ホームニュース産業保健産業衛生専門医に合格して ー家庭医療の視点とともに歩む

ニュース

産業保健

産業衛生専門医に合格して ー家庭医療の視点とともに歩む

産業衛生専門医に合格して ー家庭医療の視点とともに歩む

この度、産業衛生学会の専門医認定試験に合格することができました。専門医合格に至るまで、指導医の先生方をはじめ、多くの諸先輩方、日々現場でともに取り組んでいただいた産業保健職の皆さま、そして支えてくれた家族に心より感謝申し上げます。

 また、今回、筆者(福田幸寛)と安藤明美先生が合格しましたので、これでJPCA産業保健チームには家庭医療専門医と産業衛生専門医の二刀流の専門医を持つ医師が2人になりました。

私は2019年に家庭医療専門医を取得したのち、産業医としての実務を歩み始めました。
最初の現場は日本製鉄鹿島製鉄所(現・日本製鉄東日本製鉄所鹿島地区)でした。騒音・粉じん・暑熱といった典型的な労働衛生課題に日々向き合う環境で、指導医や学ぶ仲間に恵まれたことが、専門医を目指す自然な動機になりました。

 臨床系の医師が産業衛生専門医を取得するためには、産業衛生学会の専攻医に合格する必要があります。私は2019年に産業衛生学会専攻医となり、日本製鉄や関連施設での研鑽を積みながら、生活事情に合わせて勤務日数を徐々に調整しつつ、茨城県つくば市周辺で直接契約の産業医としての現場も開拓していきました。

家庭医療専門医が産業衛生専門医をとる意味

家庭医療が「人の暮らしをまるごと支える医療」だとすれば、産業衛生は「人が働きながら健康に生きることを支える医療」です。家庭医療が生活の場を、産業衛生が労働の場を支える。両者は別の世界ではなく、人の人生を支える両輪だと感じます。

 多くの患者さんは「働く人」でもあります。高血圧や糖尿病といった生活習慣病、うつ病や適応障害などの背景には、仕事や職場の要因が深く関わっています。家庭医が産業衛生を学ぶことは「暮らし」と「働く」を結び直すことでもあります。診察室での支援が職場での支援へとつながり、患者さんの生活の全体像をより立体的に理解できるようになります。

 また、産業衛生の知見を得ることで、働く人の健康課題を「組織という文脈」で捉える力がつきます。家庭医が家族図を描くように、産業医は組織図を読み解きます。いわば「木も見て森も見る」実践です。家庭医としての包括的な視点と、産業衛生で培う実装力を掛け合わせることで、個人支援と職場改善を行き来する実践の中で、プライマリ・ケアの可能性が職場という生活の場にも自然に広がっていくことを実感しています。

 産業衛生の現場では、法令遵守や安全衛生体制の整備など、制度的な側面が中心になりがちです。しかし家庭医は、人の生き方や背景を含めて支援できる立場にあります。仕事と家庭・介護の両立、メンタル不調からのキャリア再構築、定年後の生きがいといったテーマこそ、家庭医が得意とする領域です。家庭医療専門医が産業衛生を学ぶことは、働く人の人生に寄り添う医療を実現するための道だと感じています。

2024年の不合格、そして学び直しでの合格

専門医試験は2025年現在、筆記試験とグループ討論や個人面接などの実務試験があります。それぞれで合格ラインを超える必要がありますが、初回受験(2024年)は筆記で不合格でした。単なる勉強不足もありましたが、法定業務を満たすための実務だけでは身につかない知識の重要さを痛感しました。

 知識不足を痛感したため、法律やガイドライン、職場改善の方法を改めて学習し、指導医にも適宜相談しながら準備を重ねていきました。専門医試験に向けて学んだ知識に基づきながら産業医活動をすることによって、ただ法律上必要な項目を満たしたり、事業所が求めてくることに対応するだけではなく、事業場にとって何が本質的な課題なのかを見極め、事業主の同意を得ながら現場と協働して職場を改善していくというプロセスを学び直すことができました。専門医試験のための勉強は単なる暗記ではなく生きた知識を得るための学びになったと思います。そして、2025年の再受験で合格通知を受け取った瞬間、医師国家試験を思い出すほどの安堵と喜びがありました。

 学び直しの過程で、家庭医療と産業医療の共通点がさらに明確になりました。
家庭医は患者さん個人だけでなく家族全体を見ます。同様に産業医は個人の健康と職場(組織)のどちらも視野に入れて活動します。家庭医が「家族図」を、産業医が「組織図」を読み解く。いわば「木も見て森も見る」姿勢です。
 
 これまで私は水面上に現れた課題(法定対応や顕在化した不調)に追われがちでしたが、氷山の大部分にあたる根本要因へ働きかける重要性を、理論と実務の双方で掴み直しました。総合診療医として、臨床を中心に働く医師にとっては、産業医活動に重きを置かれていない場合も多いかもしれません。ですが、産業医としての活動に面白さや重要性を感じておられる場合には、産業衛生専攻医になって専門医試験に挑戦することを選択肢に入れてみてほしいです。産業衛生専門医に挑戦したプロセスによって、産業保健領域の理解を深めるとともに、産業医を中心に働いている仲間と出会うこともできました。これらは、プライマリ・ケアに従事する医師にとってかけがえのない財産になると思います。

今後に向けて

つくば市での産業保健活動に加えて、林業や農業といった地域の一次産業に携わるご縁もいただきました。一次産業の産業保健では、高齢化や作業特性、季節性など、健康課題は複雑で、産業保健の仕組みづくりが強く求められます。家庭医療で培った包括性と、産業医としての実装力を統合し、地域の一次産業にも産業保健を広げていきたいと考えています。

 合格はゴールではなく、現場へ価値を還元するための出発点です。家庭医療専門医 × 産業衛生専門医という「二つのレンズ」を携えて、働く人と組織がともに健やかでいられる環境づくりに取り組んでいきます。さらに、産業理学療法をはじめとした多職種との連携も積極的に進め、職場における身体機能の保持・改善や作業環境調整といった視点を取り入れ、より実効性のある産業保健活動を展開していきたいと考えています。


文責:
予防医療・健康増進・産業保健委員会 産業保健チーム 福田幸寛
(life story合同会社 代表、筑波大学健幸ライフスタイル研究開発センター 研究員)

最終更新:2025年11月03日 00時00分

予防医療・健康増進・産業保健委員会 産業保健チーム

記事の投稿者

予防医療・健康増進・産業保健委員会 産業保健チーム

タイトルとURLをコピーする