ホームスキルアップCurrent topics - プライマリ・ケア実践誌「発症後1 時間の脳梗塞ってtPA でしょ!?」片麻痺、意識障害へのアプローチ/Vol.1 No.2(2)

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「発症後1 時間の脳梗塞ってtPA でしょ!?」片麻痺、意識障害へのアプローチ/Vol.1 No.2(2)

ケース

高血圧症の既往がある56 歳の会社員の男性が,風呂上がりに脱衣場で座り込んでいるのを妻が発見.「トイレにいきたい」と訴えているが,立ち上がることができず,通常できていた会話も困難であり救急車要請となった.来院時,意識レベルはGCS(Glasgow Coma Scale)でE4M3M6,JCS(JapanComa Scale)でⅠ- 2 であった.バイタルサインは血圧90/52mmHg,脈拍102 回/ 分(整),呼吸20 回/ 分,体温35.2℃,酸素飽和度95%(室内気)であった.自宅と同じように「トイレにいきたい」と訴えて,少量の失禁があったが,尿意か便意かはっきりしなかった.身体所見では,項部硬直はなく,心音,呼吸音に異常はなかった.神経学的所見では,脳神経系には異常なかったが,軽度(MMT4 程度)の左上下肢片麻痺を認めた.心電図は洞性頻脈でST 変化はみられなかった.脳血管障害を疑って施行した頭部MRI(発症後約1 時間)では,拡散強調画像で右中大脳動脈領域に高信号域を認めた.
(実際のケースをアレンジしたものです)

問題1

このケースの検査として有用でないのはどれか.一つ選べ.
1.血糖値測定
2.髄液検査
3.胸部レントゲン
4.D ダイマー測定
5.頸動脈エコー検査

問題2

このケースの治療として禁忌であるのはどれか.一つ選べ.
1.抗菌薬投与
2.急速輸液
3.遺伝子組換え組織プラスミノゲンアクチベーター(rt-PA,アルテプラーゼ)の静脈内投与
4.制酸剤投与
5.ブドウ糖投与

はじめに

 意識障害・片麻痺をきたす疾患は,脳血管障害やてんかん,脳炎や低血糖などが鑑別にあがるが,診断・治療には,慎重な対応が求められることもある.本症例では,意識障害・片麻痺に対する診断,注意点を述べていきたい.

ケースの詳細

●患者:56 歳男性.
●主訴:意識障害,左麻痺.
●既往歴:高血圧症(カルシウム拮抗薬を朝1 錠のみ内服),肥満(BMI32)あり.
●社会歴・喫煙歴:1 日20 本(20 歳から現在も喫煙),アルコール(機会飲酒)
●現病歴:来院当日の21 時ころ,風呂上がりに脱衣場で座り込んでいるのを妻が発見.「トイレにいきたい」と訴えているが,立ち上がることができず,通常できていた会話も困難であり救急車要請となった.妻の話によると,風呂に入ったのが,20 時30 分過ぎであったが,そのときはいつもと変わりない様子であった.夕食は19 時ころに食べ終えていた.アルコール摂取はなく,薬を間違って飲んだ様子もないとのことだった.胸痛をはじめ,痛みの訴えは,医師の問診でも明らかでなかった.風呂上がりで体表が濡れており,冷汗の存在ははっきりしなかった.
●身体所見:意識レベルGCS E4M3M6,JCS Ⅰ-2.呼びかけに返事はあるが,会話は困難であった.血圧90/52mmHg,脈拍102 回/ 分(整),呼吸20回/ 分,体温35.2℃,酸素飽和度95%(室内気).四肢の脈拍は正常に触知され,四肢の血圧測定を行ったが,有意な血圧の左右差はなかった.身体所見では,舌咬傷や項部硬直はなく,心音,呼吸音にも異常はなかった.体表上,明らかな外傷もなかった.神経学的所見では,脳神経系には異常なかったが,Mingazzini 徴候は陽性で,軽度(MMT4 程度)の左上下肢片麻痺を認めた.感覚障害は意識障害があり明らかではなかった.
●検査所見:血液検査で血液・生化学・凝固系とも異常を認めなかった.血糖値も正常であった.脳血管障害を疑って施行した頭部MR(I 発症後約1時間)では,拡散強調画像で右中大脳動脈領域に複数の高信号域を認めた.

経緯

初療を担当した救急医は,脳梗塞として遺伝子組換え組織プラスミノゲンアクチベーター(アルテプラーゼ,以下rt-PA)の静脈内投与による血栓溶解療法を検討していたが,他の救急医から血圧の高くない脳血管障害では,急性胸部大動脈解離に伴う脳血管障害も鑑別に入れるべきとの意見があり,胸部レントゲン,頸動脈エコー検査,心エコー検査,D ダイマー測定,頸部〜骨盤部造影CT を行うこととなった.胸部レントゲンでは,縦隔の拡大はなく,大動脈外縁と石灰化の距離にも異常はなかった.肥満のため十分な観察はできなかったが,頸動脈エコー検査では右内頸動脈の動脈壁にびまん性の軽度肥厚を認めた.心エコー検査は大動脈基部の解離や大動脈弁閉鎖不全症の所見は確認できなかった.心嚢液はごく軽度存在していた.D ダイマー測定では20.1 μg/mL(基準値;< 1.0μ g/mL)と高値であった.頸部〜骨盤部造影CT では上行大動脈から下行大動脈にかけて解離腔を認め,胸部大動脈解離(Stanford A 型)と診断した.また,胸部大動脈解離の右内頸動脈への進展も確認できた.

考察1 脳梗塞の急性期の血栓溶解療法とその禁忌について

 脳梗塞の急性期では,日本脳卒中学会の『脳卒中治療ガイドライン2015』1)において血栓溶解療法としてrt-PA の静脈内投与を「発症から4.5 時間以内に治療可能な脳梗塞で慎重に適応判断された患者に対して行うこと」(グレードA)としており,このケースも血栓溶解療法の適応になりそうであるが,「慎重に適応判断された患者」が何かをまさに慎重に考える必要がある.
 実際にrt-PA を静脈内投与する際には,適応外(禁忌)に関して表1 のようなチェックリスト2)がつくられており,このとおりに行えば,慎重に適応判断されそうであるが,他の項目に比べて診断が非常にむずかしいと個人的に強く思う「急性大動脈解離の合併」が筆者の気になるところである.

考察2 急性大動脈解離合併の脳梗塞の問題点

 急性大動脈解離の合併は大きな問題となっている.
2007(平成19)年8 月に厚生労働省医薬食品局が通知した「医薬品・医療機器等安全性情報No.239」によるとrt-PA(アルテプラーゼ)の添付文書改訂で「警告の項に,胸部大動脈解離あるいは胸部大動脈瘤を合併している可能性のある患者についての留意事項を追記した」とある.背景としては,2005 年10 月〜2007 年5 月31 日の副作用報告で,使用された約6600 例のうち,胸部大動脈解離の悪化,胸部大動脈瘤破裂が8 例(死亡8 例)みられていることがある.

考察3 どのように急性大動脈解離をみつけるのか

 日本脳卒中学会の『脳卒中治療ガイドライン2015』1)では「アルテプラーゼ静注療法の適応を検討する際は,四肢の脈拍触知を確認し,胸部X 線写真の撮影を施行することが望ましい」とあり,添付文書改訂では,対応として「胸痛又は背部痛を伴う,あるいは胸部X 線にて縦隔の拡大所見が得られる」とある.急性大動脈解離の所見としてまとめると,①病歴(胸痛または背部痛),②四肢の脈拍触知,③胸部レントゲン,さらにケースのなかでは,④血圧測定(四肢の血圧の左右差を含む),⑤頸動脈エコー検査,⑥心エコー検査,⑦ D ダイマー測定,⑧頸部〜骨盤部造影CT を行っている.それぞれどの程度有用な所見が得られるのであろうか.

①病歴(胸痛または背部痛)
 『JAMA』連載の「The Rational Clinical Examination」3)によると胸痛の感度は67%,突然発症の胸痛の陽性尤度比は1.6 とそれほど高くないが,何らかの痛みは90%に見られる.無痛性の大動脈解離(painless aortic dissection)
は約17%という報告もあり,大まかにいえば,大動脈解離を10 人みれば,1 人くらいは無痛性に当たる覚悟が必要なのかもしれない.

②四肢の脈拍触知
 脈拍が触知しない感度は31%とする報告3)がある.『脳卒中治療ガイドライン2015』1)では「腕頭動脈や鎖骨下動脈の狭窄や閉塞による上肢の脈拍消失や虚血は2 〜15% の症例で見られる」とある.

③胸部レントゲン
 Abnormal Aortic Contour (異常な大動脈の輪郭)の感度は71%とする報告3)がある.また大動脈壁外縁と内膜石灰化との距離の異常(6mm 以上)(DisplacedIntimal Calcification)の感度は9%と低い3).胸部レントゲンで何らかの異常が見られる感度は90%である3).

④血圧測定(四肢の血圧の左右差を含む)
 『脳卒中治療ガイドライン2015』1)によると「臨床症状の有無にかかわらず左右の上肢に血圧差(20mmHg 以上)があるものまで含めると,約半数近くの例にのぼるとされている」とある.

⑤頸動脈エコー検査
 大動脈解離が合併した脳梗塞に関して,複数のケースレポート5 ー7)で,頸動脈エコーの重要性が指摘されているが,急性発症の脳梗塞を疑うケースにいつ,どのようなケースで頸動脈エコーを行うべきかのエビデンスを探すことはできなかった.

⑥心エコー検査
 経胸壁心エコーの感度は78%,特異度は87%,陽性的中率は71%との報告8)がある.経胸壁心エコーで所見がなくても,大動脈解離がないとはいえない数字かもしれない.経食道心エコーは診断のゴールドスタンダードの一つとされ,たとえば,感度93.5 〜96.8%,特異度は99 〜100%とする報告9)がある.

⑦ D ダイマー測定
 2015 年のメタアナリシス10)によるカットオフ値を0.5 μg/mL としたデータでは,感度94.5%と高いが,特異度は61.9%と落ちる.感度が高いので,Dダイマー陰性なら大動脈解離ではないといいやすいかもしれない.

⑧頸部〜骨盤部造影CT
 経胸壁心エコー,MRI と並んで,ゴールドスタンダードの一つとされる.感度83 〜95%,特異度は87 〜100%である3). 

結局何がよいかであるが,むずかしい問題である.病歴や身体所見から大動脈解離を疑って,検査を行うことになる.意識障害など病歴のはっきりしない場合は,脳血管障害以外に大動脈解離を念頭において,比較的感度の高い胸部レントゲン検査やD ダイマー測定が重要な検査になりうるかもしれない.
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考察4 大動脈解離と脳血管障害合併

 急性大動脈解離と脳血管障害が合併することがある.Stanford A 型大動脈解離38 例(そのうち脳血管障害合併で麻痺を呈したもの8 例)との検討5)では,初診時血圧は大動脈解離群で脳梗塞群よりも有意に低値であった.D ダイマー値は大動脈解離群で脳梗塞群より高値であった.臥位胸部レントゲンでは上縦隔/胸隔比,上縦隔/ 心臓比が大動脈解離群で有意に高かった.この論文5)発表からは,血圧,D ダイマー値,胸部レントゲンの所見が鑑別に有用な因子と考えられる.
 今回の症例も,初診時の血圧は正常であり,「脳梗塞と思われる所見があっても血圧が正常には注意」といってよいかと思う.また,脳梗塞と診断,rt-PA(アルテプラーゼ)の静脈内投与を行うときには,チェックリストで大動脈解離の有無の確認時に,血圧,D ダイマー値,胸部レントゲンの所見,さらに頸動脈エコーの適応を考えることが重要と考える.

正解とまとめ

問題1 の正解= 2.髄膜検査(発熱はなく,髄膜炎は考えにくい状況であり,緊急で行う検査ではない)

1.血糖値測定:低血糖から起こる意識障害との鑑別で重要
3.胸部レントゲン(考察3 参照)
4.D ダイマー測定(考察3 参照)
5.頸動脈エコー検査(考察3 参照)


問題2 の正解= 3.遺伝子組換え組織プラスミノゲンアクチベーター(rt-PA,アルテプラーゼ)の静脈内投与

1.抗菌薬投与:感染症は考えにくいが禁忌ではない
2.急速輸液:血圧低下があり,大動脈解離からの心タンポナーデを考えると閉塞性ショックに対しての急速輸液は適応がありうる
4.制酸剤投与:ストレス下であり,消化性潰瘍の可能性があり,制酸剤投与は考慮されうる
5.ブドウ糖投与:ウェルニッケ脳症の可能性は低く,禁忌ではない

 意識障害と片麻痺を起こす疾患には大動脈解離があることを忘れてはならない.
とくに脳梗塞と思われる所見があっても,初診時血圧が正常な場合は要注意である.さらに,急性発症の脳梗塞で血栓溶解療法を急ぐ場合には,慎重に大動脈解離を除外することが重要である.

参考文献

1)日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会.脳卒中治療ガイドライン2015.協和企画,2015.
2)日本脳卒中学会脳卒中医療向上・社会保険委員会rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法指針改訂部会.rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法適正治療指針.第2 版,2016,p10.http://www.jsts.gr.jp/img/rt-PA02.pdf(2016 年10 月30 日アクセス)
3)Klompas M. Does this patient have an acute thoracic aortic dissection?.JAMA. 2002;287(17): 2262-2272.
4)Imamura H, et al. Painless acute aortic dissection. Circ J. 2011; 75(1): 59-66.
5)上野達哉,他.急性期脳梗塞と急性胸部大動脈解離の臨床像の鑑別点.脳卒中.2014;36:414 ー418.
6) 竹川英宏, 他. 大動脈解離が両側総頸動脈に及んでいた1 症例の頸動脈エコー所見.Neurosonology,2004;17(1):28-30.
7)Ju Fen Yeh, et al. Ischaemic infarction masking aortic dissection: a pitfall to be avoidedbefore thrombolysis. Emerg Med J. 2007; 24: 594-595.
8)Christoph A, et al. The diagnosis of thoracic aortic dissection by noninvasive imagingprocedure. N Engl J Med. 1993; 328:1-9.
9)Evangelista A, et al. Diagnosis of ascending aortic dissection by transesophagealechocardiography: utility of M-mode in recognizing artifacts. J Am Coll Cardiol. 1996;27: 102.
10)Cui JS, et al. D-dimer as a biomarker for acute aortic dissection: a systematic reviewand meta-analysis.Medicine (Baltimore). 2015; 94(4): e471.

キーメッセージ

・意識障害と片麻痺のある症例には慎重に診断すべき例もある
 
・血圧の高くない脳血管障害様の症状では胸部大動脈解離の可能性がある
 
・血栓溶解療法の適応は慎重に判断されるべき

プロフィール

本村 和久
沖縄県立中部病院総合診療内科
 
略歴
1997 年山口大医学部卒.同年より沖縄県立中部病院プライマリ・ケア医コース研修医.沖縄県内の離島にある伊平屋診療所勤務を経て,沖縄県立中部病院で内科後期研修に従事.同県立宮古病院, 王子生協病院などを経て,2008 年より現職.ジェネラリストとして,研修医へのプライマリ・ケア教育に携わっている.
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最終更新:2022年01月05日 20時56分

実践誌編集委員会

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