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vol.48/ 「家庭医療と緩和ケアのシームレスで患者さんをケア」【医師】伊藤圭一郎先生
今回ご登場いただく伊藤圭一郎先生は家庭医療専門医としての資格を持ちつつ、緩和ケアの分野で活躍されています。医師を目指したきっかけから緩和ケアへの思い、今後の取り組みなどについて伊藤先生にお話しをしていただきました。
「人の役に立つことをしたい」という思いが出発点
ー 伊藤先生が医師を目指したきっかけをお聞かせください。
中学生か高校生の頃だったと思いますが、漠然と「人の役に立つようなことをしたい」という気持ちを抱くようになりました。特に覚えているのは、メンタルの不調に陥る友人たちが周囲にいたことです。例えば親とうまくいっていないといった悩みで体調まで崩してしまう。そういう姿を見て「彼らのために何かできないか」と思うことが少なくありませんでした。でも、何かをしたいけど、どうすればいいのかはわからないわけです。そのことで割と悔しい思いをしたことも覚えていますね。その悔しさが「もっと勉強しよう!」という気持ちにつながり、結果的に医大を目指すようになったといえます。
ー 医大に進学した当時、なりたい医師像はありましたか?
何となく意識していたのは精神科医で、メンタル関連の方向に進むのかなと考えていました。ただ、当時うちの大学(旭川医科大学)では家庭医療の勉強会が頻繁に行われていたんですね。熱心な先輩たちがいて、様ざまな企画をしていました。それで「面白そうだな」と思って顔を出すうちに、家庭医療への興味が深まっていきました。特に大きかったのはメンタルだけを診るのではなく、メンタルのことも含めたトータルコーディネート的なアプローチができることですね。総合的な面から患者さんの役に立てることは、私にとっては大きな魅力でした。
ー 緩和ケアへの関心はいつ頃から?
在学中です。私の父が癌で亡くなり、その時の病院の対応に疑問を持ったことがきっかけです。私の実家は埼玉にあって、父は地元の病院で闘病生活を送っていました。一方、当時の私は大学のある旭川に住んでいて、春休みに帰省して父を見舞った時「これで会うのは最後かもしれないな」と思ったことがありました。それから春休みが終わり旭川に戻ったのですが、その後すぐに父が亡くなった知らせを受けました。急いで埼玉へ向かう途中で思ったのは、病院側から「もう少しお父さんのそばにいてあげて下さい」というような言葉があればありがたかったなということでした。私たち家族のことを考えて旭川に戻るのを少し待つように示唆してくれれば、父の死に目にも会えたのに……という悔いが正直残りましたね。そこから緩和ケアに関心を持つようになりました。
初期研修1年目から外来対応に携わる
ー 初期研修先として手稲渓仁会病院を選んだのは?
緩和ケアの勉強がしたくて、その分野に力を入れている研修先を探していた時に知りました。この病院の特徴は「手稲家庭医療クリニック」という診療所を開設していて、当時は診療所内に緩和ケアの病棟も備えていました。家庭医療も緩和ケアも学べるので私にとっては理想的な研修先だったと言えます。一般的に初期研修では入院患者さんへの対応を学ぶことを中心に行いますが、私の所属していたプログラムは1年目から週1回は外来を担当するんです。その点にもユニークさを感じましたね。私は後期研修も合わせると6年間お世話になりましたが、そこで多くの外来患者さんと出会い継続して診ることもできました。
ー 外来の患者さんを継続して診るメリットは何でしょうか?
患者さんを深く知ることができる点ですね。まず、外来に通える間は外来として患者さんを診るわけです。その後、何か重い病気にかかった場合は大きな病院を紹介しつつ、並診も行います。その後、訪問診療が必要になった時は担当医としてご自宅に伺います。もともと外来で診ていた医師が訪問診療までずっとトータルに担当し続けるということですね。さらに自宅での生活が難しくなったら、次は緩和ケアの病棟に入っていただくこともあります。この場合も担当を続けます。もちろん事情によっては担当医が変わることがありますが、その場合でも同じクリニックの医師が担当することになります。
ー 同じ医師にずっと担当してもらえたら患者さんも安心ですね。
実際に私が担当していた患者さんたちからも、そう感じていただけていたようです。一例をあげると、最初は高血圧で診ていた患者さんが3年目くらいでがんになって専門医の治療を受けることになりました。幸いなことに早期発見だったので大事には至らなかったのですが、専門的な治療を受ける中で感じていた不安や愚痴などを私に話してくれて、それで「気持ちが楽になった」と言われたことがあります。そのように、実際の治療とはまた違った部分で患者さんをサポートするのも大切な役割のひとつだと思いましたね。もともとその患者さんのことを知っているからこそできたことでもあり、そこはやはり大きいですよね。
様ざまな医療をシームレスで繋げるのが「家庭医」
ー 後期研修の後、今度は東北大学に行かれました。
はい。その根底には、緩和ケアのことをもっと深く学びたいという思いがありました。緩和ケアの勉強会で知り合った田上恵太先生が熱心に取り組んでいた緩和ケアのアウトリーチ活動に興味を持ったことも影響しました。どのような活動かというと、緩和ケアの専門家がいない地域を専門家が定期的に訪問し,診療に関わりながら地域医療の質の向上を図るという活動です(https://www.primarycare-japan.com/news-detail.php?nid=1131)。一例として、鹿児島県の徳之島に定期的に訪問し、現地の病院・スタッフとともに緩和ケアのシステムを構築する取り組みです。そうした田上先生の活動に魅力を感じたことに加え、もともと東北大学は緩和ケアに力を入れていたこともあって扉を叩いたというわけですね。私自身も何度か徳之島には行きました。
ー 今も緩和ケアに取り組んでおられますが、どんな点に手応えを感じますか?
私自身が難しさと同時にやりがいを感じるのは、患者さんやご家族とのコミュニケーションですね。これはもう患者さんごとにパターンが違ってきます。緩和ケアを受ける患者さんは死を間近にしているわけですが、人として生きている限り後悔のない別れはないと私自身は思っています。その中でいかに心のサポートをしていくか、別れの辛さとどう向き合っていくのかを支えていくところにやりがいはあると思っています。医師としてではなく人間として、目の前にいる人たちに何ができるかというようなところまで考えますね。
ー 今後の目標や取り組みたいことはありますか?
今、私は日本プライマリ・ケア連合学会の「がん診療に関するプライマリ・ケアワーキンググループ」に所属しています。がん治療とプライマリ・ケアを結びつけていくといった活動なのですが、例えば、がんを患って大きな病院で診てもらっている患者さんがインフルエンザにかかったとします。そこで、がんを診てもらっている病院に行けば「がん以外の病気で来ないでくれ」という対応をされ、地元の診療所に行けば「がん患者の方に来られても困る」という対応されるケースが多々あります。こういう困りごとを解決できるのは、やっぱり家庭医なんじゃないかなと思います。いろんな医療をシームレスでつなぎながら患者さんをケアしていく。同じことは緩和ケア領域でも言えて、超高齢化社会を迎えた今の日本で、緩和ケアの専門家だけが緩和ケアを実践していくのには限界があります。役割をもったそれぞれの結びつきを強くしていく体制づくりができたらと思っています。それが今の私の思いですね。
がん診療に関するプライマリ・ケアワーキンググループ ページ
https://www.primarycare-japan.com/theme-detail.php?thid=57
緩和ケアアウトリーチについて
https://www.primarycare-japan.com/news-detail.php?nid=1131
https://www.primarycare-japan.com/theme-detail.php?thid=57
緩和ケアアウトリーチについて
https://www.primarycare-japan.com/news-detail.php?nid=1131
プロフィール
東北大学大学院医学系研究科緩和医療学分野
医師 伊藤圭一郎(いとう・けいいちろう)
医師 伊藤圭一郎(いとう・けいいちろう)
【経歴】
2016年 旭川医科大学 医学部医学科 卒業
2016年4月〜2018年3月 医療法人渓仁会 手稲渓仁会病院 初期研修医
2018年4月〜2022年3月 医療法人渓仁会 手稲家庭医療クリニック 後期研修医
2022年4月〜 東北大学大学院医学系研究科緩和医療学分野 大学院生(博士課程)
【資格】
日本プライマリ・ケア連合学会 家庭医療専門医
日本専門医機構認定総合診療専門医
【所属学会】
日本プライマリ・ケア連合学会
日本緩和医療学会
2016年 旭川医科大学 医学部医学科 卒業
2016年4月〜2018年3月 医療法人渓仁会 手稲渓仁会病院 初期研修医
2018年4月〜2022年3月 医療法人渓仁会 手稲家庭医療クリニック 後期研修医
2022年4月〜 東北大学大学院医学系研究科緩和医療学分野 大学院生(博士課程)
【資格】
日本プライマリ・ケア連合学会 家庭医療専門医
日本専門医機構認定総合診療専門医
【所属学会】
日本プライマリ・ケア連合学会
日本緩和医療学会
取材後記
伊藤先生は現在、東北大学大学院医学系研究科緩和医療学分野の大学院生として臨床現場に立つ一方、研究活動も行っています。取り組んでいる研究テーマは「AIを活用した緩和ケアのあり方」。緩和ケアを専門としない医療従事者であってもAIを使うことで患者さんに対応できるようにする研究とのこと。インタビューの中でも言及されていましたが、伊藤先生は緩和ケアの分野におけるさまざまな課題に正面から取り組んでいます。先生の今後の活躍に大いに期待したいところです。
最終更新:2025年02月21日 19時01分