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健康と社会を考える/外国人診療こそプライマリ・ケア医の 守備範囲-求められる「医療のワンストップサービス」-

はじめに

コロナ禍でインバウンドツーリズムが途絶え、外国人を見かけなくなったと感じがちですが、今や日本に住む約 40人に1人は在留外国人です。2020年1月時点で、日本人人口は50万人余り減少した一方、外国人住民は約 20万人増加しています。労働力不足を背景に外国人労働者受け入れが進んでいるためで(図1)、10年前と比べて 2.5倍、東日本大震災の被災3県では2.7倍に上っていることが厚生労働省の調査で明らかになりました。都市部のコンビニエンスストアにいくと、出会うのはまず外国人です。農業や漁業といった第一次産業を支え、お弁当やお惣菜づくり、ネット通信販売商品の仕分け作業など、私たちの豊かで便利な暮らしが実は大勢の外国人労働者によって支えられていることはあまり知られていません。

2020年にはじまった新型コロナウイルスの感染拡大はいまだ収束の兆しが見えず、日々の暮らしに目に見えない緊張を強いています。そのようなときに言葉が十分に理解できず、制度の異なる国にいる不安は想像に難くありません。さらに、身分が不安定で経済的に余裕がないとしたらどうでしょう。

「外国人の困りごと」に関する数々のアンケート調査で、「医療」は必ず上位にあげられます。私たちが外国に住んだとしても、医療機関受診は困難に感じるでしょう。出入国在留管理庁は2020年9月に、日本に1年以上住んでいる中長期在留者および特別永住者1万人を対象にしたアンケート調査を実施しました(有効回答数 1,600)。病院で診察・治療を受ける際の困りごととして、一番は「病院で症状を正確に伝えられなかった」(24.1%)でしたが、それとほぼ同じ程度に「どこの病院にいけばよいかわからなかった」(23.1%)が選択されました。外国人でも受け入れてくれる病院を知りたいけれど、情報を得にくいという声を聞きます。一方、自分の症状では何科を受診したらよいのかわからない、医療機関の受診の仕方がわからないといわれることも少なくありません。外国人に、日本では必ずしもプライマリ・ケア医を介さずに専門診療科を受診できると説明すると、医者でもない患者がどの専門領域の病気か判断しなくてはならないのかと驚かれます。それだけ、プライマリ・ケア制度は海外では一般的といえます。

今回のコロナ禍では、患者数が増えるにつれ、検査の必要性を含めて「まずかかりつけ医に相談してください」といわれるようになりました。日本語を母語としない人は、よほど具合が悪くなければ医療機関を受診しません。しばらく我慢して、市販薬や出身国から持参した薬で様子を見るといいます。それは、「どこの病院にいけばよいかわからない」からであり、「ことばの壁」や「こころの壁」、そして「制度の壁」(後述)が存在するからです。外国人診療は、生物医学モデルに添って診断と治療を行う対応のみでは不十分です。医療機関へのアクセスを困難にし、病気の原因になっているかもしれない社会的要因(SDH:social determinants of health)、異国で暮らす不安や言語・文化の違いに起因するストレスにも目を向ける必要があります。そして、さまざまな制度や地域資源の活用につなげる、文字どおり全人的医療が求められます。BPS(bio-psycho-social)モデルを基本とするプライマリ・ケア医の力が最も求められるのが、外国人診療といっても過言ではありません。

現在、外国人支援は「ワンストップサービス」が基本となっています。複数の場所や担当に分散する手続きやサービスを1ヵ所にまとめて提供することをいいます。いくつもの窓口を巡って右往左往しなくてよいように、1 ヵ所で問題点を整理し、解決の道筋をともに見出そうというものです。医療においては、それこそまさにプライマリ・ケアではないでしょうか。

しかしながら、外国人診療は苦手だと思う医療者は少なくありません。その大きな理由は、言葉が通じない(英語が苦手)、やり取りに時間がかかる、文化が異なる、医療費の支払いを含め医療制度に関する理解を得にくい、といったことがあげられるかと思います。本稿では、外国人診療で遭遇する「ことばの壁」、「こころの壁」、「制度の壁」という三つの壁を事例に沿って概説し、医療者側に知識があれば解決できる問題があること、それが日本で暮らす外国人にとって大きな安心につながることをお伝えします。そして、「やさしい日本語」は英語よりも在留外国人には伝わる確率が高いこと、また医療通訳サービス活用の重要性と依頼可能な制度についても情報提供します。
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日本に暮らす外国人の背景にある三つの壁

在留外国人が直面する大きな問題群として「制度の壁」、「こころの壁」、「ことばの壁」という三つの壁があるといわれています。「制度の壁」は主に在留資格に起因し、「こころの壁」とは文化・習慣の違いによる摩擦やそのためのストレスなどであり、「ことばの壁」とは言語に起因する障壁です。それぞれについて、外国人相談に寄せられた事例からご紹介します。

●事例1(制度の壁)

相談者:40 代の女性(A国人、在留資格:「永住者」、日本語はある程度できる)
外国人相談窓口に、本人から電話があった。「いま新型コロナ検査陽性で入院している。あと2日で退院といわれたが、この病院を出たらいくところがない。マッサージ店で働いて、その店に住んでいた。もともと体調を壊していてあまり仕事もできておらず、手持ちの現金もほとんどない。今回、検査陽性になったのでオーナーはもう雇ってくれない。帰る家もなくて、どこにいけばいいか、それを考えると苦しくなる)

<解説>
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、多くの人が生活困窮に陥っています。日本に暮らす外国人も例外ではありません。自治体の支援を受けて、住居や仕事を探して生活再建できるとよいのですが、外国人の場合、そこに「在留資格」(表1)が絡んできます。日本に3ヵ月以上暮らす外国人の多くが「在留資格」をもっています。その種類によって、就ける仕事が決まっていたり、受けることができる福祉サービスが限定されたりします。外国人の対応を行うときは、この在留資格の有無や種類をまず確認する必要があります。その外国人がどのような在留資格であるかは「在留カード」(図2)に書いてあります。そこには、氏名、生年月日、性別、国籍・地域、住居地、在留資格、在留期間、就労の可否などの情報が記載されています。

〈その後〉
日本語をある程度話すことができるので、女性に「病院には“ソーシャル・ワーカー"という人がいるから、その人にも相談するように勧めた。女性の在留資格が「永住者」であったので、日本人と同様の福祉サービスを受けることができるため、自治体の生活困窮窓口につながり、住居支援も含めて対応がなされた。
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●事例 2(制度の壁)

相談者:40 代の男性とその11歳になる女児(B国人、在留資格:「特定活動」、日本語はすこしできる)
料理店でコックとして働いてきた。8歳になる娘がいるが、難聴で発達障害もあり地域の特別支援学校に通学していた。料理店オーナーが病気になり勤めていた店が閉店したため、在留資格の更新ができず帰国準備をしていた。しかし、コロナ禍の影響で、本国が他国に滞在した自国民の上陸を認めず、帰国することができなくなった。家賃も払えずアパートを追い出され友人宅に転がり込んで暮らしている。相談時点での在留資格は「特定活動」(1ヵ月)であった。住民登録には、更新まで3ヵ月以上の在留資格が必要であるため、住民票が抹消されて娘は学校に通えなくなり、障害児福祉手当も打ち切られた。食べるものにも事欠く状況になりたいへん困っている。

<解説>
コロナ禍により、本国への上陸拒否や航空便の運休で帰国できない外国人が多数生まれました。この家族の場合、もともと帰国準備に入っていたため1ヵ月だけ滞在を認めるという内容の在留資格しかもっていませんでした。3ヵ月以上の在留資格がないと自治体へ住民登録をすることができません。住民でない以上、自治体からの支援を受けられません。また、就労が許されない在留資格のため働くこともできません *。このようなケースを含め、在留資格が絡む場合の対応は、制度に精通していないとむずかしいことが多々あります。そこで、まずは「外国人ワンストップ相談センター」に相談するのがよいでしょう。「外国人ワンストップ相談センター」は、政府が 2019年以降全国に整備を進めている、公的な相談センターです。政令指定都市や都道府県単位で設置され、外国人だけでなく、外国人にかかわる事柄であれば日本人も相談できます。「自治体名+外国人相談」で検索すると、お住いの地域の相談センターの連絡先がわかります。これらのセンターは、行政書士や弁護士などの専門職や外国人支援の NPO 団体などとも連携しており、情報提供のほか適切なところにつなぐ手助けをしてくれます。

*2020年5月、出入国在留管理庁は、新型コロナウイルス感染症の影響により帰国が困難な中長期在留者に、また2020年12月に元中長期在留者に対して、「特定活動(6ヵ月)」を許可し、また、就労希望者には、週28 時間以内の就労(アルバイト)を認めることとした(2021年3月19日更新)。

〈その後〉
この親子を心配した周囲の人が「外国人ワンストップ相談センター」に電話をかけてくれて、支援につながった。オーバーステイではないものの住民登録がなく、最後のセイフティネットである生活保護を受けることができない在留資格であったため、子どもがいる家庭なのに食べるものさえない状況であった。相談センターからフードバンクを紹介したところ、電車賃もなく片道2時間かけて親子で歩いてやってきた。子どもに障害があり目を離すことができないから連れてきたと父親は話した。外国人支援のNPO団体がこの家族に伴走型支援*を行い、宅配便で食料を受け取れるように手配したり、チャーター機に早く搭乗できるように粘り強く大使館に働きかけ、3ヵ月後に親子で帰国することができた。

*伴走型支援:制度の適用を手伝うだけでなく、関係性を構築しながら、本人の意向を尊重しつつ取り巻く状況に合わせて行う継続的な支援。

●事例3(こころの壁)

相談者:50代の夫婦(2人ともC国人、在留資格:夫は「技能」、妻は「家族滞在」、日本語はすこしできる)
夫婦二人で暮らしている。妻が新型コロナウイルス検査陽性と判断され、自宅療養をしていた。保健所の職員が健康観察を続けていたが、職員は女性本人とは話をすることができず、いつも夫が代わりに対応していた。女性と直接話すことを求めたが受け入れらなかった。高熱が持続し、検査陽性判明時に処方された解熱薬もなくなってきたため、保健所では入院を強く勧めたが夫は頑なに断っていた。

<解説>
日本にも、多様な文化的背景をもった外国人住民が暮らしています。家族内の関係に加え、女性や子どものことを夫が決めるという国や地域もあります。この事例の場合、そのような習慣に加えて、夫は、妻が日本語をまったく話せず一人で買い物に出かけたこともないため、自分が妻から離れることはできないと考えていました。母国の病院システムと比較して、妻が一人で病院へ入院するのは困難であると考え、病状が悪化していても入院させることをためらっていました。
このようなとき、「通訳サービス」を利用すると問題が早期に解決することがあります。外国人の文化・習慣面のことを理解している通訳者が入ることで、夫が安心して自分の思いをすべて話すことができます。また、医療機関側の説明をしっかりと理解することができます。何よりも保健所や医療機関が自分のために「通訳サービス」を用意してくれた、その配慮の気持ちが嬉しかったという声をよく聴きます。医療には、安心でき母語でしっかりとコミュニケーションをとることが不可欠な場面があります。

〈その後〉
通訳サービスのほか外国人相談センターも協力し、夫の心配ごとを聞きつつ日本の医療制度を説明し、ようやく女性本人と話すことができた。保健所の辛抱強い対応と調整もあり、女性は入院して治療を受けることができた。

●事例4(ことばの壁)

相談者:30代の男性(D国人、在留資格:「教育」、日本語はかなりできる)
数日前から発熱が続き息苦しさを感じており、自ら「コロナ相談センター」に電話。周りにコロナ感染者はおらず濃厚接触者もいないため、かかりつけ医を受診するように勧められた。しかし、かかりつけ医がいないためどうしたらよいかとセンターに相談したところ、外国語ができる病院を紹介されて受診することになった。身体がつらいなか、自宅から電車に乗り40分かけて病院を受診した。結果的に新型コロナウイルス検査陽性であった。

<解説>
コロナ感染症拡大に際し、このようなケースが増えています。あらためて、地域にかかりつけ医をもつことがいかに大切かという認識が、今、外国人支援関係者の間に広がっています。この男性にかかりつけ医がいれば、本人はつらい思いをしながら遠方まで移動する必要はなく、感染のリスクを広げることにもならなかったでしょう。
しかし、外国人でかかりつけ医をもっている人はあまり多くありません。その背景には、体調不良なときに日本語で自分の症状を話すことに自信がないと、外国語対応があり受け入れに慣れている大病院を受診しようと考えるということもあるでしょう。また、地域のクリニックに、外国人=外国語(とくに英語)で話さなければという思い込みがあり、自信がないからと外国人受け入れに消極的である面も否めません。
外国人、医療関係者、双方とも「ことば」に自信がないというのが障壁になっているのです。このようなとき、有用なのが「やさしい日本語」です。

医療における「やさしい日本語」

「やさしい日本語」とは、むずかしいことばを言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語のことをいいます。阪神淡路大震災の際に、外国人の死傷率が日本人よりも高かったことをきっかけに注目されるようになりました。「やさしい日本語」は、わかりやすさに重点をおいた伝達手段です。要点を簡潔に伝えることを旨とし、婉曲的な表現を除いたものとなります(表2)。

私たちは、親しい友人と話すとき、職場の上司と話すときでは言葉遣いを変えます。相手によって話し方を変えることを言語調整といいます。「やさしい日本語」は、ことばの理解や聴こえに困難を抱える人にわかりやすく伝わるように調整した日本語のことです。とくに、日本語を母語としない人に伝わりやすくするには、ちょっとしたコツがあります(表3)。これを心がけるだけで、伝わりやすさが大きく変わります。ぜひ、試してみてください。

図3は、2019年12月時点の在留外国人数と国別の割合を示すものです。英語を日常生活で用いる国の出身者はとても少ないことがおわかりいただけると思います。一方、前述の出入国在留管理庁によるアンケート調査2)において、回答者の日本語能力(話す・聞く)で最も割合が高かったのは、「仕事や学業に差し支えない程度に会話できる」(32。8%)で、「日常生活に困らない程度に会話できる」(32。4%)、「日本人と同程度に会話できる」(22。9%)と続きます。「日本語での会話はほとんどできない」という回答は1割にとどまります(図4)。

医療機関の受診は、ことばがわかっても緊張するものです。「やさしい日本語」で対応されれば、外国人患者に限らず患者・家族の不安軽減や意思疎通の円滑化につながり、受診しやすさは格段に増します。聴き取りにくさを覚えている高齢者や、病気や治療の影響で理解度が低下している入院患者、小さな子どもや障害を抱えている人など、さまざまな人に接するときにも役に立ちます。医療通訳者や手話通訳者にとっても「やさしい日本語」は通訳しやすいと聞きます。相手に合わせて伝わりやすいコミュニケーションを求める「やさしい日本語」は、多文化共生社会の構築に有効なツールといえます。

日本に暮らす外国人が増加していくなかで定住化が進み、日本で出産・子育てをする外国人も増えています。外国人の保護者からは、「子どもを育てるなかでどこの病院にいったらよいかわからない」と、戸惑う声が相談センターに寄せられます。自分一人であれば軽い病気なら我慢していればよかったが、子どものこと、とくに定期健診や予防接種では医療機関を受診する必要があります。しかし、過去の受診の際に心が傷つく体験をしたことから、外国人であることを理由に受け入れてもらえないのではないか、うまく言いたいことが伝えられるだろうかと不安になる人も少なくありません。しかし、こうした人の多くは日本で生活をし、日本語を話すことができます。子どもを連れてきた外国人保護者に対して医療者が「やさしい日本語」で話しかけてくれたら、そこからかかりつけ医療機関としてのおつきあいがはじまるのではないでしょうか。

「やさしい日本語」についてさらに知りたい方は、私たちが設立した“医療×「やさしい日本語」研究会"のウェブサイトをご覧ください(https://easy-japanese。info/)。実際の医療現場での「やさしい日本語」の活用法や、動画教材、勉強会に活用いただけるパワーポイントなどを提供しています(図5のQRコードでアクセスできます)。Zoom でのセミナー開催や、その後に参加者が自施設で行う研修会も支援しています。関心のある方は、ウェブサイトからお問い合わせください。
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医療通訳サービスの活用

医療という専門性の高い領域において、安心・安全な医療を実践するには診断のための情報収集やわかりやすい説明が不可欠です。基本的なやり取りは「やさしい日本語」が役立ちますが、専門用語を用いる必要のある診療や検査の説明、詳細な病歴聴取には医療通訳者の存在が不可欠です。当然ながら、日本での通算在住年数によっても日本語能力は大きく変わることが、出入国在留管理庁によるアンケート調査で示されています。来日して日が浅い人なら、簡単な会話でも「やさしい日本語」ではむずかしい場合があるでしょう。その場合には、翻訳機や指差しボード、実物を見せるなど、さまざまな工夫を試みることになります。

外国籍住民が多い自治体では、NPOなどと連携して医療通訳者派遣の制度化を進めています。国の事業としても、電話医療通訳を含め、医療通訳者および事業者育成が進められていますが、厚生労働省の調査では、二次医療圏において医療通訳の配置された病院は 37.3%に留まっています。医療通訳者が周囲におらず、容易に依頼できない医療機関もあるかと思います。2021年4月時点で、厚生労働省は病院や保健所における「新型コロナウイルス感染症対応」のために「遠隔通訳サービス」をはじめ、さまざまな情報を提供しています(表4)。病院と患者と通訳者とで話せる3者通話のほか、目の前にいる外国人と話す場合は、電話機のスピーカーフォンのボタンを押すことで、通訳者の声が周りにも聞こえてスムーズな会話が可能になります。日本医師会でも、会員を対象に医療通訳サービスを提供しています。利用回数の制限はあるものの無料で利用でき、希少言語を含めた多くの言語による医療通訳が可能となっています。

医療通訳者が必要だがどこに依頼できるかわからないという場合は、まずはお住いの地域の「外国人ワンストップ相談センター」に相談してみてはいかがでしょうか。思いがけず地域のネットワークが生まれたり、地域資源に詳しい人からの有用な情報が得られたりして、次の支援につながります。
コロナ禍をきっかけに医療通訳を提供するサービスが広がりつつありますが、これまで、通訳にかかる費用は病院が負担するか、地域ボランティアの厚意によって無償でなされてきました。海外では、病院医療機能評価項目に非母語話者への医療通訳提供が含まれていたり、安全管理の視点で家族や友人知人による医療通訳を禁止していたりするなど、医療通訳者の重要な役割が明示されています。医療通訳者が、善意のボランティアではなくプロフェッショナルとして活動できる体制づくりがわが国にも求められています。そうした声をあげるのも、地域で患者と接するプライマリ・ケア医の役割ではないでしょうか。

おわりに

プライマリ・ケアの理念を表すものとして、「ACCCA」があるといわれます。身近なところで親身になってくれ
る(A:accessibility-近接性)、臓器に限定せずに全身を診てくれて心理社会的な側面にも目を留めてもらえる(C:comprehensiveness-包括性)、他の専門職はもちろん地域や社会資源とつながる道筋を立ててくれる(C:coordination-協調性)、自分の病歴や普段の健康状態を知ってくれている(C:continuity-継続性)、そして十分に説明してもらえる(A:accountability-責任性)、そのような医療が提供されれば、外国人にとってこれほど心強いことはありません。さらに、「やさしい日本語」を使ってコミュニケーションをとろうとしてくれているとわかると信頼が生まれます。日常の診療のなかで気軽に相談できる関係性が築けていたら、コロナ禍のような非常時にもより不安なく過ごすことができるでしょう。私たちもかかりつけ医として継続的にかかわっていたら、問題が生じたときに発見しやすく、素早い対応が可能となるでしょう。

日本に住む40人に1人が外国籍であれば、医療を求める在留外国人にまれならず出会います。「ことばの壁」、「こころの壁」、「法律・制度の壁」に直面するかもしれません。
構造的な要因で健康格差を生じる状況にある在留外国人の診療は、健康の社会的決定要因(SDH)の存在を浮き彫りにします。筆者(武田)のゼミでは、外国につながりのある人々の医療体験を聴き取る選択実習を医学部3 年生に実施しています。医師の心ないことばに傷ついた20年以上も前の体験や、逆に、医療保険がないことを気遣い診察料を取らずに市販薬を勧めてくれた医師への感謝を昨日のことのように涙して語る永住者に、医療のあり方を学んでいます。技能実習生に過酷な労働を強いているという報道からは、それほど非人道的な行為が自分の住む国で許容されている事実に衝撃を受けた学生もいます。通常の診療ではあまり考えない社会的公正(social justice)や基本的人権を肌で感じることになります。外国人が抱える困難の背景に目を向けると、そこには日本社会の問題があります。制度上の不備や無理解からくる差別に苦しんでいるのは外国人だけではありません。多文化共生を進める社会、外国人にも分け隔てなく提供される医療は誰もが必要としているものです。プライマリ・ケア医が果たす役割は大きいといえます。

プロフィール

新居 みどり
NPO 法人国際活動市民中心(CINGA)

略歴
2008年早稲田大学文学研究科教育学修了。
元青年海外協力隊隊員(ルーマニア・青少年活動)
公益社団法人青年海外協力協会(JOCA)、東京外国語大学多言語多文化教育研究センターを経て現職。
CINGAが受託する「外国人技能実習機構母国語相談センター」コーディネーター、のほかコミュニティ通訳育成・派遣、地域日本語教育の各事業を担当。
(一社)多文化社会専門職機構理事。
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武田 裕子
順天堂大学大学院医学研究科医学教育

略歴
1986年筑波大学卒業。
専門は、内科/プライマリ・ケア、医学教育、地域医療、国際協力。
1990-94年ハーバード大学Beth Israel 病院にて内科/プライマリ・ケア研修。
2011年ロンドン大学衛生学熱帯医学大学院(LSHTM)修士課程修了。
健康格差の社会的決定要因(SDH)をテーマに、「自己責任」と言わない医師を育てる教育に取り組む。
週に一度、訪問診療に従事。路上生活者の支援活動を定期的に行い、在留外国人の健康格差の改善に向けて「やさしい日本語」の普及を図っている。
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最終更新:2023年04月27日 11時53分

実践誌編集委員会

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