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【シリーズ二人主治医制③】2階から1階へ 二人主治医制が機能する地域への課題

我が家で飼っていた猫は、怖がりでした。一人(一匹?)で2階に上がったあと、降りることができずに階段の前で怯えてニャーニャーと鳴いていました。迎えにいき、「こっちにおいで」と手を伸ばすと、猫はその手に噛みつき、引っ掻き、逃げ回り、パニックを起こしました。傷だらけになりながら猫を1階に降ろし、「なんでこんな理不尽な目に」と思ったことを覚えています。

 プライマリケア医/セカンダリケア医が、協力して患者のケア/治療にあたる二人主治医制。この実現のためには、2階(セカンダリケア)にずっといる患者を、1階(プライマリケア)に適切に誘うことが必要となります。しかし今の日本では、患者は1階(プライマリケア)に安心して降りて来れるでしょうか。  

 Aさん54歳男性。1年前に肝細胞癌を指摘、大学病院で化学療法を続けておられました。残念ながら肝不全が悪化し、化学療法は中止に。在宅緩和への移行を視野に、当院へ紹介されました。しかしAさんは、「あなた方に診察してもらう意味を見出せない。私は大学に通院している。あなた方は何をしてくれるのか?」と語り、通院も訪問診療も拒否されました。
 Bさん72歳男性。間質性肺炎が悪化、ADLも低下。誤嚥性肺炎を繰り返し、通っていた大学病院から「もうこれ以上は治療が難しい。繰り返す誤嚥性肺炎の治療は、近くのかかりつけ医で受けるのが良いでしょう」と言われ、当院に紹介されました。しかしBさんの妻は「今までは熱が出たら、救急車を呼んで大学病院に受診していた。この診療所は、救急車で来ていいの?夜中や休日は閉まっているでしょ?」と、不安を露わにしました。
 Cさん92歳女性。当院には予防接種のみ来院する方。総合病院の循環器内科、消化器内科、整形外科、泌尿器科、婦人科、脳神経外科、皮膚科に通院しておられ、「私はずっと○○病院にお世話になっている。あちこち病気があるから、全部見ることができるのは病院だけ。病院の医師から『近くにかかりつけ医を』とも言われるけれど、私のかかりつけは○○病院。診療所は近くて便利だけど、内科だけだから、ね」と話されました。

 2階(セカンダリケア)にあたる急性期医療は、多様な専門職と検査/治療機器を揃え、24時間の対応窓口を設置しています。医師/病院組織それぞれの単位で第三者からの評価を受け、質改善の指標を設定し、院内に様々な質改善のためのチームを作り、良質な医療への取り組みを続けています。住民からの信頼も厚く、「大きな病院の方が安心」という声も多いです。
 今の状況のまま「かかりつけ医を持ちましょう」という掛け声だけで、住民の受療行動に変容は生じるでしょうか。二人主治医制の実現には、何かが足りないのでしょうか。

 私の感じる問題点は、5つ。
プライマリケア診療所/小病院が
1.「患者が最初に行く医療機関」になりきれていない
2.「慣れ親しんだ場所/人」ではない
3.診療の幅、不確実性への耐性が不十分
4.24時間対応を行わない
5.患者や病院から見て、質の良し悪しがわからない
ことです。そしてこの5点は、お互いに影響し合っています。

1.「患者が最初に行く医療機関」になりきれていない

住民は、大きな健診センターで定期のmedical checkを行い、予防接種専門外来へ赴き、急病は夜間救急センターへ走り、疾患の不安があればMRIが受けられる場所を探していないでしょうか。
 フリーアクセスの良さ、とも言えるのでしょう。しかしその結果、日本でのプライマリケアは細切れに分断され、住民が自分の健康情報を統合された状態で渡せるパートナーは、不在のままとなっています。
 大病院の健診センターで指摘された疾患情報は各科専門医のセカンダリケアに引き渡され、そこで治療を受けた患者のうちいく人かが、病院医師の許可を得て地域の診療所へ引き継がれます。この関係性では、プライマリケア診療所/小病院は、セカンダリケア病院の下請け/代行業のように住民から捉えられても不思議ではありません。患者にとってすれば、病院→プライマリケア診療所/小病院への移動は、最初に「あなたに最適」と紹介され通っていた病院から締め出され、全く知らない、かつ今の通院先よりも劣っているように見える医療機関に、強制的に出向させられるようなものです。上記のAさんが怒るのも、納得できます。
 順番が、逆なのです。プライマリケア診療所/小病院は、字義通り「最初の入り口」であるべきだと思います。上記のAさんにおいても、もし最初に病気の兆候を捉えた医療機関が当院であれば、話は違ったでしょう。病院からの移動は「知らない場所」ではなく、「相談を受け入れ、適切に対応してくれた場所」に。「行かされる」ではなく、「帰ってくる」に。その場合のAさんの心もちも、予後も、QOLも、先ほどとは違った経過をとったことでしょう。
 全ての医療の入り口に、すぐに対応するのは難しいかとは思います。しかし、少しずつ一歩を踏み出すことはできます。乳児〜高齢者の予防接種に対応する。健診/検診業務を行うか、もしくは他院での健診/検診結果を持ってきてもらい、把握するように努める。急病や不安について、専門外ということなく最初に受け止め相談に乗る。その積み重ねが、住民の行動を少しずつ変えていくと私は考えています。

2.「慣れ親しんだ場所/人」ではない

最初にかかる医療機関ではなかったにしても。病院から勧められた医療機関が、患者にとって慣れ親しんだ場所/人であれば、経過は違ったのではと思います。問題は、どうやったら慣れ親しんでもらえるかです。
 プライマリケアで重視される「近接性」は、距離、時間の他に心理的な近さが含まれています。そこを高めるためには、どのような方法があるでしょうか。1.で記載した「最初に訪れる医療機関になる」ことも一つの方法でしょう。他にも、
・子ども医療体験や中学高校の職業体験など、教育行事に医療機関を開放する
・住民向けの講演や座談会などを企画する
・地域のお祭りや行事に参画する
・地域の介護/福祉のネットワークに参画し、その中の人を通じて間接的に住民とつながる
・地域の医療以外のつながりに参加する
などが思い付きます。
 ちなみに上記は全て、「すでに通院している患者さんを対象とはしていない」のがポイントです。すでに知っている人との間だけの近接性を高めても、その効果はどこかで頭打ちになってしまいます。建物の中に閉じこもっていては、十分な近接性は得られないのではないでしょうか。

3.診療の幅広さ、不確実性への耐性が不十分

病院からの、「患者を地域に返したいけれど、受け入れてくれるところがない」「返してもまたすぐ救急車で運ばれてくるのなら、返す意味がない」という声が、しばしば耳に入ります。
 「診たことない疾患だから」「専門ではないから」「状態が不安定だから」「急な話で準備ができないから」が続けば、セカンダリケアの側からは「常に患者が帰れる場所」とはみなしてもらえず、それならセカンダリケアの場で診た方がまし、となるのではないでしょうか。
 女性や医療ケア児の診察、運動器の診療、小外科の対処、メンタル不調の相談。診療の幅や受け入れ態勢を広げることは、病院からだけではなく、地域住民の最初の医療機関としての能力も上げることになります。上記のCさんも、「それなら診療所に通おうかしら」と言ってくれるかもしれません。幅広さと近さとは、お互いに連動して育つものです。
 また、診療所/小病院になれば病院と比べて、患者の生物学的な状態把握は不十分になります。そこで状況が不安定になった際に「とにかく生物学的な情報を集めよう」と病院へ患者を送ろうとする心理が医療側に生じます。しかし、それは患者さんにとってベストな選択なのでしょうか。特にターミナル期においては、患者の貴重な時間を空費はしないか。生物学的な情報で得られるメリットは、受診や入院に伴うデメリットを超えるものなのか。心理/社会的な視点と、その患者の人生におけるコンテクストを鑑みながら、不確実性に耐えつつ、患者と共に悩む力が求められます。
 一医療機関の自助努力だけで、診療の幅と不確実性への耐性を広げ高めるのは、特に一人診療所においては困難な作業だと思います。ここは、診診連携や病診連携、遠隔診療、お互いの学び合いを活用し、地域全体で対応力を育てていく必要があるでしょう。

4.24時間対応を行わない

診療所/小病院で24時間対応なんて!と思われるかもしれません。しかし、Bさんの妻を納得させられるのは、これしかないのではないでしょうか。夜間休日の相談を全て担当医師の診察で対応しないにしても、
・地域の訪問看護ステーションで対応していただく
・診療所/小病院スタッフが交代で電話対応を行う
・病院受診を指示する際にも、必ず紹介状を記載する
・グループ診療であれば交代で待機医師を決める
・複数診療所をもつ法人であれば、夜間休日対応を輪番制にする
・地域の医師会や知り合いのDrでネットワークを組み、緊急往診への対応を持ち合う
などの工夫は導入できるかもしれません。また、在宅患者の電話対応を代行するサービスや、都市部では往診の代行サービスなども発達してきています。
 24時間対応を行うことは、「最初に行く(相談する)医療機関」としての機能を高めるとともに、夜間休日中の体調変化、という不確実性への耐性も高めてくれます。複数診療所での待機シェアは、「地域のプライマリケア機能をどう支えるか」という議論を活発化し、地域全体での能力強化につながるはずです。

5.患者や病院から見て、質の良し悪しがわからない

患者からも病院からも、たくさんある診療所/小病院の中でどこを選んで勧めるべきなのか、指標となるものがなく悩むことかと思います。安心して任せられるプライマリケア医療機関は、どこなのか。質の見える化には、何を用いるべきでしょうか。
 プライマリケアの質評価指標としては、Japanese version of Primary Care Assessment Tool(JPCAT)や、Person-Centered Primary Care Measure(PCPCM)の日本語版などがあり、プライマリケアにおいて重視される近接性、包括性、継続性など6-11項目について評価が可能です。今までに述べた1.2.3.4.の懸念を改善することで、これらの質評価の点数も向上するでしょう。また、施設/法人によっては、患者満足度や往診件数、往診までの所要時間など独自の質指標を定めて、取り組んでいるところもあると聞きます。これらの指標が選択のための基準として用いられることはまだまだs少ないと思われますが、今後のための重要な取り組みです。
 また、医師単独の質の評価としては専門医制度があります。総合診療専門医/家庭医療専門医については、試験やプログラムを通じて専門医機構/学会が質の担保を行うことで、信頼度の高い指標となっています。これらの専門医を多く生み出すプログラムに関わる医療機関も、間接的に質の高さを示せていると言えるでしょう。

ハードルの先に

上記の5つの項目、いずれも一朝一夕には実現が難しいことばかりです。しかしこれらに正面から取り組むことが、信頼されるプライマリケア診療所/小病院として地域に認めてもらう、地域をより良くしていく一助となると信じています。

 飼っていた猫は、最後は動物病院で亡くなりました。嫌がる薬を無理に飲ませ続けた結果、私を避けるようになり、最後は小さなケージの中で冷たくなっていた、ラン。この時に感じた想いが、今も私を動かしています。
 全ての人に、より良いプライマリケアを。
 ハードルを越えたその先には、二人主治医制が機能する地域があるはずです。

最終更新:2024年06月30日 17時58分

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