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第14回 日本プライマリ・ケア連合学会学術大会 学生セッション 受賞者インタビュー Vol.5<口頭発表の部 優秀賞 > 鹿児島大学医学部
2023年5月13日(土)〜14日(日)ポートメッセなごやで開催された第14回 日本プライマリ・ケア連合学会学術大会 学生セッション。口演発表(研究)19エントリー、ポスター発表(活動紹介)37エントリーの中から、各部門で受賞された発表内容をご紹介します。今回は「口頭発表の部」で優秀賞を獲得した鹿児島大学医学部の河野裕佳さんと指導にあたった大脇哲洋先生および網谷真理恵先生からお話をうかがいました。
口頭発表の部 優秀発表賞
地域における食物のやりとりに関する質的研究
##受賞内容
口演発表の部 優秀賞
##演題名
地域における食物のやりとりに関する質的研究
##大学
鹿児島大学医学部
##発表者名
河野裕佳さん(鹿児島大学医学部医学科)
##指導者名
大脇哲洋先生(医歯学域医学系 医歯学総合研究科 離島へき地医療人育成センター教授/医歯学域医学系 医歯学総合研究科健康科学専攻 国際島嶼医療学講座(プロジェクト講座) 教授/医歯学域附属病院附属病院 管理施設 地域医療支援センター所長)
網谷真理恵先生(医歯学域医学系 医歯学総合研究科健康科学専攻 国際島嶼医療学講座(プロジェクト講座)准教授)
口演発表の部 優秀賞
##演題名
地域における食物のやりとりに関する質的研究
##大学
鹿児島大学医学部
##発表者名
河野裕佳さん(鹿児島大学医学部医学科)
##指導者名
大脇哲洋先生(医歯学域医学系 医歯学総合研究科 離島へき地医療人育成センター教授/医歯学域医学系 医歯学総合研究科健康科学専攻 国際島嶼医療学講座(プロジェクト講座) 教授/医歯学域附属病院附属病院 管理施設 地域医療支援センター所長)
網谷真理恵先生(医歯学域医学系 医歯学総合研究科健康科学専攻 国際島嶼医療学講座(プロジェクト講座)准教授)
近年、住民同士のつながりがソーシャルキャピタルとして健康に影響を与えていることが注目されている。しかしその食物のやりとりを介したソーシャルキャピタルについて質的に明らかにしている研究はない。そこで、食物のやりとりを通して地域ソーシャルネットワークと食文化の関係を質的に明らかにし、住民の身体的・精神的・社会的な健康増進策の考察につなげることにした。その一連の研究について報告する。
前年度の量的研究をベースに質的研究へと発展
―今回の研究はJAとのコラボレーションだったとのことですが?
はい。もともとはJAが鹿児島大学との共同研究を前提とした研究テーマを広く募集していたんです。これは医学部に限ることではなく、他の学部も含めてのことです。そこに応募したことから共同プロジェクトとして研究を進めることになったのですが、それは今回私たちが発表をする1年前の先輩グループと、指導医である網谷先生が中心となって取り組まれました。私もサポートで入らせていただきましたが、その時の研究テーマが「おすそ分け」で、地域の方からおすそ分けの回数や健康意識などに関するアンケート調査を行ったんです。その量的研究の調査結果を踏まえて、2年目は質的研究を進めていこうということなりました。ですので、前年の研究を受けて次の展開へ発展させたという流れになります。
―どのように発展させていこうと考えたのですか?
昨年のアンケートでは用意した選択肢を選んでもらうとか「おすそ分けでどのような野菜をもらいますか?」といったことを聞いていたので、その結果をさらに深掘りしていこうということになりました。調査結果として数字に現れてきた部分の背景にあるものをさらに見つめていくアプローチです。そういうことであれば直接お会いしてお話をうかがったほうがいいということになりました。
さらにディスカッションを重ねていくなかで「地域性に注目してみよう」という話も出てきました。医療圏ごとに聞いてみようとか、海に近い人たちと山に近い人たちはどんな違いがあるのかとか、島の人たちと本土の人たちはどう違うのかといったことですね。そして最終的に鹿児島県内の7エリアを対象にインタビューを実施することにしました。インタビュー対象者に関してはJAの職員さんから声をかけていただき、34名の方に協力してもらえることになりました。
さらにディスカッションを重ねていくなかで「地域性に注目してみよう」という話も出てきました。医療圏ごとに聞いてみようとか、海に近い人たちと山に近い人たちはどんな違いがあるのかとか、島の人たちと本土の人たちはどう違うのかといったことですね。そして最終的に鹿児島県内の7エリアを対象にインタビューを実施することにしました。インタビュー対象者に関してはJAの職員さんから声をかけていただき、34名の方に協力してもらえることになりました。
おすそ分けは地域コミュニケーションの役割も
―インタビューではどのようなことをうかがったのですか?
インタビュー対象者は県内のJA組合員の方で、すべて女性です。年齢は30代から90代と幅広く、いずれも主婦の方でした。インタビューとしてはまず「おすそ分けをされますか?」というところから入り、基本的には自由に話していただくようにしました。時間としては1地域あたりだいたい1時間前後です。
インタビューでは本当にいろんな話が出ました。「うちではこんな物をやりとりしてるよ」という話もあれば「やりとりをすることで(地域の)見守り機能になっている」といった話もうかがいました。また、地域交流にあまり積極的ではなかったご主人がおすそ分けをしてもらったことをきっかけに「何かお返しをしなければ」ということになって地域の人と交流し始めたといった話もありました。
インタビューでは本当にいろんな話が出ました。「うちではこんな物をやりとりしてるよ」という話もあれば「やりとりをすることで(地域の)見守り機能になっている」といった話もうかがいました。また、地域交流にあまり積極的ではなかったご主人がおすそ分けをしてもらったことをきっかけに「何かお返しをしなければ」ということになって地域の人と交流し始めたといった話もありました。
―おすそ分けは物のやりとりだけではなく、地域コミュニケーションに繋がっているわけですね
みなさん農家の方なので、同じ時期に同じ物を収穫されるので、加工した物をおすそ分けするケースも見られました。また、もらった野菜を自分で加工して、それをお返しするといったパターンもありました。そのなかで「これ美味しかったわ。どうやって作るの?」といったやりとりも生まれていて、より深いコミュニケーションにつながっていることが分かりました。農作物だけではなく、地域によっては海産物のやりとりもありましたし、若い世代の方々のなかには手作りのお菓子をおすそ分けしていた人もいました。「なぜおすそ分けをするのですか」という質問もしたのですが「特に理由はない」という答えがほとんどでした。みなさん無意識に「そういうものだ」と思ってらっしゃるようです。「親の代からやっているから」という答もあり、文化として根付いていることがうかがえました。
研究成果を地域に還元するために薬膳レシピを考案
―苦労した点はどこですか?
収録したインタビュー内容の文字起こしですね。研究ではすべての内容をテキストにして、そこから類似した要素を集めたあとにタグ付けしていくことにしていたのですが、特に最初のテキスト化に時間がかかりました。文字起こしツールを使ったのですが、方言をなかなか理解してくれなくて(笑)。最終的には私たち学生が実際の音声を聞きながらテキストにしていきました。
先ほども申し上げたように、インタビューでは「おすそ分けをされますか?」という風に割とふわっとした質問を最初にして、あとは自由に語ってもらうことで広がっていく話を拾っていくというスタイルにしたので、それが苦労の原因になったと言えます。ただ、そのことでみなさんから自然に出てくる言葉を得られたことは大きな収穫だったとは思っています。
先ほども申し上げたように、インタビューでは「おすそ分けをされますか?」という風に割とふわっとした質問を最初にして、あとは自由に語ってもらうことで広がっていく話を拾っていくというスタイルにしたので、それが苦労の原因になったと言えます。ただ、そのことでみなさんから自然に出てくる言葉を得られたことは大きな収穫だったとは思っています。
―テキスト化した後はどのような作業を?
内容の分析を行いました。その分析にあたっては「グラウンデッド・セオリー・アプローチ」という手法(インタビューなどで得たデータをテキスト化し、特徴的なワードをタグ付けしながらグルーピングすることで客観的に事象を理解するメソッド)を用いました。その結果「自然食に対するポジティブな意識」「伝統文化」「食物贈与行動に関わる因子」「食行動」「ソーシャルキャピタル」の5つのカテゴリーを抽出することができました。さらに、それぞれのカテゴリーに関連するキーワードを導き出していきました。
個人的に興味深かったのは「伝統文化」のカテゴリーのなかで出てきた「買ったものをあげるのは失礼」「くれるものは断らない」というキーワードです。独自のコミュニケーション文化が育まれている印象でした。また、医学的な観点から気になったのは「食行動」のカテゴリーで出た「大人数で食べるものは濃い味付けにする」とうキーワードでした。
個人的に興味深かったのは「伝統文化」のカテゴリーのなかで出てきた「買ったものをあげるのは失礼」「くれるものは断らない」というキーワードです。独自のコミュニケーション文化が育まれている印象でした。また、医学的な観点から気になったのは「食行動」のカテゴリーで出た「大人数で食べるものは濃い味付けにする」とうキーワードでした。
―今回の研究を踏まえて新たに取り組んでいることはありますか?
今回の研究で市場を介さない食べ物のやりとり(おすそ分け)は、食習慣やソーシャルキャピタルに影響を与えていることがわかりました。そうであれば、おすそ分けを活かして食行動に変化を与えれば、いま以上の精神的・社会的な健康増進とともに身体的健康を目指せるとも言えます。そうした考察を踏まえて、おすそ分けに使われる食材を使った薬膳料理のレシピをみんなで考案する取り組みをしています。医学部のメンバーに加えて、栄養学を学んでいる学生や教育学部の学生とも協力しながら進めています。
これは私たち学生の研究成果を社会に還元するという意味もあり、考案したレシピはJAの広報誌に定期的に掲載されています。これまでに5つのレシピができていますが(2024年3月現在)、もっとたくさん作って将来的には冊子にまとめたいと思っています。このレシピ作りを通して学校給食とのコラボの話も出てきたりしていて、今回の研究は私たちが考えていた以上に大きな成果に繋がっていると思います。こうした活動は後輩たちにも受け継いでいってもらいたいです。
これは私たち学生の研究成果を社会に還元するという意味もあり、考案したレシピはJAの広報誌に定期的に掲載されています。これまでに5つのレシピができていますが(2024年3月現在)、もっとたくさん作って将来的には冊子にまとめたいと思っています。このレシピ作りを通して学校給食とのコラボの話も出てきたりしていて、今回の研究は私たちが考えていた以上に大きな成果に繋がっていると思います。こうした活動は後輩たちにも受け継いでいってもらいたいです。
先生方からのアドバイス
―今回の発表にあたって、大脇先生はどのような指導をされたのでしょう?
大脇先生:直接的な指導に関しては網谷先生にお任せしました。今回の研究が受賞にいたったのは、網谷先生のお力添えが大きかったと思います。私は研究テーマの方向性の確認と必要に応じての調整、またコラボ先であるJAさんとのやりとりのなかで大枠の部分を決めるといった面で学生たちをサポートしていました。
河野さんのお話にもあったように、この研究は一過性のものではなく年度を越えて取り組んでいくプロジェクトで、そこには「人材育成」という視点があります。地域の活性化に取り組んでいくリーダーの育成ですね。こういう継続的な研究スタイルは進めていくうちに思いもよらなかった深みが出てくるので、私自身も今後の展開を楽しみにしているところです。
河野さんのお話にもあったように、この研究は一過性のものではなく年度を越えて取り組んでいくプロジェクトで、そこには「人材育成」という視点があります。地域の活性化に取り組んでいくリーダーの育成ですね。こういう継続的な研究スタイルは進めていくうちに思いもよらなかった深みが出てくるので、私自身も今後の展開を楽しみにしているところです。
―学生さんたちを指導するにあたって、網谷先生が意識したことはありましたか?
網谷先生:はい。この研究は人材育成プロジェクトの意味合いもあるので、何よりも大切にしたことは、学生たちの自主性です。そこは尊重しつつ、研究を進めていく上で知識不足の面から滞りが生じた場合はアドバイスをするといったサポートをしていました。例えばグラウンデッド・セオリー・アプローチでカテゴリーを抽出する際に、学生たちが知らなかった概念を提示するといったことですね。
私自身もディスカッションに加わりましたが、とても楽しく指導ができたと思っています。この研究プロジェクトはこれからも継続していくので、意欲ある学生にはどんどん加わってほしいと思います。
私自身もディスカッションに加わりましたが、とても楽しく指導ができたと思っています。この研究プロジェクトはこれからも継続していくので、意欲ある学生にはどんどん加わってほしいと思います。
河野さんが目指す将来について
―河野さんが将来目指したいことはなんですか?
私は将来、在宅医療に携わっていきたいと思っています。病院という場所だけではなく、患者さんたちの生活文化にも関わりながら医療に取り組んで行けたらというのが私の望みです。また、今回のレシピ考案のように健康教育やいろんな世代の方の居場所づくりといったことも手がけていきたいですね。医師という枠に縛られず、そこに住むひとりとして地域のために頑張れるエネルギーのある大人になれたらいいな、と思っています。今回の研究では地域のいろんな方々のお話をうかがった経験は今後に活かせると感じています。
最終更新:2024年04月01日 11時07分