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Current topics - プライマリ・ケア実践誌

健康と社会を考える/社会的バイタルサインを使って患者さんの現在、過去、未来をみよう②

はじめに

前号では日本プライマリ・ケア連合学会が2018年6月に発表した「健康格差に対する見解と行動指針」を実践するための枠組みとして私たちが活用している社会的バイタルサイン(social vital signs:SVS)について概要を紹介しました。今回はSVSを臨床現場で活用している2施設の取り組みを紹介します。

外来でのSVS調査の実践(勤医協苫小牧病院)

SVS調査のきっかけ

勤医協苫小牧病院外来では、2013年より外来通院患者のSVS調査を実施しています。きっかけは外来通院患者A氏の孤独死でした。単身で自立した生活を送っていた高齢のA氏は、亡くなる半年ほど前から認知機能の低下が目立ちはじめ、予約日や時間を忘れることが多くなりました。外来看護チームは電話かけなどの対応をしていましたが、A氏の生活状態や家族との関係は把握していませんでした。A氏の孤独死により私たちは、A氏に限らず外来に通院する患者の背景について、ほとんど把握していないことに気づきました。この気づきをふまえ、高齢患者のSVS調査を開始することにしました。調査項目は図1を参照してください。
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SVS調査が根づくまで

当初は連絡先を聞かれることに不信感をもつ方もいて、調査が滞った時期もありました。しかし、外来の全職員で健康権や健康の社会的決定要因、各種社会保障制度について学習し、調査の必要性を常に共有しながら、取り組みを継続しました。調査開始1年後、聞き取り件数が100件を超えたころには、外来スタッフから「この患者のSVSはもう聞いているか」、「聴取しなければ」といった声が自然とあがるようになりました。また、受付の事務職員が患者との会話のなかで生活の変化や困難に気づき、無料低額診療事業を積極的に紹介するようになる等の変化もみられました。そして、SVSをふまえて院内外の多職種とタイムリーに連絡を取り合い、患者の生活支援や適切なケアにつなげられるようになりました。2016年には、患者のSVSを病院が把握していることを示すシールを作成し、同意を得られた方の診察券に貼る取り組みをはじめました。
これまでの調査により、高齢世帯患者は市内全域から通院しているものの、半数以上は近隣地区の在住であることがわかりました。そこで、当地域の地域包括支援センターを訪問し、聴取したSVSの情報をもとに懇談を行いました。懇談後は、地域包括支援センターからの患者紹介件数が増加するとともに、医療ソーシャルワーカー(MSW)が橋渡しとなり、受診相談のカンファレンスが行われるようになりました。

新たな活動の広がりへ

2017年からは、Team SAILにより作成された「SVSアクションシート」を使用したカンファレンスを開始しました。気になる患者や困った患者に対して、シートを基により詳細な情報収集を行うことで、患者の生活を具体的に知る必要に気づき、自宅訪問の件数も増えました。患者の背景を聞き取るだけでなく、実際の生活を見て、その苦労や困難、努力が見えることで、「困った患者」という医療者側の陰性感情が、「ともに療養を支える」という気持ちに変化するなどの効果がみられました。

また同年、聴取が800件を超えたところで、より「地域に寄り添い患者の療養を支援する」ために地域担当看護師制を導入し、高齢者世帯を対象とした個別訪問を開始しました。訪問対象者と病院がつながることで、何かあったときにはすぐに相談できる関係を構築することと、病院がもつ地域コミュニティ(苫小牧健康友の会)に参加を促すことが目的です。また、MSWはSVSデータを活用して、無料低額診療制度の対象者を掘り起こす活動も行いました。

個別訪問以外にも、地域担当看護師が健康友の会の各地域の集まりに出向いて懇談を行い、地域の高齢者の現状やコミュニティを把握したり、SVSデータと地域訪問活動、人とのつながりが健康づくりにつながるという研究データなどを伝えたりする活動も行っています。

2018年北海道胆振東部地震の際には、各地域担当が、すべての高齢世帯へ安否や生活状況を確認する電話かけを行いました。患者からは、「病院から安否確認の電話が入るなんて心強い」、「被害はなかったが不安だったので嬉しかった」、「今は困っていることはないが、病気のこと以外も病院に相談していいと聞いて安心した」などの声が寄せられました。

このようにSVSの取り組みは、医療者が患者の困難に寄り添いともに療養を支援するためのツールとして活用するにとどまらず、地域担当看護師の個別訪問活動や、健康権が脅かされるリスクが高いグループの同定と個別対応にもつながっています。今後は、地域担当看護師だけでなく病院全体の取り組みとして、市内全域の地域包括支援センターを訪問し懇談を行うことで顔の見えるつながりをつくり、患者の生活をともに支えるパートナーとしてさまざまな情報共有を行えるような活動が目標です。高齢者が地域で安全に安心して暮らすことを支援するために、SVSが果たす役割は大きいと感じています。

入院患者でのSVSカンファレンスの実践(健生病院)

当院は入院患者数のなかで生活保護世帯の割合が約10%を占めるなど医学的な評価・介入のみを必要とする患者だけではなく、社会的問題の評価・介入が必要な患者が入院しています。これまでにも多職種でのカンファレンスや臨床倫理4分割法(Jonsenの4分割法)を利用したカンファレンスを実施していましたが、ある学習会で勤医協苫小牧病院が実施しているSVSカンファレンスという存在を知りました。

当初はあまりむずかしく考えずに、これまでのカンファレンスと同様に「SVSカンファレンスをやってみよう」という気軽な気持ちで取り組みはじめました。しかしSVSカンファレンスを重ねるうちに、臨床問題が複雑な事例、とくにMartinらがchaoticやcomplexな問題と分類しているような事例に対して多職種で情報を整理・共有したり、患者の意向を重要視した支援をするためのツールとして有用性を実感しています。

以下、当院での入院患者に対するSVSカンファレンスの実践について報告します。
【事例】
■患者:40代女性
■現病歴:X年Y月、発熱・全身倦怠感を主訴に当院救急外来を初診した。3ヵ月前より皮疹や眼周囲の発赤・関節痛が出現し、皮膚科・眼科・アレルギー科等を受診したが診断が確定できず症状持続した。血液検査で肝機能障害と炎症反応上昇があり、食事摂取・体動困難もあったため、原因精査加療目的に当院総合診療科に入院となった。
■生活歴:本人、長男(大学生)、次男(高校生)の3人暮らし。夜勤専従の看護助手をしている。
(事例提示については患者さんの了承をいただいています)

入院後の経過

①医学的評価と介入
臨床所見や血液検査所見より、抗MDA5抗体陽性の皮膚筋炎と診断しました。診断時点の精査では悪性腫瘍と間質性肺炎の合併は認められませんでした。
免疫抑制剤開始後は速やかに肝機能障害や炎症反応が改善し、食事摂取可能となりました。
筋力低下に対してはリハビリを行いましたが、治療開始後も改善が乏しく歩行器歩行レベルとなってしまいました。車椅子自走は摩擦により容易に皮疹が出現するため困難でした。

②社会的問題の評価と介入
入院当初から本人より「一番心配なことはお金です。高額医療費制度のことは聞いたが、ちゃんとわからない」というお話がありました。本人と関係性をつくりながら本人の社会状況について尋ねていく方針としました。
歩行器歩行レベルで自宅退院するにあたり、本人・医師・リハビリスタッフで家屋調査を行いました。家屋は家賃月2万円の県営住宅3階であり、訪問すると3階までの階段昇降が困難であり握力低下により玄関扉のドアノブを開閉できないことがわかりました。また、節約のために冬もストーブを使用せずに洋服や毛布を着込んで生活していたこと、洗濯機は使用せずに洗濯板で洗濯をしていたこと等が判明しました。

難病申請や身体障害者手帳申請を行ったうえで、多職種で社会状況や家屋調査の情報を整理するためにSVSカンファレンスを実施しました(表1)。情報共有を行ったうえで、本人の意向・価値観を優先し今後どのように3人暮らしの生活を続けていくかを本人・家族・医療スタッフで考えていきました。

住居はバリアフリーの市営住宅1階に引っ越すことができるように行政と交渉し、本人・医師・リハビリスタッフ・介護・福祉用品の業者とともに再度家屋調査を行い自宅退院に向けて準備を進めました。本人が息子たちに料理を作りたいという希望があり、リハビリ室で調理実習も行いました。本人の病状や今後の生活について本人・息子たち・両親・妹と繰り返し家族会議を行い、入院から約8ヵ月後に市営住宅へ退院となりました。
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事例の振り返り、その後

本事例は生活保護申請をしたり実家や施設へ退院をしていれば経済的な不安や生活の不安がより少なくなったかもしれません。しかし、本人の意向・価値観、そして過去を辿ると、息子二人とともに生活することが何より本人の希望であり、そのために一生懸命に頑張っていくことが生きがいになっていると感じました。そのために本人の意向を常に念頭におき、何度も本人・家族と対話を重ね今後どのように生きていくかを検討していきました。

当初は本人とかかわっていると、「すごく意地っ張りな人だな」、「頑固で融通が利かない人なのかな」、「両親に頼ったらいいのに」という思いが沸いていました。しかしSVSを基に本人にお話を伺うと、本人のこれまでの生き様・思い・価値観・努力などがありありとわかり、「意地っ張り」、「融通が利かない」、「頑固」という陰性感情が消えていきました。また、SVSカンファレンスを行うことで、多職種で患者・家族の複雑な情報を共有し、その情報から現状とその要因についてアセスメントを行い患者の意向を重要視した支援を行うことができたと考えられます。

最終的に経済的な不安・健康面の不安・生活の不安があるまま自宅へ退院となりましたが、本人は息子たちの成長を見守ることを非常に楽しみにしており、定期通院時には早朝の弁当作りや息子たちの学校や進路の話を楽しそうに話してくれます。

今後も本人の意向を大切にし、本人の退院後の生活や今後の生き方を考慮した診療を行うためにSVSカンファレンスを継続していきたいと思います。

おわりに

前回と今回の連載で社会的バイタルサインの概要と実践について紹介しました。SVSの普及を目的に活動しているTeam SAILではSVSの6項目(HEALTH)についてエビデンスを集積し総説としてまとめる準備を進めています。

今後の展望として、SDHのスクリーニングはその効果や手法の評価もまだ定まっていないため、SVSを健康の社会的決定要因(SDH)のスクリーニングツールとして活用する手法の開発を進めていきたいと考えています。今後もSVSの活動を発信していきます。

プロフィール

大矢 亮
耳原総合病院救急総合診療科

略歴
2004年長崎大学医学部卒業し耳原総合病院で初期研修開始。2006年に名古屋大学総合診療部(当時)で総合診療と医学教育に触れ、以降総合診療と研修医教育を生業としてきた。ディープな堺で地域医療を実践する中でヘルスプロモーションやSDHに興味を持つようになり、2015年日本HPH(Health Promoting Hospitals and Health service)ネットワーク運営委員を拝命し、2018年にはプライマリ・ケア連合学会健康の社会的決定要因検討委員会に加えていただいた。多くの刺激の中で学びを深め実践への落とし込みを企んでいる。
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幌 沙小里
北海道勤労者医療協会勤医協札幌病院3-1病棟

略歴
1994年勤医協札幌看護専門学校卒業後、北海道勤医協へ入職。札幌西区病院、中央病院を経て、2000年に札幌を離れ、地方都市の苫小牧病院へ。2010年外来看護師長となり、地域に根差した無差別平等の医療を展開する外来で、SDHやヘルスプロモーションについて学び、自患者の療養を支援する看護を実践してきた。2017年のJPCA学術大会で現在のTeam SAILメンバーに合流し、現場での実践を中心に多職種と共に活動しています。2019年より現職。
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大髙 由美
津軽保健生活協同組合健生病院総合診療科

略歴
2012年に弘前大学医学部卒業し健生病院で初期研修開始。2015年より健生病院総合診療科で研修中。ヘルププロモーション、SDH、栄養管理、感染症、褥瘡、リラックマに興味を持ち、日々勉強中。
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最終更新:2023年04月27日 11時55分

実践誌編集委員会

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