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風邪に対する漢方薬の考え方,使い方③ 風邪が治りません…/Vol.2 No.1(3)

はじめに

 プライマリ・ケアの特徴の一つに「近接性(accessibility)」がある.その受診のしやすさもあってか,「風邪が治りません……」という主訴の外来患者にしばしば遭遇する.一般的な風邪の自然経過から外れている場合には,細菌感染の合併を考えた再評価が必要である.しかし,症状のピークはすでに過ぎているものの,咳などが持続するために受診する患者の場合には,「自然に治りますよ」と説明するだけでなく,何らかの対応が求められることが多い.漢方治療では,風邪症状の時間的な経過も大事なポイントであり,急性期(発症2 〜3 日以内)と亜急性期(5 〜6 日目)以降では治療法が異なる.今回はそのような急性期を過ぎた亜急性期以降の風邪に対する漢方治療を紹介する.

亜急性期以降の風邪の漢方医学的な考え方

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 一般的な風邪の場合,悪寒や咽頭痛が起こり,その後,鼻汁や咳,痰が出現する.
症状のピークは3 日目前後にあり,7 〜10 日目ころにおさまってくるのが自然経過である1).ウイルスの種類や患者自身の体力などでさまざまな経過をたどり,なかには3 週間程度,一部の症状が続く場合もある2).
 連載の第1・2 回で,風邪をひいて悪寒を感じたあとの闘病反応が,「冷え」と「熱」のどちらが主体であるかに着目して,主に発症直後から急性期(2 〜3 日目)における風邪の漢方治療を紹介した.今回はその間に治癒せずに,亜急性期(5 〜6 日目以降)まで経過した場合の考え方を紹介する.
 まず,亜急性期以降であっても,最初に確認することは「冷え」の有無である.
元来,冷え性であったり,慢性疾患や体力の低下がある場合は,「冷え」のため闘病反応が弱く,必要な温熱産生ができずに風邪が治癒せず,遷延してしまうことも多い.その場合は,第1 回で紹介した生体を強力に温めて治癒を促す麻黄附子細辛湯が適応となる.「悪寒→冷え」タイプのように発症直後から「冷え」がある場合や経過中に「冷え」が出現する場合も存在する.復習になるが,このタイプは,手足や体に自他覚的に冷えがあり,倦怠感が強い.「手足が冷える」,「だるい」,「きつい」などの自覚症状をたずねる以外にも,「普段と比べて身体や手足が冷えませんか?」,「冷房や冷たい風に当たると嫌ですか?」,「今,温かい飲み物がほしいですか?」,「きつくて横になりたいですか?」と問診して,「冷え」と「倦怠感」を見逃さないようにする.また,実際に四肢を触診して他覚的な冷えを確認することも大切である.
 次に,亜急性期(5 〜6 日目以降)で,明らかな「冷え」がない場合を考える.この場合は,「悪寒→発熱」タイプから経過することが一般的である(図1).漢方では,悪寒がある場合は,体表面を中心に闘病反応が起こっていると考える.悪寒は徐々に少なくなり,2 〜3 日目には発熱や咽頭痛など熱を伴う症状が強くなる.そのまま治癒せずに5 〜6 日目以降になると,悪寒や頭痛はなくなって,解熱しているか,または微熱のみになって咳や喀痰が主体となる.漢方医学ではこの変化を風邪のウイルスである病邪が体表面から体内に侵入して,病態が次のステージに進行したと考える.その他,食欲低下,食べ物の味が悪い,口が粘つく,吐気などが病態の進行を示すサインである.この漢方医学的な病態の変化を採用すると,「風邪が治りません……」と受診する患者に対する治療の幅が広がり,個々の患者の症状に合わせた治療が可能になる.今回は,この病邪が体内に侵入した「遷延する風邪」を中心に紹介する.

遷延する風邪の漢方治療

 体表面で闘病反応が起こっている時期(急性期)には,発汗により病邪を外に追い出すことで治癒させる.一方,病邪が体表面から体内に侵入した場合は,その場で闘病反応(炎症)を鎮める治療法に変化する.具体的には,抗炎症作用をもつ柴さいこ胡と黄おうごん芩が含まれる柴胡剤とよばれる漢方薬で治療する.以下に遷延する風邪に頻用する柴さいこざい胡剤を紹介する.


◯小柴胡湯(しょうさいことう)(No.9)
 代表的な柴胡剤である.小柴胡湯は,解熱・抗炎症作用をもつ柴胡・黄芩のほかに,鎮咳作用のある半夏,消化機能を高める生姜・人参などから構成され,微熱があって咳があり,食欲がないといった症状が出現する遷延する風邪によい適応となる.実際,5 日以上経過した口内不快,食欲不振,倦怠感のいずれかを有する風邪患者に対して小柴胡湯とplacebo を比較したところ,小柴胡湯群のほうが全般改善度や咽頭痛や倦怠感などの症状改善度が有意に優れていたという漢方医学的診断に合わせたDB-RCT の報告もある3).

◯小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)(No.109)
 小柴胡湯に鎮痛作用と抗炎症作用のある桔梗と石膏が加わった処方で,咽頭炎の症状が強いのど型の風邪が遷延した場合に使用する.咽頭炎症状が強い溶連菌やインフルエンザ感染に対して抗菌薬や抗ウイルス薬での治療後,解熱しても咽頭痛を中心とした症状が残っている場合にも筆者はよく活用している.

◯柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)(No.10)
 風邪の急性期に用いて軽い発汗作用のある桂枝湯と小柴胡湯を混ぜたような処方である。急性期をすこし過ぎた亜急性期への移行期から風邪の治り際まで,治療が可能であり,適応範囲が広く,使いやすい.どの柴胡剤を選択すべきか迷う場合や遷延する風邪に対して柴胡剤をはじめて診療に取り入れる場合には,この柴胡桂枝湯がお薦めである.

漢方医のもう一言:
柴胡剤の注意すべき副作用として肝機能障害や間質性肺炎がある.副作用の発症機序としてアレルギー反応が示唆されている.しかし,風邪に対して1 〜2 週間程度,柴胡剤を使用する場合は副作用を起こすことはごくまれであり,問題になることは少ない.一方,月単位で使用する際は,咳や呼吸困難などの自覚症状がないか問診したり,定期的に血液検査や胸部X 線で確認して注意を払う必要がある.

せき型の遷延した風邪の漢方治療(図2)

長引く咳や痰のため日常生活に支障が出たり,睡眠障害が生じている場合はつらいものである.「風邪が治りません……」と受診する患者では咳症状が主体であることが多い.現代医学的には,2 〜3 週間,咳が持続している場合,急性気管支炎,上気道咳症候群(後鼻漏),感染後咳嗽などの鑑別を行ったうえで,治療はこれらに対する対症療法が中心となる.漢方治療では,どれも気道の炎症が残存している病態ということは共通していることから,抗炎症作用のある柴胡剤による治療が主体となる.さらに,それぞれの咳や痰の状態に合わせて鎮咳・去痰作用のある漢方薬を併用する(図2).鎮咳作用を有する代表的な漢方薬を紹介する.
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◯半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)(No.16)
 喀痰を伴う咳の場合に適応となる.とくに,痰がからんで喉がつかえたように感じると訴える場合に有効である.鎮咳作用・溶解性去痰作用のある半夏と気管の痙攣を止める作用をもつ厚朴の二つの生薬が中心である.半夏厚朴湯単独で,気管に分泌された過剰な水分を減らし,粘稠な喀痰を溶解させて,気管の蠕動運動を正常化する作用がある.口腔内や気道が乾燥傾向の場合には,身体を乾燥させる作用があるため適さない.

◯麦門冬湯(ばくもんどうとう)(No.29)
 発作性に連続して出るような咳に用いる.咳に伴って顔面が紅潮することも多い.乾性咳嗽に適応になることが一般的であるが,実際には,喀痰が少量ある場合にも使用可能である.喀痰がある場合は,粘稠度の高い喀痰が乾燥傾向の気道粘膜にはりついて,切れにくい場合に用いられる.麦門冬湯も半夏厚朴湯と同じく,鎮咳作用・去痰作用のある半夏が含まれる.さらに麦門冬・人参・粳米・大棗といった体を潤して水分を保つ作用(滋じじゅん潤作用とよぶ)をもつ生薬を含み,乾燥した気道粘膜を潤すことで,喀痰をスムーズに出しやすくする.一方で,水様性の喀痰が多い症例には,服用するとさらに喀痰を増やしてしまうため適さない.「喉がイガイガして乾燥するので,マスクや加湿器を使ってます」と訴えがある場合や,「飲み物で喉を湿らせると,気持ちがよいですか?」と質問して,気道粘膜の乾燥の有無を確認する.

◯さらに激しい咳の場合
 麦門冬湯も顔面が紅潮するほどの激しい咳が目標になるが,さらに程度の強い咳に対する漢方薬を紹介する.目が飛び出るほど,または咳のあと嘔吐するような激しい咳には越えっぴかはんげとう婢加半夏湯を用いる.しかし越婢加半夏湯はエキス製剤にないため,越えっぴかじゅつとう婢加朮湯(No.28)に乾性咳嗽であれば麦門冬湯を,湿性咳嗽であれば半夏厚朴湯を併用して用いる.

漢方医のもう一言:
漢方エキス製剤を併用することで,エキス製剤にはない別の漢方薬に近づけることができる.越婢加朮湯は併用する機会の多い漢方薬であり,今までに本連載で紹介したものをここで復習する.風邪の場合,気道の感染部位では血管透過性の亢進による熱感・紅斑・腫脹などの急性炎症の局所反応が生じている.越婢加朮湯は麻黄,石膏,朮などの生薬を含み,熱を冷まして炎症を鎮め,浮腫を除く作用があることから,急性炎症の熱感・紅斑・腫脹に対する治療に適している.さらに咳症状に対しては,麻黄の主成分であるエフェドリンの気管支拡張作用による鎮咳作用も期待できる。風邪に越婢加朮湯を活用できると,漢方治療の幅が広がる.
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こじれた風邪には心身一如の漢方治療

 漢方医学的な視点を加えて風邪の診療を行っていると,風邪の症状が長引くこじれた症例では,単に「ウイルス性上気道感染」だけではない漢方医学的異常を合併していることをしばしば経験する.これは家庭医が医学的診断= disease(疾患)と患者自身による症状や問題の定義= illness(病い)の両面へアプローチして4),患者を全人的に理解することに似ている.こじれた風邪の場合,漢方医学的には大きく二つの異常をきたしていることが多い.
 
○「冷え」のため闘病反応が弱くこじれている風邪
 先日,筆者の家庭医外来に院内職員(30 歳代女性)が受診した.1 週間前から風邪をひいて治療を受けているが,微熱と咽頭痛が続いていた.受診時も37.5℃の発熱があったが,四肢を触診すると冷たく,「冷え」があった.倦怠感もあったため,「最近,忙しいのでは?」とたずねると,通常の仕事と家事に加え,睡眠時間を削って資格取得のため勉強をする日々が続いているとのこと.抗生剤の処方の希望もあったが,「体が冷えて風邪が治りづらい状態です.漢方薬で体を温めて治療しましょう」と説明して麻黄附子細辛湯を処方した.後日,経過を確認したところ,薬を飲むたびに体が温まり,2 日後には治ったと即効性に驚いていた.多忙で疲労がたまっていることに共感的態度で接して,本人の感情や期待を確認したうえで,麻黄附子細辛湯で強力に温めて生体反応を補ったことが早期に治癒した要因であると推測された.また「冷え」に加え,何らかの精神的ストレスも抱えてこじれている場合には,麻黄附子細辛湯と桂けいしとう枝湯(No.45)を併用するとよい.この併用は,桂けいきょうそうそうおうしんぶとう姜棗草黄辛附湯の代用となり,悪寒や冷えがいつまでもとれずに,微熱や倦怠感のある風邪に適応になる5).桂姜棗草黄辛附湯は風邪以外にも,精神的ストレスと関連する腰痛などにも効果があるおもしろい漢方薬で,有名な例として,目上の先輩にいわないといけないことがあると思っているうちに出現した強い腰痛に著効したという症例がある6).
○風邪がこじれて咳が持続する場合
 急性気道感染による咳の持続期間は平均17.8 日であったが,アンケート調査による患者が期待する咳の持続期間は5 〜7 日であり,両者にミスマッチがあったという報告がある7).このような認識のズレが存在するためか,咳が続く場合は,なかなか治らずいらいらしたり,何か悪い病気ではないかという不安を生じて受診する患者も多い.柴胡剤は抗炎症・健胃作用以外にも,自律神経調節作用や抗ストレス作用などをもっている8).そのため柴胡剤は,心理社会的因子の関与が大きい過敏性腸症候群や舌痛症などの治療にも用いられ,心身両面からの効果が期待できる.また,半夏厚朴湯も,器質的病変がない咽喉頭異常感症やヒステリー球に対しても有効で,不安を中心とした抑うつ神経症的な訴えに効果があり,漢方医学的には,「気のうっ滞を散じて気分を明るくする効果がある」と解説されている9).よって,こじれたせき型の風邪に対して柴胡剤+半夏厚朴湯で治療することで,生物学的側面の抗炎症・鎮咳去痰作用と同時に,いらいらや不安症状に対する心理的側面への効果も期待できる(図3).
とくに,小柴胡湯+半夏厚朴湯は柴さいぼくとう朴湯(No.96)とよばれ,エキス剤にもあるので活用しやすい.
 なかなかすっきりと治癒しないこじれた風邪に対して,「冷え」,「いらいら」,「不安」といった漢方医学的な異常を考慮することで,患者の心理社会的要因にもアプローチができ,さらに治療も可能になる.こじれた風邪には,心身一如の漢方治療をお薦めしたい.
 
 
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漢方Q&A

 本連載では,読者の先生方から一般医療用漢方エキス製剤による治療に関する「素朴な疑問・質問」を募集しています.お気軽にきいてください(問い合わせはpc-magazine@primed.co.jp まで).


Q : 漢方薬は用法どおり食前や食間に内服するべきですか?

A:生薬のなかには生姜のような食物も含まれているため,食事と混ざると生薬の配合バランスが崩れて効果が落ちる可能性があります.そのため,胃に食物が入っていない食前,食間の服用が望ましいです.しかし,時間にこだわって服用しないよりも,コンプライアンスをあげる目的であえて食後にすることもあります.本連載のテーマである風邪の漢方治療の場合,発汗により治癒を促す場合は,食事の時間にこだわらない「汗が出るまで間隔を詰めた内服」を前回解説しました.今回の柴胡剤による治療でも,増量したり,内服回数を増やした(4 〜6 回/ 日)ほうが治りは早いです.

参考文献

1)山本舜悟.かぜ診療マニュアル かぜとかぜにみえる重症疾患の見分け方.日本医事新報社,2013,p26-27.
2)Heikkinen T, Jarvinen A. The common cold. Lancet. 2003; 361(9351): 51-59.
3)加地正郎,柏木征三郎,山木戸道郎,他.TJ-9 ツムラ小柴胡湯の感冒に対するPlacebo 対照二重盲検群間比較試験.臨床と研究.2001;78(12):2252-2268.
4)新・総合診療医学 家庭医療学編.藤沼康樹編.第2 版,カイ書林,2015,p56-67.
5)松田邦夫.症例による漢方治療の実際.創元社,1992,p7-8.
6)相見三郎.漢方の心身医学.創元社,1976,p64-65.
7)Ebell MH, Lundgren J, Younqpairoj S. How long does a cough last? Comparing patients’ expectations with data from a systematic review of the literature. Ann Fam Med. 2013; 11(1): 5-13.
8)花輪壽彦.漢方診療のレッスン.増補版,金原出版,2003,p37.
9)大塚敬節.漢方診療医典.第6 版,南山堂,1969,p383.

キーメッセージ

・漢方では風邪症状の経過に応じて治療法が変わる

・急性期を過ぎた風邪でもまず「冷え」をチェック

・「冷え」がなく微熱,咳,食欲不振などの症状は柴胡剤で治療

・こじれた風邪には心身一如の漢方治療

プロフィール

吉永 亮
飯塚病院 東洋医学センター漢方診療科
 
略歴
2004 年自治医科大学卒業.
2004 ~ 2006 年飯塚病院 初期研修医.
2006 ~ 2007 年福岡県立嘉穂病院.
2007 ~ 2010 年新宮町相島診療所.
2010 ~ 2013 年八女市矢部診療所.
2013 年4月より現職.日本内科学会認定内科医、総合内科専門医/日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医・家庭医療指導医/日本東洋医学会漢方専門医,指導医自治医科大学の義務年限の期間に,福岡県の離島と山間地の僻地診療所に各々3 年間勤務しました.地域医療を行いながら,当科で漢方の外来研修を行いました.漢方外来で学んだことを地域医療で実践すると,とても有用で,地域住民の方々に喜んでもらえ,その上,自分自身の地域医療のやりがいを高めることができました.そうしているうちに,徐々に漢方の魅力にハマってしまい,地域医療の終了後はもっと本格的に漢方を勉強しようと現在に至ります.どっぷりと漢方の世界に浸かって,漢方の可能性を広げるべく日々奮闘中です.
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最終更新:2022年01月10日 22時28分

実践誌編集委員会

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