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vol.16/「人口減少が深刻な北海道寿都町で暮らし、薬剤師として地域に寄り添うプライマリ・ケアのマインドを貫く」【薬剤師】田村 英俊先生

北海道・南後志(みなみしりべし)地域にある、人口約2700人の寿都(すっつ)町。その町に医療チームの一員として派遣されたことがきっかけで移住し、2008年に自ら会社を起こして「寿都そよかぜ薬局」を開局。この地域で、ただ1軒の薬局・薬剤師として住民の処方せん調剤や服薬指導を担っているのが、田村英俊先生です。プライマリ・ケア認定薬剤師の一期生でもあり、現在、連合学会北海道ブロック支部・幹事としてもご活躍されています。地域医療の中での薬剤師の役割、家庭医との連携などについて、田村先生に話をうかがいました。
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医療チームの一員として寿都町へ派遣され、運命が動き出した

- 最初に、先生が薬剤師をめざしたきっかけは?

私は北海道出身で、北海道薬科大学(現:北海道科学大学薬学部)を卒業し、薬剤師になりました。父も薬剤師で、私が生まれた北海道伊達市で小さな個人経営の薬局を営んでいました。当時は未だ院外処方せんもドラッグストアもない時代。父の薬局では日用品や雑貨も扱っていました。

- 現在、寿都町で薬局経営をされていますが、お父さまの影響もあって?

父の影響よりも、薬剤師になってからの出会いが大きいですね。最初の3年間は室蘭市の調剤薬局に勤務し、2001年に同じ室蘭市にある日鋼記念病院の薬剤部に移りました。ちょうど、その頃に日鋼記念病院が、「良質な家庭医療の実践」「良質な家庭医の養成」「北海道および日本の家庭医療の発展に対する貢献」の3つのミッションを掲げ北海道家庭医療学センターを設立し、研修医の先生が毎月ローテーションで外来や病棟へ来られるようになり、私が担当していた緩和ケア病棟の患者さんの処方相談などで家庭医の先生たちとのご縁が深まってゆきました。

-プライマリ・ケアとの出会いが、転機の一つになったのですね。

私が日鋼記念病院で働き始めた頃、寿都(すっつ)町にある道立病院が4億円もの赤字を抱え、病院を廃止するか寿都町に移管するかをめぐって揺れていました。寿都町は、札幌から車で3時間ほどの場所にある人口約3,800人(2004年当時)の小さな町で、病院がなくなることによる住民への影響は甚大です。幸い、町長が英断されて町立寿都診療所として再スタートすることになり、町長からの依頼に応じた日鋼記念病院西村理事長(故人)の計らいで家庭医、看護師、放射線技師、薬剤師の医療チームが派遣されることになり、私も一員としてそのメンバーに加わることになりました。これが、寿都町と私の運命的な出会いで35歳の時です。

-寿都(すっつ)町へ薬剤師として派遣されたことで、移住を?

当時住んでいた伊達市から通える距離ではなかったので、家族と一緒に寿都町に転居しました。最初は、町立寿都診療所内の院内薬局で薬剤師として働いていて、派遣なので1年交替の予定でした。ですが、診療所を受診する患者さんとの会話を通して、また自分自身も住民の一人として暮らすうちに、「地域に根ざした薬剤師」の必要性を感じ、定住を決意しました。

- 患者さんとのやりとりで印象的な出来事が?

寿都町に住み始めた頃、「よく来てくれたね」と住民の皆さんが、とても優しく迎え入れてくださいました。そして、話の最後に必ず聞かれるんですよ。「それで先生は、いつ帰るんだい?」って…。聞けば、道立病院だった頃から医師、看護師、薬剤師の入れ替わりが激しかったそうで、「医療従事者=よそから来て数年で去る」という悲しい状況が当たり前になっていたんです。そのことが本当にせつなくて。
「いや、ずっと暮そうと思っているよ」 という思いが強くなりました。

- 医療過疎の現実を、突きつけられたんですね。

同じ北海道でも、伊達市や室蘭市には、車ですぐ行ける場所にクリニックや大きな病院があり、医療環境は水や空気と同じように、当たり前に傍らにあるものだと思っていました。でも、寿都町では3次医療圏の病院は救急車で2時間もかかる場所にしかない。その当時、私の子どもが2歳だったのですが、子どもや妻が急病や車の事故に遭ったときに、もし間に合わなかったら、助からなかったら…。寿都町に暮らす住民の一人になって初めて、ここで暮らす住民のリスクや不安感を我が事として感じることができました。

- だから定住を決意し、独立して薬局の開設も?

いまから15年前、町立寿都診療所が現在の場所へ移転し院外処方せんを出すことになり、責任を持って調剤を継続できる薬局が必要になったのです。しかし、北海道の僻地のような町なので大手チェーン薬局は手を挙げてくれなかったそうです。地域住民の皆さんに安心してほしい、役に立ちたいという思いに背中を押され、「やらせてください」と私が手を挙げ、会社を設立。診療所の隣に現在の「寿都そよかぜ薬局」を開局しました。寿都町と隣接する黒松内町、島牧村の3町村を含めた南後志エリアで、薬局は「寿都そよかぜ薬局」1軒だけしかありません。都市部では、想像できないことだと思います。

- 先生が薬局を開業されなかったら…そう考えると怖いです。

責任重大ですが、とてもやり甲斐を感じています。都市部のように薬局が複数あると、生き残りをかけて競争が生まれます。私はその競争に使うエネルギーを患者さんのケアに回したいのです。南後志エリアには私の薬局しか存在しないので、責任感と使命感に近いモチベーションをずっと持続して薬剤師を続けられています。状況からすると、この地域での薬局運営は公共的な事業と考えています。都市部の薬局以上の親切・快適・安心を提供することに、やり甲斐を感じるのです。
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    田村先生が開局した「寿都そよかぜ薬局」
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    住民との対話を大切にした薬局内部

日本プライマリ・ケア連合学会の研修会で気づけた薬剤師の新たな視点

- 田村先生と日本プライマリ・ケア連合学会との出会いは

町立寿都診療所の初代所長・中川貴史先生が家庭医なので、そのご縁です。私が薬局を立ち上げる2年前に、プライマリ・ケア認定薬剤師の制度がスタートすることになり、中川先生に「田村さん、認定薬剤師になりますよね?」って(笑)。誰かの背中をそっと押すのが本当にうまい先生なのですよ。そのような経緯から私も連合学会に入会し、プライマリ・ケア認定薬剤師の第1期生になりました。41歳の時です。

- 学会のプログラムを通じて得た、新たな視点はありますか?

学会の研修会に参加して、気づけた大切なことがあります。薬剤師は医師のサポーターであり、医師の処方せん通りに調剤し、患者さんに確実に服薬してもらうことが最も重要なミッションなのだと思い込んでいた自分に気付かされました。

- 処方せん通りの調剤や服薬指導のほかに、もっと大切なことが?

石川雄一先生というヘルスプロモーションの専門家が講師をされた研修プログラムに参加した時のことです。石川先生が患者役、私が受講生を代表して薬剤師役を演じるロールプレイングを体験したんですね。薬剤師役の私が普段通りに処方されたお薬の説明をして服薬指導をしたところ、患者役の石川先生が「俺は薬を飲みたくない!」って言い出すんです(苦笑)。もう面食らってしまって、薬を飲む大切さや、あの手この手で飲ませようと必死になって言い過ぎている自分にハッとしました。

- 無理に薬を飲ませても意味がない?

そう。飲みたくないという思いをまず受け止めることからスタートし、病気を治すことだけではなく「元気を増やす」という発想を持ち、患者さん本人が薬を飲みたいと納得できるアプローチを探るべき、というが石川先生のご指導でした。自分は薬剤師なのだから患者さんに薬を飲ませるのが当たり前だと、囚われすぎていたんですね。
「患者さんのための薬剤師とは?」というプライマリ・ケアの本質に気づくことができました。

- とても大切な気づきですね。

認定薬剤師の第1期生は、私だけでなく多くのメンバーが石川先生のプログラムを何度も受けています。だから、そういうマインドの重要性に共感できたという根っこの部分で繋がっている感覚があります。特に薬剤師は、外部で多職種を交えて集まる機会が少なく、勤務先の色に染まりやすい側面があります。だから、日本プライマリ・ケア連合学会のような場はとても貴重です。

AIの進歩で薬剤師の役割は、一人一人に寄り添う対話シフトへ

- 薬剤師の田村先生から見た、家庭医の印象は?

家庭医の先生は、良い意味で関係性がフラットで、どの先生ともディスカッションしやすい点が魅力ですね。医療の世界はドクターが頂点にいてヒエラルキーがあるイメージがあったのですが、家庭医の先生たちがいらっしゃるところは本当にフラット。私が最初にお世話になった家庭医の中川貴史先生もそうですが、皆さん、もの凄く優しくて腰が低く、お医者さんっぽくない(笑)。それぞれの地域のこと、その地域で暮らす患者さんを、どうサポートしていこうか?という思いが強くて、そのスタンスにブレがない。

- 薬剤師と家庭医の共通点はありますか?

小児科、産婦人科、精神科などの専門分野に細分化された医師とは違い、家庭医の先生は広い領域をカバーするゼネラリストですよね。
薬剤師も、患者さんの診療科に関係なく、あらゆる領域の薬のことを知っているであろうと認知されている、とそういう意味ではゼネラリスト。
医師と薬剤師の役割は異なりますが、患者さんを広い視点で見守るゼネラリストという点で、共通するかもしれませんね。

- 家庭医と薬剤師は、どう連携してゆくと理想的でしょう?

私にバトンを渡してくださいました八田重雄先生(多摩ファミリークリニック)の薬剤師外来が理想です!
医師が処方薬を決定する過程で、薬剤師も一緒に薬物療法の組み立てに参加できたらベストではないでしょうか。
最初に薬剤師が患者さんと面談し併用薬や残薬など把握し複数の処方内容を提案、医師が選択・決定するといった流れになると思います。特に開業医の先生は、診察で処方内容を決めることに時間を費やしているケースが多いと思うので、その部分を早い段階から薬剤師がサポートできたら、医師は患者さんとのコミュニケーションに、より多くの時間を使えるようになります。また、他の病院でも同じ薬を飲んでいる、投与量が間違っている、といった疑義紹介(処方せんの疑問・不備を薬剤師が医師に問い合わせること)も減らせるでしょう。

- 患者さんにとっても、嬉しい相乗効果ですね。

近い将来、電子処方せんなどのDX化が進み情報の集約化がなされると他科併用薬などの重複は処方時点で防止できると考えられます。また、ポリファーマシー(多剤服用)などの複雑化した処方は、AIでのチェック機能が確立されたらある程度改善できるのではないかと思っています。

- 逆に、AI化では改善できない課題もありますか?

あります。例えば、ご高齢の持病がある認知症患者さんの服薬管理です。独居の患者さんが認知症を発症したり、ご夫婦二人暮らしで認知症を同時に発症するケースも増えています。患者さん宅に伺って、一人一人の生活スタイルに沿った薬物療法の提案や、服薬をスムーズにするための工夫など、薬剤師の対人的なスキルが今後さらに重要になってくるでしょうし、そこはAIではまだまだ不可能なことだと感じています。

- 具体的には、お薬の飲み忘れや飲み過ぎのケアなどですか?

認知症は短期記憶障害です。発症初期の頃は飲み忘れて薬が余ることが多いのですが、ある時点から薬を飲んだことを忘れ重複して飲み、薬が不足する傾向になることがあります。血液をさらさらにする薬や、血糖値を下げる薬は重複して飲んでしまうと命の危険に関わるため、家に薬を置いておけなくなってしまいます。そこで、医師に相談して1日3回の服用を1日2回、1日1回の薬剤変更を提案したり、ケアマネさんと連携して介護担当のヘルパーさんに確認・声掛けしてもらうなど、私たち薬剤師がリーダーシップをとり関わりの度合いを強めていくわけです。しかし、まだまだ解決策を模索中で、やはり最後は人の手と言葉のコミュニケーションが大事になります。

- 今後、患者さんに寄り添える薬剤師が、ますます求められそうですね。

そう思います。日本プライマリ・ケア連合学会には、同じような課題を感じていたり、様々な経験をされている薬剤師仲間が集まって話しができるので、ナレッジやノウハウの共有になりますし、インプット・アウトプットの両方ができて、刺激になります。認定薬剤師の一期生仲間とも、学会で石川先生のプログラムから学んだマインドを若手の薬剤師たちに伝えたい!と数年前に盛り上がったのですが、コロナ禍の影響で実現できていません。今後、何かしらディスカッションの場を提案できたらいいですね。
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    ライフワークの薬物乱用防止教室。コロナ禍でも要請いただきました。
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    保健師さんとの連携により老人クラブで「おくすり講話」を開催中

薬剤師として住民として、もっと地域と深く関わりたい

- 今、先生ご自身が大切にされていることを聞かせてください。

私は、住民の立場で医療に関わることを大切にしています。初めて寿都町に来た時は派遣された医療チームの一員でしたが、この土地に自分の店舗併用住宅を建てて町民になったことで、カンファレンスをする中でも住民側の立場で意見が言えるようになりました。医療従事者であり、寿都町民でもある。町民であることを軸足にして医療に参画することが、私のモットーです。年々、教育委員など医療以外の役割も積極的に引き受けるようになり、医療以外の様々な連携やネットワークができて、医療従事者に限らず行政担当者とも幅広い情報共有ができるようになりました。このことは、健康のためのアドボカシー活動に繋がっています。

- 何か新しい試みにチャレンジされているんですか?

私の薬局に勤務していたスタッフが保育士と幼稚園教諭の有資格者だったことがきっかけで、医療従事者が主体となって町の行政に働きかけ、病児保育事業がスタートしました。私の薬局と町立寿都診療所の間に、病児保育所が2022年に誕生しました。病児保育所ができるまでは、高速道路で1時間かけて専門医クリニックを受診していた保護者が多かったのですが、開設後その頻度は減少しているようです。病児保育所があれば、育児と労働の両立の手助けになります。ここは診療所併設なので急な症状の変化が起きても安心ですし、仕事を休まなくて済むことから職場の同僚に迷惑をかける心配もなくなり収入も安定します。これは雇用している地元の企業にとってもメリットとなります。
このような健康のためのアドボカシー活動を通して、この地域で暮らすことへの安心感に、医療従事者として、住民として深く関わってゆけたら幸せです。今後、地域住民の健康寿命を伸ばすための未来への種まきとして、子ども向けのヘルスプロモーション活動にも力を入れていきたいと考えています。
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    医療チームの働きかけで寿都町に誕生した病児保育所
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- プライマリ・ケアの医療人として、地域づくりの視点を大切に活動されているんですね。

地域の中に根ざして活動するのが本当に楽しいと感じています。私一人でこうなったのではなく、家庭医の先生たちと行動を共にするうち、どんどん活動の範囲が広がっていきました。同時に少しづつ成果を感じられるようになり、それがまた自分自身のモチベーションにつながっています。
薬剤師としての将来を模索していたり、モチベーション不足で悩んでいる人がおられましたら、ぜひ当地へいらしてください! 楽しく、やりがいを感じられると思いますよ。
最期に、北海道のキャッチフレーズを皆様へ送ります。

「その先の、道へ。北海道」

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プロフィール

株式会社ミレニアムファーマ 代表取締役
寿都そよかぜ薬局 
田村英俊(たむら ひでとし)
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~プロフィール~
1997年 北海道薬科大学卒業
1998年 (株)アポスにて調剤薬局 勤務(室蘭市)
2001年 医療法人社団カレスアライアンス 日鋼記念病院薬剤部 勤務(室蘭市)
2006年 寿都町立寿都診療所 勤務(寿都町)
2008年 寿都そよかぜ薬局 開局 (寿都町) 
2012年 プライマリ・ケア認定薬剤師取得

一般社団法人 日本プライマリ・ケア連合学会 北海道ブロック支部 幹事
一般社団法人 全国薬剤師・在宅療養支援連絡会北海道ブロック 副ブロック長
一般社団法人 北海道薬剤師会 後志支部 代議員

学校薬剤師(近隣7校)、寿都町教育委員、寿都町民生児童委員(主任児童委員)、寿都町国保運営協議会委員、寿都町地域包括支援センター運営協議会委員、寿都商工会 理事、一般社団法人 寿都観光物産協会理事、一般財団法人 北海道交通安全協会 理事、一般社団法人 函館方面交通安全協会 理事、寿都地区交通安全協会連合会 会長

取材後記 ~住民視点で医療を考えるのがプライマリ・ケアの真髄~

その地域で暮らすからこそ、真の意味で地域住民のためになる医療とは?が見えてくる。田村先生のお話しから、地域医療におけるプライマリ・ケアの大切な視点を知ることができました。薬局を営む薬剤師としてだけでなく、驚くほど多彩な地域活動の肩書きをお持ちで、まさに八面六臂のご活躍。そんな先生の薬局に見学・研修を申し出る薬学生も多いそうです。興味がある若手薬剤師の皆さん、寿都町を訪ねてみてはいかがでしょうか。

最終更新:2023年04月04日 11時37分

「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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「プライマリ・ケア公式WEB」 編集担当

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