研究では、その地域のウェルビーイングに「銭湯」、「路地」、「古民家」、「自然(樹木)」などが重要な役割を果たしていることが示唆されました。地域の人々は、こうした文化や歴史を感じさせるような建築物や環境に対して愛着を感じており、これらを起点にしてインフォーマルな社会的交流や相互の信頼が醸成されていました。
  • https://www.primarycare-japan.com/pics/news/news-317-1.jpg

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最終更新:2023年04月27日 11時53分

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